小説『魔界の少女【完結】』
作者:YossiDragon()

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「ん?響史…どっか行くのか?」

眠そうな目を擦りながら霙がボサボサの髪の毛をいじり俺に尋ねる。

「ああ…俺の部屋の屋根…いい加減直さないと冬になったら寒くなるし、雨とか降ったら大変なことに

なるだろ?だからだよ」

俺はそう彼女に言って、綺麗に履いていなかった靴のかかとをきちんと合わせた。

そして、準備も終えたところで俺は再び玄関扉に手をかけた。と、その時霙が再び俺の動きを止めた。

「ちょっ待てよ!あたしも行く!」

「えっ!?」

急な彼女の言葉に俺は戸惑った。別にそこまで遠くもない大工の家にわざわざ何ら関係のない彼女を

連れて行くのは少しばかり抵抗があったからだ。何よりも彼女の片手に持つハンマー。

伸縮可能だからと言って、外でそんなもの持ち運びしてたりしていいものなのかどうか…。

そもそも、彼女は目つきが悪いせいか、はたまたプライドが高いせいかよく道端で危ない人に絡まれる

ことが多々ある。そんなことになりでもしたら、俺まで巻き添えをくってしまう。それだけは

ゴメンだ…。そういうことから、俺は彼女についてきてもらいたくはなかった。しかし、彼女はもう

私服というかいつもの格好で準備万端の状態だ。連れて行ってもらえるという期待感丸出しの表情を

浮かべている彼女を無下にするわけにもいかなかった俺は、仕方なく彼女を連れて行くことにした。



時刻は昼ちょっと前…俺、神童響史と水連寺霙は左右を住宅地に囲まれている狭い通路を無言で

歩いていた。だからと言って喋ろうとは思わなかった。無理に話題を振って、自分が撃沈したら

元も子もないからである。この狭い通路は周りを住宅地に囲まれているせいか、日当たりも悪く、

陽が差し込まないために気温が低い。その上、狭い場所には強い風が吹くために、もう夏の時期だと

いうのに冷たい風が俺達2人に吹きかかってくるのだ。

俺はそんな冷たい風に耐えながら、ふと後ろを見た。霙も少し寒いのか、服の袖から手をきちんと

出さず、僅かに白く細い指が見えているだけだった。

「寒いのか?」

「いや…」

それだけで会話は終わってしまう。やはり、会話を長く続けるためには、それ相応の会話が続けられる

ような話題が必要のようだ。そして、通路を抜けた俺達2人は角を左に曲がり、ある場所の前にやってきた。

ここが俺の目的地である。

「ここだ…」

「ここが響史が言ってたやつの家なのか?」

「家っていうか…店っていうか…まぁ入りゃあ分かるって!」

そう言って俺は引き戸を開き、霙と一緒に中へ入った。

「お〜い親方、いるか〜?」

「親方?」

霙が誰だそれはと言った顔で俺の方を見る。すると、俺の声に反応し、奥から人がやってきた。

その男は、ゴツい体つきをしていて、大きな体とその手はすごく印象的だった。そう彼が、俺が言う

親方という人物だ。彼は、夏の時期で熱いのか、ランニングシャツ一枚で下は、トランクス一枚といった

状態だった。

「ちょっ…今日は、女子も来てるんですから下くらいズボンか何か穿いててくださいよ親方!」

俺は後ろにいる霙が少し赤面しているのを横目でチラッと見てから彼に言った。

「おうそいつは悪かったな…まさか坊主だけじゃなく、お嬢ちゃんまで来るとは思ってなかった

もんでな〜!」

そう言って、男は奥へ再び消え、しばらくしてから下に半ズボンを穿いて戻ってきた。

さらに首には白いタオルをかけ、その端の部分を掴んでこめかみ辺りから垂れてくる汗を拭い取った。

「んで、今日は何の用だ坊主…」

「実は…その、家の屋根を直して欲しくて…」

「家の屋根だぁ?なんでそんな本来ありえないような場所を直すんだ?空から少女が降ってきた

みたいな奇怪現象が起こったならまだしも…」

「いや、実際…そんな感じでして…」

「ほ〜ぅ、そいつはおもしれぇ!坊主…相変わらずお前の周囲には訳の分からないやつらがゴロゴロ

してやがんな〜…」

「それってどういう意味ですか?」

俺は少しムッとして彼に訊いた。

「ハッハッハ…どういう意味も何も、そのままの意味だ…何せ、坊主の連れてるその娘…随分と

顔立ちが整ってやがるからな〜…どこぞの可愛い娘でもかっさらってきたんだろ?」

「それじゃ、犯罪じゃないですか!」

「ハッハッハ…それもそうだな……だとすると、一体誰なんだその子は…」

「まぁ、一応…従兄妹ですかね?」

「従兄妹?ほほぅ、坊主…お前、いつの間にこんな可愛い従兄妹を作ったんだ?以前、お前さんの

トコの親があの家を建てるように依頼してきた際にお前と一緒にいたお嬢ちゃん達なら、覚えちゃ

