(あれ、何だろう?何か声がする。そういえば、さっきまで聞こえていた、水の音がなくなった。
なんだか、耳元で何かが聞こえる。これは、あいつの声?)
「響史〜!!ごめん、遅れちゃった!!今、ロープ投げるから!!」
「おう、サンキュー!!」
「捕まった?」
「ああ!引き上げてくれ!!」
俺はロープをしっかり握り、彼女の体にロープを結びつけた。そして合図のためにと、
ロープをギュッギュッと引っ張った。
「じゃあいくよ!引いて!!!」
「うおおぉおりゃあ!!!」
彼女たちは全員で力を合わせ、俺と麗魅の2人を引き上げた。女だけなのに、すごい力だなと俺は思った。
「はぁはぁ…」
俺は草の生えた地面に手をつき、呼吸を整えた。俺の銀色の髪の毛からスタスタと滴が落ちる。
「あれ?」
俺は瑠璃のその声に気付き、ふと振り返った。
「どうかしたのか?」
「れ、麗魅が息をしてない!!」
「何!?」
俺は急いで、彼女に駆け寄り、脈を計ったり、心臓の鼓動音を確認した。確かに聞こえない。
まさか、手遅れだったのか?いや、そんなはずない!いや、信じたくなかっただけなのかもしれない。
俺は彼女の心臓辺りに両手を重ねて置き、心臓マッサージをした。
「ちょ、ちょっと響史。何やってるの?」
「心臓マッサージ!麗魅を死なせたくないだろ!?」
「う、うん!」
瑠璃は少し涙目で頷いた。俺は自分の荒い息遣いに合わせて、心臓マッサージをした。
そして、彼女の顎に手をあて、少し頭を上げるようにして、人工呼吸をした。
「ちょっ、響史!お前何してるんだ!?」
「人工呼吸だよ!体内に酸素を送るこむんだよ!
そうだ!霊…麗魅の傷跡治してくれないか?」
「わ、わかった!!」
霊は突然のことに少し焦りながら返事をした。彼女が麗魅のお腹に開いた傷口をふさいでいる間に、
俺は人工呼吸を続けた。
(何?体が揺さぶられている…。静かにしてよ…もう。もう自由にさせてよ。
何なの…さっきからうるさいな。これじゃあ、ろくに死ねないじゃない…)
「…うっ。うぅっ………ん?」
俺は思った。このタイミングで起きるとは最悪だと…。
「んぐっ!?」
「うぅっ!!?」
そう、丁度俺が彼女に人工呼吸をするために、口に酸素を送り込んでいる最中に彼女が目を覚ましたのだ。
「うぅう、いぃいいぃっいいややぁああああ!!!!!!」
バシッ!!!
「うぐぅぁあ!!!」
俺は彼女に思いっきり、頬をはたかれた。
「いってえな!!何すんだよ!!」
「それはこっちのせりふよ!!人が気絶してるのに、何キスしてるわけ!?マジ、信じらんない!!ありえない!!!」
「てめぇ、助けてやったのにその言い方はねぇだろ!?」
「ふざけないで!人のファーストキス奪っといて何言ってんの!?」
「まぁまぁ2人とも落ち着いて?それに響史だって一生懸命麗魅を助けようとしてくれんだよ?
ありがとうってお礼くらい言わないと…」
「お姉さま…相変わらず甘いわ…。そんなんじゃ、こういう変態にいつ騙されるかわかったもんじゃないわ!
もういい!私、死ぬのやめた。なんかアホらしくなったもん…。それに、お姉さまのことも心配だしね…。
だから、私あんたの家に居候させてもらうわね!」
「えっ!?…え、ええええええぇええ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!?」
俺はいつの間にか話に流されていた。確かに今までもこういった感じで悪魔を居候させてきた。
しかし、今回は勝手が違う。そう、護衛役ではなく魔界の姫君だ。しかも、2人目…。
こんなことあってはならない。姫が一人ならまだしも、二人…。信じられない。
普通の人間なら大喜びするはずだが、あいにく相手は人間ではなく悪魔…。まぁ見た目は人間みたいだが。
「何よ、ダメなの?」
「い、いや…別にそんなことはないが…」
俺は右の頬を人差し指でかきながら、麗魅に視線を合わせないようにした。
その時、彼女はふと自分の胸元を見た。
「あれ?…私の胸についてたあの刻印は?」
「あれか?あれなら、取ったさ…」
「と、取ったって…普通取れないんじゃないの?」
「ふっ!」
俺は得意げに鼻で笑い、聖剣を彼女の目の前に見せつけた。
「この、聖剣は特別でな、これで貫けば、刻印を取り除くことが出来るのさ!」
「うそーーーっ!!?その剣にそんな力が秘められてたの!?」
麗魅は信じられないという顔をした。
「とにかく、詳しいことは家で話そうぜ?」
「そうね……」
そして、俺達は一度俺の家に戻って全てを話した。
それから一時間三十分後…。
「はぁ〜〜っ!ずっと、話したらすっげぇ疲れた…。そうだ、なぁ零!
