小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene47

智也「ふぁ〜……」
杉並「来て早々、大きなあくびだな」
 朝の教室。智也は呆れ気味の工藤のつっこみを意識の外に聞きながら、まだ眠い眼を擦った。
眞子「というより、いつもの藤倉に戻ったって感じよね」
杉並「確かに、近頃の藤倉はらしくなかったからな」
智也「朝からひどい言われようだな……ふぁふ」
 そんなことを言い合う二人にジト目を向けつつ、起きてから何度目かのあくびを噛み殺した。
眞子「でも本当に眠そうよね。もしかして昨日寝てないとか?」
杉並「ほう?」
眞子「……何よ?変な目で見て」
杉並「いや、まさか水越からそんな気遣いの言葉が出るとはと思ってな。卒業を目前にして感傷的にでもなったか?」
眞子「あのね……。そう言うあんたはいつになっても変わらないわね」
 そう言われた杉並は鼻で笑って見せた。
杉並「当り前だ。俺は俺でしかないからな」
智也「お前達は相変わらずだな……」
眞子「杉並がいつも通りわけ分かんないだけよ。それより、本当に大丈夫なの?」
 杉並はどうか知らないが、眞子からは最初のような軽口は消え、本当に智也を心配するものになっていた。
智也「ありがとうな。授業始まるまで寝ることにするよ」
 そう言うと、静かに上体を机に預け、間もなく寝息が聞こえ始めた。
眞子「あ、本当に寝ちゃった……」
杉並「近頃、卒パ関連で何かと動いていたようだからな」
眞子「ふうん、そうなんだ……」
杉並「まあ、睡眠不足の原因はそれだけではないだろうがな」
 眠っている智也に、杉並は意味深な笑みを向けた。
眞子「どういうこと?」
杉並「……」
眞子「な、なによ?」
杉並「まあ、ここから先は言わないでやっておこう。知りたいなら本人に聞くといい」
 杉並は眞子のしばらく表情を窺うように眺めていたが、そう言うと、いつも通りの笑みを浮かべた。
眞子「なにそれ。……起しちゃうと悪いから、私達も退散した方がいいわね」
杉並「こんなことでへばる方も方だが、ここは普段見られない水越に免じて……」
眞子「いつまでもバカなこと言ってないで、早く行くわよ」
 杉並が言い終わらないうちに、眞子は彼を引っ張って、眠る智也の席から離れた。



智也「むう……まだ頭がポヤポヤする」
 半分だけの意識で授業を乗り切ってみたが、まだ眠気は取れてないようだった。
 昨晩寝つきが悪かったのは、昨日のことりの様子がどうしても気になったからだ。
 話した限りでは気になることはなかったが、公園の外で聞こえてきたあの歌声がいつまでも智也の耳に残っていた。
――これなら昨日の練習も見に言っとけばよかったかな……
 なんて思ってもみるが、そんなことできたわけもなく、そもそも時間を戻せるわけでもない。
工藤「藤倉、ちょっといいか?」
智也「ん……ああ、工藤か」
 頭の中がごちゃごちゃしてきたとこで、智也の席に工藤がやって来た。
工藤「ああ……って、もしかして寝ぼけてるのか?」
智也「昨日寝つきが悪くて。どうかしたか?」
工藤「うん、昨日の練習のことなんだけど……」
 その言葉を聞いた時、智也のもやもやしていた頭が少しだけ覚醒した。
智也「ああそうだ。昨日の練習、どんな様子だった?」
 質問をする前に、そう切り返された工藤は面食らった。
工藤「そのことで、藤倉にも話した方がいいと思って来たんだ」
智也「それって、何かあったってことか?」
 すぐに真面目な表情に戻った工藤を見て、智也は漠然とした不安を覚えたが、それはすぐに的中した。
工藤「実は、昨日の練習は中止になったんだ」
智也「中止?それはどういう……」
 考えもしなかったことに、智也は驚きを隠せなかった。
工藤「昨日はことりが調子が悪いからって、俺も……もちろんともちゃんとみっくんも驚いたよ」
 それはそうだろう。ことりならそれを押してでも、周りが止めるまで練習を続けることだろう。
工藤「やっぱり、藤倉にも話した方が良いと思ったんだ。それに、ことり、本当に調子が悪そうだったから」
 その工藤の表情からは本当に彼女を案じてることが簡単に汲み取れた。
智也「……そうだったのか。工藤、教えてくれてありがとうな」
工藤「礼を言われることでもないよ。藤倉もメンバーの一人なんだからさ。当り前さ」
 工藤の爽やかな言葉を聞きつつも、智也の頭の中はまだ晴れていはいなかった。
 昨日の暦の話、公園でのことりの様子、そして、そのことりの不調。
 全てが繋がっているとまだ分かったわけではない。
 だが、この後の智也には、どこか片隅で燻ぶり続けるような不安だけがずっと残るまま、放課後を迎えるのだった。



