小説『D.C.〜Many Different Love Stories〜』
作者:夜月凪(月夜に団子)

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Scene07

放課後。

師走「さて、と」
――急がないとな……
信「師走、今日ゲーセンにでも行くか?」
鞄を片手に信が言った。
師走「悪いな、今日は外せない用事があるんだ」
信「何だよ、今度はお前が用事か」
師走「ああ、この埋め合わせはきっとするから、じゃな」
師走はそう言うと教室を出た。
今日、師走はアリスの花の世話の手伝いを美春と約束していたのだ。
師走「よっ」
師走が体育館裏に行き、アリスの声を掛けると、あの時と同じように花の前に座っていたアリスは、軽くお辞儀した。
美春「藍澤せんぱーい、遅いですよー」
一足先に来ていたのか、美春が不満げな声を漏らしながら近づいてきた。
師走「悪い、ホームルームが長引いてさ……ところで」
師走は美春が片手に持っている物を見て言った。
師走「お前なんでバナナ持ってるんだ?」
美春「え?これですか?それは美春がバナナが大大大、だーい好きだからです!」
と、笑顔で、自信満々に美春は言った。
師走「答えになってねーだろ……」
美春「あ、先輩もバナナ食べます?」
そう言いながら鞄からバナナを一本取り出す。
師走「お前、もしかして、話を誤魔化そうとしてないか?」
一応バナナを受け取りながら師走が言うと。
美春「そ、そんな訳ないじゃないですかー、あはは……先輩ったらいやですねぇ……」
目を泳がしながら言う美春、動揺している事は、誰の目にも明らかだった。
師走「目が泳いでるぞ」
美春「そ、そんなことないですってー、あ、月城さんもバナナ食べます?」
美春は、師走から逃れる為なのかどうかは知らないが、再び鞄からバナナを一本取り出すと,アリスに差し出した。
アリス「え?」
師走「お前の鞄の中にはバナナしか入ってないのか?」
半ば呆れながら言う師走。
美春「そんな事ないですよ、ちゃんと筆記用具も入ってます」
――いや、そう言う問題じゃなく、そもそもそんなにバナナが入っている事自体が十分問題なんだけど……
アリス「これ……私に?」
今にも消え入りそうな、か細い声で美春に訊いた。
美春「はい、美春と月城さん、藍澤先輩がお友達になったお祝いです!」
師走「まあ、バナナで祝うってのも、どうかと思うけど……」
見張る「先輩―、それを言っちゃったら、もう打つ手なしって感じじゃないですかー」
アリス「お友達……」
美春「……月城さん?」
美春は戸惑っているアリスを見て勘違いしたのか、不安げな声で訊いた。
「違うよ、アリスはただ驚いてるだけなんだ」
師走「驚いてる?……まあ、そうだよなぁ」
――……何てったって、いきなりバナナだからなあ……
「いや、そうじゃなくて――」
ピロスが何かを言いかけようとした瞬間、アリスは慌てた様子で手袋をはめた。
アリス「あ、ありがとう……」
アリスはそう言いながらバナナを鞄の中にしまい。
アリス「さようなら……」
とだけ言い残し、走って行ってしまった。
美春「せんぱーい……美春達、嫌われちゃったんでしょうか……?」
美春は今にも泣きそうな声で師走に訊いた。
師走「心配すんな、ただ、突然すぎたってだけだ」
美春「だと良いんですけど……」
しかし、そう言った師走も去って行くアリスを見ながら首を傾げた。

