26
現在サイトたちははじまりの街、最大の施設=黒鉄宮のまえにいる。
そこの正門を入って直ぐの広間には、プレイヤー全員の名簿である生命の碑が設置されている。
現在の時点で生きているプレイヤーの名前には光があるが、死んだプレイヤーは名前が消えてしまうのだ。
そこで再度シンカーの名前を確認し、シンカーが生きていること確認した。
そこは誰でも入ることができるが、その奥に続く敷地は完全に軍が占拠しており面倒を避けるため、サイトたちは黒鉄宮の正門ではなく裏手に回った。
高い城壁と、それを取り囲む深い堀が侵入者を拒むべく、どこまでも続いている。
まさに牢獄と言う名がふさわしいような感じだ。
さらに数分歩き続けたあと、ユリエールが立ち止まる。
道から堀の水面近くまで階段が降りている場所だった。
そこを覗き込むと、階段の先端右側の石壁に暗い通路がぽっかりと口を開けて佇んでいる。
「ここから宮殿の下水道に入り、ダンジョンの入口を目指します。
ちょっと暗くて狭いんですが……」
ユリエールの言葉に妻2人はそれぞれの子供たちを見た。
子どもたちは強い眼差しで言った。
「ユイはこわくないよ!」
「僕も、パパとママがいっしょならこわくない!」
サイトたちは2人の精一杯の訴えに思わず笑みをこぼした。
ユリエールには、子供たちのことを“一緒に暮らしている”としか説明していない。
彼女もそれ以上は聞いてこなかったのだが、やはりダンジョンに伴うには不安なのだろう。
すると、アスナが安心させるように言った。
「大丈夫です。この子たち、見た目よりしっかりしてますから。」
「そうだな。将来は立派な剣士になるな。」
「キリト、気が早すぎだ……」
ちょっとした談笑に笑いあう一行であった。
ユリエールは大きくひとつ頷いた。
「では、行きましょう!」
サイトたちは薄暗く湿ったダンジョンに足を踏み入れた。
ダンジョンは石造りのため比較的歩きやすく道も今のところは一本道だ。
「うおおおおぉぉ」
キリトは右手でエリュシデーターを左手でダークリパルサーを振り回して現れる魔物の群れを蹴散らしている。
どうやら、今まで休暇で戦いが久しぶりのため溜まっていた鬱憤を一気に晴らしているようだ。
サイトはキリトみたいに戦うのではなく辺りを警戒し女性陣を守るような位置どりをしていた。
女性陣はどうやらガールズトークに花を咲かせているようだ。
どうやらユリエールもシンカーのことが好きなようだ。などととてもここが今ダンジョンであり自分たちがそこにいるというのを自覚していないようだ。
そんな光景にサイトは些か頭を抱えてしまった。
ちなみに子供たちは2人で後ろからついてきている。
キリトが前で無双乱舞してくれているおかげでサイトはなかなか抜刀する機会を得られずにいた。
まあ、この調子でいけるならいいや。
「な……なんだか、すみません、任せっぱなしで……」
申し訳なさそうに首をすくめるユリエールに、サイトたちは苦笑した。
『いや、気にするな。いつもの事だ。』
「そうですよ。あれはある意味病気ですから……、やらせときゃいいんですよ。」
「あはは。」
もうアスハは笑うしかないようだ……
そこでキリトが会話を聞きつけて戻ってきた。
「なんだよ〜、酷い言われようだな〜。」
キリトは口を尖らせながら言った。
が娘のユイがパパかっこよかった!の一言に気分を良くしてせっかく交代してもらおうとしたサイトだがキリトがさぁーてもっとがんばるぞ!といったので諦めた。
ふぅ………
サイトはため息をついた。
ユリエールは右手を振ってマップを表示させると、シンカーの現在位置を示すフレンドマーカーの光点を示した。
このダンジョンのマップがないため、光点までの道は空白だが、もう全体の距離の7割程度は詰めている。
「シンカーの位置は、数日間動いてません。
多分安全エリアにいるんだと思います。
そこまで到達できれば、あとは結晶で離脱できますから……。
すみません、もう少しだけお願いします。」
ユリエールに頭を下げられ、キリトは慌てたように手を振った。
「い、いや、好きでやってるんだし、アイテムも出るし……」
「なにが出ているんだ?」
サイトが興味を持ちキリトに尋ねた。
キリトが手早くウインドウを操作すると、その表面に、どちゃっという音を立てて赤黒い肉塊が出現した。
そのグロテスクな質感に、アスハとアスナは顔を引きつらせる。
「な……ナニソレ?」
「カエルの肉だ!
ゲテモノほど旨いって言うからな。アスナ、あとで料理してくれよ。」
『きゃあぁぁーー』
アスナはそういって見せられたカエルの肉を掴み捨ててしまった。
キリトが何をとどはどばとアイテムストレージから出したがアスナは相変わらずで全部捨ててしまった。
「あっ!あああぁぁぁ……」
世にも情けない顔で悲痛な声を上げるキリトに、我慢できないとばかりにユリエールがお腹を抱えて、くっくっと笑いを漏らす。
途端に子供たちが嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、
「お姉ちゃん、はじめて笑った!」
「笑ったーーー!」
叫んだ子供たちに、彼女も満面の笑みを浮かべた。
2人は周囲の心に敏感なのだろう。
辛い思いをしてきたのだからだな…
サイトはレイを抱き上げた。
それを見て情けない声を出していたキリトもユイを抱き上げた。
「先に進みましょう。」
アスハの声に再び歩き出しさらに奥を目指すのであった。