小説『vitamins』
作者:zenigon()

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      ソラリスの鐘は止まらない


 「 実は行きたいところがあるんだ 」と手のひらに載るほど小さな青い象さん ―― 駅の近くのイトーヨーカドー1階にあるおしゃれな店で買ったライター ―― が言葉を投げてきた。
 コンビニエンスストアで買ったばかりの強いお酒『 FOUR ROSES 』、琥珀色のバーボンの作用かな、なんて思いをはせながら返す言葉を探してみる。
 鉛色の金属へと青い塗料を施された小さな象さん、蛍光灯の光が青い象さんの丸い輪郭に沿って白い模様を反射している。一度ならずとも二度もアスファルトに落としたので小さな傷、青い塗料のはがれたところに鉛色の肌が露出していた。そのことに関しては謝るべきだな、と思いながらも言葉にせず、グラスに注がれた琥珀色のバーボンを口元からのどへと流し込んだ。
 「 で、どこへ? 」とぼくの問いかけに青い象さんの白い模様、ぬめりとした光の反射が動いた、ような気がした。
 「 ソラリスさ 」青い象さんはためらいなく答えた。
 「 ソラリス? それって惑星ソラリス、映画の世界ですよね、たしか 」ぼくは記憶の引き出しをあちこちと開けながら、その断片を拾い集め、影像を描いてみた。
 宇宙のかなた、理性をもった有機体の海が人間の潜在意識に潜む何かを実体化し、その混乱を描いた映画、自殺した妻の幻影に恋しながらも調査という職務遂行に悩める科学者の話だ。青い象さんはぼくの思案を眺めながら、整理される時を見計らっているかのように沈黙している。

 「 この実体を手に入れたのは中国、重慶(じゅうけい)の工場、と言っても小さな工場さ。木製の窓枠に灰色のガラスがはめこまれていて、そうそう、割れたところから雨が吹き込むようなところなんだ。そこに15才から18才ぐらいの女の子たち、きれいな子ばかりなんだけれど、ぼくの ――青い象さん―― かけらをピックアップしてくれてね、そのほっそりとした指先でぼくを組み立てしてくれたんだ 」
 その説明は確かにわかるけれど、ソラリスには結びつかない。疑問は言葉になってぼくの薄い唇をあやつる。「 何故? ソラリスなんだ? 」と。

 「 だって、ぼくのかけらって、どこから来たのか知りたいと思わない? 単に原料のことではなく、この理性の源はどこかってことを知りたいんだ 」青い象さんは雄弁に語りかける。テレビでは相変わらず、未成年や未成熟のオトナの連鎖的、発作的、無軌道な行動についてわれわれはどうするべきか、なんて議論が白熱している。
なんとなく、見てはいけない傷口を拡げるような気がしてぼくは、ぐるりと、何周もいすを回転させた。青い象さん、14インチのテレビ、ノートパソコンが姿を現しては流れていく。両足を床につけ、急ブレーキをかけたぼくは青い象さんに忠告をする。
 「 やめたほうが良いと思う 」

 青い象さんはぼくに見切りをつけたのか、語りかけなくなった。気分を害したのかもしれない。でも、思ったことなんだ。青い象さんのかけら、それについて考えてみる。でも、脳裏に浮かぶのは無数の細い腕が何かをつかもうと伸ばしている映像だけだ。たくさんの子供たちの腕に見えなくもない。
 その伸ばしきって何かをつかもうとしている指先のほんの少しさきに、憂いを身にまとう『 ソラリス 』が存在している。

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