29
ようやく辺りは静かになりそれぞれ自分の子どもにおそるおそる声を掛けた。
「レ、レイ…………」
「ユ、ユイちゃん……」
2人は名前を呼ばれて振り返って顔では微笑んでいたがその瞳には涙が溜まっている。
2人はかすれるような声で言った
「パパ……ママ……。」
「ぜんぶ、思い出したよ……。」
アスハとアスナはそれぞれ駆け寄り抱きしめた。
そこで2人とも泣き崩れてしまったがどうにか宥めて奥にある安全地帯に行こうと言った。
安全地帯は真っ白な空間で立方体の中みたいだ。
そこには黒い大理石のような物体がありそこに2人を座らせた。
ユリエールとシンカーには悪いが先にクリスタルで脱出してもらった。
今この場にいるのはサイトたち6人だけだ。
アスハもアスナもなんて声を掛けたらいいのか分からず、ただ手をそっと握っているだけだ。
このままでは進まないと思いサイトは意を決してレイに聞いた。
「思い出したって、何を思い出したんだ?」
この先の展開を知っていてもやはり辛い。
それだけにこの子たちが可愛く愛おしいということだ。
自然と口調が重くなる
2人は尚も暫く俯き続けていたが、ついにこくりと頷いた。
泣き笑いのような表情に、胸が痛くなる。
「はい。全部説明します。
サイトさんアスハさんキリトさんアスナさん。」
急に丁寧な言葉使いになり、アスナが切なそうに顔を歪めた。
四角い部屋に、2人の言葉がゆっくりと流れていく。
「という名のこの世界は、ひとつの巨大なシステムによって制御されています。
システムの名前は。
それが、この世界のバランスを自らの判断に基づいて制御しています。」
「カーディナルはもともと、人間のメンテナンスを必要としない存在として設計されました。
2つのコアプログラムが相互にエラー訂正を行い、更に無数の下位プログラム群によって世界の全てを調整する……。
モンスターやNPCのAI、アイテムや通貨の出現バランス、何もかもがカーディナル指揮下のプログラム群に操作されています。」
「ーーーしかし、ひとつだけ人間の手に委ねなければならないものがありました。
プレイヤーの精神性に由来するトラブル。
それだけは同じ人間でないと解決できない……そのために、数十人規模のスタッフが用意される、はずでした。」
「「GM……」」
サイトとキリトの声が重なる。
「つまり、2人はゲームマスターなのか……?
アーガスのスタッフ……?」
「いいえ、……カーディナルの開発者たちは、プレイヤーのケアすらもシステムに委ねようと、あるプログラムを試作したのです。
ナーヴギアの特性を利用して、プレイヤーの感情を詳細にモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーのもとを訪れて話しを聞く……。」
「。
MHCP試作一号、コードネームと。
それが、わたしと彼です。」
「つ、つまり……AI……?」
アスナはおそるおそる聞く。
「プレイヤーに違和感を与えないように、ぼくたちには感情模倣機能が与えられています。
ーーー偽物なんです、全部……この涙も……。
ごめんなさい、アスハさん、アスナさん……」
2人の両目から、ぽろぽろと涙がこぼれる。
それは、光の粒子となって蒸発した。
アスハはレイを抱き締めようと、手を伸ばすが、レイは微かに首を振る。
アスナもユイに触れようとしていたが、同じく拒否されたようで悲しそうに言葉を絞り出した。
「でも……でも、記憶がなかったのは……?AIにそんなこと起きるの……?」
「……2年前……。
正式サービスが始まった日……」
レイとユイが瞳を伏せ、説明を続けた。
「何が起きたのかはぼくたちにも詳しくは解らないのですが、カーディナルが予定にない命令をぼくたちに下したのです。」
「プレイヤーに対する一切の干渉禁止……。
具体的な接触が許されない状況で、わたしたちはやむなくプレイヤーのメンタル状態のモニタリングだけを続けました。」
恐らく、その命令を下したのは、茅場だろう。
その人物に関する情報を持たないであろう子供たちは、幼い顔に悲痛な表情を浮かべ、更に言葉を続けた。
「状態はーー最悪と言っていいものでした……。
ほとんど全てのプレイヤーは恐怖、絶望、怒りといった負の感情に常時支配され、時として狂気に陥る人すらいました。」
「ぼくたちはそんな人たちの心をずっと見続けてきました。
本来であればすぐにでもそのプレイヤーのもとに赴き、話しを聞き、問題を解決しなければならない……しかし、プレイヤーにこちらから接触することはできない……。」
「義務だけがあり権利のない矛盾した状況のなか、わたしたちは徐々にエラーを蓄積させ、崩壊していきました……。」
しんとした安全エリアに、ただ子供たちの声が流れる。
「ある日、いつものようにモニターしていると、他のプレイヤーとは大きく異なるメンタルパラメータを持つ4人のプレイヤーに気付きました。」
「その脳波パターンはそれまで摂取したことのないものでした。
喜び……安らぎ……でもそれだけじゃない……。
この感情はなんだろう、そう思ってわたしたちはその4人のモニターを続けました。」
