小説『魔界の少女【完結】』
作者:YossiDragon()

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「どうやら、相当お腹が減ってたみたいだな…。材料はまだあるから作ろうと思えば作れるぜ?

後で、お世話になったホームレスの人たちに三日目のカレーと一緒に届けに行こう!なっ?」

俺はそう言って、彼女の肩をポンと優しく叩いた。

「うん!…ところで、一つお願いがあるんだけど…いいかな?」

「お願い?なんだ?」

「……“お兄ちゃん”って呼んでもいいかな?」

―お、お、おおお兄ちゃんだと〜〜〜〜!!!?


パニック状態に陥る俺…。思考回路の回線が今にも気恥ずかしさと嬉しさでショートしそうだ。

シューシューと頭から湯気を発する俺と、頬を赤らめ口元を自分の手で覆う霖…。その仕草がさらに、

俺の心をくすぐった。迷いに迷った末、俺は彼女に

「お、お前がそれでいいって言うんなら…それでいいぞ?」

と上から目線でそう答えた。

「ありがとうお兄ちゃん!!」

少し違和感を感じたが、それよりも今は嬉しさの方が勝っていたためすぐにそのような感覚は消えて

なくなった。



それから、亮太郎と霊に霖が目覚めたことを伝えると、二人は慌ててUNIを片づけダダダッと駆け足で

階段を駆け下りてきた。

「おおお〜!!さすがはタマちゃんの妹だ!レベルたけぇ〜かぅわいいぃ!!」

藍川亮太郎…実に危険な男だ。自分の妹にまで手を出しそうなこの男。ついに、タマの妹にまで

手を伸ばし始めた。霖もさすがに恐怖を感じているのか、俺の後ろに隠れて俺の服の袖をギュッと

握りしめる。この行動さえも、妹を持ったことのない俺にとっては可愛く見えてしまった。

「おい…亮太郎…やめとけって!霖が怖がってるだろ?」

「うっせぇやい!!」

「お兄ちゃん怖い…」

霖のそのボソッと俺に呟いた一言に敏感に亮太郎が反応を示す。

「ななななっ、神童!てめぇ、本当の妹でもねぇのに、お…おおおおお兄ちゃんだとぉおおお〜!!?

俺なんか、妹がいるってのに、一度も“お兄ちゃん”って呼んでもらったことねぇんだぞ!!

