「じゃあ、俺も仕事にかかるかな…」
俺は独り言のように呟き、冷蔵庫の野菜室から様々な種類の野菜を取り出し、一週間ほど前に、
きれいにしてもらったまな板に乗せた。そして、足をまげてかがむと、流し台の下の戸を開き、
そこから二本包丁を取り出した。もちろん、片方の包丁は零の分だ。
俺は、振り返り後ろにボ〜ッと突っ立っている零に包丁を手渡した。
「これで、やるんですか?」
「これじゃなかったら、何でやるんだ?」
「もちろん、これで…」
そう言って、彼女は腰に下げている鞘から剣を抜き取り、刃をこっちに向けた。
不気味なほど鋭く鋭利に光る刃に俺はゴクリと息をのんだ。
「そんな物騒なもんしまえって!」
「あなたが持っている物も十分物騒なのでは?」
「こ、これは…料理のためだから仕方がないんだよ…」
俺はそう上手い具合に言い訳を取り繕い、彼女にむりやり包丁を握らせた。
「随分と短い剣ですね…」
「包丁っていうんだよ…」
「ホウチョウですか?」
「ああ……まぁ、扱い方は剣と似てるから大丈夫だろ?」
「剣と同じ?……ということは、こんな感じでいいんですか?」
そう言って、彼女は俺に、本来の包丁の使い方とは全く違う使い方で、凄まじい剣技を披露した。
置かれていた野菜が一瞬にしてバラバラに切断される。その上、その切り口は、
まるで包丁で切ったとは思えないほど、きれいだった。
「マジかよ…」
「これでいいんですか?」
「少し使い方間違ってるが、まぁいいか…。これなら、あっという間に終わりそうだしな…」
俺は横目で切られた野菜を見ながら言った。
と、その時同じ切り方しかされていない野菜を見て俺は彼女に聞いてみた。
「ところで、この切り方しかできないのか?」
「いえ…言われたらその通りに切ってあげますよ?」
「そうか…それならいいんだ」
―もしも、これだけしかできないとか言われたら、千切りで使うのがほとんどであるキャベツなどを、
角切りにしかできないということになってしまうからな…。
そう俺は心の中で思った。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない…。じゃあ、俺…霊達に仕事を伝えてくるから残りの野菜も全部切っておいてくれ!
斬り方はそうだな…。この紙にメモっとくからこの通りに切ってくれ!」
「了解です…」
俺は台所に零1人を残し、恐らく二階にいるであろう霊と霰を呼びに二階へと上がって行った。
俺は二階にあがると、少し隙間のあいた俺の部屋の扉を見て確信した。間違いなく、
あの二人はここにいる。俺はそう思い、鉄製のドアノブを持ち、クルッと捻り回した。
ガチャッ!とドアの開く音が鳴り、ゆっくりと茶色の部屋の扉が開く。すると、
そこには霊に抱きついている霰と、思いっきり嫌がって霰の頭を押し返している霊がいた。
「な、何やってるんだお前ら…」
俺はそのアホらしい光景に、ため息交じりで言った。
「あっ、ちょ…ちょっと響史助けてくれない?霰引き離して〜!」
「うふふ…お姉さま、私はどんなことがあろうと、誰が邪魔をしようと、
お姉さまから離れたりしませんわ!」
「うぅう…離れてよ〜!!」
「またまた、そんな喜んで…」
「喜んでないっ!!」
霰の間違いの言葉に霊が訂正の言葉を述べる。
「霰…霊嫌がってんだから離れてやれよ…」
「変態は黙っててくださいですの!」
「うぐっ!!」
最近…、変態っていう言葉を聞くたびに心がズキズキ痛む。
「まぁいい…それよりも、お前らも晩御飯の準備手伝え!」
「えぇええ〜〜!メンドくさい〜〜!!!」
「わがままいうな!俺だって面倒だが、ただでさえ昼ごはん食べてないんだぞ?
このまま晩御飯まで食べなかったら確実に飢え死にするぞ?」
「うっ、確かに…。でも、でも〜!!」
「でもじゃない!いいから…なに、簡単な仕事しかないって…」
「ほんとですの?」
「ああ…もちろんさ!イノシシの肉が切り分けられる間が暇だから、
お前らに残りの料理を作ってもらおうと思ってな…」
「何作るの?」
「なんでもいいぞ?」
「えっ、なんでもいいの!?」
霊が俺のその言葉に異常に反応した。
「あ、ああ…」
「分かった、じゃあ私が料理作る!」
「お、お姉さまがやるなら私もやりますわ!」
「おう、やる気になってくれたのか…」
俺は薄々嫌な気配を感じながら、下に降りて行った。
階段を下り、台所に向かうと、そこにはありとあらゆる種類の野菜を刻み終わった零がいた。
「零…もう終わったのか?」
俺はあっという間に調理を終わらせていた零のその素早さに驚き、
その出来上がった野菜料理に顔を近づけて言った。
「はい……。ですから、私の仕事はもう終わりですよね?」
「えっ…あっ、ああ…まぁ…終わりかな…」
俺が頬を人差し指で軽くかきながら言うと、そこに霊が口を挟んでこう言った。
「じゃあ、私の料理手伝って♪」
「おいおい…少しは休ませてやれよ…」
俺は零のために霊に言った。すると、零は少しも嫌そうな顔をせずに、
「いいですよ…」
と普通に答えた。
「ありがとう、零!」
「いいえ……」
―零、お前偉いな〜。どこからの誰かさんとは大違いだぜ…
俺は心の中でそう呟いた。すると、後ろから麗魅が自分自身の腰に手を当て、俺に話しかけてきた。
「悪かったわね!」
「うわっ!?」
俺は彼女の気配に全く気付くことが出来ず、思わず飛びのいてしまった。
―ていうか、どうしてこうも俺の心は彼女達に読み取られてしまうんだ?
