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「リーファちゃん!無事だったの!」
俺たちがそちらに顔を向けると、手をぶんぶん振りながら駆け寄ってくる黄緑色の髪をした少年のシルフが見えた。
「あ、レコン。うん、どうにかねー」
リーファの前で立ち止まったレコンと言う少年は眼を輝かせている。
「すごいや、アレだけの人数から逃げ延びるなんて、さすがリーファちゃん……って……」
今更のようにリーファの傍に立つ俺たちに気づき、彼は口を開けたまま数秒立ち尽くした。
「な……スプリガンじゃないか!?
もう1人は……ま、幻ダークエルフ……!!
なんで……!?」
飛退り、腰のダガーに手を掛けようとするレコンをリーファが慌てて制する。
「あ、いいのよレコン。この人たちが助けてくれたの。」
「へっ……」
リーファが唖然とするレコンを指差し、俺たちに彼が何者なのかを説明してくれた。
「こいつはレコン。
あたしの仲間なんだけど、アンジュさんたちに会う前にサラマンダーにやられちゃったんだ。」
『それは、すまなかったな。
はじめまして、俺はサイト。』
「俺はキリトだ。よろしく。」
「あっ、どもども」
レコンは俺の手とキリトの手を交互に握り、ぺこりと頭を下げる。と、
「いやそうじゃなくて!」
また飛び退った。
「だいじょうぶなのリーファちゃん!?ダークエルフはともかくスプリガンの人はスパイとかじゃないの?!」
「私も最初は疑ったんだけどね。
何よりスパイにしては天然ボケ入りすぎてるしね。」
「あっ、ひでえ!」
あはははと笑いあうリーファとキリトを、レコンはしばらく疑わしそうな眼で見ていた。
やがて、はっと我に返り、咳払いをしてリーファに声をかけた。
「リ、リーファちゃん、シグルドたちは先にで席取ってるから、分配はそこでやろうって。」
「あ、そっか。う〜ん……。」
リーファが悩んでいるのは今日の分配のことだろうな。
基本一度死んでしまえば、非装備アイテムの30%がランダムに奪われてしまうが、パーティーを組んでいれば保険枠というものが存在する。
そこに入れているアイテムは死亡しても自動的に生きている仲間に転送されるようになっているのだ。
大方リーファたちも同じように価値のあるものは保険枠に居れて置いたのだろう。
だから、最終的に生き残ったリーファが襲われていたのだ。
今回は何とか俺たちが居合わせたので、全て持ち帰ることができたようだが。
そのアイテムを馴染みの店で改めて分配するのだろう。
リーファは結論が出たのか、レコンに声をかけた。
「あたし、今日の分配はいいわ。
スキルに合ったアイテムもなかったしね。
あんたに預けるから4人で分けて。」
「へ……リーファちゃんは来ないの?」
「うん。お礼にサイト君たちに1杯おごろうと思うの。」
「…………」
「ちょっと、妙な勘繰りしないでよね。」
リーファはそれに気づいていないようで、彼女はレコンのつま先をブーツでこつんと蹴り、トレードウインドウを出して稼いだアイテムの全てをレコンに転送した。
「次の狩りの時間とか決まったらメールしといて。
行けそうだったら参加するからさ、じゃあ、おつかれ!」
「あ、リーファちゃん……」
リーファは照れ臭そうに強引に会話を打ち切った。
「で、さっきの子は、リーファの彼氏?」
「コイビトさんなんですか?」
「ハァ!?」
キリトと彼肩口から顔を出したユイに異口同音に訊ねられたリーファが思わず石畳に足を引っ掛けた。
俺は反射的にそれを受け止める。
『大丈夫か?』
「あ、うん。ありがとう、サイト君。」
『いや。……それよりどうなんだ?』
俺がニヤリと笑うと、リーファは真っ赤になった。
「ち、違うわよ!パーティーメンバーよ、単なる。」
『それにしては仲が良さそうだったぞ。』
