5/記置(しるしおき)
雨が降ってきた。黒々とした雲から大粒の雨が落ちる。夕立だった。雨は濡れた血の匂いを拡散させた。しかし、それでもなお薄まることはなかった。それほどまでの量の血ということだった。
ついさっきまで子供たちの声で溢れていただろう公園は、今はシンとしていた。むせ返るような匂いにレンは顔をしかめる。濃く鮮烈な血の色が目に映る。
血の海の中央には人影があった。真っ赤に染まったコートのような服。綺麗にまとめられた黄色い髪。惨劇の中に佇む少女。
地獄の中に微笑む狂気。
レンは息を呑んだ。形のないはずの記憶が痛む。
少女はレンの存在に気づいてか、ゆっくりと振り向いた。レンは小さく微笑むその目を確かに見た。目が合ってしまった。
”会”いたくなかったのに。
記憶が重なる。思考が次第に止まっていく。
「なん……で…………」
信じることなんできない。認めることなんてできなかった。
”彼女”が何故ここにいる――?
分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。
レンの頭の中はもう真っ白になっていた。
少女は一向に動こうとしないレンを不思議に思いながらも、拳銃を構えた。スライドをゆっくりと引き、引き金に指をかけ――
「レンくん危ない!」
轟音とともに射出される銃弾。少女とレンの間にメグが割って入る。メグは素早く短刀を取り出し、投げた。投擲された短刀は銃弾を僅かに掠めた。そのおかげで銃弾の軌道が若干それ、メグとレンに当たることはなかった。
この神業ともいえるメグの行動に少女は驚くこともなくただ前に飛び出した。拳銃を投げ捨て、懐から刀を取り出す。そしてそのままメグへと斬りかかった。
「――――っ」
あまりのスピードに戸惑いながらも、メグはすぐに対応した。メグも「SR」のメンバーである。ここでミスをするほど常人ではなかった。鞘から抜いた二本のレイピアで斬撃を受け止める。
「闇雲に振り回しても、当たりませんよ!」
メグは目一杯の力で少女の刀を弾き返す。そしてやはりレイピアを投げた。本来の目的から外れ、投擲ができるように改造されたレイピアは少女の足に深々と突き刺さった。ほんの少しではあったが少女がバランスを崩した。
一瞬できた隙を見逃さず、メグは「束縛機(バインダー)」と呼ばれている特殊な電波を発する遠距離型スタンガンを少女に向けた。
しかし避けられた。いや違う。素早く構えられた刃に電撃が集中してしまった。即座に対応されてしまった。その思考の回転の速さにただメグは驚いた。
少女は何故か不満足そうな顔をする。もう飽きたとでもいうかのように。
彼女は踵を返した。突き刺さったレイピアを抜きへし折ってからその場に捨てた。
「待ちなさい!」
メグは叫び静止を促したがまったく意味がなかった。メグの叫びと同時に少女は地を蹴った。彼女は人間とは思えないようなスピードで走り去っていったしまった。
逃してしまったのは悔しかったが仕方はなかった。メグはとりあえずカイトへ報告した。
カイトはすぐ検察を送るといい、忙しいのかすぐに電話を切った。
「レンくん……?」
電話が切れてからメグはレンの方を見た。レンはその場に呆然として立ちつくしていた。そして、何か小さくつぶやくと膝から崩れ落ちた。
「どうして…………、どうしてお前がいるんだよ……」
空を見上げる。雨はいつの間にか止んでいた。しかし雲は晴れることはなかった。
「リン…………」