小説『魔界の少女【完結】』
作者:YossiDragon()

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第三十八話「プール開きの前触れ」

現在の時刻は午後七時半…。俺は少女―水連寺雪と戦いを終え、彼女を優しく抱きしめてあげていた。

自分でも何でこんなことをしたのか理解できない。ただ言えることは、こうしなければならない…そんな

使命感が俺の心の内にあった。もしかしたらそれが俺にこんな行動をさせたのかもしれない。

まぁ憶測にすぎないが…。

「なぁ…おい。そろそろ泣き止んだか?」

泣いていたためか、体を少しヒクつかせている雪。にしてもこの体温の低さは異常だ。彼女は特殊能力者では

ないため魔力を制御することが出来ない。だから本来ならば武器を持っていなければならないのだが、彼女は

例年にない量の魔力の所有者だったため武器を持つことが叶わなかった。しかし、そうなると魔力を

制御することが出来ず、最終的には『力の暴走』とやらに至ってしまうそうだ。そのため雪は、使い魔を

使って魔力を制御しているそうだが、それも半分しか魔力を制御出来ないため不安定。

その結果、先刻の様な現象が起こってしまった。全く持って悪魔というのも大変なものだ。

―良かった〜俺人間で…。


「…少し」

「ん?」

「もう少しだけこうしてたい…」

雪は小さな手で俺の服をぎゅうっと掴み、さらに強く抱き着いてきた。俺の体に彼女の小柄な体が密着し

相手の心臓の鼓動まで聞こえてきそうになる。

―にしても冷てぇ〜!!やっべぇ…このままじゃ凍死するかも…。


「なぁ、どうして力の暴走が起きたんだ?やっぱ、魔力の制御が出来てなかったからか?」

「分からない…。ただ、力の暴走が起こるはずがないんだよ…」

「えっ、どうして?だって魔力の制御…出来ないんだろ?」

「むぅ…まるで雪が出来の悪い子みたいな言い方…」

雪が体を少し離して頬を膨らませて俺をにらむ。

「ち、違うって!ただそう言ってたから…」

「…ストッパーがかかってるから…」

「ストッパー…。確か他の領域に踏み込んだらストッパーがかけられて、力を強制的に半分にされるって…

あれか?」

俺は以前瑠璃に聴いていた話の微かな記憶を頼りに言った。

「うん…。しかも雪は半分の魔力を使い魔に制御してもらってる…だから、自身の体にあるのは4分の1くらい

の魔力のみ…。だから、その状態で力の暴走が起こるはずがないんだよ…」

「感情が高ぶってたせいとか?」

「それもあるかも…でもはっきりとした原因は分からない…。でも今は疲れたからそんなことはどうでも

いいや…。それと、一ついい…かな?」

彼女は俺の肩に頬をスリスリしながら訊いた。

「何だ?」

「雪には雫兄ちゃんしかいないって…知ってるよね?」

「ああ…」

「だからもう一人お兄ちゃんがほしいんだ…。ワガママだって分かってるよ?でも、これだけは諦められ

ない。それで、あなたにもう一人のお兄ちゃんになってほしいの……ダメかな?」

雪は俺のすぐ目の前で首を傾げ、目を潤ませてきた。

―や、やめろ…そんな幼い顔立ちで俺にウルウルした瞳を向けないでくれ!!そんなことしたら、ロリでも

ないのにロリという世界に栄光の架け橋をかけてしまうぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!


「…あ、ああ…いいぜ?」

―っぷはぁっ!!よ〜ぅし、何とか耐えたぞ…。そっちの路線にだけは走ったりしない。ていうか、今を想えば

既に霖に「お兄ちゃん!」って呼ばれてたな…。まぁいっか。


「ありがとうお兄ちゃんっ!!」

そう言って彼女は満面の笑みで俺に抱き着いてきた。

刹那―俺の唇に冷たく柔らかい何かが触れる。それは、雪の唇だった。そう、キス…されてしまったのだ。

―えっ?…え、えええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!?

一体何事だ!?これは…。何のフラグが立ったんだ?てか冷たい…。


ガバッ!!

俺は慌てて彼女を引き離した。

「…ぷはぁ。雪のファースト…お兄ちゃんにあげるね?」

「え、えっ…あのいや…言ってる意味がよく分かんないんだけど…」

「だから、雪のファーストキスを響史お兄ちゃんにあげるって言ってるんだよ」

頬を赤らめ俺にそう言う少女…いや、幼女か?

―い、いかん…。俺としたことがまたしてもロリ路線に…!まずい…今俺の脳内では「え〜…次は

ロリ・ワールド、ロリ・ワールド…。尚、この急行ロリ列車は目的地まで停車しませんのでご注意下さい!」

と、一度乗ってしまえば即OUT!の列車についての放送が流れている。


「は…はぁ、左様ですか」

―あれ?体が熱い…。おかしいな…雪に抱き着かれて冷たいと思ってたはずなのに…。それ以上に俺の体が

火照ってるってことか?


