時刻は午後九時…。霙はやっと警官に解放され、毛布をまとったまま、住宅地をトボトボ歩いていた。
「結局、今日なんにもしてない…。くそ…あいつらめ…。次に会ったら覚えてろよ!
今回は姉貴に言われて、力を使えなかったが、次は本気で痛めつけてやる!
あぁ、イライラする。もう、いい…。今日は早く寝て、次の日に備える!」
霙はなぜか自分で誰もいない場所で、勝手に怒っていた。すぐそばのブロック塀にもたれかかり、
霙はまた空を見上げた。真っ暗な空に、点々と星が小さく輝いて見える。
「おやすみ…」
独りで孤独にさびしくそうつぶやく霙…。体操座りで物思いにふける彼女は、心の中でふと思った。
魔界にいる姉や妹は何をしているのか…。こっちにいる姉や妹は何をしているのか…。
双子の姫君は無事だろうか…。そんなことを考えているうちに、彼女はまたしても眠ってしまった。
午後十時…。すっかり暗くなった住宅地…。冷たい夜風が吹き、道路に落ちた木の葉が舞う。
民家の家の中には、もうすでに電気が消えている家もあれば、まだまだ電気を消さずに、
活動を続けている民家もある。電灯のいくつかが、バチバチッと音を立てながら、ジジジ…といって、
光が点滅し続ける。そこに、不良集団が面白おかしく笑いながら、歩いてきた。
「それでよぉ!その女がさ…」
「ぎゃはははは!マジでか?バリウケる!」
「やっぱ…それはよ―」
と、彼らが霙のそばにやって来たその時、不良の男の一人が霙の足に引っかかり、コケてしまった。
「いでっ!っつ〜…って、てめぇ…どこ見てやがんだ……あぁ!?」
不良の男は声を荒げて後ろを振り返った。そこには、ボロボロの毛布にくるまり、フードの端や、
毛布の裾から覗いている水色の髪の毛をのぞかせる、謎の人物が、足を放り出して寝ていた。
「おい、てめぇ聞いてんのかっつてんだよ!!」
「んん?うっさいな…人がせっかく気持ちよく寝てんのに…」
「んだ、ゴルァ!?俺をナメてんのか?おもしれぇ…その度胸気に入った!お前は死刑決定だ!!
お前ら、殺っちまえ!!」
「へい!」
「うおぉおおお!!!」
先ほど霙の足に引っかかってコケた男がどうやら、この不良集団のトップらしく、
手下の不良たちに命令を下していた。手下の不良達は、二三十人で霙を取り囲み、
ゴキゴキと手の関節を鳴らしながら、円形の輪を作り、その中心に霙が来るようにして、
ジリジリと歩み寄って行った。
「くっ……こいつは、マズいな…とでもいうと思ったか?と言っても、
さすがのアタシもこの人数はヤバいかも…」
「ふっ…何、ブツブツ言ってやがる!覚悟は決まったか?クソガキ…」
「ぐっ…お前、今何つった?」
「クソガキっつたんだよ!わ〜ったか?」
不良のリーダーは眉間にしわをよせ、目を開かせて霙を見つめた。
「あんまり、アタシを怒らせない方が身のためだぞ?」
「へっ!それは、こっちのセリフだっつ〜の!お前こそ、俺達をバカにしないほうが賢明だぜ?