「会話や行動に触れるたび、ぼくたちの中に不思議な欲求が生まれました。
そんなルーチンはなかったはずなのに……。」
「4人のそばに行きたい……直接、わたしたちと話しをしてほしい……。
少しでも近くにいたくて、わたしたちは毎日、4人の暮らすプレイヤーホームから1番近いシステムコンソールで実体化し、彷徨いました。」
「その頃には、もうぼくたちはかなり壊れてしまっていたのだと思います……。」
『それが、あの22層の森だったのかい……?』
ユイはゆっくりと頷いた。
「はい。
キリトさん、アスナさん……わたし、ずっと、お二人に……会いたかった……。」
「ぼくも、サイトさん、アスハさんに……会いたかった……。」
「森の中で、みなさんの姿を見た時……すごく、嬉しかった……。」
「おかしいですよね、そんなこと、思えるはずないのに……。
ぼくたちは、ただの、プログラムなのに……」
2人は涙をいっぱい溢れさせ、口を噤んだ。
「おかしくなんて、ないさ。」
サイトは言った。
「AIとかそうじゃないとか関係ないよ。レイは俺とアスハの子であり、ユイはキリトとアスナと子だ。これだけは誰がなんと言おう変わらない。
偽物とか本物じゃない、レイはレイであり、ユイはユイだ。2人は人間だ。」
サイトの言葉に2人は救われたような表情になり、母親に抱きついた。
「けど……もう……遅いんです……」
キリトが、戸惑ったような声で訪ねる。
「なんでだよ……遅いって……」
「わたしたちが記憶を取り戻したのは……あの石に接触したせいなんです。」
ユイが部屋の中央に視線を向け、そこに鎮座する黒い立方体を小さな手で指差した。
「さっき、サイトさんたちがわたしたちをこの安全地帯に退避させてくれた時、わたしたちは偶然あの石に触れ、そして知りました。」
「あれは、ただの装飾的オブジェクトじゃないんです……。
GMがシステムに緊急アクセスするために設置されたコンソールなんです。」
ユイたちの言葉に、何らかの命令が込められていたかのように、黒い石に突然数本の光の筋が走った。
そしてそれに、ぶん……と音を立てて表面に青白いホロキーボードが浮かび上がる。
「さっきのボスモンスターは、ここにプレイヤーを近づけないようにカーディナルの手によって配置されたものだと思います。」
「わたしとアルはこのコンソールからシステムにアクセスし、を呼び出してモンスターを消去しました。」
「その時に、カーディナルのエラー訂正能力によって、破損した言語機能を復元できたのですが……それは同時に、今まで放置されていたぼくたちにカーディナルが注目してしまった、ということでもあるんです。」
「今、コアシステムがわたしたちのプログラムを走査しています。
すぐに異物という結論が出され、わたしたちは消去されてしまうでしょう。」
「もう……あまり時間がありません……」
「そんな……そんなの……」
「何とかならないのかよ!
この場所から離れれば……」
『…………』
サイトは必死で考える、なんとか2人を救う方法を……
しかし、子供たちは黙って微笑するだけだった。
再び2人の頬を涙が伝う。
「パパ、ママ、ありがとう。」
「これで、お別れです。」
『いや、嫌だ……そんなのっ……!』
アスハ叫んだ。
「だってこれからじゃない!!
これから、みんなで楽しく……仲良く暮らそうって……」
アスナも涙まじりの声になって訴える。
「ユイ、行くな!!」
キリトがユイの手を握る。
ユイの小さな指が、そっとキリトの指を掴む。
「行くな、レイ!!」
2人の髪や、服が、その先端から朝露のように儚い光の粒子を撒き散らして消滅を始めた。
2人の笑顔がゆっくりと透き通っていく。重さが、薄れていく。
『いかないで!レイっ!!いや、嫌だ!!お願いだからっ……!』
「やだ!やだよ!!ユイちゃんがいないと、わたし笑えないよ!!」
溢れる光に包まれながら、2人はにこりと笑った。
消える寸前の手が、アスハとアスナの頬を撫でる。
ーーママ、パパ笑って
ーー泣かないで
2人の姿が消えた。
『ぁ……あ、ああああああ!!』
「うわあああああ!!」
アスハとアスナはその場に伏して子どものように泣き崩れてしまった。
「まだだ!まだ終わってない!いつもそう思い通りになると思うなよ!」
サイトは涙を振り払ってGMコンソールにアクセスした。
「キリト、2人の心を取り戻す!手伝ってくれ。」
キリトもそれだけ聞くと、くっと涙を振り払いコンソールにアクセスした。
2人はキーボードを叩きながら必死で作業した。
その刹那、サイトとキリトの手のひらに一つずつちいさなクリスタルが……
レイとユイ、2人の心だ。
これが2人の……………
「アスハ、これ…」
サイトが差し出したのはペンダントになってその先にレイの心を取り付けたものだ。
キリトも同様アスナに渡した。
「これは、2人の生きていた証だ。アスハこれをつけていてくれ。」
「……うん」
こくりと頷き首につけた。
その後ダンジョンをあとにしてシンカーとユリエールに事情を説明してサイトたちは再び22層の自宅に帰って行くのであった。
たったすこしの間だったが本当の家族のようだった。
だから家が広く感じるのであった