「と、とにかく…離れて―」

「どうして?」

「ど、どうしてって…言われても」

俺は参ってしまった。とりあえず今は彼女に上手く目を合わせられない。目が合うと、つい先程の

急行ロリ列車に乗ってしまいそうになるのだ。

「ダメ…なの?」

うっ!やっぱ…そのウルウル光線はやめてくれ!!脳が焼け死ぬ!!亮太郎が見れば、即昇天しそうなそんな代物

だった。もしかすると、これはある意味彼女の最強の武器かもしれない。

「い、いや…ダメってことはないけど…」

「じゃあいいよね?」

「いいよねって何が?」

「とりあえず、今日は疲れたからまた今度でいいや…。おやすみお兄ちゃん…」

―えっ、お休みってこの状態でか!?ちょっ、待ってくれ〜ぃ!


「スー、スー…zzz」

―完全に寝ておられるっ!!とにかく驚きの連続だ。寝顔を見てたらホント普通の人間と

変わらない…………ぁ、っていかんいかん!またしても変な気が…。どうもさっき雪にキスされてから変な

気分だ…。露さんもあれはあれであれだが、雪も雪で…危なすぎる。と、とにかく帰るか…。


そう思って立ち上がろうとしたその時である。

【何を変態犯罪者みたいな顔で雪のこと見てるのかな?】

それはどこからともなく聞こえてきた。どこからかというか、まるで俺の頭に聞こえてくるそんな感じ。

周囲を見回すがどこにも人影はなし。

【どこ見てんの…下だよ下…】

その声に言われ俺は下を見る。そこには冷気を放出している翼を生やした、何とも言えない…両手に

乗っかる大きさの竜がいた。

「ど、ドラゴン!?」

【う〜んまぁドラゴンって言えば、ドラゴンなんだけど…何ていうのかな。僕はドラゴンと人間のハーフ

…『半人竜』…まぁハーフ=ヒュードラって呼ばれてる…かな?】

「ハーフ=ヒュードラ?ふ〜ん…てか、人を変態犯罪者扱いかよ!!」

【あんなに鼻の下伸ばして、今にも食べそうな勢いだっただろ?】

「なっ!?た、食べるって…お前…それどっちの意味で言ってんだ?」

【君の想像にお任せするよ…。それよりも自己紹介がまだだったね…僕は、雪ちゃんの使い魔…

『冷凍の氷竜―エアリス=エアロトゥス』よろしくね?】

エアリス=エアロトゥスと名乗る竜は言った。なるほど、こいつが雪の魔力の半分を制御している使い魔か。

にしても冷凍の氷竜って、身震いしたくなるような冷たそうな名前って感じだな。

【それは…僕の悪口?】

―えっ?俺の心の声が聞こえた?


【うん…聞こえてるよ?ちなみに、さっきの急行ロリ列車だっけ?あれも聞こえてたよ…ふふふ、全く人間の

男が考えることなんて所詮そんなもんか〜】

「うわああああああああっ!!ば、バカやめろ!雪に聞こえたらどうすんだ!!」

【大丈夫だよ…雪ちゃんはしばらく起きない…】

「どうしてそう言い切れるんだ?」

【僕は雪ちゃん…つまり主の使い魔だよ?それくらいのことは解るさ…】

―なるほど、ご最もな言い分だ。


「まぁいい…それじゃ俺帰るからな…」

【僕のことを置いてくの?】

「何?」

【僕を置いてくの?】

「お前は動けるんだから動けよな…。第一、使い魔なら召喚を解けばいいだけの話じゃないか…」

【なっ、ひっど〜い!!僕にそんな口利いてもいいと思ってるの?】

エアリスは意味ありげな言葉を口にする。その言葉に俺は足を止めて後ろを振り向く。

「何?」

【急行ロリ列車…】

「うわあああああああっ!!分かった分かったから言わないでくれ!!」

【じゃあ、僕も連れてって!】

「連れてってって…どうやって?」

【う〜ん…じゃあここでいいや!】

そう言ってエアリスは俺の頭にちょこんと乗っかった。

【へぇ〜…こりゃあ眺めがいいや!頂点に立った気分だ!】

彼がそんなことを口にしていたその時俺は肝心なことを思い出した。

「あっ、亮祐!!」

そう、先刻の雪とのことがあってすっかり弟のことを忘れていたのだ。慌てて亮祐の元に向かう俺。

彼は雪の氷漬けが溶けて水浸しの状態で横たわっていた。

「お、おい!大丈夫か亮祐!!」

俺は必死に弟に呼びかけた。

「う…うっ…ん?あっ…き、響兄ぃ…よかった無事だったんだ…」

「ったく、心配かけやがって…」

「ごめん…」

「まぁ無事で良かった…」

俺は目じりに浮かぶ涙を拭った。

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