 そして放課後、智也は拍子抜けした。
 いろんなことを考えたものの、大した答えなどでないままで迎えた練習で智也が目にしたのは、これまでの練習の時と何ら変わりのない、『普段通り』に歌うことりの姿だった。
 これは智也の見立てだが、練習を聞く限りでは昨日までこびりついていた不安は、自分の取り越し苦労だったのだろうかとも思えた。
ことり「みんなお疲れ―」
 一通りの練習の後、ことりが率先してみんなにねぎらいの言葉を掛けた。これも普段と何ら変わらない。
みっくん「おつかれー。上手くいったよね」
 各々がハイタッチを交わしあう。智也個人として傍から見て聞いているだけの自分もその輪に加わっているのが不思議な感じがしたが、当然悪い感じはしなかった。
ともちゃん「うん。でもことり、本当に大丈夫?」
 ともちゃんは練習が上手く進んでいることに喜びつつも、ことりを気遣っていた。そのことは彼女だけでなく、他の三人も同じだ。
ことり「昨日は心配かけちゃったけど、御覧の通り、もう大丈夫だよ」
 心配ご無用と、笑顔を向けることりは確かに体調が悪そうには見えず、昨日の不調がなかったかのようだった。
みっくん「でも、気分が悪くなったら遠慮せずに言ってよね」
工藤「ああ、昨日の今日だし、あまり無理しない方がいいと思うよ」
 それでも彼女を心配するのは、やはり昨日のことがあったからで、付き合いの長いともちゃんとみっくんなら尚更のことだ。
ことり「うーん……みんな心配さんだなぁ。ね?藤倉君」
智也「……そこで俺に振られても。でもまあ、みんなが心配する気持ちも分かるし、俺も今日はあまり無理しない方がいいと思う」
 そう言う智也に、ことりは不満げな表情を覗かせるが、それは本心からのものではなく、すぐに笑顔に戻った。
 智也も、三人と同じ気持ちだ。今日の彼女を見ればなんら心配することなどなさそうにも思えてくるが、だからと言って昨晩の彼女の情景が消えたわけではない。
 その後も少し練習を続けたが、やはり大事を取るということでいつもより早めに切り上げることになった。



