小説『ソードアートオンライン~1人の転生者』
作者:saito()

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「なんか、誰かに見られた気が……。」


『ユイ、近くにプレイヤーはいるか?』

「いいえ、反応はありません。」


ユイは小さな頭をふるふると横に動かすも、キリトも納得できていないようで、顔をしかめている。

「レイもどうだ?」

「近くに反応はありません。」


「見られた気が、って……。

この世界にそんな第六感みたいなもの、あるの?」


リーファがそう聞くと、キリトは右手で顎を撫でながら答えた。


「……これが中々バカにできないんだよな……。」

「たしかにな。でもレイやユイでもわからないとなると……」

「うん。ひょっとしたらトレーサーが付いてるのかもしれないし。」


リーファが呟くと、キリトは眉を上げる。

「そりゃ何だ?」


「追跡魔法よ。大概ちっちゃい使い魔の姿で、術者に対象の位置を教えるの。」

「便利なものがあるんだなあ。

それは解除できないのか?」

『使い魔を見つければ可能だが、術者の魔法スキルが高ければ高いほど、対象との間に取れる距離も増えるからな。』

「こんなフィールドだとほとんど不可能ね。」

「そうか……。

まあ、気のせいかもしれないしな……。とりあえず先を急ごうぜ。」

「うん。」


頷き合い、リーファとキリトは先に浮き上がった。

俺はチラリと使い魔が居るであろう方向を見ると、2人に続き地をトンと蹴る。



間近に迫った白い山脈は絶壁の如く聳え立ち、その中腹に巨大な洞窟がぽっかりと口を開けている。

冷気を吐き出しているかのようなその大穴目指して、俺たちは力強く翅を動かし、加速を始めた。


数分飛行すると3人は洞窟の入り口まで辿り着く。そこはほぼ垂直に切り立った一枚岩で、その中央に巨人の鑿で穿たれたような四角い穴が開いている。

幅も高さも俺たちの3、4倍はありそうな大きさで、遠くからでは判り辛いが入り口の周囲には端から見れば不気味であろう怪物の彫刻で飾られていた。

因みに上部の中央には一際大きな悪魔の首が突き出しており、侵入者を睥睨している。


「……この洞窟、名前はあるのか?」


キリトの問いに、俺は頷きつつ答えた。


(ルグルー回廊)

ルグルーっていうのが鉱山都市の名前だ。』


中は冷んやりと涼しく、奥へ進むに連れて外から差し込む光も薄れていく。

周囲を暗闇が覆い始めると、リーファが魔法で灯りをともそうとした。その手を俺が遮る。

リーファはきょとんとした顔でこちらを見たが、俺の横にいるキリトに気付いたようで納得したように口を開いた。


「そう言えば、キリト君は魔法スキル上げてるの?」

「あー、まあ、種族の初期設定の奴だけなら……。使ったことはあんまりないけど……。」

『洞窟はスプリガンの得意分野なんだ。』

「灯りの術も、風魔法よりはいいのがあるはずなのよ。」

「えーと、ユイ、分かるか?」


頭をかきながらキリトが言うと、肩からひょっこり顔を出したユイが、どこか教師然とした口調で言った。


「もう、パパ、マニュアルくらい見ておいたほうがいいですよ。

灯りの魔法はですね……」


ユイが一音ずつ区切るように発音したスペルワードを、キリトは右手を掲げながら覚束ない調子で繰り返した。

すると、その手から仄白い光の波動が広がり、それが俺とリーファの体を包む。


その途端、スッと視界が明るくなった。


これがスプリガン特有の魔法か。
どうやら光源を発生させて周囲を照らすものではなく、対象に暗視能力を付与するものらしいな。


『これは便利だな。』

「確かに。スプリガンも捨てたもんじゃないわね。」

「あ、その言われ方なんか傷つく。」

『ふふ……まぁでも、使える魔法くらいは暗記しておいた方がいいな。』

「うふふ。そうね、いくらスプリガンのしょぼい魔法でも、それが生死を分ける状況だってひょっとするとないとも限らないんだし。」

「うわ、さらに傷つく!」


軽愚痴を叩きながら、俺たちは曲がりくねった洞窟を下っていく。

何時の間にか、入り口の光は見えなくなっていた。

ーーーーーーー


「うええーと……アール・デナ・レ……レイ……」


キリトは紫に発光するリファレンスマニュアルを覗き込みながら、覚束ない口調でスペルワードをぶつぶつと呟いていた。


『キリト……それじゃあ、ちゃんと発動しないぞ。

スペル全体を機械的に暗記しようとしても駄目だ。まずそれぞれの(力の言葉)の意味を覚えて、それから魔法の効果と関連付けるように記憶していかなくては……』


キリトは深いため息と共にがっくりとうな垂れる。


「まさかゲームの中で英熟語の勉強みたいな真似をすることになるとは思わなかったなぁ……」

「言っときますけど、上級スペルなんて20ワードくらいあるんだからね。」

「うへぇ……。俺もうピュアファイターでいいよ……」

「ま、俺も魔法は基本的に回復と補助くらいしか使わないないがな」

なんて、言っているとリーファから全く呆れたと言われてしまった


そういえば、この先には広大な地底湖に架かる橋があって、それを渡った先に地底鉱山都市ルグルーがあるのだが……たしか到着する前に一悶着あったな。


因みに、ルグルーはノーム領の首都の大地下要塞ほどではないが、良質の鉱石が多く、商人や鍛冶屋プレイヤーが多く暮らしている。

が、ここまでの道程で他のプレイヤーと出会うことはなかった。


なぜならこの洞窟は、狩場としてはそれほど実りが良い方ではな。

飛行が身上のシルフはあまりここは通りたがらない傾向があるらしく(飛翔力の源である日光も月光も届かない為に、翅が一切回復しないのも要因のひとつではあるが)、アルンを目指す場合は所要時間が増えてもシルフ領の北にあるケットシー領を経由して山脈を迂回する者が多いのだ。


