小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene06

朝倉家。

純一「はあー……さすがにここまで来れば……」
――あとは
純一は自分の隣で座り込んでいるネコミミメイド、鷺澤頼子を見た。
純一「じゃあ、ちょっと休んだら送ってくよ」
頼子「え!?私、ここから出たくありません……」
すがるように言う頼子。
純一「ああいう事があったから、気持ちは分かるけど、それじゃあ、自分の家に帰れないだろ?」
すると頼子は俯いて。
頼子「あの、実は私、家が……」
――まさか
頼子「ないんです……」
純一「……やっぱし」
頼子「あの……もし良かったら、私をメイドとしてここに置いて下さい」
頼子は再びすがるように、純一を見上げながら言った。
頼子「見た通り、私はメイドですから」
純一「確かに、そうだけど……」
――しかし、音夢が何て言うか……
捨て猫とかならまだしも、頼子は人間なのだ、音夢に家が無いから置いてやってくれと言っても、すんなり承諾が得られる筈も無く、ましてや頼子の服装からして、何らかの誤解を招く可能性もある。
頼子「駄目、ですか……?」
表情を暗くしながら呟く様に言う頼子。
純一「あ、いや……えっと……そうだ、とりあえず今日のところは、と言う事で……」
頼子「あ、ありがとうございます」
途端に表情が明るくなる頼子。
頼子「それで、まずは何をすればいいでしょう?」
純一「うー……ん、そうだなぁ」
――メイドの仕事と言えば、掃除と洗濯と相場が決まってるからなあ
純一「じゃあ、とりあえず、掃除と洗濯から頼むよ」
頼子「はい、頑張ります!」
と、張り切っていた頼子だったが。
純一「……一体今までどうやって生活していたのやら」
頼子「すいません……」
純一は頼子のメイド服を干しながら小さくため息をついた。
純一「ほら、洗濯物はこうやってしわを伸ばしながら干すんだよ」
頼子「はい、分かりました」
何故このような事になっているのかと言うと。
頼子は今までに掃除、洗濯をやった事が無いらしく、そのおかげでびしょ濡れになった、という事である。
頼子「迷惑ばかり掛けて、何の役にも立てなくて……」
純一「あ、いや、迷惑だなんてそんな、ホント、今日の事は気にしなくていいから、慣れない内は仕方ないよ」
頼子「ありがとうございます、お優しいんですね、純一さん」
純一「そんな事……」
そして。
――頼子さんって……
――意外とナイスバディー?
純一は階段を降りている頼子の後ろ姿を見ながらふと思った。
――いやいや、何考えてんだ俺は
純一は早急に片付けなければならない問題が一つあったのを思い出し慌てて首を横に振った。
――頼子さんの事、音夢に何て言おうか……
しかし、その問題は案外早く、そして強制的に解決される事になる
二人が階段を降り終えた、丁度その時。
ガチャ
音夢「ただいま……え?」
音夢は純一と頼子が玄関前で並んで立っているのを目撃した。
純一にとって、一番最悪のパターンである。
純一「ね……音夢」
音夢「兄さん……」
徐々に音夢の周りから怒りのオーラが放たれている。
純一「いや、こ、これはだな……」
音夢「一体何やってるんですかーー!!?」
それからしばらく経って。
さくら「パンパカパーン!これから、頼子さんのメイド最終試験、料理テストを行いまーす」
あの後、純一は、何とか音夢を説得し、今は料理テストの為、買出しに行っている。
音夢「て、どうしてさくらちゃんがいるんですか?」
音夢は、隣でうたまる(さくらが飼っているこけしのような猫)を頭に乗せているさくらに訊いた。
さくら「だって、審査員は多いほど良いでしょ?ねえ、うたまる?」
うたまるもそう思っているのかニャーと鳴いた。
さくら「それにしても、よくこんなの許したね、音夢ちゃん」
さくらは意外そうに音夢に訊く。
音夢「だって、事情は聞いたし……それに」
それは今から数十分前。
純一『良いか、音夢、もし、もしも頼子さんの料理が一級品なら、俺達の食生活に希望の光が差し込む訳だ、そこら辺、よーく考えろよ』
音夢「あんな説得……卑怯だわ、兄さん」
さくら「?」
純一「ただいまー」
試験料理の材料の買出しに行っていた純一が帰ってきた。
さくら「わー」
純一「これだけありゃ、何だっていけるだろ」
テーブルの上にはいろいろな食材が並んでいる。
純一「頼んだぜ、頼子さん」
頼子「はい、頑張ります」
頼子はそう言うと一番近くにあったキャベツを取り。
頼子「ところで、これは何でしょう?」
と、恐ろしい事を三人に聞き、三人の時は止まった。

