小説『私と○○』
作者:粉屋 るい粉(こな屋さん@本店)

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―― 私と友達 ――



 幼稚園の頃、私は『友達』という言葉をえらく気に入っていた。
 別に友達がいなかったという訳ではない。むしろ、多かったと思う。
 私の通っていた幼稚園にも友達と呼べる子は何人かいたのだが、その子達以外にも「私と君は友達だよね?」と尋ねて回っていた。もちろん、皆は「そうだよ」と答えてくれたのだが、それは幼稚園の『みんな友達』という教えの下での返答であって、本来の『友達』という意味から掛け離れていた。
 まあ、その頃の私にはそんな事は分からず、ただ喜んでいたのだが。
 祖母の住む村にも友達はいた。蛍沢の向こうに家のあるケンちゃんとシゲの兄弟だ。もう、お馴染みとも言える二人だろう。
 この二人にも例の質問をし、「当たり前だろ」と返されたのを覚えている。



 ある時、二人と一緒に近所の神社に遊びに行くと、神社の裏に野良犬がいたのだ。それだけなら良かったのだが、その日は私が祖母に買ってもらったカルパスとかいうジャーキーのようなものを三人仲良く食べていたのがいけなかった。
 野良犬はその匂いに反応し、少しずつ私達の方へと近づいてくる。
 このままでは危ない。
 そう思った私は、マンガで読んで感動したあの一言を言ってみた。
「二人とも、先に逃げて!」
 そう言いながら振り返ると、二人の姿はすでに無かったのだ。
 私は友情の脆さを痛感すると同時に走り出した。当然、野良犬も追いかけてくる。やはり、犬は速い。追いつかれそうになる。
 しかし、この頃の私は足の速さに自信があり、神社近くにある祖母の家までもうすぐという所までは逃げ切れた。このまま逃げ切れる。私はそう思った。
 だが、そうはいかなかった。あの神社には『お約束の神様』が奉ってあったのでは、と思ってしまうような偶然。お約束。
 コケてしまったのだ。家を目の前にして顔から地面へダイブ。
 顔の痛さと犬に追われる恐怖で泣きながら振り返ると、野良犬はすぐそこまで来ていた。
 もうダメだ。私は死んでしまう。犬ごときで大袈裟と思うかもしれないが、その時の私は本気でそう思ったのだ。
 そして、私が死を覚悟したその時。犬が「キャイン」と悲鳴を上げて立ち止まった。
 私はゆっくりと後ろに視線を向ける。
 そこには、水鉄砲を持ったケンちゃんとシゲがいた。逃げた訳じゃなかった。武器を取りに行っていたんだ。……いや、まあ逃げたのかもしれないが、少なくとも私を見捨てるようなことはしなかった。
 二人は水鉄砲を野良犬に向かって乱射。野良犬は徐々に神社の方に後ずさりを始めた。
「助けに来たぜ」
 ケンちゃんは、私の方を向いて言った。
 ヒーローの役は取られてしまった。
 しかし、友達ってのは口に出して確認するものではないと教えてもらったような気がした。

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