まぁ、今頃言っても遅いがな!」
「忠告はした…。つまり、お前たちが痛い目にあっても何も言い返すことはできないというわけだ!」
そう言って、霙はハンマーを大きく振り回しハンマー投げをする選手のように、その場で回転した。
靴底がアスファルトとこすれ合い、摩擦によりキュッキュと音を立てながら煙を上げる。
ハンマーは遠心力により、今にも彼女の手から離れそうだ。しかし、それでも彼女が、
この巨大なハンマーを持ち続けていられるのは、彼女の強力な握力があってこそだと思う。
そして、彼女が円形を維持して攻撃しようと構えている不良達に攻撃しようとした次の瞬間、
彼女はあることを思い出した。それは、先刻のトラックの時と同様、澪に言われた言葉だった。
「くっ…」
結局、霙はその言葉が引っかかり、全力を出せず、思わず威力を緩めてしまった。
それが彼女の間違いだった。
「へへっ…どういうつもりか、知らねぇが、急に力を緩めやがって、残念だったな…」
不良のリーダーは霙の背後から彼女の両腕を押さえた。
「しまっ…―」
「もう、終わりだ!」
そう言って、リーダーは霙の後頭部に銃口を突き付けて、引き金を引こうとした。
すると、霙は目に邪悪な光をメラメラと燃えさせ、拘束されていた腕を振りほどき、
不良のリーダーの頭をわしづかみにした。
「ぐぅぅぁああぁあああ!!!」
「許さない…。お前達だけは……人間のクセに調子にのるな〜…」
霙は大声で叫び、リーダーを投げ飛ばすと、霙はハンマーを振り上げ、いきおいよく、振り下ろした。
凄まじいパワーがアスファルトを破壊し、辺りにいた不良達は、あちこちに吹き飛んで行った。
「はぁはぁ…。ダメだ…。パワーを押さえられない…。ぐっ……まさか、こんなところで、
力を使うことになるなんてな…。アタシの力は安定していない…。何としてでも、
神童 響史を探して…殺さないと…」
霙は足を引きずりながら、中央公園に歩いて行った。
「ここで休憩すっか…」
そう言って彼女は、辺りを見回しながら、公園の中に入って行った。あらゆる遊具が設置されている、
ここ中央公園は、光影都市の住宅地の中に一個しかない大きな公園で、大抵の子供たちは、
ここで遊ぶことが多い。そして、霙は公園にはよくある水道を見つけた。
「水…!?ちょうどいいや、補給しとくか!」
キュッキュッ…。水道の蛇口を回し、霙の持っているハンマーの一部にある丸い穴の中に、
水をたっぷり入れて、ギリギリのところまで入れ終わると、蓋をしめ、ハンマーを小さくした。
「ふぅ…まぁ…これで、いいか…」
霙は結局、そのまま中央公園で寝てしまった……。
次の日の朝…。午前七時…。神童家(俺の家)…。相変わらずの生活を送っていた俺は、
自分の部屋のベッドで寝ていた。無論、左右には瑠璃達が寝ている。はっきり言って、
嬉しいという気持ちよりも、狭いという気持ちの方が勝っている…。何故かというと、
このベッドはもともと一人用…。なのに、なぜか今では五、六人の悪魔の少女たちが寝ている。
そんな彼女たちに俺は囲まれ、ハーレム状態でいつも寝ている。しかし、
いつまでもそういう状態を楽しみ続けるわけにもいかない。俺にも学生生活というものがある。
そのため、俺はさっさと制服に着替え、下に駆け下りて朝ごはんを急いですませるというわけだ。
だが、その行動はあくまでも過去の話。今は、彼女達を起こさなければならないのだ。なぜなら、
彼女達も俺と同じく、学校に通うことになってしまったからだ。全く、家にいるのが嫌だとか、
魔界からやってくる刺客のことが心配だとか、俺的には学校にいるほうが何かとメンドウだと思うのだが…。
まぁ、そんなこんなでいつも俺は彼女達を起こすことに時間をくってしまう。しかも、彼女達は全員女子…。
いきなり起きたと思えば寝起きのために寝ぼけたままその場で、脱ぎだしたり、
脱ぐ途中でまた寝てしまったり、階段からすっころんで、俺を巻き添えにして、一階に転げ落ちたりなど、
アクシデントの連続…。そんな毎日を送っていたせいか、……風邪をひいて高熱が出てしまった。
……―瑠璃だ。今までの話を聞いていた人は、大抵俺が苦労の連続で疲労で倒れたと思っただろうが、
残念ながら俺ではない。俺もはっきり言って自分の体の構造を不思議に思っている。
一体、どういう体質をしているんだ?