数十分後。

頼子「皆さん、どうですか?……あれ?」
朝倉家には異様な空気と悪臭で満たされていた
頼子は料理も他の家事同様、予想通り未経験で、その味は音夢に匹敵するとかしないとか。
彼女の料理を食べた三人と一匹はぐったりとしている。
音夢「甘くて苦くてべとべとしてて……」
さくら「目に沁みる・・何これー……?」
頼子「えーと、湯豆腐……かな?」
どうやら頼子は湯豆腐を作ったつもりだが、テーブルに出されている料理は色、味、匂いどれをとっても、それには似ても似つかず、もはや別世界の物体となっていた。
純一「どうやったら普通の食材から、このような劇薬が作れるんだ……」
頼子「あうー……また駄目でしたか……」
音夢「兄さん!」
音夢は鼻を摘みながら言った。
音夢「これからどうするつもりですか!?」
純一「どうするっていってもなあ……」
さくら「そんな事より、お腹減ったー!何かおいしい物が食べたい食べたい食べたい食べたいーー!!」
さくらは手をパタパタ振りながら言った。
「ふ、そんな事もあろうかと……」
突然聞こえてきた声に、三人がふと見ると、いつの間に来ていたのか、杉並がソファに座っていた。
杉並は片手に持っていた袋を上げてみんなに見せる。
純一「おー、それは俺の大好物、松野屋の牛丼!」
そして。
純一「しかも特盛りの汁だく、やっぱ持つべき物は友達みたいなやつだよなぁ……」
みんなは杉並が持ってきた牛丼をおいしく食べている。
杉並「ところで、初音島の神秘、我らがサギーの処遇は決まったか?」
純一「サギー?勝手に頼子さんを変な呼び方で呼ぶな」
音夢「ちょっと、その話はしないで下さい」
人数分のお茶を淹れて来た音夢が言う。
音夢「さっきの料理テストで試験は全て終了、メイドさんとして不適格と決まったとこですから」
頼子「え、そ、そんな……私頑張りますから、全部出来るようになりますから、お願いします」
と、必死に音夢に訴えかける頼子。
音夢「そんな風に言われると……頼子さんが一生懸命なのは分かるけど……やっぱり――」
杉並「やっぱり、何も分かってない様だな、朝倉妹」
音夢の言葉を遮る杉並。
音夢「な、何がですか?」
杉並「一番重要なのはメイドとしての適正などではなく……」
ビシッと、頼子さんを指差し。
杉並「サギーが貴重なネコミミの持ち主であると言う事だ!」
音夢「はい?」
杉並「この謎を解明せずして何がミステリー博士か、そもそもその耳が何の役に立つのか?」
純一「可愛い……」
音夢「兄さん!」
純一の発言に青筋を立てるように言う音夢。
杉並「まあ、お前の特殊な趣味についてはさて置き、ようするに」
音夢「ようするに、頼子さんを手近な所に置いときたいだけでしょ?」
杉並の本心に気付いた音夢が言う。
杉並「はっはっは……いやぁ、いつになく歯に衣着せぬ言いようよのう?朝倉妹」
純一「あ、もしかしてお前、初めからそのつもりで……」
杉並「おお、珍しく察しがいいな、朝倉」
三人が言い争っている中、じっと牛丼を見つめている頼子。
――せめて、これを作ることが出来れば……
頼子はそう思い、牛丼を口に運ぶ。
純一「……あ、駄目だ、頼子さん!」
さくら「え?何で?」
純一「だって……」
――猫舌
しかし、純一の言葉も空しく、熱々の牛丼は頼子の口に運ばれた。
頼子「……」
――!?
みるみる顔が赤くなる頼子。
頼子「あっつーーーーい!!!」
そう叫びつつ頼子は牛丼を放り投げた。
ヒュー
ベチャッ
「にょっ!?」
それはあろう事に牛丼を食べていたうたまるの上に落ちた
「にょにょにょにょにょにょにょーーーーーー!!!」
あまりの熱さに暴れ回るうたまる。
さくら「うたまる!?」
ガッシャーーーン!!
「にょ……にょ……にょ……にょにょにょにょーーーー!!!」
音夢「もう!兄さん!」
純一「何で俺を怒鳴る!?」
「にょーーーーー!!!」
杉並「オウ!マイ!サギーーーー!!!」
ドタバタ……
ドタバタ……

次の朝。

ジリリリ……
純一「ん……」
カチッ
純一「やっべ、遅刻だ!」
――……
――かったるいな……
純一はあくびをしながら一階に下り、居間に行くと。
純一「ああ、そうか……」
――昨日は牛丼食って、大騒ぎになって……
純一はソファで眠っている頼子を見て昨日の惨事を思い出した。
純一「ん?」
――これは……?
ふと、テーブルを見ると、そこにはラップの掛かった立派な牛丼が置いてあった。
純一が再び頼子を見ると。
――頼子さん、昨日、あれから一人で……
頼子の近くには料理本が開いた状態で置かれていた。
純一「頑張り屋さんなんだなぁ……ん?」
さらにテーブルには、一枚のメモ用紙が置かれていた。
『兄さんへ、先に学校行ってます。頼子さんの事は、ひとまず様子を見るって事で』
こうして、純一家にネコミミメイドの新しい住居人が増えたのだった。

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