小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

Scene04

昼休み、食堂。

智也「許婚?」
今朝の四組のホームルームでの「許婚宣言」を聞いた智也、純一、音夢は思わず砌を見る。
音夢「許婚って、結婚を約束しあった男女の事を言うんですよね?」
師走「それで、今日、転校して来た胡ノ宮さんが砌に自分は許婚だって言ったんだよな?信」
信「ああ」
砌「なぜだか知らんがな……」
さらに、休み時間に砌が環に訊いた所、環自身もその件については詳しくなく、母親からそう言われていたらしい。
杉並「まあ、お前も人の事は言えんがな、朝倉」
突如現る杉並。
杉並「今朝見たあの未知の生物は知り合いか?朝倉兄妹」
信「未知の生物?何だ、それは?」
純一「……あいつが本当にあのさくらんぼなら、直に分かるさ」
音夢「どう言う事ですか?」
純一「何故だか知らんが、ガキん時からあいつにはかくれんぼで勝てた試しがない……あのようにな」
純一が横目で食堂の入り口を見る。
そこにはさくらが純一を探しているのか辺りをきょろきょろしている。
信「確かに、未知と言えば未知だな……」
信はさくらを見ながら言った。
しかし、次の瞬間さくらの周りは大勢の生徒で囲まれた。
さくら「うにゃー!ボクはお兄ちゃんの所に……にゃーー……」
純一「……よし、今のうちに、俺は消える」
そう言うと純一はこっそりと食堂から抜け出した。
砌「……そう言えば、工藤はどうした?」
智也「ああ、あいつはななこさんの手伝いとか何とかで三組に行ったけど」
あの朝の出来事の後、工藤はななこと何かを手伝う約束をしていた。
杉並「ん?それは誰の事だ?智也」
智也「ほら、校門前にヤギがいた時があったろ、その時の女の子の事だ」
智也の言葉に杉並は思い出したように頷くと。
杉並「言っとくが藤倉、長官はヤギではないぞ?」
智也「あれの何処を如何見たら、ヤギ以外の物に見えるんだ?」
杉並「ふ、お前は長官の凄さが理解出来んようだな」
智也「したくもないわ!」
杉並「ふ、さて、俺はそろそろ任務に戻るとしよう」
そう言うや否や杉並はその姿を消した。
信「ん?噂をすれば……」
信の言葉にみんなが食堂の入り口を見る。
ついさっきまでさくらがいた入り口には環が何かを探している様に辺りを見回していた。
師走「砌、お前を探してるんじゃないのか?」
砌「……俺に訊くな」
興味なさそうに返す砌。
次の瞬間、環は何かを見つけた様に立ち止まり、一点を見つめている。
音夢「杉浦君じゃないようだけど……」
智也「そうみたいだな」
しばらく立ち止まっていた環は、思い切ったように征服に手を掛けた。
智也「なっ……」
音夢「え……」
信「!?」
師走「お……おい、砌!」
その瞬間、環を見ていた食堂の大半の生徒は言葉を失った。
砌「だから俺に訊くなと――!?」
うっとうしそうに師走の方を向いた砌はしばらく状況を飲み込むのに時間を費やした。
信じられない事に環は制服を勢い欲剥ぎ取ると、その中から白と赤の着物、いわゆる巫女服が姿を現したのだ。
智也「あ……朝倉さん、制服の下に、あんな物が着れるのか?」
音夢「わ、私に訊かないで下さい!」
師走「み……砌」
砌「……」
突然の出来事に混乱する一同。
――確かに家が神社だとは言っていたが……
食堂全体が巫女装束の環に注目する中、さらに環は何処からか弓矢を取り出した。
信「弓矢……?彼女はハンターか?」
師走「そ、そんな事より……何処からあんな物を取り出したんだ!?」
音夢「だから私に訊かないで!」
慌てふためく四人を他所に環はゆっくりと弓を引き……。
そして手を。
離した。
食堂全員の視線が矢の走る方向に注がれる。
――ヒュッ
――バキッ
屋は四人のすぐ近くにいた男子生徒の丼をものの見事にに真っ二つにした。
信「……彼女は弓道部か」
砌「信、残念ながらその可能性は限りなく低いな」
何故ならもし環が前の学校で弓道部に所属しているとしたら、自己紹介の時にそう言うのが普通である、さらに環は同じ自己紹介の時の質問で部活には所属していないとはっきりと言っていたのだ。
食堂全員の視線が環に集まる。
