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リーファは眼をあけ立ち上がった。
「「おかえり。」」
「「おかえりなさーい!」」
「うん……。」
その返事に元気がなかった。
「2人ともごめんなさい!」
リーファが急に頭を下げた。
「え?」
「やはり、何かあったんだな?」
「うん。あたし、急いで行かなきゃいけない用事ができちゃった。
説明してる時間もなさそうなの。
たぶん、ここにも帰ってこられないかもしれない。」
「そうか、なら移動しながら話を聞こう。すこし寄り道になるが、キリトもいいよな?」
「ああ、リーファにはここまで世話になったんだ、構わないぜ。」
「うん、ありがと!」
リーファは笑顔になった。
俺たちはルグルーの目貫通りを、アルン側の門を目指して私たちは駆け出した。
人波を縫い、巨岩を削りだした門をくぐると、再び地底湖を貫く橋が真っ直ぐ伸びていた。
俺たちは来た道を走っていた。
リーファが事情を話し終わると、キリトは何事か考えるように視線を前に戻し、口を開いた。
「ーーなるほど。
いくつか聞いていいかな?」
「どうぞ。」
「シルフとケットシーの領主を襲うことで、サラマンダーにはどんなメリットがあるんだ?」
「えーと、まず、同盟を邪魔できるよね。
シルフ側から漏れた情報で領主を討たれたら、ケットシー側は黙ってないでしょう。
ヘタしたらシルフとケットシーで戦争になるかもしれないし……。
サラマンダーは今最大勢力だけど、シルフとケットシーが連合すれば、多分パワーバランスが逆転するだろうから、それは何としても阻止したいんだと思うよ。」
3人は橋を渡り終わり、洞窟に入っていた。
少し先を行くリーファが、マップを確認しながら走りつづける。
『……後は、領主を討つことによって生じるボーナスか。
討たれた時点で、討たれた側の領主館に蓄積された資金の3割を無条件で入手できるし、10日間だけ領内の街を独占状態にして税金を自由に掛けられる。
そうなれば、もの凄い額だ。
聞いた話によれば、過去に一回だけあったようだが。』
「うん。
サラマンダーが最大勢力になる前、シルフの初代領主を罠にはめて殺したの。
普通領主は中立域には出ないから、ALO史上、領主が討たれたのは後にも先にもあの一回だけ。
それにしても、サイト君、詳しいね。」
「まあな。」
と、俺は短く答えた。
「あのね、サイト君たちをよそ者だって思ってる訳じゃないんだけど。
これは、シルフの問題だから……これ以上2人が付き合ってくれる理由はないよ……。
この洞窟を抜ければアルンまでもうすぐだし、多分会談場に行ったら生きて帰れないから、またスイルベーンから出直しで、何時間も無駄になるだろうし。
ーーううん、もっと言えば……」
「君たちの目的を達成するためにはサラマンダーに協力するほうが最善かもしれない。この作戦に成功すれば、サラマンダーは充分以上の資金を得て、万全の体制で世界樹攻略に挑むとおもう。君たちなら傭兵で雇ってくれるかもしれない。
ーーー今ここで、あたしを斬っても文句は言わないわ」
リーファは目をつむり、拳をぎゅっと握って立ち止まった。
その時は抵抗はしない。
そうみえた。
戦っても間違いなく負けるだけだし、それに知り合ったばかりの人と戦いたくないのだろう。
けど、俺たちの答えは決まっている。
「所詮ゲームだから何でもありだ。殺したければ殺すし、奪いたけば奪う。」
すこしの間をおき。
「そんな風に言う奴には、うんざりするほど出会ってきたよ。けどな、そうじゃないんだ。仮想世界だからこそ守らなくちゃいけないものもあるんだ。」
「そうだ。俺たちはそれを大事な人から教わった。だから俺たちは君を斬ったりしない。」
「あ、ありがと………」
リーファは涙をためながら言った。
「それに、サラマンダーの連中がシルフ狩りをしているように、俺もサラマンダー狩りをしている。
言わば俺はサラマンダーの中ではお尋ね者状態だ。そんな、俺を雇ってくれるはずがないだろう?」
サイトの軽口にリーファは笑顔で頷いた。
