「……じゃあ、行くぜ」
俺はとりあえずなりふり構わず、相手の攻撃範囲に無謀に突っ込んだ。
戦術を既にほとんど熟知している彼女にとって、その俺の不審な行動には、
目を丸くして驚きを隠せないでいた。
「なっ、あんたバカじゃないの!?無防備のあなたがどうして、
武器を持っている私に向かって突っ込んでくるの?ホント、人間って何を考えてるか理解できないわ…」
澪はとりあえず、少々の身の危険を感じたのか、サッと俺から間合いを取ると、
自分の荒い吐息で白く曇った丸型メガネを、ポケットから取り出したメガネ拭きで、
丸く円を描くように、親指の腹でキュッキュッと拭く…。
俺は、その彼女の少し余裕そうな表情にムッとした。気づけばさっき彼女に攻撃された痛みは、
いつの間にか消えていた。いや、忘れていただけなのかもしれない…。
「どうしたんだ?間合いばっかりとって、全然攻撃してこないな?
まさか、負けたくないから戦わないなんて言わないよな?」
「そ、そんなわけないでしょ!?そこまで言うならいいわよ!あなたの望み通り殺してやるわよ!!」
澪はメガネをカチャッとかけた。白く曇ったメガネはすっかり元に戻り、ごみなども拭き取られたせいか、
さっきよりも少しきれいになっていた。太陽の日差しが彼女のメガネに反射して俺の視界を遮る。
「眩しい!!」
俺は一瞬、不意に腕で顔を覆ってしまった。その隙を彼女は逃さなかった。
「やぁ〜〜〜っ!!」
「なっ!?」
俺は慌てて、両手を前に出した。すると、彼女のムチ攻撃を防いでいた。
「ど、どうなってるの?何の武器も持たない…しかも人間に私のムチが弾かれた!?一体どういうこと?」
澪はいきなりのことに何が何だか状況がうまくつかめていなかった。しかし、それは彼女だけではない。
俺もよくわかっていない。なぜ、俺は彼女の攻撃を防ぐことが出来たのか理解できていないのだ。
すると、手にわずかに重みを感じた。すると、点滅信号のように、
いきなり俺の手の上で剣が見え隠れを繰り返し始めた。そう、さっきの彼女の攻撃は、
この剣が防いでくれたのだ。しかも、その剣はこの間瑠璃にもらった腕輪から呼び出された、
聖剣『ミッドナイト・スター』だった。もっと詳しく言えば、零と初めて戦ったときに使った“アレ”だ…。
「な、何なの、その剣は!?」
澪は突然俺の手の上に現れた、柄から鍔、さらに刃まで、全てが黄金色でできている剣に驚き、
しりもちをついていた。
「な、何なの!?その剣は…?」
澪の声は少しビビッていた。青色の瞳に俺の持つ聖剣が映る。
彼女は、少し位置のズレてしまったメガネを元の位置に戻しながら言った。
「くっ…。聞いたことがあるわ…。大昔から天界に伝わる癒しの聖剣。
全ての悪を薙ぎ払いその悪の心さえも浄化する、との噂…。まさか、本当に実在するなんて…」
「へぇ…これってそんなにすごいのか…」
「ま、まさかあなた…、それを知らずに今まで使ってたの?」
「あ、ああ…まぁな」
俺の一言に衝撃を受けた彼女はしばらく何もしゃべらなかった。
しかし、そうなるとますます俺は疑問に思うことがあった。
なら、なぜ魔界に住む悪魔の姫君である天魔の瑠璃が天界の聖剣を呼び出すための腕輪を付けてる?