次の日。

師走と美春がこの日も体育館裏に行くと、二人を見たアリスは。
アリス「あ……昨日は、ごめんなさい」
と、小さい声ながらも二人に謝る。
美春「え?あわわわ……い、いいですよ、月城さん」
師走「そ、そうだよ、突然言い出したのはこっちなんだし……」
アリス「でも……」
それから、少し間が空き。
アリス「友達って、言われて……少し驚いたから……」
師走「え……?」
アリスは一息つき、真剣な顔で話し始めた。
アリス「……私が、この花を育てているのは、訳があったんです」
美春「訳……ですか?」
アリス「……はい、此花はロスキルラベンダーって言う花なんです」
――ロスキル……ラベンダー?
師走「あ、聞いた事、ある、確か……外国の花で、ここで育てるのは、かなり難しい……」
美春「そ、そうなんですか?」
アリス「はい」
小さく頷くアリス。
美春「でも、どうして……」
アリス「……此花は、花が咲いたら、一つ、願い事が叶う、と言われているんです、そして私は、何度も何度も、たった一つの願い事をしながら、育ててきました」
師走「願い……」
アリス「私は……『お友達』……ただ、それだけを願って、何年もこの花を育ててきました」
師走「と、友達が欲しい!?」
アリス「はい、私はずっと、お友達がいませんでした、ずっとずっと、寂しい思いばかり……してきました」
沈痛な表情で話し続けるアリス。
しかし。
師走「……ぷっ」
師走はこらえきれなくなり、その場で笑った、隣では美春も笑いを堪えるのに必死だった。
アリス「酷い……二人とも、笑うなんて……」
一気に表情が暗くなるアリス。
失くぁす「くくく……ご、ごめん、でも、月城、今、お前の目の前には何がいる?」
アリスは少し間を置き。
アリス「天枷さんと、先輩です」
師走「うー……ん、そうじゃなくてさ」
師走の言葉に困った顔をするアリス。
師走「お前の前にいるのは、確かに俺と、天枷だ、だけどな、それ以前に俺達は、月城の友達だ」
アリス「……え?」
美春「はい!月城さんは、美春達の大切なお友達です!」
美春も師走に続けて言う。
師走「だから、一緒に咲かせような、ロスキルラベンダー」
アリス「……はい」
小さく、しかしはっきりと言ったアリス。
それから数日間、三人は助け合ってロスキルラベンダーの世話をした。
「肥料持って来たよ」
師走「よし、じゃあ俺が持つよ」
美春「美春はお水を汲んできますね」

そして、数日後。

師走「天枷―」
放課後、いつものように師走は美春を呼びに二年の教室に行っていた。
もう、放課後の師走の習慣になりつつある。
師走「早くしないと置いてくぞー」
美春「せんぱーい、待って下さいよー」
その時、後ろから師走を呼ぶ声が聞こえた。
「先輩……藍澤先輩!」
師走と美春が声のした方を振り返るとそこにはアリスが走りながらこちらにやって来る所だった。
師走「ど、どうしたんだ?月城」
アリス「お花が……ロスキルラベンダーが……」
慌てているのか、上手く喋れないでいるアリス。
美春「お花がどうかしたんですか?」
「とにかく付いてきて!」
ピロスがそう言うと走り出すアリス。
師走と美春も慌てて後を追う。
――まさか……枯れちまったなんて事は……
師走は走りながら不安だった。
普段大人しいアリスが血相を変えている所を見るとどちらにしろ、ただ事じゃないのだけは分かった。
――頼む……どうか俺の杞憂であってくれ
そう心の中で祈りながら、体育館裏に行き、ロスキルラベンダーが植えられている所を見る。
師走「……!?」
美春「え……」
二人はその光景に驚愕した。
しかし、それは花が枯れていると言う驚きではなく。
今まで、三人が助け合って育ててきた、ロスキルラベンダーは見事な花を咲かせていた。
師走「花が……咲いてる」
美春「やりましたね!月城さん!」
師走は不吉な事を考えていただけに、ほっとし、言葉も出なかった。
美春はと言うと、いつの間にかアリスの手を引き、体全体で喜びを表していた。
それから、三人は無言で咲いているロスキルラベンダーを見つめた。
アリス「……私、ふと思ったんです」
花を見ていたアリスがポツリと言い出した。
アリス「この花は、咲いた時に願いが叶うんじゃなくて……願いが叶った時に花を咲かせると思うんです」
初めは一人で花を育てていたアリスだったが、美春と師走に出会い、一緒に育てていくうちに、三人はそれぞれかけがえのない友達になっていた。
そう言う点から見ても、アリスの考えは正しいように思えた。
アリス「ありがとう……ロスキルラベンダー、綺麗な花を咲かせてくれて」
アリスがそう言うと花は使命を全うしたかのように、その花びらを閉じていった。
美春「月城さん、これからも仲良くしてくださいね」
アリス「はい」
アリスは、今までにない最高の笑顔で言った。

-7-
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