――――おい、圭。起きろ――――
誰だ?俺を呼ぶのは…
――――ここだ、目を開けろ――――
「…ふぁーぁ。……あれ?」
ここはどこだろう?
白と黒の世界に俺はいた。
いつの間にかどこかの家の縁側に座っている。
…俺が着てるのは、いつもの着物だし。一体何なんだろう?
それに、俺だけ色がついてる…
『おい、ここだ。いい加減気づけ。』
「うぉ!?」
後ろから声がしたので、振り返るとそこには――――――――この前戦った虚がいた。
しかし、その顔に付けているはずの仮面は横へとずらされており、その素顔が露わになっている。
…何と言うか、凄い綺麗な顔だな。男のはずなのに…。
「お前、結構イケメンなんだな…。仮面は付けてなくてもいいのか?恰好も前あった時とは違うし」
虚も俺と同じように着物を着ている。この前会った時の白黒のイメージとはかけ離れていた。
前回は、確か白い戦闘服のような物を着ていたと思ったんだけどな…
『ああ、いつも戦闘はあの格好なんだがな。普段はこの状態だ。
それとあの服は、ここに来るのに適してはいないと思ってな。我にだって情趣というものもある。
…ここは見たとおり、普通の世界ではない。ここはお前の夢の中。いわゆる、精神世界という所だ。』
虚はそう言って俺の隣に腰掛けてくる。
空は黒く、月のようなものが白く輝いている。
縁側から見える庭には、一本の木があり、花が舞っている。
…白黒で何の花か分からないのが残念だ。
「そういえば、どうして俺をここに呼んだんだ?」
『む、そうだったな。実際は、俺とお前が戦った後からここへ呼ぼうとしていたのだがな…。
お前が我の存在を認識していなかった為に、ここへ呼び出しても反応が無かったんだ。
お前の左目から、今日の出来事を見ていた。…と言っても、包帯を取った後からだが…。
…色々と混乱をさせてしまったようだったな、すまなかった。』
「い、いやいや、気にしないでくれよ!…俺も、こうやってお前と話しが出来るのも、楽しいからさ。」
虚が頭を下げてきたので、俺は驚いたが、実際こうして話が出来るのが嬉しくてたまらない。
ついこの前までは敵として戦っていたのに、こうやって話し合いが出来るなんて。
やっぱりこいつ、いい奴だったんだな。
『そうだ、ここにお前を呼んだ理由についてだったな…。その前に、自己紹介をしておこう。
我の名は、ポデーラ・アブソリュート。
…長い名前だ。好きなように呼ぶといい。』
確かに、長いな…。なんて呼ぼうか…?
「うーん、そうだな…。"ポデっち"なんt『却下だ。』…はい。」
虚がちょっと殺気を出し始めたので、冗談はやめる事にする。
「じゃあ、適当に呼ばせてもらう事にするよ」
『うむ、構わん。…変な呼び方をするでないぞ?そんな事があったらお前を我の能力で…
いや、それは後の楽しみにしておこう。
…そうだ、理由についてだな。
…まず、俺がお前の一部になったという事は、理解しているか?』
なんかチラッと恐ろしいことを口走った気がしたんだがこいつ…
「あぁ。俺の右腕と、左目だよな。」
『そうだ。…お前が倒れた後、どうしようか迷った。
別に、このままお前を見殺しにして、殺戮を続けても良かった。
…だが、お前の言葉が、どうも耳に残ってしまってな…。
簡単に言うと、我はお前の事が気に入ったのだ。人間なのに、虚を助ける。そんな事、今まで一度も聞いた事が無かったからな。』
ははは、それ、卯ノ花さんにも言われました…
なんて心の中で呟きながら、虚の話の続きを聞く。
『我は、しばらくお前を見ていたいと思った。我が人間を気に入ったのも初めてだ。
お前の行きつく先を、お前が目指す未来を知りたいと思ってな。
…だが、あのままでは、お前は死んでしまっていた。
我との戦闘で、右腕は無く、左目は失明していた。出血も多く、死神が到着する前に、お前は息絶えてしまう状態だったのだ。
…だから、我がお主の一部となり、我の持つ再生の能力で、お前の一命を取り留めておいた。
