第二十四話「不良VS怪力少女」
ここは、魔界…。暗く、毎日朝だろうと夜だろうと太陽の上らない真っ暗な薄暗闇…。
何よりも、昼は火山などが活発に活動するので、そこまで寒くはないのだが、夜は活動が少ないうえに、
陽も出ないという最悪の条件が重なり、冷たい夜風がいつも吹き荒れるのだ。
そして、現在人間界の時間軸で、午前3:00を迎えた頃…。大魔王の城では、新たな動きが始まっていた。
「呼んだか?」
謎の少女が片手にハンマーを持ち、目の前の王座に座っている大魔王に尋ねる。
「ああ…。まさか、お前まで順番が回ってくることになるとは私も思ってもみなかった。
だが、現にこういう状況になってしまっている。これ以上、
あの小娘を人間界に置いておくわけにはいかん…。やり方は全てお前に任せる…。
必ず、あの二人を連れて帰って来い…いいな?」
大魔王は重そうなハンマーを軽そうに担いで平気な顔をしている彼女を見ながら言った。
「ふっ…もちろんだ!アタシの力をなめんなよ?ヒメ達をだましてるっていう男に、
アタシの力思い知らせてやる!」
雫と同じ帽子をかぶり、そのつばの影に隠れて、きれいな青い瞳が見える。
彼女の意思の強さを感じた大魔王はニヤッと笑い、彼女に言った。
「ふふふっ…そのいきだ…。頼んだぞ?」
「まかせとけ!」
そう言って、少女は青い髪の毛を振り乱しながら、ハンマーを引きずり、その場から姿を消した。
すると、少女とすれ違いに謎の男が一冊の本を抱えながら歩いてきた。すると、ふと男が下に目を向けると、
彼女がハンマーを引きずっているせいで、床が傷ついていた。それを見た男は声を荒げていった。
「なあああぁああっ!!!?き、き…貴様何をしておるか!この床は高いんだぞ!?」
「うっさい、おっさん!」
「おっおっさん!?」
男は眉をピクッと釣り上げ、言った。
「今からアタシは仕事なんだ…。邪魔すんなよな…」
そう言って、少女はそのまま男の横を素通りしていった。
「くっ…あの女…。今度会ったら覚えておけよ?ったく…」
男はぶつぶついいながら、大魔王の間に入って行った。すると、大魔王が男の存在に気づき、尋ねた。
「何をぶつぶつ言っている…?」
「いえ…今しがた…水連寺一族のものが床を傷つけているのを目撃いたしまして、注意のほうを…」
「そうか…。アイルー…」
「は、はいっ!」
アイルーと呼ばれる男は急に呼ばれて焦りながら返事をした。
「その、床はお前が直しておけ…いいな?」
「そ、そんな…」
「何か問題が?」
「うっ…わ、分かりました……」
―くっそ〜あんのこむすめぇえええええええ〜〜〜〜!!!!
アイルーは声の出せる限り心の中で叫んだ。もちろん、その言葉は彼以外には誰にも聞こえない。
「へっくち!…ズズ…。あっ、ヤバ…風邪ひいたかな…。最近は冷え込むからな〜…。
とにかく、厚着して行くか!」
少女は帽子を深くかぶり、前に進もうと一歩踏み出した。と、その時後ろから声をかけられた。
「待って!」
「ん?」
少女は声のする方を向いた。
「はぁはぁ…。人間界に行くの、霙?」
それは澪だった。
「ん、うん…まぁね…」
少し、あいまいな感じで、霙と呼ばれる少女は答えた。
「そう…。気をつけてね?」
「ふっあははは…。誰に言ってんの?力では女いや…男にも負けないと言われるアタシに、
人間なんかが勝てると思ってんの?んなわけないじゃん…。心配しなくても、大丈夫だって!!」
霙はクスッと笑って、腹を抱えながら笑った。片手でお腹を押さえながら、
もう片方の手でオーバーだなぁ〜みたいな動きで手を動かす。そして、笑いが収まったところで、
目から涙の滴を人差し指で拭い取ると、澪に言った。
「じゃあ、そろそろ行くわ…。姉貴の仇はアタシがとってあげるから…、安心して!」
「そ、そう?…銀髪の少年には気をつけてね?」
「分かったって!」
霙はまるで、何度も繰り返す母親に言うように、言い放ち、澪を後ろに下がらせると、
十分な距離をとって、人間界に飛ぶ準備を整えた。
「じゃあ、行ってくる!」
「…うん」
霙はハンマーを小さくし、背中のベルトにひっかけると、澪に向かって大きく手を振った。
現在…午前四時…。夏に近づいてきたために、最近は朝陽が昇るのが早い。
「うぅうぅぁああぁあわあああああわああああ!!!!」
ドシャーーン!!!ガラガララ…。パリン…。
商店街の路地裏に響くガラス瓶の割れる音や、アルミ缶などが転がる音。
「ごほっ!ごほっ!ったく…んだよここは…。標的の家のすぐ真ん前じゃなかったのかよ!?
このアタシが着地ポイントの座標を間違えちまうなんてな…。チッ!朝っぱらから調子狂うな…。
……にしても、随分静まり返ってんな〜」
霙が舞い上がる砂ぼこりを吸い込まないように口と鼻を手でふさぎながら、小声で呟いた。
さらに、彼女は辺りを見回し、人気が全くしないことに少し驚きながら、
「人間界の朝ってのはこんなに静かなもんなのか?まぁいいや。それよりも、標的を探さないと…」
と、面倒くさそうに頭をかきながら路地裏から抜け出した。
彼女の目の前には美しい人間界が広がっていた。まるで、人間界に朝だと告げるかのように、
ゆっくりと太陽が昇る。そして、その太陽の光が人間界にそびえたつ高層ビルや、山々を、
オレンジ色に染め上げる。彼女はその光景を見て、目を輝かせて魅入ってしまった。
「なっ…こ、こんな美しい景色が人間界にはあるのか?す、すごい…。ふっ…、
アタシとしたことが、まさかこんな景色ごときに惑わされるなんてな…」
そう言って、彼女が目をつぶり、俯いたその時、ブッブゥー!!というクラクション音と、
ブロロロロロ…というエンジン音が彼女の真横から聞こえてきた。
すっかり他の事に気が回らなくなっていた霙もさすがに、自身の危機に感づいたのか、
さっと横を振り向いた。しかし、その時にはすでに大きな荷を積んだ大型トラックは、
彼女の目の前にあった。
「な、なっ…何なんだこのデカい鉄の塊は!!?」
彼女はトラックのことをそう呼んだ。確かに、トラックの存在を知らない者にとっては、
ただの邪魔な鉄くずに思えるかもしれない…。
「アタシの邪魔をすんな〜〜!!」
彼女は不意に背中にあったハンマーを取り出し、孫悟空でおなじみの如意棒のように、ハンマーを大きくし、
棒の長さを長くすると、それを思いっきり鉄の塊(トラックのこと)に向かって、振り下ろした。