小説『追憶は緋の薫り』
作者:因幡ライア()

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 暁闇が疾うに過ぎた師走の空、満月にしては少し欠けているような月が昇っていた。

 明かり障子の内にはその優しい光が透け、風雅を解する者ならばこの時刻であっても酒を酌んで見上げて

いることだろう。


「よう…やっぱり起きていたか」


「貴方がこんな刻限に華宵殿(はなよいでん)にいらっしゃるとは珍しいですね」


「いや……何、空を見上げたら俺と同じ名を持つ月が出ているから、さ。お前と酒でも酌み交わそうと思って

な」


 ほら酒のなだと、言って片手にぶら下げていた包みを相手に渡し、我がもの顔でその隣に胡坐を掻いて座る。

 その様子に憤慨するわけでもなく彼は受け取った包みを開け、中から現れたものに静かに微笑んだ。

 篝火の明かりに照らされたそれは今、都人の間で評判の和菓子屋で売られている蜜月と言う饅頭だ。

 規則正しく二列に並んでいる所為か夜の静寂に包まれている所為か、何だかこのまま食べてしまうのも惜しい

気がする。

 外側は求肥で白く覆われているが、中には蒸かした薩摩芋と秘伝のみたらしを混ぜた餡が入ってある。

差し詰め、村雲に隠された満月といった所だろう。


「美しいな…」


 彼は横からそれを一摘みすると行儀悪くも口の中に放り込み、夜空に向けたままの顔は殊更澄ましている

ように見えた。


「ふふっ………………行儀悪いですよ?」


「構いはしないさ。普段は口煩い家臣たちもこの師走だ。主を放って代々使える家のあれやこれやで駆けずり

回っている」


 そのお陰で今俺は束の間の自由の身を満喫しているわけだと、もう一つ口に放り込むと遠くの方から重々しい

音が大気を震わせて響いた。


「新年明けましておめでとうございます………………十六夜(いざよい)の君」

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