―それは何ていうか、うん…仕方ない事だと思う。こんなお兄ちゃんでは、さすがの雪菜ちゃんも

嫌がるだろう。


そんなことを想いながら俺は、このままでは解放してもらえそうにないと思ったため、彼にある物を

手渡した。

「これ、やるから今回は見逃してくれないか?」

「ん?なんだこれ…」

手渡された物を顔に近づけると彼は急に体を震わせ、鼻血を噴き出した。

「こ…こここれは、タマちゃんの体操着姿!?神童…お前、いつの間に…こんな写真を…?」

そう、それは霊が体操服を着ている写真だった。もちろん、俺が撮ったのではない。

「え〜っ!?響史…こんな写真撮ってたの?」

「お、俺じゃねぇよ!!これは、お前のよく知ってる人物が撮ったんだよ…」



その頃、響史の家…。

「ブワァックショイッ!!」

「あはは、お姉さま…なんですの?その笑い…」

「ズズッ…誰かが私の噂してるんだよ〜。そうに決まってるわ!」

霰の言葉に露が鼻をすすりながら答える。

「それよりも、お姉さまがあの男の元に行ってから随分経ちますけど、まったく戻ってきませんわね…。

一体、どこで何をしているのやら…」

「二人で、禁断の関係を築いてるのかもよ〜?」

「ななっ!?そんなこと、この私が認めませんわ!!」

「あはは…冗談だよ冗談!!ふふ…相変わらず、霰は面白いわね〜」

「お姉さま…からかうのも程ほどにしてほしいですわ!そんな関係を築いた瞬間、私は物の一秒で

あの男を抹殺するところですわ!」

「そ、そう…まぁ、ここではやめておいてね…」

霰の邪悪なオーラを肌に感じ、少し恐ろしいと思いながら露は言った。



再び、亮太郎の家…。

「それじゃあ、俺達帰るわ!またな、亮太郎!!」

「おう!また、学校でな!」

「おぅ!」

俺と亮太郎は互いに挨拶をかわすと、俺は玄関ドアを開け霊と霖の二人が外に出たことを確認し、

扉を閉めた。

「…ん、兄貴〜皆帰ったの?」

「ああ…ていうか、お前勉強は?」

「ちょっと休憩…」

「そうか……」



暗がりの路地を歩く、俺…神童響史と、悪魔にして護衛役である霊と、その妹の霖の三人は、

真っ赤な夕焼けを綺麗だなと思いながら無言で歩いていた。すると、その沈黙を打ち破るかのように、

霖が突然話し始めた。

「あのね、お兄ちゃん…」

「ん、なんだ?」

俺は彼女に呼ばれて、後ろの方を歩いていた霖の方を向いた。

「ホームレスの人たちにもう一度会いたいんけどいいかな…?」

「どうしてだ?」

「二日間と半日とはいえ、お世話になったんだし…お礼をしないといけないかな〜と思って」

本当に偉いやつだなと心の中で思いながら俺は彼女に言った。

「ああ…いいぜ。ついでに、俺が作ったやつだがアップルパイも持ってくか?」

「うん!元々、アップルパイをあの人たちに上げるのが目的だったから…。ついでに、三日目のカレーも

上げようかな…」

「おう、そうしてやれ!!…霊はどうする?」

「えっ?私?…う〜ん、いいよ?私もついてく!!」

「じゃあ、霖が世話になったっていうその橋に行こうぜ!」

俺が先陣を切り、彼女達2人を引き連れて霖が言っていた橋に向かう。



そして、それから三十分が経過したところで、目的地に辿りついた。

「はぁ〜!疲れた…。ずっと歩きづめだからな〜。でも、ホームレスなんてどこに……」

ホームレスらしき人物を目で探す俺…。すると、いち早く彼らの姿を発見した霖が指をさした。

俺も急いでその方に目を向ける。そこには、確かにボロボロの服に、ニット帽…さらに、穴の開いた

手袋らしきもの…そして、極めつけはその体の汚れだった。まさに、俺のイメージしていた通りの

ホームレスの姿がそこにはあった。俺は河川敷に続く石階段を降りていき、彼らに話しかけようとした。

しかし、彼らは何やら焦っている様子…というよりは、何かを探している様子だった。

「あの〜誰か探してるんですか?」

「お〜、あんたオラ達の恩人を知らねぇでか?」

―うわぁ〜…独特の訛った喋り方…。ますますホームレス……って感じだな…。


「えと…恩人って?」

「オラ達の恩人ってのは、すんごく綺麗な娘なんだ〜!青い髪の毛に蒼い瞳…さらに、その髪の毛を

両結びにしてるんだ〜。そんな子見かけなかっただか?」

「それって…こいつのことですか?」

俺はホームレスの一人の人物像を頭の中で想像し、それにぴったりあてはまる人物…霖を前に出した。

「お〜!まさしくそうだ!彼女に違いねぇだ!!お〜い、皆…オラ達の恩人が見つかっただよ!!」

「本当か〜?」

「んだ!間違いねぇだ!!オラ達にカレーやら何やら恵んでくれた恩人だ!!」

向こうからたくさんのホームレスがやってきて、俺をはねのけると、彼らは霖の周りを取り囲み、

まるで女神かのように土下座して崇めた。

「ははぁ〜」

「ちょ、ちょっと皆…そんな…私は恩人ってわけじゃないよ…。それに、どちらかというと

皆の方が私にとって恩人みたいなもんだし…」

霖は照れくさそうに頭をかきながら言った。

「あっ、そうだ!皆にプレゼントがあるんだ!今日皆に作ってあげる三日目のカレーを渡すときに、

あげるから楽しみに待っててね!」

「プレゼント?そら、いいだな〜。オラ、ワクワクすっぞ!!」

―あれ?今、どっかで聞き覚えのある言葉が…。


俺は彼らの会話のやり取りを聞いていて、引っかかる部分があったが、彼らがさっさと話を進めるため、

それについては心の奥にしまうことにした。



そして、時刻はもう既に七時…。そろそろ家に帰らないとあいつらがどんな文句を言うかたまったもん

