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「うう、いてて……。サイトの言うとおり着陸がミソだなこれは……」
緊張感のない声とともに雰囲気をぶち壊しながら立ち上がったキリトを俺は改めて見る。
浅黒い肌に、つんつんと尖った髪、やや吊り上った大きな眼、どこかやんちゃ坊主といった風貌のキリトに向かって、俺の後ろにいるリーファが叫んだ。
「何してるの!早く逃げて!!」
だがキリトは動じない。
右手をずぼっとポケットに突っ込むと、リーファと上空のサラマンダーたちをぐるりと見渡し、声を発した。
「重戦士3人で女の子を襲うのはちょっとカッコよくないなぁ。」
「なんだとテメェ!!」
そのセリフさっき俺が………
サイトはなんか変な気持ちになりながら状況を見守ることにした。
今回俺はこの戦闘に関与しない。
この世界に干渉しすぎるとあまりよくないことになることを俺は学んだからだ。
それとキリトのウォーミングアップだ。
「キリト、こいつらどうするつもりだ?」
俺は斬ることを知っていてあえて聞いてみた。
キリトも俺がワザと聞いたのを見抜いたようでニヤリと笑ながら言った。
「なあ、この人たち斬っていいか?」
「ええっ?!」
いかなり聞かれたリーファはとまどいながら答えた。
「私は、構わないし、むしろ今の状況ではそうしてくれるほうが……」
とややテンパりながら言った。
のんびりしたサイトたちの言葉に激発した2人のサラマンダーが宙を移動して、先ずはキリトから片付けようと前後から挟み込む。
そしてランスを下方に向けて突進の姿勢を取った。
「くっ……」
サラマンダーのもう1人(恐らくリーダー各)の男がこちらを牽制している為、迂闊に動けない。そんなリーファが焦りの色を見せる中、俺は彼女に声を掛ける。
『大丈夫だ。
見た目は柔に見えるかもしれないが、あいつは強い。』
リーファは一瞬戸惑ったようだが、肩の力を抜いた。
「たった2人でノコノコ出てきやがって馬鹿じゃねぇのか。
望みどおりついでに狩ってやるよ!
先ずはお前からな!!」
キリトの前方に陣取ったサラマンダーが、音高くバイザーを降ろした。
キリトが回避した所を時間差で仕留める魂胆か。
だが甘いな。
その程度ではキリトを倒すことなんて不可能だ。
ランスが体を貫こうとした瞬間、キリトは右手をポケットに突っ込んだまま、無造作に左手を伸ばし威力を孕んだランスの先端をがっしと掴んだのだ。
「肩ならしにもならないようだな。」
「あくびがでそうだ。」
「この野郎!なめやがって!」
俺たちの会話にサラマンダーの怒りは頂点に達する。
ガードエフェクトの光と音が空気を震わせる中。キリトはサラマンダーの勢いを利用して腕をぶん回し、掴んだランスごと背後の空間に放り投げた。
「わあああああ」
情けない悲鳴を上げながら飛んでいったサラマンダーが、待機していた仲間に衝突し、両者は絡まったまま地面に落下する。
ガシャガシャン!という金属音が重なって響いた。
キリトはくるりと振り返ると、背中の剣に手をかけ、そのままピタリと動きを止める。
「この人から許可も出てるし、あんたたちを斬らせてもらうよ。」
キリトは右手で背から初期武器の剣を抜くと、だらりと地面に垂らした。
すっと重心を前に移しながら左足を一歩前にした瞬間、ズバァン!!という衝撃音と共にキリトの姿か掻き消える。
俺はそれを眼で追いながら、見守った。
まあ心配などしてはいないが………
恐らく、リーファはこの太刀筋を眼で追えていないだろう。
慌ててキリトを探している気配がする。
剣を真正面に振り切ったキリトが、遥か離れた場所に低い姿勢で停止した。
すると、2人のサラマンダーの内、立ち上がりかけていた方の体が赤いエンドフレイムに包まれ、その直後に四散する。
小さな残り火が漂っていた。
この世界でキャラクターの運動速度を決定づけているものは唯ひとつだ。
それは、フルダイブシステムの電子信号に対する脳神経の反応速度。
アミュスフィア、又はナーヴギアが発するパルスを脳が受け取って処理し、運動信号としてフィードバックする。