俺は今までのことを振り返りながら、胸をなでおろした。
「びっくりした〜…ったく、急に現れるなよ〜!」
「何よ、人をまるで幽霊みたいに…」
麗魅は腕組みをしてそっぽを向いた。みかん色の髪の毛がふわりとなびく。と、その時、
俺は彼女に与えていた仕事内容を思い出し、彼女に聞いた。
「そういえば、お前仕事はどうしたんだ?」
「だから、それが終わったからここに来たんでしょ?」
「なんだよ、だったら早くそう言えよな!」
「なっ!あんたが、驚くから言いそびれたんでしょうが!!」
彼女は大きな声でそう叫んだ。彼女の声が俺の耳を通って頭に響き渡る。
「分かった分かった…今行くから…」
俺は彼女のうるさい声が聞こえないように、両手の小指を、それぞれの両耳の穴に突っ込み栓をした。
彼女の大きな声の音量が少し下がった。彼女の騒ぎ声が聞こえなくなったところで、
俺は庭に向かい、解体作業を終えた霄達が休んでいる場所に歩いて行った。
「おつかれ〜!大変だっただろう?こんな大きなイノシシの解体は…」
「そんなことはないぞ?体がなまらないためのいい練習にもなったし、
久しぶりに剣を振るえて、私も満足だ…。次はもっと切りやすいものを切りたいものだがな…」
そう言って、彼女は自分の顔に剣の刃を近づけ、口を閉じたままニヤリと笑った。
俺はその彼女の表情を見て、ブルブルッと何かの悪寒を感じ取った。
「人間は斬るなよ?」
「ふふっ…愚問だな…。もちろん、そのことについては重々承知している」
「なら、いいんだが…」
俺は少し心配になりながらも、彼女のことを信じ、それ以上の追及はやめておいた。そして、
俺はバラバラになった肉を家の中に運び込み、台所に並べた。もちろん、麗魅たちにも手伝ってもらった。
「ふぅ…さてと…」
俺はまくっておいた袖がだんだんと元の状態に戻り始めたのに気が付き、もう一度まくりなおした。
そして、台所で包丁を握っている霊に尋ねた。
「おい霊、もう終わったか?」
「ちょっと、待って…もう少しで終わるから…」
霊はいつもとは違う真剣な目つきで魚をさばいていた。その手さばきはなかなかのものだった。
よほど、魚料理を作ることに命を懸けているのか、自分の誇りをかけているのかは知らないが、
その集中力はなかなかのものだった。この集中力をもっと別のことに使用してほしいものだなと、
思いながらも彼女が魚をさばき終わるまで待っておいた。
そして十分後…霊は全ての魚料理を完成させ、零の切り分けた野菜と組み合わせた。
それを見た俺はまるで、魚料理店によく出てくるあの大きな丸いさらに乗せられたアレを思い出した。
そう、ヒラメやウニ…、そのほかにもイカやカンパチ?マグロなどの刺身が切り分けられたものの周りに、
飾られた大根の超細いヤツ?や、レタスっぽいものなどのことだ。俺はそれをテーブルに運び、
刺身醤油を入れるための小皿も人数分用意した。そして、いよいよメインディッシュの調理にかかる。
まずは、一際大きな肉を丸焼きにする。まぁ、いわゆる豚の丸焼きみたいな感じか?
まぁ、丸ごとではないのだが…。そして、残った肉で様々な料理を作っていく。
合計で二時間ちょいかかって完成した料理を俺はテーブルに並べていった。
途中で、テーブルの広さに入りきれなくなったため、もう一つ別のテーブルに並べていくことにした。
「じゃあ、いっただきま〜す!!」
俺達は全員席に座り、手を合わせると、料理に手を付けた。
「うわぁ〜!自分で作ったけど、やっぱおいしそうだな〜!!」
霊は片手で箸を握りしめ、もう片方の手で頬に手を当てて、目を輝かせて言った。
「これから食べちゃおうかな〜!!」
「勝手にしろ!ていうか、別に魚食べてもいいが、ステーキがなくなっても知らないからな?」
「別にいいもん!私は肉よりも魚の方が好きだから♪」
「かわってんな〜…」
俺は口に肉を頬張りながらそう言った。それぞれが様々な料理に手をつけ、いろんな感想を述べる。
そんな中俺はあることに引っかかっていた。何か何か肝心なものが足りない気がする…。
しかし、肝心なそれが思い出せない。一体なんだろうか?
と、その時瑠璃がある一言を放った。
「ところで、響史…。ごはんってないの?」
―それだ!!
俺は必死に考えていた言葉が出てきてあまりにも嬉しくなり、飛び上がって瑠璃を指さしてしまった。
一瞬にして静まり返る食卓…。悪魔の少女たちの俺を見る冷たい視線……。
そのあらゆるものによって、俺の喉を料理が通らなくなってしまった。
「味噌汁もないし……」
グサッ!!!
その麗美の一言がとどめだった。
―しまった〜〜〜!!!!完全に忘れてたよ…。
メインディッシュなどのことしか考えてなかったから、すっかり忘れてた…。
俺は心の中で後悔した。
ガーンガーン!!と心のどこかで残念賞の鐘が鳴り響く。