じゃない。霄や零に至っては、剣を取り出して襲い掛かってくる可能性もなくはない。

「よし、出来た〜!皆、カレー出来たから順番に並んで〜!!」

霖が三日目のカレーを作り終え、一列に並んだホームレスが持っている皿にカレーのルーをよそう。

俺はご飯を盛る係…霊が彼らに皿を渡す係だった。

全員がカレーがたっぷり盛られた皿を両手で持ち、その場に立ちつくす。人数が多いうえに、座る場所

がないのだ。

「霖ちゃん…オラ達、どこに座って食べればいいだか?」

「う〜ん…とりあえず、座れそうな場所に座って食べて?」

「分かっただ!」

ホームレスたちが彼女の言うとおりに動き、各自それぞれ位置についてその場に座った。

「あっ、そうだ…。すっかり忘れてた…今から皆にいいものあげるから、もう一回一列に並んで?」

その声に皆は一目散に並んだ。瞬時に、散らばっていたホームレスの群れがまとまって一列に長く

並んでいく。

「じゃあ、一人一個ずつこのアップルパイを取っていってね?」

彼女に言われて、皆は一個ずつアップルパイを取って行く。あんなにたくさん用意していたアップルパイ

は皿の上からあっという間になくなってしまい、残ったのはアップルパイのカスと真っ白な皿のみとなった。

「え〜と、それじゃあ…皆手を合わせて…―」

霖の声に俺達は一斉に手を合わせた。

「いっただきま〜す!」

「「「いっただきま〜す!!!」」」

彼女の声の後に、皆の声が続く。そして、それと同時に銀色のスプーンがコツコツと皿にあたる音や、

皆のにぎわう声がしきりに聞こえ続け、しばらくの間それがおさまることはなかった。



そして、三日目のカレーライスを食べ終え、皿を片付け終えた後で皆は次にデザート感覚でアップルパイを

食べる事にした。大きな口を開けて、パクリと一口。その瞬間、皆は目をうるうるさせて感動の言葉を

次々にあげ始めた。

「うおお…間違いねぇ…。これはホームレス仙人とおんなじ味だ!」

「確かに…この味は間違いないねぇ〜…」

「あんがとよ霖ちゃん…。仙人から見てどうですか?このアップルパイの味は…」

一人のホームレスから仙人という言葉が零れた瞬間、俺はその方を向いた。一度でいいからその

ホームレス仙人とやらの姿を見てみたかったのだ。すると、その姿はまさしく仙人のようだった。

木で出来た杖に、裾がズルズルと地面にひきずられているボロボロの服に、ニット帽…。さらには、

銀色の白髪を山姥のようにボサッとはやしていた。櫛で梳いたりしていないのだろう…その髪の毛は

ピンピンと四方八方にはねまくっていた。仙人の目元にはしわが深く刻み込まれ、さらに額の真ん中に、

くっきりはっきり真っ黒なホクロがあった。

「…うむ…。この味、なかなか見込みがある…。じゃが、これはお主が作ったものではないな?」

「えっ…?」

仙人の洞察力には俺も驚きを隠せなかった。その閉じられた瞼の奥にある瞳は全くもって曇って

いなかったのだ。

「わしにはなんでもわかる…。わしはホームレスの仙人じゃぞ?」

―そう言われてみれば確かにそうだ。しかし、例えそうだったとしても、本当にそんなことが

可能なのか?


そう俺は思った。すると、さらに仙人は続けた。

「そこの銀髪のお方…」

「あっ、はい…」

俺は銀髪と言う言葉で反応した。何せ、この中に確かに銀髪っぽい髪の色をしたやつはたくさんいるが、

どれも銀髪というよりかは、明らかに白髪よりだった。そのため、俺は自分の事を指示している

のだろうと思った。

「お主の料理の力は中々目の見張るところがある…。じゃが、まだ…まだ何か足りない物があるな…。

それが何かは分からぬが、それが何なのか分かる日もそう遅くはなかろうて…。霖よ、お主はこの

者と共に行きなさい…。そして、二度とここへ戻ってきてはならぬ!」

「えっ、どうして?」

「お主は、わしらに十分奉仕してくれた…。それだけでわしらはもう十分じゃ!今日のカレーも昨日と

一昨日のカレーもうまかった…。じゃが、そうやっていつまでも頼るわけにはわしらもいかぬのじゃ!!

それに、お主はまだ若い…。人生まだまだこれからという時に、このようなところで油を売っていては

人生を棒に振るだけじゃ!!よいな?お主はその者達と共に行くのじゃ!!」

「分かった…」

「銀髪のお方…―」

「神童です!!」

「……神童殿…。その子のことは頼みましたぞ?」

「あぁ、はい…」

俺はまるでわが子を預ける親のような口ぶりでそう言った。

「じゃあ…ね?」

「うむ…元気でやるのじゃぞ?」

「そっちもね…」

互いに手を振りあいながら俺達はホームレスたちの集落?から出発し、自宅に戻ることにした。

―急いで帰らねば他のやつらからどんなことをされるか分かったもんじゃない。特に、霄と零…。

零はともかく、霄の場合…少しでも機嫌を損ねればあの剣でスパンって切り落とされそうだもんな〜。


俺は霖と霊を急がせ、急いで帰宅した。家の前に辿りつき、俺は膝に手を置いて、はぁはぁと荒い息を

出しながら呼吸を整えた。そして、扉に手を掛けドアノブを回した。すると、すぐさま殺気が俺の

体を包み込んだ。

「ぅぅぅぅううおぉおおりゃぁああああ!!!」

「な、何だ!?」

「こんな遅くまで、どこで何をやってらしたんですの?この変態男めが〜!!!」

鬼の形相で俺に襲い掛かる霰…。その手には恐ろしいことに包丁が握られていた。

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