いるが…まさかあれからさらに増えたってのか?お前も隅に置けない悪だねぇ〜!」

親方は肘で俺の二の腕をこのこのと言った感じでついてきた。

「ちょっ…冗談じゃないですよ!こっちだって、毎日毎日…ベッドがぎゅうぎゅう詰めで困ってるん

ですから!」

「毎日毎日…ベッドだ?」

―あっ!?し、しまった〜つい口が滑っちまった…。


俺はいつもの親方と話すペースに巻き込まれ、思わず口から自分でも予期せぬ言葉がこぼれてしまった。

慌てて霙に助けを求めようと彼女の方に視線を向ける。しかし、その瞬間彼女はサッと視線をズラし、

遠くを見つめた。

「ちょっと…いろいろありまして……」

「なるほどな〜…お前ももう、そんな年頃か…」

「…一応、聴きますけど…誤解はしてないですよね?」

「わ〜ってるって!!どうせ、毎日毎日女に囲まれてる坊主のことだ…毎日毎日、

ベッドで……にゃんにゃんを…」

「にゃんにゃんってなんですか!?」

俺はその場に立ち上がり、膝に手をつき、俺の隣に座っている親方に言った。

「そういう意味だ…」

「はあ…まぁいいや…」

そうボソッと呟くと、俺はさっさと本題に移った。

「それで直してくれるんですか?俺んちの屋根…」

「そりゃまぁ、直せるのは直せるが…」

「どうかしたんですか?」

「まぁ、いろいろとな…ところで、お嬢ちゃんはこっちに来ないのかい?」

そう言って親方は、霙を自分の左側に空いたソファーに座らせようと空いている個所をポンポンと

叩いた。すると、それを見た彼女は少しうつむきながら小さく頷くと、その場にストンと座った。

俺達が今座っているこの横幅の広いソファーは、本来なら俺達くらいの年齢で、ぎゅうぎゅう詰めて

十人くらいは入りそうなものだが、親方が座っているせいで、ほぼ5、6人分の席を占領され、

俺と霙の二人が座っただけでソファーはいっぱいいっぱいになっていた。

「お嬢ちゃん…随分と良い香りがするね〜…」

そう言って、親方は急に俺の話を無視し、霙のスラッとした体に見とれたのか彼女の体に手を伸ばした。

霙も少し油断していたのか、簡単に親方の手を自分の領域に侵入させてしまっていた。

彼女が親方のその手が、自分の体に迫ってきていることに気付いた時には、既に彼女の胸を彼に

揉まれている後だった。

「へんた〜い!!」

それに気づいた彼女は、顔を真っ赤にして大声を上げると、親方の太い腕をがっしり掴み、

一気に抱え投げを繰り出した。

「ぬおわっ!?」

親方もその事態には驚いていた。まぁ無理もない。彼のようなゴツい体つきの男を、このような少女が

抱え投げするとは、到底思いもしなかったからだ。しかし、彼女は悪魔にしておまけに相当な力持ち。

あの巨大ハンマーを振り回すほどだから、当たり前だ。

大きな巨体は、その場所に置いてあった机やテーブル椅子などを全て、ペシャンコにしていた。

それほどまでに、その巨体の体重は凄まじいものだったのだ。そのせいで、

よけいに彼女のその白く細い腕には、一体どれだけの力が備わっているのだと不気味になってくるものが

あった。

「いててて…ハッハッハ…こいつぁ驚いた。嬢ちゃん…なかなかの力の持ち主と見た…。どうだい?

俺といっぺん勝負してみないかい?」

「しょ、勝負?」

霙はさっき親方に触られた胸を両腕で隠しながら、一歩後ずさった。

「おやおや、どうやら少し警戒されてるようだ!」

「そりゃそうですよ…あんなことしたあとなんですし…」

「ほんの不可抗力さ〜…それよりも、勝負の内容はどうすっかね!!」

親方は自分の大きな手をグーパー、グーパーしながら言った。俺はあまり、時間をかけてほしくないと

思ったため、すぐケリのつきそうな腕相撲にすることにした。

「うでずもう?」

霙は首を傾げた。

「あっそっか…分かんねぇか…。要は、相手と手を組んで肘をテーブルについて、それから

自分の方向つまり、右手だったら左…左手だったら右に倒しゃあいいんだ!!」

「なるほど…随分と簡単だな!」

彼女はルールを理解したのか満足そうにやってやるという気合をみせた。

「おっと危ない危ない…一つ言い忘れてた…いいか?勝負の最中は決して肘を上げないこと…いいな?」

「分かった!」

コクリと縦に頷く霙…。そして、審判は俺がやることになった。と言っても、この勝負に審判なんぞ

必要ないとは思うが…。

「よ〜し、勝負だ嬢ちゃん!」

「変態男には負けないぜ〜!」

「二人とも準備はいいな?それじゃ、レディー…ファイッ!!」

互いにメラメラと闘志の炎を燃やし、ついに勝負が開始された。

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