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俺と和人は明日奈達のいる病院へ向かっている。
そこで俺は和人からあそこで、あの大群を突破したあと何があったのか聞かされた。
須郷のことを………
知ってはいたが改めて聞くと虫酸の走る奴だ。
「そうか……、だがこれで全てが終わるのだな。
ようやく、長かった戦いに決着が……」
「ああ、そうだ。囚われてから長かった。」
俺たちを乗せた車は明日奈達のいる病院に到着した。
病院の前で降りて俺たちは正面エントランスへ走った。
そろそろ、奴が須郷が現れる。
ナトリウム灯がぼんやりとしたオレンジ色の光を投げかける夜の駐車場は一見、全くの無人に見える。が、気配が1人分多い。
恐ろしいほど広大なパーキングを半分ほど横切り、背の高い濃い色のバンと、白いセダンの間を通り抜けようとした、その時だった。
そのバンの後ろからスッと走り込んできた人影と、和人が衝突しそうになり思わず和人の腕を引いて庇った。
「っ………!」
俺の左手の二の腕から赤い液体が流れでた。
血と痛みは問題ない。見慣れているし、何より今はそれどころでしかないからだ。
和人はいまだに状況が理解できずにいるようで、腕から血を流す俺
を唖然としながら見ている。
2mほど離れた場所に立つ黒い人影を見て、一瞬で理解したようだった。
その人影は男で、黒に近い色のスーツに身を包んでいる。
その手には白く細長いものを握っていて、俺の血によりオレンジ色の光を受けて、赤く鈍い色で輝いていた。
サバイバルナイフか……結構大きい。
眉間にシワを寄せ、溜息を吐いた。
男の口元が動き、殆ど囁きのような、嗄れた声が流れる。
「僕を無視して何2人でごちゃごちゃしてるのさ。
彩斗くんは気付いていたくせに無視して!
その余裕綽々な態度……ムカつくなぁ……。
それに来るのが遅いよ。僕が風邪引いちゃったらどうするんだよ。」
『知るか。』
俺が心底うっとおしそうにそう答えると、男ーー須郷は顔を引きつらせて、一歩進み出た。
ナトリウム灯が放つ光が、顔を照らし出す。
数日前に相対した時は丁寧に撫で付けられていた髪も今では激しく乱れている。
尖った顎には無精髭が浮き、ネクタイなど殆ど解けて首にぶら下がっているにすぎない。
そしてーーメンタルフレームの眼鏡の下から俺たちに注がれる、異様な視線。その理由は直ぐに解った。
細い眼は極限まで見開かれ、闇夜の中で散大したのか左の瞳孔が細かく震えている。
しかし、右眼は小さく収縮したままで、和人との世界樹での戦いによる後遺症が残っているようだった。
「酷いことするよねぇ、キリト君
まだ痛覚が消えないよ。
まあ、いい薬が色々あるから、構わないけどさ。」
右手をスーツのポケットに突っ込み、カプセルを幾つか掴み出して口に放り込みながらそう呟く。
こりこりと音をさせて咀嚼しながら、須郷は更に一歩踏み出した。
「僕はアメリカに行くよ。
僕を欲しいっていう企業は山ほどあるからね。
僕には今までの実験で蓄積した膨大なデータのバックアップがあるし、あれを使って研究を完成させれば、僕は本物の王にーー神にーーこの現実世界の神になれる。
その前に、幾つか片付けることはあるけどね。
とりあえず、君たちは殺すよ。
お前たちみたいなゲームしか能の無い奴らは、本当の力は何も持っちゃいないんだよ。
全てにおいて劣ったクズなんだよ。
なのに僕の、この僕の足を引っ張りやがって……。
その罪に対する罰は当然死だ。
死以外有り得ない。」
表情を変えず、ボソボソと喋り終えると、須郷はすたすたと歩み寄ってきた。
「和人、行け。こいつの相手は俺がやる。」
「し、しかし彩斗!」
「安心しろ、たとえこいつが武器を持っていたところで大したことはない。お前は早く、行け!!」
「くくく……。彩斗君、それは早計だよ。確かに僕1人では大したことないがこれならどうかな?」
須郷は不敵な笑みを浮かべながら指をパチンとならした。
するとさらに4人の男が出てきた。
黒い特殊な戦闘服のようなものを身につけていて、特殊警棒のようなものを装備している。
「はははは、この人数相手にどうだ?」
こいつらは大方須郷の手下のボディーガードだろう。
須郷1人なら大したことないがこいつら4人には手を焼きそうだ。
「いいだろう。相手になってやる。和人早く行け!
お前がいてもやられるだけだ!」
和人もしぶしぶだが、頷いて病院のエントランスへ走った。
「さあ、こい!」
須郷は後ろに下がり、手下の4人が間合いを確認しながら俺に近づき取り囲んだ。
俺は四方を警戒をしながら構えをとった。
剣こそないが、武術の心得ならある。
敵はじりじりと俺に詰め寄ってきた。
そして、右斜め後ろにいた奴が俺の後頭部めがけて警棒を振り下ろしてきた。
それを左にかわしそのままそいつのみぞおちに聖拳突きをお見舞いした。
1人目はそれで倒した。
続いて前の2人が飛びかかってきた。
俺は前かがみになるように2人をかわし、そのまま左足を軸にして右足で回し蹴りを放った。
そのまま着地をして今度は右足で飛びかかってきた男のもう1人の顎を蹴り上げた。
焦った最後の1人は背中を掴むようにしてきたが、右ひじで首の喉仏に一発お見舞いし、4人を倒した。
「はあはあ………」
一気に4人を倒したことと完全に体が戻っていないことであっという間に息があがってしまった。
はっ!目の前にいた須郷がこっちに向かって突っ込んできた。
そして、そのナイフが俺の左脇腹に直撃した。
「がはっ………!」
「貴様ー!クズの分際でー!
この僕をこけにした罪だ!」
俺はそのまま膝蹴りをいれた。
だが須郷は隠し持っていたナイフで俺の右の太ももを刺した。
そして、須郷は気を失った。