小説『vitamins』
作者:zenigon()

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    竜宮城@現代


  < あと23分17秒 >

 よく聞き取れない市の公共放送、街のあちこちに設置されたスピーカーから100パーセント快晴の空に向けて響きわたった。放送がフェードアウト、およそ5秒間の静寂が訪れたあと、不吉な勧告とばかりに、ぼくらの街を中心とする70Km圏内の市町村すべてにおいて、一斉にサイレンが鳴り響き、尋常ならぬ事態を知らせてくれた。


  < あと19分43秒 >

 そろそろお昼ごはん、ぼくと仁美ちゃんはコタツのなかでぬくぬくモード、何にしようかなぁと考えながらテレビのリモコンを操作する。残念なことに、どこのチャンネルも同じ放送が流れており、直ちに避難してください、と叫んでいた。

 文字放送によるテロップでは、冷戦時代、ソビエト社会主義共和国連邦(現在のロシア)のカザフスタンにあるバイコヌール軍事基地から打ち上げられた人工衛星『 スプートニク13号 』、原子力が搭載されており、周回軌道を外れた現在、ぼくらの街に落下するとのこと。大気圏突入しながら炉心溶融(メルトダウン)を引きおこし、致死量である500レントゲン以上の放射能が20分以内に降りそそぐ、と伝えている。


  < あと14分27秒 >

 仁美ちゃんは炊飯器のフタを開け、上手に炊きあがったごはんを確かめる。で、冷蔵庫の残り物を調べたあと、ぼくに声をかける。

「 タラコとおかかと梅干し、どれがいいかな? 史上最高のおにぎりをつくるからね。待ってて 」

 待てないぼくも台所に立ち、両手を水に湿らせたあと、塩をつけてから炊きたてのごはんを握る。とても熱かったけれど我慢した。仁美ちゃんのつくるおにぎりは、きれいでおいしそうだが、慣れないぼくがつくるおにぎりは大きすぎて不格好、ちょっと悔しい。


  < あと8分11秒 >

 ぼくは大急ぎで清潔なクロス、白いクロスを探しだし、コタツの天板へとふわりとのせてテーブルセッティングを進める。そして仁美ちゃんが台所から戻る。お皿の上にはおにぎり、あとは何もいらない。
コタツの天板の中央、お皿にのったおにぎりが4つ。

 どれにどの具が入っているかは、もちろん、お楽しみ、まさしく運命ってやつだ。


  < あと2分23秒 >

 アパート2階、六畳一間の竜宮城におけるご馳走(ちそう)、史上最高のおにぎりを目の前にして、ごあいさつとばかりにぼくは戯(おど)けてみせる。

「 このたびは晴天に恵まれ…… 」でも、言葉が続かない。

 仁美ちゃんが手のひらを合わせたので、意を理解したぼくは仁美ちゃんと声を合わせる。

「 いただきまぁす 」
「 おいしい? 」と仁美ちゃんが聞いてくれたけれど、で、おいしいよ、と言おうとしたけれど、ごはんをほおばったままなので、「 おいひい 」と言ってしまった。

「 あは、ごめんなさい。お茶を入れてくる 」
 すぐさま、ぼくは仁美ちゃんの手を握り押しとどめる。ごはん粒のついた手のひらなんだけれど。


 そして、残り46秒間の永遠のなかで、ぼくは仁美ちゃんを身動きできないほどの力で抱きよせながら、空飛ぶ銀色の玉手箱を想い浮かべている。

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