「じゃ、洞窟出たとこでお別れだね」
「や、俺たちも一緒に行くよ、な、サイト?」
「ああ、当然だ。最初からそのつもりだ。
「ありがとう!」
「時間の無駄だ。急ぐぞ。レイ、ユイ2人とも道案内頼むぞ!」
「「わかりました!」」
元気な返事が返ってきた。
「リーファ掴まれ!」
「え、ええ??///」
俺はリーファを抱き上げた。
リーファは急に心臓がドクンと早くなるの感じている。
「キリト急ぐぞ!」
「ああ。」
相棒の返事を確認し、俺たちは猛烈なスピードで駆け出した。
俺に抱かれているリーファは、肩にしっかりと掴まっており、洞窟の湾曲に沿ってコーナリングする度に、激しい左右の揺れにみまわれるが落ちないように頑張ってくれているようだった。
「わあああ!?」
たまらずに声を上げる彼女が、前方の少し広くなった通路に大量のオークの群れが居るのに気づいたらしく、俺 を見ると口を開く。
「あの、あの、モンスターが」
「心配するな。」
俺はリーファを片手で抱きかけ、右手で腰の闘鬼神を抜いた。
そして、群れに向かって一振りした。
剣先から放たれた妖気の塊とでも言うべき、衝撃波が一瞬でオークの群れを蹴散らした。
そのまま散り散りになったオークのど真ん中を一気に突っ切た。
白い光が見えてきた。
「おっ、出口かな。」
『みたいだな。』
そうのんきに呟いた直後、視界が真っ白に染まり、足元から地面が消える。
「ひぇぇぇぇっ!?」
リーファが両眼をぎゅっとつぶり、突然の浮遊感に悲鳴を上げつつ俺にしがみ付いた。
俺はそのまま翼を広げリーファを抱きかかえたまま飛びだした。
「ーー寿命が縮んだよ!」
ようやく、落ち着いたリーファが言った。
『でも時間短縮になっただろう?』
「……ダンジョンっていうのはもっとこう……索敵に気を使いながら、モンスターをリンクさせないように……あれじゃ別のゲームだよ全く……」
ぶつぶつ文句を言ううちに漸く落ち着いたのか、リーファが周囲を見回している。
「ところで、いつまで俺の腕の中にいるんだ?」
「え、あっ////サ、サイト君が、あ、あ、あたしを抱きかかえたんじゃない///」
「そうだが、自分で飛ぶか?」
今の状態はまさに、翅というより翼を広げて飛んでいるサイトがリーファをお姫様だっこしている状態だ。
リーファも改めて認識した自らの状況に顔を真っ赤に染めている。
リーファは若干ツンとなりながらも自分の翅を広げ飛び始めた。
眼下には広大な草原が広がり、所々に湖が青い水面をきらめかせている。
それらを蛇行する河の流れのその先には、雲海の彼方に朧げに浮かぶ巨大な影。
「あっ……」
リーファが思わず息を呑んだ。
空を支える柱を思わせる太い幹が垂直に天地を貫き、上部には別の天体に等しいスケールで枝葉が伸びている。
「あれが……世界樹か……」
ーー彼処にアスナが居る。
隣にいるキリトの畏怖の念のこもった声を聞きながら、真っ直ぐと世界樹を見つめた。
山脈を超えたばかりのこの地点からは、まだ20キロ近く先ではあるが、その大樹はすでに圧倒的な存在感で空の一角を占めている。
その根元に立てば上の方は霞んで見えない程の高さがあるその世界樹を、しばらく無言で眺めていたが、やがてキリトが我に返り言った。
「あ、こうしちゃいられない。
リーファ、領主会談の場所ってのはどの辺りなんだ?」
「あっ、そうね。
ええと、今抜けてきた山脈は、輪っかになって世界中央を囲んでるんだけど、そのうち3箇所に大きな切れ目があるの。
サラマンダー領に向かう、ウンディーネ領に向かう、あとはケットシー領につながる……。
会談はその蝶の谷の、内陸部の出口で行われるらしいから……」
彼女はぐるりと視線を巡らせ、北西の方向を指す。
「あっちにしばらく飛んだとこだと思う」
「了解。残り時間は?」
『ーー大体20分位だろう。
サラマンダーが会談を襲うなら、彼処からこちらに移動するはずだからな。』
南東から北西へ指を動かしながらキリトに伝える。
「となると、俺たちより先行してるのかどうか微妙だな。
ともかく急ぐしかないか。
ユイ、サーチ圏内に大人数の反応があったら知らせてくれ。」
「はい!」