それが、お前がその体になった理由だ。』
話し終えると、その場はしばらく静かになった。
…まさか、そんな事を考えて、俺の事を助けてくれたなんてな。
「俺の事を助けてくれて、ありがとう。」
俺はこいつに心から感謝の言葉を言いたかった。助けてくれた事に対してもそうだが、こうやって俺にしっかり伝えてくれたことも。
『べ、別に大したことではない。我がそうしたかっただけだ。
…これからは、お前が俺の事を意識してくれれば、お前の意識の中だけで会話が出来る。
こうして会いたければ、念じる事でこの世界に来ることも可能だ。…まぁ、ここに来れるのは、寝ている間だけだがな。』
あぁ、そういや俺いま寝てるんだっけ…
「そうか…大体の事は分かったよ。ところで、少し相談したい事があるんだが、いいか…?」
急に俺の態度が改まったので、俺の言いたい事が分かったのか、黙って虚は頷いた。
「俺…死神にならないかって言われたんだ。今までそんなの考えた事もなくて…
正直どうしようか迷ってるんだ。…俺、どうしたらいいかな?」
『それは、我の事を気にしているのか?』
「まあな…」
今まで敵として戦ってきた奴になるなんて、気にしないほうが可笑しい。
だが、俺の予想とは裏腹に、虚は意外な返答をして来た。
『何、気にしなくても良い。我は死神を恨んだりはしてないからな。』
「………は!?」
あまりに予想外な回答だったので、俺は口を開けたままポカンとしてしまった。
『何を驚いている。確かに今までは敵だったが…それは我の行く手を阻むから戦っただけだ。
それ以上の理由は無い。だから安心して死神になるといい。』
「お、おう…ありがとう…。」
どこか釈然としないにも、とりあえず礼を言っておく。
『だが、お前は実際どうしたいんだ?なりたいのか?なりたくないのか?』
「…それは、俺も分からないんだ。元の生活に戻れば、また道場で師範と過ごす日々が始まる。
でも、俺が死神になると…師範を一人でおいて行く事になる。それが気がかりで、どうしていいのか…」
俺の悩んでいる顔を見て、やれやれ、という様な顔で、こちらを見てくる。
『師範とは、我が戦ったもう一人の老人の事であろう?
…あやつなら、そんな事は気にしないと思うがな。
一度戦ったから分かる。そんな事で一々気にしているお前を見たらきっと笑い飛ばすだろう。
そして、お前がしたい事を応援してくれるだろう。』
…確かに、こいつの言う通りかもしれない。こんな事で悩んでてても仕方ないしな。
明日目が覚めたら、師範にこの事を伝えよう。きっと、大丈夫だ。
「そうだな。師範なら…。…ありがとう、おかげで迷いも無くなったよ。」
『なに、我は大した事をしたつもりはない。
さて、そろそろお前が目を覚ます頃だが…。まぁ、会いたかったらまた来るといい。
…我はいつでもお主の行動を楽しんでいるぞ。さらばだ。』
「あぁ、またな」
そうして俺は目を閉じる。なんとなくこうすれば目が覚める気がする。
少しずつ意識が遠のいて行き、夢の世界で、俺は眠りに着いた。
次の日、目を覚ました俺は朝食などを済まし、師範の元へ案内してくれる死神を待っていた。
「お待たせしました」という声と共に、いつもの死神が部屋に来た。
「これから竜建様の所へとご案内いたします。ついて来て下さい。」
「お願いします。」
そうして俺は、その死神の後について行った。
しばらく歩いて行くと、ふと死神が足をとめた。
「そ、総隊長殿!どうしてこのようなところに…!」
目の前を見ると、白い羽織を着た老人が歩いていた。背中に一の文字が描かれている。
…この人の事は知っている。
山本(やまもと) 元柳斎(げんりゅうさい) 重國(しげくに)。
千年近く死神のトップを務めている人物で、真央霊術院などを作った本人。
この人に敵う人はこの世にはいないとか言われているほどだ…。
でも、そんな人が何故ここに…?
