小説『魔界の少女【完結】』
作者:YossiDragon()

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無理もない。人違いの次は自分の人質になれ…。そんな無茶な頼みは今まで聞いたことがなかったからだ。

「人質…って、それで仮に僕が人質になったところで雪ちゃんに何か得はあるの?」

「あるよ」

即答だった。自分で聴いておいて亮祐が戸惑う程、その答えるスピードは速かった。

「どんな得?」

「あなたの兄…。即ち、神童響史に会える…」

「そんなに響兄ぃに会いたいの?」

「…うん。だって、雪のターゲットだもん」

“ターゲット”それが何を意味するのかは、まだ小学生である亮祐には分からなかった。

ただ一つ言える事…。それは彼女を神童響史に会わせないようにしなければならないことだった。

もしも彼女を会わせたりしたら、自分の兄が死んでしまうかもしれない。そんなネガティブな事を

考えてしまった彼は思わずその光景を思い浮かべてしまった。

「うぅ!そんなの考えられないっ!!」

慌てて思い浮かんだ光景を頭の中から消し去ろうと左右に首を激しく振る亮祐。その様子を棒付きキャンディーを

咥えたまま雪は見ていた。

「そろそろいいかな?こっちも時間がないんだよね…」

半眼で亮祐に訊く彼女。亮祐はさっきまで健太と一緒に遊んでいた時の顔とは一変して、真剣な表情に

なっていた。どことなくだが、彼の兄である神童響史とも似ている。さすがは兄弟と言ったところか…。

「響兄ぃには会わせないよ!!」

「だったら無理にでも呼ばせてあげる…」

そう言って彼女はその場から消えた。目を見開かせ一歩後ろに後退する亮祐。

気付けば少女は彼の後ろにいた。

「なっ!?い、いつの間に…?」

「悪魔をなめたらダメ…」

「あ、悪魔!?」

驚愕の表情を浮かべる亮祐。初めて聞く言葉に彼は目を泳がせ、たじろぎ始めた。

「悪魔って…雪ちゃん。悪魔…なの!?」

「そうだよ…雪は悪魔。この目を見れば分かる?」

雪はそう呟くと、自分の青い海の様な瞳を、雪の様に真っ白な指で指さした。同時に彼女の海の様な色が

変化し、淡く光り出した。

「!?…ほ、本当に?」

「それだけじゃないよ…。こんなことだって出来る…」

次に彼女は亮祐の近くに接近し、彼の足元に手をふりかざした。

すると、彼女の手から冷気が放出され、亮祐の足元及びその付近が凍りつき始めた。

「そ、そんな…バカな!?だ、だって今は夏なんだよ?雪どころか、地面が凍りつくなんてそんなこと…

あるわけ―」

「でも現に起きてる…。こんな奇怪現象を起こせるのは悪魔だからこそ…。それとも、幽霊とでも?

第一、幽霊だったら雪に触れられないよね?」

そう言うと、彼女は亮祐の手首をつかんだ。

―つ、冷たっ!?


彼女の手は、凄く冷たかった。まるで長い間冷凍庫の中で生活していたかのように、彼女の手は冷たかった

のだ。もしかすると、彼女の冷たい表情もこの冷たさのせいかもしれない。一体今までどんな生活を

してきたんだろうと亮祐は少し彼女の事が気になった。

そうこうしているうちに、彼女は彼の手を自身の胸に当てた。

「どう?触れられるでしょ?それに、ちゃんと心臓も動いてる…。これは雪が生きている証拠…。

分かった?」

確かに彼女の体は冷たかったが、確かに心臓の鼓動がゆっくりと確実に聞こえる。肌の感触もちゃんと

ある。霊体ではない。となると、やはり彼女は悪魔だという結果に行きつく。

「…うん、分かった。確かに雪ちゃんは悪魔…だね。でも、その悪魔がどうして響兄ぃを狙うの?

響兄ぃが何か悪いことした?」

悪魔だということが分かって怯えるのかと雪は考えていたが、それは違った。それどころか彼は、今度は

自分の兄である神童響史が悪魔に狙われるその理由を追究してきた。

「…悪い事。端から見たら悪い事には見えないかもしれないけど、私にはとても悪いことに思える」

「どうして?」

「なぜなら…あの人は、神童響史は雪のお姉ちゃんやお兄ちゃんを奪ったから…」

「響兄ぃが!?ま、まさか…殺したの?」

「ううん…」

首をゆっくり左右に振る雪。

「神童響史は雪の兄姉を奴隷にしているの…」

「ど、奴隷!?」

「そう…」

「そ、そんなの嘘だ!響兄ぃはそんなヒドイことしない!!響兄ぃは虫も殺せないような人なんだよ?」

「……」

突然無言になる雪。そして口を開く。

「…例えそうだとしても、亮祐くんにそう見せてるだけかもしれない…。本当の正体は…雪達よりも

最も悪魔かも…」

亮祐の耳元でそう囁く少女。まさに悪魔の囁き…。

「う、嘘だ!そんなの嘘だ!!」

自分の兄を悪いように言われ、ついカッとなって声を荒げる亮祐。しかし雪はそんな彼に表情一つ

変えることなく手をふりかざす。同時に彼の足から腰にかけて体が凍りついた。

ピキピキッ!!