水持ってきてくれないか?」
「…分かりました」
俺がそう何気なく護衛役の零に頼んでいると、その姿を見兼ねた澪が俺にムッとして言った。
「ちょっと、あなた私のかわいい妹に何してるのよ!?」
「何言ってるんだよ…。こっちは、わざわざ住まわせてやってるんだ…。
これくらいのこと、やってもらって当然だろ?」
「くっ…あなたって人は少しは年下の女の子に優しくしようという心遣いはないんですか?」
「うっさいな…。たまにはいいだろ?俺だって、ゆっくりしたいんだよ……」
俺は足を投げ出し、大の字になって、フローリングの床に寝そべった。
「はぁ〜…今日は大体昼からステーキか何か作って食べようとしたのに…。
お前らが急にやってくるから、俺の計算が狂っちまっただろうが…」
「なっ、私たちのせいだっていうんですか?」
「事実そうだろ?」
「うっ……。確かに、あなたたちの昼ご飯の時間を奪ってしまったことについては、謝ります。
しかし、私達にだっていろいろと事情があるんです…。それに、もうそろそろ時間ですし…」
俺は澪の最後の言葉に反応し、首だけを起こして彼女の方を向いて言った。
「時間ってなんのことだ?」
「私は、魔界へ戻らなければなりません…」
「なっ、今戻ったらお前絶対に大魔王に何かされて、ただじゃすまねぇぞ?」
「響史の言うとおりだ!姉者…ここに残ってくれ、頼む!」
「私もお姉ちゃんに残ってほしいよ!」
霊が座布団の上に行儀よく正座している澪の腕にわがままをいう幼い子供のようにすがりついて、
涙目で言った。
「ふふっ…。ごめんね、霊…霄…。私だって本当は残りたいんだけど、
生憎そういうわけにもいかないの…。大魔王様の秘書は私以外いない……今の所はね」
「だからって、戻ることはねぇだろ?麗魅だってここに残るって言ってんだぜ?
それに、戻ったら麗魅を連れて帰ってないことに大魔王がさらに怒るだろ?」
「確かにそうかもしれないわね…。でも、仕方ないのよ…」
俺は彼女のその悲しそうな顔に何も言うことが出来なくなった。
「…だ、第一…どうやって魔界へ戻るんだ?」
「それなら、心配ないわ…。指をパチンって鳴らせばあっという間だから…」
「指パチン?」
「そう…」
彼女は頷きながら、指を自分の頭よりも少し高い位置に上げて、みんなに見えるようにして、指を鳴らした。
すると、それと同時に大きな異次元ホールが出現し、俺の家の床にポッカリと穴が開いた。
皆は、その穴の周りに立ち、その真っ黒な穴を不気味そうに眺めた。
部屋が不気味なオーラに包み込まれる。その異様な雰囲気に俺は気分が悪くなった。しかも、どこからか
ヒッヒッヒ…!
という何かの笑う声が聞こえてきたのだ。
「それじゃあ、私は戻るから後のことは頼んだわよ?もしかしたら、
これからも妹達が迷惑をかけるかもしれないけど、あと何人かでしょ?
あっ、でもあの子たちそれぞれなんだかんだで、強いから気を付けてね?
じゃあ、また暇なときに遊びに来るから…。バイバイ……」
「姉者…」
「お姉ちゃん…」
「お姉さま…」
「姉上…」
それぞれが、いろんな呼び方で、澪の名前を呼び、彼女のことを心配そうに見つめた。
俺はなんていっていいのか分からなかった。すると、彼女が急に俺の方を向いて少し小声で言った。
「じゃあね…神童 響史君……」
「あ、ああ……夏休みにでも遊びに来いよ?」
「ええ…そうさせてもらうわ……」
シュンッ!
さっきまで暗かった邪悪な気が一気に消えさり、パッと景色が明るくなった。
俺の気分もよくなり、詰まりそうな息もしやすくなり、呼吸も楽になった。