そのレスポンスが速ければ速いほどキャラクターのスピードも上昇するのだ。
それは生来の反射神経に加えて、一般的に長時間の経験によってもその速度は向上すると言われている。
まあ、俺たちはあの世界での経験もあるから後者だろうが。
リーファと空中のサラマンダーのリーダーが唖然と身守る中、キリトはのそっと立ち上がり、再び剣を構えつつ振り向いた。
突進をいなされたもう1人のサラマンダーは、まだ何が起こったのか理解していないようで、見失ったキリトを探して見当違いな方向をきょろきょろ見渡している。
そのサラマンダーに向かって、キリトは容赦なく再びアタックする素振りを見せた。
初動は気負いのないゆらりとした動きで。しかし、一歩踏み出した瞬間には、再び大気を揺るがす音と共にキリトの姿が霞んだ。
キリトの剣が下段から跳ね上がり、サラマンダーの胴を分断した。
エフェクトフラッシュが一瞬遅れる。
キリトはそのまま数m移動し、剣を高く振り切った姿勢で停まった。
再び死を告げる炎が噴き上がる。
そして2人目のサラマンダーも消滅した。
2人のサラマンダーのHPは全快状態ではなかった。半分くらいは残ってたはずなんだがな……それを一撃か。
まったく……本当に肩慣らしにもならない相手だったな。
このALOでは攻撃ダメージの算出式はそれほど難しいものではない。
武器自体の威力
ヒット位置
攻撃スピード
被ダメージ側の装甲
この4つだけだ。
この場合のキリトは武器の威力に関しては初期武器なため、限りなく低い。
対してサラマンダーの装甲はかなりの高レベルのものだ。
つまり、それをあっさり覆すキリトの攻撃精度と、驚異的なスピードの成せる技なのだ。
ちなみに俺は滅多なことがない限りプレイヤーに攻撃するこもはない。
まあ攻撃する時は確実に仕留めるがな!
俺がそんなことを考えていると、キリトはのんびりとした動作で体を起こし、上空でホバリングしたままのサラマンダーのリーダーを見上げた。
キリトは剣を肩に担ぎ、口を開く。
「どうする?あんたも戦う?」
その緊張感のまったくないキリトの言葉に、我に返ったサラマンダーは苦笑した。
「いや、勝てないな、やめておくよ。アイテムを置いていけというなら従う。
もうちょっとで魔法スキルが900なんだ、デスペナ(死亡罰則)が惜しい。」
しかしここで俺が動いた。
「キリトちょっと変わってくれ。」
「構わないがどうするつもりだ?」
キリトが不思議そうに俺を眺めている。
「悪いが俺を見たサラマンダーを生かして返すわけにはいかない。それが俺たちダークエルフの掟だ。」
「どういうつもりだ、サイト?闘うつもりのないプレイヤーをキルするなんてお前らしくないぞ」
キリトは心底驚いているようだ。
「俺たちダークエルフは絶対数が少ない上ホームタウンがない。だからたえず色々な街に居てそこで活動をする。だがホームタウンの種族は自分のホームタウンいる他種族をキルすることができる。ダークエルフは金貨のドロップ率がいいからよく狙われるんだ。
さらにサラマンダー相手では属性的にも不利だ。俺はここにくる前にお前を倒して奪われた金貨を取り戻してくれという依頼をうけている。」
「…………」
あまり納得がいかないキリトだが、かつて自分もSAO時代に同じようなことをしたのでここはサイトの言う通りに下がった。
「悪いがここで死んでもらう。抵抗するなら構わない容赦はしない。」
「く、くそっーーー!」
先ほどまで冷静だったリーダー格の男も獲物を抜きサイトに向かって突進してきた。
「おそい!」
サイトは羽を使い真上に飛翔し、腰から最初の相棒である闘鬼神を抜きはなち稲妻の龍を放った。
「蒼龍破!」
ギャオオオォォーー!と龍の咆哮のようなものが響き渡り辺りを包み込んだ。
「うわあああ」
男は悲鳴をあげらがら衝撃波に包まれ辺りの土埃が消えるとエンドフレイムとなり漂っていた。
「悪いな。お前が奪った金貨は返してもらう。」
サイトはそういい依頼対象の品物を回収した。
リーファが、チラリと此方に歩み寄って来たキリトを見やると、彼に向き直る。
「……私はあなたたちにお礼を言えばいいのかしら?それとも………」
腰の長剣に手をかけながら言った。