猫のような耳と尻尾を持つケットシーはモンスターや動物を飼いならすスキル(テイミング)が得意で、リーファの話しではテイムした騎乗動物を昔からシルフ領に提供してきた縁があるらしい。

なので、この二つの種族は伝統的に仲が良く、近々正式に同盟を結ぶのだとか。


まぁ、あそこは領主同士も仲が良いしな。

とにかく、俺たちには関係のない話だ。

歩くこと更に数分が経ち、いよいよ地底湖が間近に迫りつつあったその時だった。

ルルルという電話の呼び出し音に似たサウンドエフェクトが洞窟内に響き、リーファがハッと顔を上げて俺たちに声をかけた。


「あ、メッセージ入った。

ごめん、ちょっと待って。」

「どうぞ。」

「ごゆっくり」


立ち止まり、体の前方の胸より少し低い位置に表示されたアイコンがあるであろう場所をリーファが指先で押した。

メッセージの送り主は恐らくレコンだろう。

内容はーー【やっぱり思ったとおりだった!気をつけて、s】だった


書かれた内容を確認したのだろう、リーファが


「なんだこりゃ。」


と思わず呟いた。


リーファは最後の【s】の謎を考えているらしく、それが口をついて出ている。


「エス……さ……し……す……うーん」


「どうしたんだ?」


不思議そうな顔のキリトと、内容を説明しようとリーファが口を開いた時だった。

肩からユイがひょこっと顔を出す。


「パパ、接近する反応があります。」

「モンスターか?」


キリトが背中の巨剣の柄に手を掛けたが、俺は眼を細めてそれを否定する。


『いや、恐らくプレイヤーだろう。』

今度はレイが、

「はい。数は……多いです。12人。」

「じゅうに……!?」


リーファの絶句する声が聞こえた。


無理もない。通常の戦闘単位にしては数が多すぎるからな。


何となく嫌な感じがしたのだろうリーファは、向き直った。


「ちょっとヤな予感がするの。

隠れてやり過ごそう。」

「しかし……どこに……」


長い一本道の途中で、幅は広いが身を隠せるような枝道の類はない。

戸惑ったように周囲を見回すキリトだ。


『そこはリーファに任せれば大丈夫だ。』


「俺はここで自らにステルスをかける。両サイドに散って様子を見よう。」

それに、これで使い魔も見つかるだろうしな。

リーファも、任せて!と笑みを浮かべると、キリトを手近な窪みに引っ張り込んだ。

体を密着させると、リーファが左手を上げてスペルを詠唱する。


すぐに緑色に輝く空気の渦が足許から巻き起こり、体を包み込んだ。

俺も反対側の岩肌に張り付きステルスをかけた。

「「あと2分ほどで視界に入ります。」」

レイとユイが声を囁いた。

緊迫した数秒が過ぎて行き、やがて、俺の耳にザッザッという足音が微かに届き始めた。

その響きの中に、重い金属の響きが混じっている。


キリトがひょいと首を伸ばし、集団が接近してくる方向を睨んだ。


「あれは……何だ?」

「何?まだ見えないでしょ?」

『プレイヤーは見えていない。だが……あれは……』

「モンスターか?赤い、ちっちゃいコウモリ……」


リーファが息を呑んだ気配がする。


洞窟の暗闇の中に、小さな赤いコウモリが飛翔し、こちらに近づいている。


「……くそっ」


リーファがそれを確認したらしく、小さな罵り声を上げて窪みから道の真ん中に転がり出た。


自動的に隠蔽魔法が解除され、俺はゆっくりと体を起こしてリーファの隣へ行く。キリトも戸惑ったように体を起こた。


「お、おい、どうしたんだよ。」

「あれは、高位魔法のトレーシング・サーチャーよ!!潰さないと!!」


『俺がやる。』


俺がリーファの前に出て、片手を前に出す。

対象から目を離さずに闘鬼神を抜き剣気で真っ二つにした。

コウモリは避けようしたが、遅かった。

パタっと音を立てて消滅した。

「街まで一気に走るぞ!」


「え……また隠れるのは駄目なのか?」

「トレーサーを潰したのは敵にももうばれてる。この辺に来たら山ほどサーチャーを出すだろうから、とても隠れきれないよ。」

『それに……さっきのは火属性の使い魔だ。それがどういうことか、キリトになら判るだろう?』

「サラマンダーか!」

『今接近してるパーティーもサラマンダーの集団と見て、間違いないだろう。』

そのやり取りの間にも、ガシャガシャと金属音が混じった足音が大きくなっていく。

リーファが一度チラリと振り返る。

どうやら、暗闇にちらりと赤い光が見えたようだ。

「急ぐぞ!」

俺たちは走り出した。

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