第三十四話「逃亡犯!!」
次の日の朝…。俺は目覚めると同時に上半身を勢いよく起こした。
グイッと俺の体が、丁度腰の部分を軸にして90度に折れ曲がる。
俺が今何をしているのか…。それは、自分の体がちゃんと男に戻っているかどうかの確認だ。
何故かと言うと、昨日俺の体は罰ゲームによる諸事情で女の体にされたからだ。
「ふぅ…どうやら男の体にちゃんと戻ってるみたいだな…」
胸や股間に手を触れ、そのことを確認する俺…。すると天井裏からルナーがひょっこり顔を覗かせた。
「おはよーっ!」
「うわあああ!!!!?」
「ちょっ、何よ!急に大声出して…」
「突然現れたらびっくりするだろが!!」
「ご、ごめん…って、何で天才の私がボンクラのあんたに謝んないといけないのよ!!」
「何を〜!?そんなこと言ってっと、姉ちゃんに言いつけるぞ?」
「ふえっ!?ちょっ、お…お願いだからそれだけは勘弁して〜!!もうあの女だけはゴメンよ〜!!」
そう言ってルナーは天井裏に再び顔をひっこめた。
なぜ彼女がそこまで姉ちゃんに怯えているのか…。それは昨夜に遡る……。
自分のことを天才だと豪語する瑠璃と麗魅の叔母である美少女ルナー…。そんな彼女は現在、俺の姉
神童唯に抱えられて、ルナーの研究所へと向かっていた。屋根裏へと繋がる入口から天井裏へと
入る俺達…。はっきり言って、俺もルナーの研究所へ足を踏み入れるのは初めてだったため、少し
ワクワクする気持ちが心のどこかにあった。
実際、研究所というのはこういうものなのかと思う程、散らかっていた。大量の紙があちこちに散乱し、
足の踏み場もない。研究資料か何かだろう…。
俺は相変わらず女の体のままのために、文句を言おうにもどことなく丁寧な口調になってしまう。
姉ちゃんに抱えられたまま、ルナーが指をさす。そこには確かにあの時俺に飲ませた薬と全く同じ物が
置いてあった。
ぶちっ!
そのルナーの一言が姉ちゃんをキレさせた。
姉ちゃんの表情はまさに不良ともいえる顔だった。その姿がどことなく従妹の燈にも似ていた。
ルナーはというと、顔を真っ青にして目に涙を浮かべ、今にも大声を上げて泣き出しそうな幼い子供
のようだった。実際、彼女は俺よりも年上だというのに、小柄な体系をしていて胸が小さければ
本当に小学生か幼稚園生に見えてしまいそうな程、身長も低かったのだ。普段のルナーなら、口が悪く
性格もあれなためにそうは思うまい。しかし今の彼女は、姉ちゃんに恐怖を感じていて少し下手に
出ている感じの為によけいにそう見えてしまった。それでいて、姉よりも少し大きい胸…。
それは姉が怒るのも無理はない。しかも、あの時のルナーの自慢げな表情を見れば誰でも…。
もう姉ちゃんには逆らわないようにしようという彼女の心の声が、俺にも聞こえたような気がした。
ガクガク震える足をゆっくり動かしながら彼女はパソコンの置いてある椅子に座り、キーボードに
手をかざした。そしてふと研究所の電気が消えていることに気付いたルナーは、この場所の電気を
つけるスイッチの近くに立っていた俺の方を向くと、横目で姉を気にしながら俺にお願いをしてきた。
彼女のその懇願するような可憐な顔に俺は、思わずドキッとしてしまった。こんな幼い童顔の美少女に
トキめくなんて…、このままほったらかしにしていたら、気付かぬうちに犯罪に走ってしまうかも
しれない。そんなことを俺はふと考えた。
カチッ…。
暗がりの研究室が一気に証明に照らされて明るくなる。どうやらエコ的にもLED電球を使っているようだ。
こちらとしては電気代がその分浮くのでありがたい。
彼女の動きはもう見るに堪えない程ビクビクしていた。余程姉ちゃんが恐いのだろう。今すぐにでも
ここから逃げたい気持ちなのかもしれない。
それから三十分くらい経ったところで、ようやく薬が完成した。
彼女の笑顔が急に恐怖に変わる。
そう、元々男だから女の体から男の体に戻るのには何のためらいもない俺だが、元々女の体である
ルナーにとっては、女の体から未知である男の体になることは、ちょっとどころか物凄い恐怖なのだ。
彼女は意を決してそう言った。コクリと息を呑み試験管に入った液体を飲もうとするルナ…。
その光景にあまりにも居た堪れなくなった俺が二人の間に強引に分け入った。
その姉ちゃんの言葉を聞いていて俺は昔の事を思い出した。本来なら苛められているのを助けるのは
男である俺の役目のはずだったのに、今はこうして姉ちゃんに助けられている始末…。
―全く、笑えてくる…。苛めるやつから姉ちゃんを守るのが俺の役目だったのに、逆に俺を苛めるやつを
姉ちゃんが守ってくれてる…。情けないな…。
俺はそんなことを心の中で思った。
ルナーは少し小声でそう言った。そして俺はゴクリと覚悟をすると同時に息を呑み、一気にその薬を
飲み干した。その試験管をルナーに返し、口の端から垂れる薬の液を手の甲で拭い取る。
俺は嬉しくなり、胸に込み上げる物が俺の心を熱くした。それが薬の影響なのか、心情の変化なのか
どうかは俺にも分からなかった。とにかく分かることは姉ちゃんはもう少しで今暮らしている場所へ
帰ってしまうということだけだった。
そう言って姉ちゃんは屋根裏から姿を消し、屋根裏及び、ルナーの研究所には俺とルナーの二人きり
になってしまった。
ルナーは急に溜めていた言葉を洩らしはじめた。
すると、俺の体に異変が起き始めた。体がムズムズしはじめ、体が火照り始めたのだ。
―こ、これは…朝の時と同じ…そうか、女体化が解けはじめてるんだ!!
俺は心の中で歓喜した。
体の火照りが影響してその熱が頭にも回ってしまったせいか、急にグラリと来てそのまま俺は
その場に倒れてしまった。
……そして現在に至るのだ…。