「な、何をするつもりだ!?」
俺は嫌な予感がして、彼女に近づこうと一歩踏み出した。すると、彼女は大きな声で俺に向かって叫んだ。
「来ないで!!」
「な、何だよ……」
俺は少しビクッとして、つい小声になってしまった。
「もう、これ以上…私の邪魔をしないで……好きにさせてよ…。私だって、
本当はお姉さまの邪魔なんてしたくないのよ!でも、お父様の言うことを聞かないと、私が殺される…」
「まさか……お前も澪みたいに何か刺青入れられてるのか?」
「!?」
彼女は俺の言葉に驚いているようだった。
「ど、どうしてあなたが知ってるの!?」
「澪の胸にも刻まれてたんだよ…蠍の紋っていう死の刻印がな……」
「……そう。でも、例えそうだったとしても一度つけられれば、無意味だからね。
そうなれば、死ぬしか道はない…」
麗魅はそう言って、剣を両手で持ち、刃の先を自分の喉に突き付けた。
その様子を見て瑠璃が何かを感じ取ったのか麗魅に言った。
「やめて、麗魅!まさか、あなた死ぬ気!?」
「ふふっ…これ以上、苦しむぐらいなら楽になる方がいいわ…。それに、
ここで死ねばお姉さまの邪魔をする人はいなくなるわよ?嬉しいでしょ?」
「そ、そんなことない!妹が死ぬのを放っておけるわけないじゃん!!ねぇ、響史からも何か言ってよ!!」
瑠璃に俺の腕を強く揺さぶられ、俺は何か彼女を止めるような言葉をかけようとしたが、
その言葉が俺の喉から口に出ることはなかった。どうして、
言おうとする言葉が口に出る前にどこかに消えてしまうのだ。しかし、
それでも俺は、頑張ってその言葉を口に出した。
「……お、お前の本当にしたいことは何なんだ?」
「…えっ?」
麗魅は目に涙を浮かべながら拍子抜けのような顔をした。頬や鼻を真っ赤にして、
俺に何かを訴えかけるような目をした。その顔を見た俺は一瞬目線を下に逸らしてしまった。
「そうね……。お姉さまみたいに好きなことやりたかったな…。こんな風に、
明るい陽の下で、元気に友達と遊びまわりたかったわよ…。でも、今更そんなことできない。
この紋章は決して消えることはない…」
俺は口をぎゅっと閉じて、うつむいた。さっきよりもさらに強く拳を握りしめ、頭の中であることを考えた。
―大魔王…。お前は、例え自分の娘だろうと、こんなことをするのか!?
くっ……。
俺は、考え事をする中で、人間に生まれてよかったなと思った。そう、
自分を瑠璃達の立場に置き換えて考えたのだ。しかし、
そんなことをしている間に麗魅は何かが吹っ切れたかのように、剣の標的を自分の喉ではなく、
腹に変え、剣を勢いよく両手で持ったまま、刺した。
「うっ!!!?」
麗魅は剣を刺した瞬間に、妖力や魔力を失ったのか、一気に髪の毛の色が紅色からみかん色に戻り、
瞳も元の色に戻っていた。
「……さよなら、お姉さま。…今度、生まれ変わる時には……人間…になっ…、て…………」
そう言って彼女はクルッと向きを変えてよろめくと、バランスを崩して、蛍河に落ちた。
バシャーン!!
という水の音が鳴り、水の紋が綺麗な円を描いて、広がった。
また、それに少し遅れて少し淀んだ赤い血が広がった。
「麗魅〜!!!」
「くっ!?」
「響史!ねぇ、まだ間に合うよ!麗魅を、麗魅を助けて!お願い!!!」
「分かった……」
俺は軽いストレッチをして、準備をした。もちろん、時間はないので少し短縮して…。
その時、俺は彼女を川から引き上げる時のことを考えて、瑠璃に言った。
「そうだ!念のために、霊達呼んできておいてくれ!!」
「うん!」
瑠璃は眉毛をキリッと上げて、真面目な顔で返事をした。腕をグーにして首を縦に振ると、
走って俺の家に戻って行った。俺はその姿を見届けると、ふ〜っと深呼吸をして、川に飛び込んだ。
「ぷは〜っ!!…くっ、あいつ……どこにいるんだ!?」
俺はす〜っと深く息を吸って、口に酸素を大量に含むと、潜水を開始した。この川は普通の川とは違い、
案外底が深く、何年も前に二歳くらいの幼児が溺れ死んだという報告も受けている。
すると、キラリと何かが光るのが見えた。そう麗魅のつけている腕輪だ。
どうやら彼女も瑠璃と同じように腕輪をしているようだ。しかし、案外それのおかげで、
俺は彼女を見つけることが出来た。もしも、曇っていたりして陽の光が差し込んでなかったら、
見つけることは出来なかっただろう。俺はバタ足をしながら、手で水をかき分け、彼女に近づいた。
彼女のお腹からは大量の血が溢れだしていた。
(おい、麗魅!しっかりしろ!!!)
俺は彼女の体を優しく揺さぶった。しかし、彼女目をかたくつぶったまま、一向に目を覚まさない。
―どうする?
俺はすっかりまいってしまった。
その頃、麗魅の心の中……。
水の中を浮遊し、プカプカと浮かんでいる麗魅の体。みかん色の髪の毛がユラユラと揺れ、
彼女の肌を太陽の光が明るく照らす。
(あれ?ここは、どこだろう…。私死んだの?でもそうなると、ここは…地獄かな?
天国かな?あれ?でも、悪魔って死んだらどうなるんだろう………)
目をつぶったまま彼女はそんなことを考えていた。
(でも、そんなこともうどうでもいいか……。もともと生まれ変わりたくて死んだんだし…。
死んだなら死んだで別に後悔することも…)
その瞬間、彼女の脳内にそうばとうのように、記憶が駆け巡った。
(お姉さま……。私は…私は昔からそうだった。お姉さまが好きなことをやって、私はいつもそれを、
指をくわえてうらやましそうに眺めているだけ…。だから私はあなたがすごく憧れの人だった。
でも、そんなあなたがある日消えた。そう、修行に出ていて、私が目を離した隙に…。しかも、
私が夢見ていた人間界に…。だから、私はお父様にお姉さまを連れ帰ると嘘をついて、人間界に来た。
本当は少し下見するだけで終わらせるはずだった。そのはずだったのに…。
私はいつの間にかここにずっといたいって思うようになってた。どうして?
どうして、こんな感情が出てくるの?私は修行してこんな気持ちを全て捨ててきたはずなのに!)
彼女は心の中で全てを暴露した。一人ぼっちのこのさびしい空間で…。
一方響史は麗魅の体を抱え上げ、そのまま水面に飛び出した。コンクリートで固められた堤防の壁に近寄り、
そこにしがみつく。後は、瑠璃が他の護衛役を連れてくるのを待つだけだ。
「瑠璃〜!まだか!!」
俺は思わず、待ちきれずに彼女の名前を叫んだ。