俺は胸ポケットに目をやるとレイはあまり興味がなさそうで、街をキョロキョロと見回していた。
「もう!リアルでも知り合いって言うか、学校の同級生なの。
それだけよ。」
「へぇ……クラスメイトとVRMMOやってるのか、いいな。」
どこかしみじみした口調で言うキリトに、リーファが軽く顔をしかめた。
「うーん、いろいろ弊害もあるよー。
宿題のこと思い出しちゃったりね。」
「ははは、なるほどね」
『確かに……それは嫌だな。』
そんな会話をしながら裏通りを歩いていく。
時折すれ違うシルフプレイヤーたちは、俺たちを見るなり、ぎょっとしたり、呆然としたりと様々な反応を見せていたが、隣に歩くリーファに気付くと納得、又は不審がりながらも何も言わずに通り過ぎていった。
リーファは確か武闘大会のイベントで何度か優勝していたな。
だから顔が通っているのか。
やがて、前方にすずらん亭という小ぢんまりとした酒場のようなところが見えて来た。
どうやら宿屋もやっているらしい。
リーファがスイングドアを押し開けると、俺たちもそれに倣って中に入る。
見渡すとプレイヤーの客は俺の依頼人以外は居なかった。
実はここで受け渡すと連絡をしておいたのだ。
俺はすぐさま依頼人に話しかけ取引を完了させた。
すると依頼人は足早に立ち去って行った。
俺たちは奥まった窓際の席を陣取り、リーファと向かい合って腰掛ける。
「さ、ここは私が持つから何でも自由に頼んでね。」
「じゃあお言葉に甘えて……」
『おい、程々にしろよ、キリト。』
「あ、そっか。あんまり食べすぎるとログアウトしてから辛いか。」
リーファがメニューにある魅力的なデザートの数々を睨みながら唸るのを微笑ましそうに眺めながら、俺もメニューに目を落とした。
仮想世界で食事をすれば、現実に戻ってからもしばらく満腹感が続く。もうすぐリアルでは夕食時だ。
あまり食べすぎるのは得策とは言えないだろう。
まぁ、ここで甘いものを食べても体重に影響が出ないのは、世の女性にとって魅力的ではあるんだろうがな。
実際このシステムをダイエットに利用したプレイヤーがいたらしいが、そのプレイヤーは栄養失調で病院送りになったらしい。
またこれも実際にあった話しだが、生活の全てをゲームに捧げた1人暮らしのプレイヤーが食事を忘れて衰弱死したという話しもあった。
結局注文は……
俺が、レッドベリーのケーキ
リーファはフルーツのババロア。
キリトは木の実のタルト。
ユイとレイは2人でチーズクッキー。
をそれぞれオーダーし、飲み物は香草ワインのボトルを1本取ることになった。
NPCのウェイトレスが即座に注文の品々をテーブルに並べて行く。
「それじゃあ、改めて、助けてくれてありがと。」
不思議な緑色のワインを注いだグラスを3人でかちんと合わせ、リーファが一気にそれを飲み干すのを見ながら、そっとグラスに口付けた。
隣のキリトを見ると、はにかむように笑ながら口を開くところだった。
「いやまあ、成り行きだったし……。
それにしても、えらい好戦的な連中だったな。ああいう集団PKってよくあるの?」
「うーん、もともとサラマンダーとシルフは仲悪いのは確かなんだけどね。
領地が隣り合ってるから中立域の狩場じゃよく出くわすし、勢力も長い間拮抗してたし。
でもああいう組織的なPKが出るようになったのは最近だよ。
きっと……近いうちに世界樹攻略を狙ってるんじゃないかな……」
「さて、もう一度その世界樹について、教えて欲しいんだ。」
「いいけど……どうして、そこまでこだわるの?なにか別の理由があるじゃ?」
「今はまだ、合わなければならない人がいるとだけしか言えない」
キリトが真剣に話したのでリーファも追求をやめた。
「……2回目だけど、それは、多分全プレイヤーがそう思ってるよきっと。っていうか、それがこのALOっていうゲームのグランド・クエストなのよ。」
「と言うと?」
「対空制限があるのは知ってるでしょ?
