小説『vitamins』
作者:zenigon()

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Escape ( 逃亡 )

 たしか、そのときは十代半ばで、なんの変哲もない昼さがりの中央公園、五月にふさわしい緑の匂いたつベンチのそばで、僕と彼女はキスをした。

 彼女のほっそりとした身体、今にも壊れそうな肩の感触を手のひらの内側で確かめながら、オトナたちであろう蔑みの視線を感じながら、僕らはキスを続けた。

 なにか大切なことを想いだそうとしても、想いだせないため息のような白い雲、小さな雲が青空に幾つも浮かんでいた。

 その空の下、ふわふわとした空気のような時間が流れて、眩暈を感じていた。

 淡いときめきが85パーセント、残り15パーセントは、彼女が常用していた有機溶剤。もちろん、この数値は適当だ。ただの思いつき、あまりにもせつない思いつきだな。そして、禁じられた遊びが終わり僕らの唇が離れても、透明な糸が僕らの唇を結んでいた。それがゆるやかな円弧を描き、中央に透きとおる線香花火のように雫が膨らんで、自らの重きに耐えられず弾けたか思うと、ぎらぎらと光る涙となり落下した。


 ガルシア・ロルカの言葉を引用すれば、何だろう?
 
 『 警察隊の皆さん、
   ここで起こったのはいつもの事ですよ
   四人のローマ人と
   五人のカルタゴ人が死にました 』


 彼女とは最初で最後のキスを交わしてから、言葉もなく離れてから、千を超える夜が過ぎて十代が終わりかけたある日のこと、彼女から電話があった。

 結婚して幸せになるの、なんて弾んだ声で話していた。僕は乾いた声で、良かったじゃない、なんて答えた。

 ところで、彼女の名前は何だったのだろうか。

 想いだせない


 

 

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