環は格闘ゲームのヒロインのように、巫女装束に弓矢と言う出で立ちで立ち尽くしていた。
気の毒なその男子生徒は、放心状態で真っ二つになった丼を眺めていた。
環「も、申し訳ありません!ちょっと……手元が狂ってしまいまして……お騒がせしました」
環はその男子生徒にそう言うと深々と頭を下げた。
――手元が……狂った?
武道経験もある砌はすぐに彼女の言葉に疑問を感じた。
環は矢を離す直前まで構えを崩さず、狙いを定めていた。
彼女の腕前がどれ程の物か分からないが、砌はあの矢は故意に放たれたと直感で思った。
仮に手元が狂ったとなれば、今度はこの食堂内で本当は何処を狙っていたと言う話になる。
どう考えても、あれは事故じゃないのは明らかだ。
師走「手元が狂った……ねぇ」
音夢「……と言うより思いっきり故意に見えたのは私だけ?」
智也「いや……同じような意見を持った人はこの食堂の客の数はいるだろうな」
信「では、今のは……」
智也「……知らん」
環「あら、杉浦様」
環は砌に気付いたのか話し掛けて来た。
砌「……お前、胡ノ宮……だな?」
砌はこの場で先程の疑問を問い掛けようとしたが、それで、はい、本当に狙ってやりました、なんて答えが返って来たらそれこそ後々面倒になる。
この事は別の機会にする事にした。
環「あの……そちらの方は」
環は音夢と智也を見て砌に訊いた、クラスの違う二人を転校したての環が知るはずもない。
砌「ああ、一組の藤倉と、朝倉さんだ」
智也「や、やぁ……よろしく」
智也は出来る限り普通にしたが。
しかし。
音夢「は、初めまして……胡ノ宮さん」
音夢はまだ状況が整理されていないのか声が上ずっていた。
そんな音夢に気付いているのかいないのか、環は平然としていた。
環「こちらこそ、よろしくお願い致します」
と、二人にお辞儀した。
そして頭を上げた環は砌を見て。
環「先程は、失礼致しました」
砌「?何の事だ?」
環「教室で……まさかあんな騒ぎになるとは思いませんでした」
そして環は少し微笑み。
環「先程話しました通り、親が決めた許婚で、私としましても、気になりまして……」
砌「……気にするな」
環「本当に、お騒がせしました」
そう言ってにっこり微笑む環、どうやらさっきの出来事を気にした様子は全くないようだ。
砌「少し、気になったんだが、親が決めた許婚って、どう言う事だ?」
環「はい、やはり、私にもよく分からなくて……実は」
環の話によると、彼女は幼い頃の記憶を失っていると言うのだ
そして彼女は彼女の母親から砌が許婚である事を聞いて育ったらしい
砌は他にも訊きたい事があったが、これ以上訊いてもややこしくなるだけなので,訊かなかった。
しかし、環はさらに続け。
環「母は、私と杉浦様の間には深い絆があるって言うんです」
――絆?
信「絆とは……どう言う事だ?」
しかし、環から出た答えはやはり分からないと言う事だった。
砌「何にせよ、俺と環の間には何らかの深い絆があるって事だな?」
と言いつつ砌も考えたが、やはり何も思い出せない。
環「母に何度尋ねても教えてくれなくて……ただ、杉浦様の傍にいればいずれ分かるとしか……」
師走「そんなもんか?」
砌は許婚である根拠が全く分からない現状では環が自分の許婚だと言われても、いまいち現実味に欠けていて、実感が湧かなかった。
ましてや、いくら深い絆があったとしてもそれが何なのか分からない今では、砌も素直に、はい、そうです、と言うつもりもない。
そして環は風見学園で砌と一緒に過ごす中でその答えを見つけたいのだと言う。
砌「答……か」
環「そうすれば、私と杉浦様が許婚と言う意味も分かると思います」
砌「まあ……いいぞ」
本人同士が自覚の無い許婚に砌は果たして意味があるのかと思ったが、その深い絆と言う物にも興味が無い訳でもない。
それと、先程の弓矢の件も気になっていた。
ましてや一人身の砌が何ら迷惑する必要も無いので承諾した。
信「まあ、この件はお二人に任せるとして、俺達は退散としよう」
師走「そうだな……じゃあな、砌―」
信はそう言うと他の三人もそれに従い、食堂を後にした。

-4-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える