 放課後、一日の授業から解放された生徒達は各自の思い思いに動き出している。
 帰る者。近くに迫った卒業パーティの出し物の準備に向かう者。友達と教室に残って喋っている者と様々だ。
眞子「失礼しました」
 そう言って職員室の扉を閉める水越眞子も、当然その中の一人だ。
 クラス委員長である彼女は日誌を担任まで届けていたが、それも今さっき終わった。これからの予定は、特にない。
眞子「はあ……」
 教室に戻る途中で小さくため息をつく。今日の彼女は朝からもやもやした何かが頭の中にあった。原因は言わずもがな、智也だ。
 芳乃家でのお泊まり会の時から、彼女は行動を起こせないでいた。
 智也がバンドのマネージャーになっているのはもちろん彼女も知っていた。ここ最近の彼がどこか生きいきしていたのも同じクラスである彼女は知っていた。だが、今日はどこか様子が違った。どこか疲れているように見えたのだ。
 それは卒業パーティーに向けて頑張っているのだから、疲れるのも当然なのだろう。だが、彼女はそれだけではないような気がしていた。
――やっぱり、白河さんのこと……なのかな
 確信はない。だがあの文化祭の時、会場から抜け出した二人を見たときから、眞子は彼女の気持ちに気付いていた。
眞子「はあ……」
 もう一度溜め息をつく。これは自分に向けてのものだった。
 自分で勝手にいろいろと勘繰って、思いつめている自分に。
 そんなどんよりした気分のまま教室に戻り、鞄を取って出る。
信「おっ」
眞子「あ」
 彼女が教室から出た時に、深見信と鉢合わせた。
信「って誰かと思えば水越か」
眞子「……あたしで悪かったわね。でも意外。深見がまだ残ってたなんて」
信「あのな……俺はお前が思ってるほど暇じゃない」
 そんな彼の言葉を受けて、眞子は文化祭を思い出した。
眞子「と言うことは……今度もまたやるの?あの相談所みたいなの」
信「みたいじゃなくて、れっきとした相談所だ。だがはずれだな。卒パじゃやらないことにした」
眞子「そっか……」
 呟くようにそう言うと眞子は少し視線を落とした。てっきり軽口の一言二言でも言われるのだろうと予測していた信はそんな彼女の反応に少し驚いた。
信「何か元気ないな。水越にしちゃ珍しい」
眞子「別になんでも……って、じゃあなんであんたがまだ残ってるのよ」
信「ん?あー……それは、あれだ。来るべき卒パに向けていろいろとリサーチをだな」
 そう問われた途端、急に歯切れが悪くなる信。眞子は彼にジト目を向けた。
信「いや、そんな目で俺を見るな。別に何も企んでないって」
眞子「へえ?」
 そう言うが、彼女は疑いの視線を外してくれない。
 そんな彼女に信は「……ったく」っと溜め息をつきながら後ろ頭を掻いた。
信「……付属最後の一大行事だからな。それを余すところなく楽しむための下準備みたいなもんだ」
 それを聞いた眞子は今度は意外そうな顔を彼に向けた。
眞子「へえ。意外とマメなことすんのね」
信「意外で悪かったな。そんなわけで、俺は今忙しいってわけだ」
眞子「ごめんごめん。……でも、そっか。……じゃっ、あたしはそろそろ帰るわ」
信「あ、ああ。じゃあな」
 眞子は頷くと信に背を向けて歩き出した。
信「……」
 そんな彼女の後姿は、普段の勝ち気な性格からは想像できないくらい小さく見えた。
信「……ったく」
 信は小さく息を吐くと、ポケットから携帯を取り出した。



ことり「うーん、やっぱりみんな心配しずぎだと思います」
 いつもよりちょっと早く終わった練習の帰り道。
智也「ことりは無理するから、みんな心配するんだよ」
ことり「……」
 当然のことなので、智也は軽口半分に言ったが、言われた方のことりの表情から笑みが消えたような気がした。
ことり「……本当に、心配してくれて、るんですよね……」
 その彼女らしくない言葉に、智也は驚いた。
智也「当り前じゃないか。俺と工藤はともかく、ともちゃんとみっくんがそうなのは、ことりもよく知ってるだろ?」
 その後に「もちろん、俺も工藤も二人と一緒だ」と付け加える。
ことり「……そう、ですよね。はは……変なこと言っちゃいましたよね、私」
 そう言って笑顔を浮かべるが、それは自嘲気味のもので、やはりらしくなかった。
智也「やっぱりまだ本調子じゃないんだよ」
 智也は、そんな彼女にいつものない違和感を覚えたが、結局、そんな言葉しか掛けてあげられなかった。というより、この変わりようの原因が全く見えてこない。
ことり「うー……ん。やっぱりそうなのかなあ?」
 そう言って、乾いた笑みを浮かべることりは、どこか、痛々しく感じた。
智也「……」
ことり「……」
 智也もそんなことりに掛ける言葉が見つからず、しばらく二人はお互い無言のままが続いた。
ことり「それじゃあ、私はここで……」
 その沈黙が破られたのは、いつもの分かれ道だ。
智也「あ、ああ。それじゃあ、また」
 ことりは小さく頷くと、智也に背を向けて歩き出した。
智也「……」
 だんだん小さくなる彼女の後姿を見送りながら、智也はまた言いようのない不安を感じていた。
 どこか自嘲するように笑みを浮かべた時の彼女の顔が目に焼き付いたように離れないでいた。
 何か言って呼び止めるべきなのだろうか。だが、どう声を掛けていいか分からない。彼女が普段とはどこか違うというのは分かっていても、もしかしたら何か無理をしているんじゃないかと考えてみても、それは自分にはどうすることもできないのかと智也は思い、そんな自分がもどかしい。
 そして結局、彼はことりの後姿を、ただその場に立ち尽くして見ていることしかできないでいた。
智也「……って、何やってんだろうな」
 しばらくしてその姿さえ見えなくなると、智也は自嘲的な笑みを浮かべて、自分も帰ろうと歩き出した。
その矢先、彼の携帯が音を立てた。

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