小説『魔界の少女【完結】』
作者:YossiDragon()

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保健室…通称『魅惑の保健室』。俺はそうは呼ばないが、大抵の男子生徒―主に亮太郎がそう口にする。

なぜそう呼ばれているのかは不明だが、亮太郎曰く「だって、良い匂いがするんだぜ〜!そりゃあもう、

パラダイスだろう?欲望がムクムク湧き上がってくるんだよな〜!」とのこと。

謎だ。

一言で言えばそう言いきれる。

現在俺達は保健室の扉の前に立っていた。女子達はまだ着替えているらしくまだ保健室には来ていない

ようだ。

ガラガラ…。

引き戸を開け、中の様子を確認する。どうやらまだ誰もいないらしい。生徒もいなければ保険医の

『楠 叶呼』先生もいなかった。

「おい、誰もいないぞ?」

「当たり前だ!だからこそ好都合なんだよ…安心・安全…かつ安定した秘密の隠れ場所に隠れられるから

な……全ては、計画通り!」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、伊達眼鏡を光らせる亮太郎。

「で、その隠れ場所っていうのはどこなんだ?」

「そう焦るな焦るな…すぐに案内してやるよ…」

そう言うと彼は、俺を連れて保健室の中を移動した。移動した先に会ったのはロッカーだった。

5個設置されている。それらの右から2番目のロッカーに手を掛ける亮太郎。

「ふっふっふ…、ここならそうそう見つかることはないぜ神童?ちなみに、俺が発見したんだ!」

「いや…そこ入ってたら見えないんじゃないか?」

俺は疑問に思ったことを素直に亮太郎に訊いてみた。しかし彼は人差し指を立て、チッチッと指をふりこの

ように振った。

「分かってねぇな〜神童!」

「何がだ?」

「見えるか見えないかのそのギリギリ…。このギリギリ感がたまんねぇ〜んだよ〜!!」

熱心な顔でそう俺に言う亮太郎。

―すまない…はっきり言ってお前が何を伝えようとしているのか全く理解できない。


「じゃあさっそく開けて場所の確保だ!」

そう言うと、亮太郎はロッカーの扉を開けた。

だが、そこには既に先客がいた。得体の知れない人物。いやあれは本当に人だろうか、いや、人ではない。

例え人だったとしても、あんなに気色の悪い変態野郎の顔をして、鼻の下を伸ばし、口元を緩ませ、

手にカメラを持っていたら、もはや人とは呼べない。体型もよく見るような中年太りのメタボで、

ロッカーに収まりきれず少し、形が変形してしまっている。

どうやら、無理やり中に入っているためにこうなってしまっているようだ。

ゆっくり扉を閉める亮太郎。そしてガチャンと扉が閉まると俺達二人は互いに見つめ合い、それから

下を向いて俯くと、同時に心の中で

―な、何かいた!?


