―― 挿話1 俺とコイツ ――
唸れ!! 俺のチャリンコ!!
なんてことを思いながら着いた先は近所のローソンだ。
俺がここに来た理由は一つ。
Amazonで予約していたアニメグッズを受け取る為だ。
店の横に自転車を止め、店内に入る。
「いらっしゃいませ〜」
店員の気持ちのいい挨拶が聞こえる。この声は確か、あきこさんだったかな。よく来る店だからすっかり顔馴染みになっている。
いやいや。そんなことはどうでもいいんだ。
さっさとグッズを受け取って帰ろうじゃないか。こんなところ、知り合いに見られたら恥ずかしいからな。
俺はLoppiとかいう機械に近づき、慣れた手つきで問い合わせ番号と認証番号を入力する。ふふ、コンビニ受け取りのプロにかかればこんなもんよ。
……まあ、アニメグッズを家で受け取るのが恥ずかしいだけなんだが。親しか居ないときに届いてもアレだし。
お、出てきた。申込券。あとは、これをレジに持っていくだけだな。
「いらっしゃいませ。あ、ケンちゃんじゃない。こんにちわ」
レジに来た俺に店員のあきこさんが話しかけてくる。
「あ、どうも」
「またAmazonかしら? 今度は何買ったの?」
おふ……それを訊いてきますか。実は、ちょっとエッチなフィギュアなんです。
――なんて言えるわけがない。
「えーっと、ゲームっすね」
「へえ。私のお兄ちゃんがそういうの好きなんだよね」
嘘も方便。誰も傷つけなければ、嘘吐いたっていいはず。
「はい、これね」
あきこさんから渡された箱。
うん。ゲームにしてはでか過ぎるね、この箱。
「それにしても、その箱。ゲームしては――」
「からあげクンください。チーズで」
「え、はい。かしこまりました♪」
あぶねええええええええええええええ!!
この人、変なトコに気づくんだから。顔馴染みになるのも考え物だな。
「はい。二百十円です」
二百十円。くそ、余計な出費が。
レジに二百十円丁度を置いて、俺はそそくさと立ち去る。
「あ、ありがとうございました」
後ろからあきこさんの声が聞こえる。
ああもう。さっさと帰ろ――――
ドン
「っ痛」
「きゃっ」
やってしまった。
恥ずかしさのあまり、足元ばかり見てたせいで他のお客とぶつかってしまった。
「あ、すみません」
「いえ。こちらこそ……あ!!」
ぶつかった相手がこちらを指差している。
ん? どこかで会ったことある人か?
「ケンちゃんでしょ! 私だよ、私」
私? 誰だ、コイツ。いや、でもどこかで――
「ああ!!」
コイツのこと知ってるぞ。
知り合いなんてもんじゃねえ。
俺の幼馴染で……元カノだ……
よりにもよって、コイツに会うなんて。
俺は手元にあるフィギュアの入った箱を見ながら、どうしたものかと悩むのだった。
入り口で突っ立っていても邪魔になるからと俺とコイツは、俺が自転車を置いてる店の横で話すことになった。
俺としては、人には見せたくないような”爆弾”が手元にあるわけだから早く帰りたかったのだが。
とりあえず”爆弾”を横に置き、俺はしゃがみこんだ。
「久しぶり、だね」
「ああ。そうだな」
「……」
「……」
話が続かない。何の拷問だ、これは。
もう帰ろうかな。そんなことを思いながら、俺は自転車の鍵を外す。
「もう帰るの?」
「そりゃな。用も済んだし」
「そっか。あ、自転車ってことは家はこの辺なの?」
「ああ。チャリで五分くらいだよ」
「そっか……ケンちゃん、この辺に引っ越してたんだ」
俺は元々この町に住んでいたわけじゃない。
元はコンビニすらないような田舎で、コイツと知り合ったのも、その田舎でだ。
まあ、その田舎もダムやら何やらで引っ越すことになり、俺はこの町に来た。
実は、コイツと別れたのも引越しが原因だったりする。
「お前はこの辺に住んでるのか?」
なんとなく聞き返してみる。
「うん。すぐそこの信号を曲がったトコにあるマンションだよ」
「そんな近いのか」
「近いよ。だからこのコンビニでバイトしてるわけだしね」
「え!? そうなの?」
結構な頻度でこのローソンを利用してるが、コイツが働いてるところなんて見たことが無いぞ。
「そうだよ。って言っても最近入ったばっかだけどね。」
「なるほど。どうりで見たことないわけだ」
「今日だってバイトで来たわけだし」
「えぇ!? おま、時間大丈夫なのか!?」
「大丈夫だよ。あと十分はあるし」
「そうか。ならいいけどよ」
あと数十分遅かったら、コイツ相手にフィギュアの受け取りをする羽目になっていたのか。危なかった。
「ふふ。ケンちゃん、なんか変わったね」
「そうか? オカンにはアンタは成長しないね、って言われてるぞ」
「あはは。ケンちゃんのお母さんなら言いそうだね。懐かしいなぁ」
「そんな懐かしいならやるよ。オカンの一つや二つ」
「お母さんは一人しかいないんだから、そんなこと言っちゃダメだよ」
久々に会ったというのに怒られる俺って。
そういえば、コイツは昔からなんだかんだで真面目だったよな。ま、俺が悪さしたら一緒に怒られてたけど。
「フルチンになって池で泳いだり、ザリガニ食べてたりしてたケンちゃんがこんなに変わるとは思ってもみなかったよ」
「ちょ!! それ何年前の話だよ!! つか、そんな話持ち出すなよ」
「あはは。ダメだった?」
「ダメも何も……ああもう。さっさとバイト行けよ。時間だろ」
「あ、ホントだ。そろそろ行かないと」
バイト行かないと、なんて言っておきながらコイツは動こうとしない。
「行かないのか?」
「ん……行くけど。その、ケンちゃんと久々に会ったから。もうちょっと話してたいし」
そう来たか。
まあ、俺もなんだかんだでコイツと話するのは久しぶりで、まあもうちょっと――
いや、でもコイツはバイトあるし。
「早く行けって。遅れるぞ」
「うん……」
やっと動き出した。表情がちょっと寂しそうに見えたのは気のせいじゃないだろう。
俺は、さっき買ったからあげクンを取り出してコイツに渡す。
「え?」
「バイトなんだろ? 食ってからシャキっとして仕事しやがれ」
「え。う、うん」
「それと、お前も俺もこの町に住んでるんだ。これからはいつでも会えるだろ」
「うん」
「今度、お前ん家行くわ。そん時に話そうぜ。だからバイト行ってこい」
俺はコイツの背中を押す。
からあげクンを大事そうに抱えたコイツは、少しよろけた。
「じゃあな。また今度」
「うん。あ、ケンちゃん!!」
「なんだ?」
「ケンちゃんのそういう優しいところは変わってないね」
そう言い残して、コイツは店の中に入っていった。
「ったく。さっさと帰ろ」
口ではぶっきらぼうに言っても、それが本心じゃないのは俺にだって分かってる。
さて、次に会うときのためにも、昔のことを思い出しておくかな。
家に帰って気づいたのだが、どうやら俺はあの”爆弾”を店の横に忘れて帰っていたようだ。
取りに行ったさ、もちろん。
幸い、店の人が預かっておいてくれたから無くなったりはしてなかったけど。
取りに行ったときのレジはもちろんコイツ。
「おっちょこちょいなトコも変わってないね」
笑いながら言われたさ。
オカンの言うとおり、俺は成長してないらしいな。