小説『魔界の少女【完結】』
作者:YossiDragon()

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台所に行くと、藍川兄妹がアップルパイ片手に俺の方を同時に見た。

「お前ら息ぴったしだな…」

「ごほごほっ!!んなんじゃねぇよ!!」

亮太郎はむせてせき込みながら俺の言葉を否定した。そして、俺は残っているアップルパイの数を

数えた。

「ん?もうこんなに食べたのか?そんなに食べたら本来食べさせようと思っているやつに食べさせられ

ないじゃないか!!」

注意を受けた二人は、しょぼんとして台所から出て行った。すると、それと入れ違いになって

霊がやってきた。

「うわぁ!!本当に美味しそうにできてるね〜!じゃあ、さっそくいっただきま〜―」

「ちょ〜っと待った〜!!」

「ふぇっ!?」

急にストップをかけられ、困惑する霊…。ちゃんと礼儀正しく頂きますと言ったのに何がいけなかったの

だろうかと自分が今、やった行動を頭の中で振り返る。しかしどこにも何も異常はなかった。そうなると、

よけいに自分がなにをしたのか原因が気になる。彼女はまるで、生徒のように手をビシッと上げて、

俺に質問した。

「何がいけないの?」

「手を洗ってないだろ?」

「あっ…!!」

迂闊だった。そのことを彼女はすっかり忘れていたのだ。慌てて彼女は雪菜ちゃんに洗面所を教えて

もらい、手を洗いに向かった。

―台所(こっち)で洗えば早いのに…。


そんなことを心の中で呟きながら、俺は彼女が戻ってくるのを待った。そして、

「お待たせ〜!」

と、笑顔で彼女は戻ってきて、再びアップルパイに手を伸ばそうとした。しかし、そこでまたしても

俺はストップをかけた。

「え〜っ、今度は何?」

俺に手の甲をはたかれ少し痛そうにはたかれた部分を優しくさすりながら霊が言う。

「手…拭いてないだろ?」

「…う、ん…。だって、ハンドタオルなかったし!!」

「あっ、ごめんなさい…。私がかけるの忘れてたの!!」

霊に指摘されて思い出したのか、雪菜ちゃんが慌てて洗面所に走り、ハンドタオルを一枚両手に

抱えて持ってくると、霊にペコリと謝りながら手渡した。

「これでいいよね?」

「ああ!問題ない…」

「はぁ…。やっと食べられるよ!じゃあ、今度こそいっただきま〜す!!」

大きな口を開けた割に小さくアップルパイにかぶりつく霊…。彼女はモグモグとその味を確かめながら

俺の方を向いた。

「どうだ、美味しいか?」

味がどうなのか、気になった俺は少しドキドキしながら彼女に訊いた。こちらとしては、人間である

亮太郎達の意見だけでなく、悪魔としての意見を聞きたいところであった。何せ、本来食べさせたい

相手が悪魔なのだから…。

「うん、すんごく美味しいよ!甘い味に香ばしい香りがして、もうほっぺたがとろけおちそうだよ〜!!」

悪魔がそんなことを言ったら、本当に頬が落ちそうで困る。

まぁ、とにかく悪魔にとってもこの味はそこそこいけるようである。さてと、残るはまだ眠ったままでい

る霖という少女に食べさせるのみ…。早く起きないかなと心の中で彼女を焦らせながらも俺は、

ひとまず深呼吸をし、道具などを片づけていた。すると、それを見た亮太郎が俺の傍に駆け寄り

「そんないいって!うちの親がやっとくからさ〜!!それよりも、『UNI』しようぜっ!!」

と言って、俺から洗い掛けの皿を取り上げるとかわりに顔面にズイッと半ば強引にトランプを見せた。

UNIというのは今、密かに人気沸騰中であるカードの名前である。これには、様々なルールがあり、

それぞれ○○流などと言った感じで、種類は数えきれないほどだ。

「分かった…でも、とりあえずその一枚だけは洗わせてくれ…」

「うっしゃ、雪菜もやるか?」

「私は、テスト勉強あるからいい…。兄貴達だけでやれば?」

兄の誘いを冷たくあしらうと、彼女はツンとした感じで、台所から姿を消し、階段を一段一段上がって行く

音のみが残った。

「んだよ…つれないやつめ…。タマちゃんはやるよね〜?」

「ウニって何?食べ物?」

「い、いや…そっちのウニじゃなくて…」

相変わらず頭の中には海に生息する生き物のことしかない。ウニってそれで、どうやって遊ぶんだよ

と、逆に聞きたいくらいだ。と、俺は皿を一枚洗いながら頭の中で語った。



そして、俺が皿洗いを終えたところで、トランプゲームが開始された。

「じゃあ、とりあえず三人だから…」

―人数を数えるまでもなく、一目でわかるだろ?