と、まるで以心伝心していたかのように同じ言葉を口走った。

「お、おい…今のって…」

「言うな!俺達は何も見てない!見てないんだ!!」

「そ、そうだよ…な。うん何も見てない!何も見てない!!」

亮太郎に言われ、俺も致し方なく頷いた。これ以上追及すると、本当に今の何かについて調査しなくては

ならなくなりそうだったからだ。

「どうする?」

「よしっ!隣のロッカーに入ろう!」

「そうだな…」

そう言って俺は隣のロッカーに手を伸ばし扉を開けた。そして中に入ろうとしたまさにその時である。

突然亮太郎に右肩をガシッと掴まれ引き戻された。

「ぬわぁっ!な、なんだよ!!」

首を傾げどうかしたのかと言った顔をする俺。すると、亮太郎は半眼で俺を見つめ言った。

「な〜に人の場所を横取りしてんだてめぇは!」

「はっ!?何言ってんだ!?俺が開けたんだからここは俺の場所だろ!?第一他に後四つ…じゃなくて三つある

んだからそこ使えばいいだろうが!!」

「っざけんな!俺がこの場所を提供したんだぞ、俺の場所だ!!」

俺と亮太郎は互いに言い争った。

と、その時保健室の外―即ち廊下から女子の声がした。確か、俺の記憶が正しければ三年→二年→一年

という順番だったため、三年の女子だろう。

「まずいぞ女子が来た!!」

亮太郎に慌てて告げる俺。

「落ち着け同志よ!」

「誰が同志だ!って、そんなこと言ってる暇はねぇ!!」

そう言って俺と亮太郎は互いに奪い合いを繰り広げながらロッカーに入りこみ狭いロッカーの中に入ると、

扉をガタンッと激しい音を出させながら閉めた。

同時にガララと扉が音を立てながら開き、保健室に大量の女子が群れとなって入ってきた。

「あっぶねぇ〜」

声を極力小さくし小声で喋りかけてくる亮太郎。俺達二人は速まっている心臓の鼓動を落ち着かせた。

手を口に押し当てはぁはぁと吐息が洩れるのを押さえる。

なるほど確かにロッカーから眺める保健室の光景は素晴らしい物だった。ロッカーの扉には、俺くらいの

身長なら目線が丁度くらいの位置に横に三本穴が開けられているのだ。本来ここは閉め切った際の

空気の入れ替えのような役目を果たしているのだろうが、実際の所はよく分からない。

しかし今のこの細い穴は、亮太郎の様な変態にはうってつけの代物に変貌してしまっていた。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!素晴らしいこれは素晴らしいっ!!」

小声で声を荒げる亮太郎。というか、こうやって密着しているとすごく暑いし男同士の抱き合いなど

気持ち悪いだけなのだが…。しかも今の季節は夏…。こう閉め切った場所に入っていると体力的にも

限界があった。

すると、ロッカーの外でも進展があった。

俺の予想通り女子達は全員三年生だったのだが、その彼女達が整列を完了させて体操座りをしていた。

と、そこへ、保険医の楠先生がどこからともなく現れる。

―!?バカな!扉を開けて入ってきていないということは、ここに既にいたのか?だが、そうだとすると

どうして俺達は先生にいるのがバレなかったんだ!?


と俺は疑問に思った。

そうこうしているうちに先生は話を済まし、女子達はわーきゃー騒ぎながら身長やら体重やら座高やらを

測り出した。しかし、俺達―もとい亮太郎の目的はあくまでもそれではなく、発育測定という名の物

だった。この身体測定は身体測定などと言っているが実際のところそれだけを行うわけではない。

身体測定、発育測定、健康診断の三つを兼ね備えた代物なのだ。そのため、亮太郎はその三種の中の

二つ目、発育測定を楽しみにしているのである。

そして彼が待ち望んでいた発育測定の順番が回ってきた。そこで彼は一層目を輝かせる。

というのも、発育測定では下着姿になる。その光景を彼は脳内保存しようと試みているのだ。

俺は昔ならば亮太郎と同様のことをしていただろうが、今となってはその必要もなくなってしまった。

そのため、横目で彼の姿を観察している方が思いのほか楽しかった。

「おい見ろよ神童!あの子、すんごく胸が大きいぜ!?く〜っ、生きててよかった〜!!」

亮太郎はすぐ隣にいる俺を手招きし、楠先生に胸部を測定されている女子を指さした。

「あ、ああ…そうだな」

俺はああそうだねと言った風に彼を軽くあしらった。

「ったくお前はいいよな!一つ屋根の下で瑠璃ちゃんや麗魅ちゃん達と暮らしてるんだからよ!

く〜っ!俺もお前みたいに美少女な妹キャラを肩に抱いてウハハハな気分を味わってみたかったぜ!」

「あのな…第一、お前んとこだって妹いるだろ?ほら雪菜ちゃん」

隣で悔し涙を浮かべている亮太郎に、俺は雪菜ちゃんのことを話した。すると、彼は急に真面目な顔に

なり、キリリッと眉毛を釣り上げこう言った。

「あー、あいつはダメだ!あいつにはこうグッと来るような萌え〜!な感じが足りない!!」

「そうなのか?」

「そうなんだよ!それに比べて瑠璃ちゃんや麗魅ちゃんのことを想像してみろ!まずは瑠璃ちゃん!