「む?わしは先日の虚の件について事情聴取の立ち会いに来ただけじゃ。気にするな。」
「そ、そうですか。あ、この子は、先日の虚の事件についての重要参考人です。」
「ほう…。以前お主を見つけた時は傷だらけじゃったが、もう大丈夫なのか?」
いきなり質問を投げかけられたので、少し慌てながら答える。
「あ、は、はい!大丈夫です!」
だが、俺の格好を見た元柳斎は顔をしかめた。
それはそうだろう。両腕に黒く長い手袋。左目には眼帯。明らかに普通の人間がしている格好ではない。
「…すまなかったな。」
そう一言つぶやくと再び元柳斎は歩いて行った。
横で案内人の死神のため息が聞こえる。
「はぁ…緊張した…。」
隊長でも無い死神が総隊長と話しをすることなど無いのだろう。
死神でも無い一般人の俺はもっと緊張していたのだが…。
「さて、竜建様の部屋はすぐそこです。行きましょう。」
そうして、俺達も再び歩き出した。
「失礼します」 「どうぞ」
その言葉が帰ってくると同時に、部屋の障子を開ける。
部屋の中には、卯ノ花と、元柳斉、その他の死神が数名。
そして、部屋の真ん中のベッドに、竜建はいた。
「おぉ、圭よ、久しぶりじゃな。」
「し……師範!」
俺は師範の元に駆け寄り、その体に抱きつく。
……あぁ、なんだろう、この感覚は。心から安心する…。
気付けば俺は、涙を流していた。
「圭よ、男ならば、そう簡単に泣くものではないぞ。」
「はい…。で、でも…。やっと師範に…。無事で良かった…!」
竜建の体には、いくつかの管が通っており、まだ万全な状態にはなっていないのだと分かった。
確かに、あの時虚に腹を貫かれてたもんな…。
そんな事を考えていると、死神の一人が話しかけてくる。
「申し訳ありません。そろそろ、事情聴取の方をよろしいでしょうか。」
「あぁ、わしは大丈夫じゃ。お主も良いかの、圭よ?」
「はい、大丈夫です。」
その後、一時間程度で事情聴取は終わった。
てっきり、もっと尋問に近いような物だと思っていたが、当日の状況などを簡単に聞かれただけだった。
師範は、虚と交戦したこと、そして、腹を貫かれ、そこからの記憶は曖昧だという事を伝えた。
俺は、虚と交戦した事と、最後は力尽きて倒れ、そこからの記憶は無い事を伝えた。
もちろん、虚が俺の体の一部になった事など、その辺は色々と伏せておいた。
途中、この手袋や眼帯の事を聞かれたが、卯ノ花さんが傷跡が酷かったため、着用させている。
と、フォローを入れてくれたので、何事も無く終わった。
元柳斉は壁際でずっと俺達の話を聞いていただけで、何も言ってこなかった。
ずっと目を伏せていて、何を考えているのかは分からなかったが、この事情聴取でとりあえず疑われたりする事は無かった。
やる事が終わり、死神達が部屋から退散していったあと、部屋に残った俺と師範は話を始めた。
この数日間のこと、お互いの体調のこと。俺の体のことを言おうか迷ったが、卯ノ花さんがあまり知られない方が良いと言っていたのを思い出して、それだけは黙っていた。
一通り話し終えると、俺は師範へ、ある事を伝えようとした。
それは、死神になりたいという俺の願い。
それを伝えるために、口を開いた。
「師範。実は俺――――」
しかし、俺が全てを言い終える前に、師範はこう言った。
「圭よ、死神になりなさい」
一瞬師範が何を言ったのか、分からなかった。
「し、師範?それはどういう…」
「じゃから、圭よ、お前は死神になりなさい」
今度はしっかりとした口調で師範は俺にそう伝えた。
そして、師範の口から出てきた言葉は、それ以上に驚くべきものだった。
「わしはな…昔、死神だったのじゃよ。」