俺は亮太郎のバカな行動をみながらカードが配られるのを待った。そして、カードが全て揃った

ところで、自分の手札を見た。すると、横から誰かの視線を感じた。それは霊だった。

「じ〜っ…」

「うわぁああ!!って、お前…人の手札見んなよ!!」

「えっ、ダメなの?」

「はぁ…。あのな〜…」

「え、何…。タマちゃんルール知らないの?」

「るーる?」

―はぁ、ダメだこりゃ…。こいつ、ルールも知らないのかよ!!ていうか、まぁUNIをウニって言ってる

時点で怪しいなとは思ってたけれども…。


俺はため息交じりで彼女にルールの説明及び、カードの説明を行った。予想では、一時間はかかるもの

だと思っていたが、三十分で終わった――わけがない…。そこまで、彼女も理解の早い人物

ではない。理解するのに、それの約二倍の二時間はかかった。俺達がゲームを開始したころには、

もう既に外は真っ青な青空ではなく、夕焼けの茜空に染まっていた。

「ふぁ〜あ…」

亮太郎が大きな欠伸をし、めじりに涙をためていた。

「どうした?」

「いや…なんか、疲れたなと思って…」

そろそろ飽きが来たのだろう…。藍川亮太郎とはそういうやつだ。彼は、カードを一枚出した後

床に仰向けになって足を投げ出し、大の字になった。

「ところで…なんか、こう…アレだな。近頃、暑くなりだしたよな〜」

「ん?…ああ、そうだな。アイスが恋しい時期だよな…」

「アイスって何?」

霊は初めて聞く言葉に不思議そうな顔をして首を傾げる。

「えっ、なになに?タマちゃんアイスって知らないの?」

「食べ物か何か?」

「そうそう!すんごく、冷たくってうまいんだな〜コレが!!」

アイスという生まれて初めて聞く言葉に興味津々になっている彼女の顔を見て、調子に乗り出したのか

ベラベラと様々な種類のアイスを紹介した。

俺は、しばらくかかりそうだなと思い、霖の様子を見ようと下に降りて行った。

蒸し暑くなってきたため最近は薄着がちょうどいいと思う時期がある。そのため、彼女にも

薄い生地で出来たタオルをかけてあげていた。俺が彼女の傍に近寄り、ゆっくり腰を下ろすと

そのかすかな物音に反応したのか、霖がそのまぶたをゆっくり開けた。

「お、起きたのか?」

「…ここは?」

「悪いが、先に謝らせてくれ!ごめんなさい!!周囲をよく確認せずに下り坂を降りていたせいで、

君をこんな目にあわせてしまって…本当申し訳なく思ってる!ホント…なんてお詫びをしたらいいか…」

俺は彼女が起きるや否や、ザザッと体制を変え、足を曲げて正座すると額を床にこすり付けるようにして

土下座した。いきなりのことに、彼女は事態を上手く呑みこめていないようだった。無理もない、

彼女はただ転がっていったリンゴを取ろうと急に飛び出しただけ。そして、そのまま高速で坂を

下ってきている俺の自転車とぶつかったのだから…。記憶が多少飛んでしまっていても、仕方ない

ことなのだ。

―何も言ってくれない…そりゃそうだよな。許してくれるわけないよな…。


俺の視界が急に霞んできた。ブアッと何か熱いものが込み上げてくる感じ。

―あれっ!?俺、泣いてんのか…?


何度涙を拭い去っても、どんどん溢れてくる大量の涙…。すると、俺が泣いているのに気付いたのか

霖がクスッと含み笑いをした。

「何かおかしいか?」

目を充血させながら訊く俺に、彼女はこう答えた。

「だって…あなたは、何も悪くないんだもん…。悪いのは、私だよ…。ごめんね、心配かけちゃって…。

私の体は特別だから、そうやすやすとは死なないんだ!」

「悪魔…だからか?」

「!?」

彼女は目を見開いて驚いた。どうやら、彼女はまだ俺が自分の姉たちと一緒に暮らしていることに

気付いていないようだ。澪達から何も聞いていないのか?と思いながら俺は彼女に言った。

「…霊が、お前を助けてくれたんだ…。でも、あの時どうしてあんなところに?」

「実は、私…こっちに来たとき、当初は神童響史…、即ちあなたのところに来る予定だったんだけど、

人間界(こっち)の世界の道はよく分からないから、すっかり迷っちゃって…。結局、路頭に迷っていた

私は橋の下で一夜を過ごすことになった。最初は不安と孤独感と寒さで死にそうだったよ。でも、

あの人達が助けてくれたんだ…」

霖は急に何かを心の中に思い浮かべながら、優しい眼差しで自分の手を見た。

「あの人達?」

「うん…ホームレスだよ!」

―ホームレス…。


俺は心の中でホームレスについて知っている知識を洗いざらい復習し、彼女がこれから語るであろう

ホームレスの実態について聴くことにした。

「あの人たちは、本当に優しい人たちばかりだね。孤独感も一気に拭われたし、おかげさまで

寂しいっていう気持ちと不安感もなくなった。おまけに、あの人たちのおかげでこの光影市については、

殆ど学ぶことが出来たよ。それでお礼にと思って私は次の日の夜、彼らにカレーライスを作ってあげ

たんだ。それで、今日がその三日目の日…。本来なら、橋の下に行って彼らに三日目のカレーと

ホームレスの仙人に習ったアップルパイを食べさせてあげたかったんだけど……。あの時、

リンゴを一個誤って落としちゃって…。それで…―」

「なるほど…あの大量のリンゴはそういう意味があって…」

俺は急にしんみりした気持ちになった。ホームレスについて少し勘違いしてたと深く俺は反省した。

すると、彼女は何かの匂いを感じ取ったのか急にクンクンとまるで犬の様に空気中に漂う匂いを

嗅ぎ俺に訊いた。

「もしかして…この匂いって、アップル…パイ?」

「ああ…大量のリンゴを見て、ピンと来たんだ。霊にお前が料理好きだって聞いてな……。

よかったらだが、一個いるか?」

「いいの?」

彼女は目を輝かせた。それと、同時に彼女のお腹が鳴る。

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