あのツインテールにあの胸の大きさはまさしく萌えだろ?」

「そうか?」

俺はう〜んと首を少し傾げた。

「分っかんないかな〜。例えば考えてみろ…瑠璃ちゃんがお前の部屋で裸Yシャツでペタンとお姉さん

座りしている光景を!」

―!?


俺は思わず鼻血を出しそうになった。本当にその様な光景を頭の中に想像―いや妄想してしまったのである。

すると、さらに彼は続ける。

「次に麗魅ちゃん!彼女はツインテールではないが、あの持ち前の性格がある!あのツンデレ感、

たまんないだろ〜?あんなので健気にもお弁当作ってくれて『べっ、別にあんたの為に作ったんじゃ

ないんだからねっ!?』なんて言葉を繰り出されてみろ!俺は一発で昇天して天国行きだ!!」

熱く俺にそのような事を語り続ける亮太郎。俺はう〜んと考え込みながら本当にそのような現象が

起こりうるのかどうか考えていた。

と、その時亮太郎がまたしても俺の横でおぉ〜っ!!と歓喜の声を小声で上げた。

また、彼はあまりにもその目の前の光景が素晴らしかったためか、身を乗り出し思わずロッカーの扉に

手が当たってしまった。

バンッ!!

ロッカーの扉の音が響き渡る。騒がしかった保健室が一気に静まり返り、同時に女子達の視線が一気に

五つのロッカーに向けられる。

―ゴクリッ!!


俺達二人は同時に息を呑んだ。ここでバレたら俺までひどい目に遭わせられるのは必然的だ。

ここはどうあってでもバレないようにする必要がある。

と、その時ロッカーの前に一人の少女が仁王立ちした。彼女は頭にカチューシャを着けており、さらに

髪の毛はウェーブがかっていた。

「おおっ!あれは生徒会長の『神王寺 天離』先輩!!」

亮太郎がさらに小さな声で俺に言った。

「生徒会長!?あの人が?」

「お前知らないのか?あの人の美貌、それはそれは美しいと評判なんだぞ?」

「そうなのか…」

俺は全くその事を知らなかった。興味がないと言った方が妥当かもしれない。

「あの体つき、たまんねぇ〜!」

亮太郎は今の状況がピンチであるにも関わらず、鼻の下を伸ばしていた。

すると、彼女の隣にもう一人女子が姿を現した。それが誰なのかはさすがの俺も分かった。

青髪に青眼ではあるが護衛役の人間ではない。髪の毛をポニーテールにしており、目が少しクリッと

なっている美少女。それは、以前俺が光影中央公園で戦った相手―水滝麗さんだった。

―あの人、この学園の生徒だったのか…。しかも生徒会。やっぱり生徒会にはなぜか太陽系の守護者が

たくさんいるよな…。まさか、あの生徒会長も!?…まさかな。


俺はそう高をくくって未だピンチに変わりない目の前の状況を心臓の鼓動を高鳴らせながら見ていた。

「会長、どうかしたんですか?」

麗先輩が、生徒会長の神王寺先輩に訊く。

「いえ…ただ、このロッカーから変な音がしたものですから…」

―やっぱり聞こえてた!?


「そうですか…。それは確かに怪しいですね」

そう言って麗先輩は俺達のいるロッカーに近づいてきた。

「ま、まずいっ!!」

刹那―彼女は足をつまづかせ、俺達の入っているロッカー―の隣に設置されているロッカーの扉に

ガタンッと顔を思いっきりぶつけてしまった。

「いったたた…」

彼女が反動で後ろに下がりペタンと座り込んだその時である。

ギィィィィ…

と音を立てて扉が開いた。そしてロッカーの中にある…いやいるものを見た瞬間、鼻を押さえたまま

顔を上げた麗先輩や、神王寺先輩…及び周囲の三年女子が目を見開き

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

と口々に悲鳴を上げた。

なぜならそこにいたのは、カメラを構え、黒縁の四角い形をしたメガネをかけた、鼻の下を盛大に

延ばしている、あの中年太りのメタボ男だからだ。

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