その他のどんな種族でも、連続で飛べるのはせいぜい10分が限界なの。
でも、世界樹の上にある空中都市に最初に到達して、に謁見した種族は全員、っていう高位種族に生まれ変われる。
そうなれば、対空制限はなくなって、いつまでも自由に空を飛ぶことができるようになる……」
「……なるほど……」
「そいつは魅力的な話だな…」
ユイとレイはテーブルのクッキー仲良く食べている。
「サイトの言うとおりそれは確かに魅力的な話しだな。
世界樹の上に行く方法っていうのは判ってるのか?」
「世界樹の内側、根元のところが大きなドームになってるの。
その頂上に入り口があって、そこから内部を登るんだけど、そのドームを守ってるNPCのガーディアン軍団が凄い強さなのよ。
今まで色んな種族が何度も挑んでるんだけどみんなあっけなく全滅。
サラマンダーは今最大勢力だからね、なりふり構わずお金貯めて、装備とアイテム整えて、次こそはって思ってるんじゃないかな。」
『ガーディアンはそんなに強いのか?』
「もう無茶苦茶よ。
だってALOがオープンして1年経つのに、1年かけてもクリアできないクエストなんてありだと思う?」
「それは確かに……」
「実はね、去年の秋頃、大手のALO情報サイトが署名集めて、レクトプログレスにバランス改善要求だしたんだ。」
『ふむ、それで……?』
「お決まりっぽい回答よ。
『当ゲームは適切なバランスのもとに運営されており』なんたらかんたら。
最近じゃあね、今のやり方じゃあ世界樹攻略はできないっていう意見も多いわ。」
「……何かキークエスト見落としてる、もしくは……単一の種族だけじゃ絶対に攻略できない?」
ババロアを口に運ぼうとしていた手を止め、リーファはキリトの顔を改めて見た。
「へぇ、いいカンしてるじゃない。
クエスト見落としのほうは、今躍起なって検証してるけどね
後の方だとすると……絶対に無理ね。」
「無理?」
『協力できないんだよ。【最初に到達した種族しかクリアできない】クエストを、他の種族と協力して攻略しようというのは無理だろう?』
「……じゃあ、事実上世界樹を登るのは、不可能ってことなのか?」
「……あたしはそう思う。
そりゃ、クエストは他にもいっぱいあるし、生産スキル上げるとかの楽しみもあるけど……でも、諦めきれないよね、いったん飛ぶことの楽しさを知っちゃうとさ……。
たとえ何年かかっても、きっと……」
「でも、それじゃ……遅すぎるんだ……」
キリトがポツリとつぶやいた。
「とにかく、試してみよう。俺がなんとかする。」
俺がキリトに耳打ちをした。
ああ。とだけ頷いて俺たちは世界樹を目指そう店を出ようした。
『……ありがとうリーファ、色々教えてくれて助かった。』
「ご馳走様、ここで最初に会ったのが君でよかったよ。」
立ち上がりかけた俺たちをリーファが呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。
世界樹に……行く気なの?」
「ああ。」
『やらなきゃいけないことがあるからな。』
「無茶だよ、そんな……。
ものすごく遠いし、途中で強いモンスターもいっぱい出るし、そりゃ、君たちも強いけど……。
ーーーーよし、じゃあ、あたしが連れていってあげる。」
「『え……』」
俺とキリトの眼が丸くなる。
「いや、でも、会ったばかりの人にそこまで世話になる訳には……」
「いいのよ、もう決めたの!」
時間差で赤くなった頬を隠すようにそっぽを向いた。
『……ありがとうな、リーファ……』
顔を赤くしたままリーファが、此方をチラリと見る。
「あの、2人とも明日も入るよね?」
『ああ、もちろん。』
「じゃあ午後3時にここでね。
あたし、もう落ちなきゃいけないから、あの、ログアウトには上の宿屋を使って。
じゃあ、また明日!」
リーファは立て続けにそう言うと、左手を振ってウインドウを出した。
「ーーーありがとう。」
リーファも笑みを浮かべ、こくりと一回頷くと、OKボタンを押した。
俺たちはそれを見送ると、上の宿屋を借りるべく受付へと向かった。
無事部屋を借り、俺たちは部屋に入る。
2人で今後のことを話しながら、俺たちは武装を解除した。
『確か、この世界には、SAOと違って瞬間移動手段はなかった筈だ。』
「じゃあ、どうするんだ?」
キリトも武装を解除すると、ベッドに寝転がる。
『翅で移動する……まぁ、ちょっとした小旅行だな。』
「んじゃ、落ちるか。レイ向こうでやることがある。手伝ってくれるか?」
「はい!わかりました!」
俺たちはログアウトボタンのオッケーボタンを押した。