「な…何だ!?」

「雪、言ったよね?亮祐くんに人質になってもらうって…」

「ひ、人質って…」

「安心して…。死にはしないから…」

雪はそう言って亮祐の小柄な体を完全に氷漬けにした。

「これでよし…」

カツッ…。

「ん?」

自分の足元に落ちていた何かを拾い上げる少女。それは亮祐の携帯だった。

「これは確か…お姉ちゃんに聴いた事がある。確か、携帯…」

昔の記憶を振り返り、今自分が手に持っている物が何なのかを確認する彼女は、携帯を開きボタンを

操作して登録番号を調べた。

「あった…神童響史」

そう、彼女が探していたのは神童響史の携帯番号だった。

ピポパポ…。プルルルルッ!プルルルルッ!!

携帯の発信音が鳴り響く。

「さぁ、亮祐くんを助けたければ電話に出るのね……神童…響史。雪を人殺しにしないでね?」

静かな声で呟く少女はそう言って暗くなりつつある夕焼け空を見上げ笑みを浮かべた。



俺は一人で家路を歩いていた。珍しく今日は瑠璃達と一緒に帰っていない。理由は一つ。昼休みの一件で

どうもそういう気分になれなかったのである。

と、その時、俺の携帯の受信音が鳴り響いた。

ピロリロリン♪

独特な受信音が住宅街の路地に鳴り響く。俺は慌ててポケットから携帯を取り出し、応答ボタンを押した。

ピッ!

「も、もしもし…?」

俺は俺に電話してくる人物が誰なのかを予想しながら電話越しに声を掛けた。そこから聞こえてきた声は、

俺の予想する人物の中の誰でもない人物だった。つまり、そう…初対面の相手だ。

―ていうかあれ?どういうことだ?今思ったが、発信先は亮祐の携帯…だよな?なのに、今聞こえてきた

声は女の子…しかも、少女…いや幼女か?


俺は声の主が誰なのかますます気になった。

「お前、誰だ?」

〈初めまして…神童響史…さん。電話で用件を済ませることには勘弁くださいね?〉

年下だというのは明らかだが、これまた随分と丁寧な口調だな…。しかもこの静かな物言い。まるで

零の様だ―ってあれ?ちょっと待て…。確か雛下が…。


(光影中央公園で健太と亮祐くんと遊んでる女の子がいたんだよ…確か、青髪の―)



同時にハッとなる俺…。

〈どうかしましたか神童響史さん?〉

「つかぬことを聴くが、お前は…護衛役か?」

〈ふふっ…バレてしまったらしょうがない…か。そうだよ、その通り。雪は護衛役だよ…〉

「雪?」

〈えっ!?どうして雪の名前を知ってるの!?〉

―はい?こいつはもしかして天然さんか何かですか!?


「あ、あのさ…電話越しに突っ込むのも何度目かしれないけどさ…、さっきから君、自分で雪、雪って

言ってるじゃん!」

〈ハッ!!〉

―気付いてなかったんかいっ!!


〈ゆ、雪としたことが…とんだ恥ずかしい一面を…。くっ、悪を貫き通すはずが…。雪のシナリオが

狂っちゃった…。修正しないと……〉

しばらく無言になる雪という女の子。にしても、亮祐の身が気になる。弟は大丈夫なのだろうか…。

それが心配だ。

そして、ようやく彼女の声が聞こえてきた。

〈時間をかけてしまったね…。ごめん…〉

「いや…つうかそれよりも…弟は…亮祐はどうした?」

〈あ、そうそう…そのことについてだけどね…。あなたの弟…神童亮祐くんは雪の人質になってもらって

るよ?〉

「なっ!?」

同時に俺の拳が強く握られる。

「くっ!て、てめぇ…亮祐に手ぇ出したら例え女の子だろうが容赦しねぇぞ!?」

〈わぁ〜お、怖い怖い…。さすがは本物の悪魔よりも悪魔みたいだと言われている神童響史…。

さすがだね…〉

「は?俺が悪魔みたいだど?ざけんな!!俺は純粋な人間だ!!お前らと一緒にすんな!!」

〈酷く嫌われてるみたいだね…。それって、お姉ちゃん達も含まれてるのかな?〉

「お、お姉ちゃん…だと?」

〈あれ?気付いてなかったんだ…。そう、私のフルネームは水連寺…水連寺雪なんだよ〉

「な、何!?」

俺は驚愕の表情を浮かべた。

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