俺はそのことで頭がいっぱいになった。すると、彼女はすかさず攻撃してきた。
「うわっ!あぶねぇあぶねぇ…」
「よそ見する暇なんてあるのかしら?」
「ふん…。ちょっと、ボ〜ッとしてただけさ…」
俺は少し冷や汗を流した。俺は剣を構え、彼女に向かって剣をふるった。
すると、剣から出現した衝撃波が彼女のムチを切り刻んだ。
また、それとほぼ同時に、彼女の頬や腕や足服などの何か所が切り裂かれた。
「うぐぅっ!!」
彼女は丸腰状態になったことに気づき、放心状態に陥った。俺が彼女に歩み寄ると、急に顔を青ざめ、
力が抜けたかのように崩れ落ち、廊下にひざをついた。
「そ、そんな…この私が人間にま…負けるなんて…。う、ウソ…。い、いや…。いや、いやぁあああ!!!」
彼女は両手で顔を押さえ、急に叫びながらその場にうずくまった。
「ど、どうしたんだ!?」
「くっ、私は負けられない!負けるわけにはいかないのよ!!」
彼女は俺に飛びつき、俺を押し倒した。そして、彼女は懐から短い果物ナイフを取り出し、
俺ののどに突き付けた。
「くくっ!もう終わりよ…。あなたは…ここで、私に負けて死ぬ…。そして、私は勝つ……」
「くっ!どうして、そこまでして…俺に勝とうとするんだ!?」
「平和ボケしているあなたにはわからないでしょうよ…。私は、魔界の大魔王様の秘書を務めているの…。
その私が、なんの条件もなしに、ここに来れると思う?もしも私が、あなたに寝返ったりして、
大魔王様の情報を流したり、負けたりした場合のことを考えて、大魔王様は私にある印をつけてるの…」
「印?」
彼女のその焦りようと、嘘には思えない彼女の言い分に、俺は息をのんだ。その瞬間俺ののど仏が動き、
彼女が俺に突き付けているナイフの刃の先が俺の首に少し刺さった。血は出ていないものの、
少しばかり痛い…。
「これがその印…『スコーピオン=スペル』…。蠍の紋章…」
彼女はそう言って、カッターシャツのような白い服のボタンを二、三個外し、右手でナイフを突き付け、
左手で、服を引っ張り、俺に胸に刻まれた紫色の蠍のような形をした刺青の紋章を見せつけた。
白い肌に、その紫色の紋章は、浮き出ているように見えた。しかも、よくみると、
それは動いているようにも見えたのだ。
「な、なんなんだこれ!?」
「これはいわゆる爆弾のようなものよ…。大魔王様がある言葉を口にすれば、
私の胸に刻まれたこの紋章から、蠍の毒が注入され、血液の循環する血管から全身に回り、
一日で死に至る…。つまり、私が人間に負けたりすれば死…。姫様を連れ戻すことが出来なくても、
それは死を意味するのよ!!分かった!!?」
澪は俺の顔に自分の顔を近づけ、強調するように俺の目を見て言った。その目は真剣だった。とても、
嘘をついているようには見えない。しかも、彼女はさっきまで縦に突き付けていたナイフを横に向けて、
刃の方を俺の顔と、首の境目あたりに突き付けた。
「そんなことをしたって、自分が負けたことに変わりはないだろ?
それに、そんなことをすれば、自分がみじめなだけだ…」
「くっ、うるさい!!」
彼女はさらにグイッと俺に剣を突き立てる。刃が俺ののどに食い込み、
ついに赤い血がタラ〜ッと俺ののどをつたっていった。俺は今、仰向け状態に倒れているため、
首から廊下の床に向かって、その血は流れていった。重力に耐え切れずに、血は床に落ち、
きれいな土色の床を真っ赤に汚していく。所々に点々と落ちる血の滴。その光景は、
よくあるホラー映画よりも少し易しめの感じだった。
「ぐぅぁ…。そのナイフを…ど、どけろ…。お前には、…そ、そんな…ことは出来や…し……ない」
俺はのどを押さえつけられているためうまく声が出せなかった。
「黙れ…黙れ黙れ黙れ!!あんたにあんたに私のキモチなんて分からないわよ!
自分がその立場になればわかるわよ!
負けが死を意味するというその恐ろしさを!!」
澪は悪魔を通り越し、死神のような表情でナイフを高く振り上げると両手でそれを強く握り、
俺の上にまたがると、俺の心臓部分に向かっていきおいよく振り下ろした。
カキィィィン!!!
ナイフの弾かれる音…。一体何があったのだろうか。俺は目をつぶっていたため、
何があったのかうまくまだ理解できていなかった。
「響史を離せ!!」
ドガッ!
「ぐはっ!!ぐぅううっ!!!」
玄関ドアに堂々と立っていたのは、イノシシ狩りに向かった零とその零を助けに行った霄だった。