「そんな…、そんなことって…」
目の前にいた虚は俺の妹、美弥だった。記憶が戻ったばかりの俺にとってはあまり長い間は経っていないように思えるが、美弥はいったいどれ程の時を過ごしていたのだろうか。
『久しぶりだね、お兄ちゃん』
俺の記憶と変わらない美弥の声。
その声に、俺は完全に戦意を無くしてしまった。
「美弥…。」
姿は変わってしまったが、かつて共に暮らしていた妹へと、俺は手を伸ばす。
『お兄ちゃん…』
美弥も、俺へと近づいてくる。
グザッ…
不意に何かが突き刺さる音がした。
一瞬遅れて俺の体に激痛が走る。
「なん…で…?」
目の前には、その腕で俺の腹を貫いている美弥の姿があった。
『バカだなぁ、お兄ちゃんも。簡単に騙されちゃうんだから。』
「俺…も…?」
『うん。だって、お父さんもお母さんも、私が殺したんだよ?』
なんだって?今、何て言った…?父さんと母さんを殺した?
俺が驚いていることなどお構いなしに、何でもない、という風に美弥は続ける。
『お父さんなんて私が?お父さん"って一言呼んだだけで動きを止めちゃったんだよ?あ、お兄ちゃんも同じか。だからね、簡単に殺せちゃったんだ。』
「やめろ…。」
俺はとても悔んでいた。何が美弥をここまで変えてしまったのか。
『ホント、あっさりだったなぁ。お母さんなんて、わざわざ自分からこっちに走ってきてさぁ。』
「やめろ…!」
そしてとても怒っていた。あの時簡単に家族を手放してしまった自分を。
『みんなバカばっかりだよね。だからさぁ…。お兄ちゃんも同じように死んじゃえば?すぐにお父さんたちと同じところに行かせてあげるよ?』
「やめろ!!!」
気づけば俺は斬魄刀を振っていた。
それと同時に美弥が俺から離れる。
『ふふっ、やっとやる気になった?そうじゃないと楽しくないよね。…でもね、私も全然本気出してないんだよ。そうだなぁ、お兄ちゃんにならちょっとだけ見せてあげてもいいかな?』
「何だと?」
美弥はそう言うと、口を大きく開き、光を放った。
ダメだ、さっきのダメージが大きすぎて反応できない…!
その光は俺に当たり―――――何も起きなかった。
「何も…ない?」
しかし、そんな俺を見て美弥が笑う。
『ふふ、そうかなぁ?まぁ、すぐに分かるから大丈夫だよ。』
そう言って美弥がこちらへとゆっくり歩いてくる。
とりあえず刀を構えて応戦しないと…?
刀を構えようとしたが、俺は違和感を感じた。
いや、違和感と言うには異常すぎる。
『やっと分かった?これね、お父さんを殺した…いや、死ぬ寸前に吸収して私の一部にしたんだ。
その時に使えるようになった力でね、お父さんも私と戦ったときにこれを使ってきたんだよ?』
そう、俺は体が動かなくなっていた。刀を構えようとした腕が動かない。
四肢がすべて動かなくなっていた。
父さんを吸収したときに使えるようになった…?だとすると、これが父さんの言っていた封印術というものだろうか…?
『お父さんがあんな術使えるなんて知らなかった。私たちのこと、今までずっと騙してきたんだね。
お兄ちゃんも、そんなこと知らなかったでしょ?』
その問いに、俺は答えることはできなかった。答えれば、美弥を傷つけてしまいそうで…
『…もしかして、お兄ちゃんも知ってたの?お母さんも知ってたみたいだし…、そうか、そうなんだ。
みんなして私のこと騙して、楽しんでたんだ!そうでしょ!?私のことだけ仲間はずれにして!
…もういいよ。みんな嫌い。嫌い、嫌い、大っ嫌い!お兄ちゃんも、お父さんもお母さんも、みんな私の中で一生死ねないで苦しませてやるんだから!』
俺の無言が、逆に答えになってしまった。
美弥はそう言うと、俺からさらに距離をとって、獣のような雄たけびを上げた。
…すると、その場にはとても重たい霊圧が流れ出した。
(!?なんだ…これ…!?)
これが美弥?俺のかつての妹…?
美弥は俺の方へと走ってくる。
そして、長く伸びた爪で、俺の体を左肩から右脇へと深く切り裂いた。
(く、くそ…!)
先ほどのダメージとが重なって、意識がだんだんと遠のいて行くのがわかる。
(このままじゃ、俺は…!)
(お前はよくやった。しばらく休め。)
意識が完全に途切れる前に、ポデーラの声が聞こえた。
それとほぼ同時に、俺の意識は完全に途絶えた。
――――side 浮竹――――
いつものように自室で机に向かっていると、不意に部屋の外から声がした。
「失礼します。浮竹隊長、少しよろしいでしょうか…?」
「あぁ、構わないよ。」
声の主は現世へ派遣された人との連絡のやり取りをしている通信士だった。
「先ほど、神崎より妙な報告があって。…その、周りの人は気にするなと言われたのですが、どうしても気になってしまって…。」
「妙な報告?…ちょっと話してごらん?」
神崎圭。…数か月ほど前にこの隊へと入ってきた新人の死神。その特徴的な格好のおかげで、入隊した時は少し話題になった。
十三番隊に入ることが決定したとき、卯ノ花隊長から話は聞いていた。
数年前の虚の侵入の際に、遭遇して怪我を負ったのだという。
その傷跡を隠すためにこの格好をしているので、本人のためにも、あまり触れないでほしい。
と卯ノ花隊長に言われていたので、隊員にそのことを伝え、特別気を使った接し方はしないでほしいと頼んでおいた。
確か、現世へ派遣されて、明日こちらに戻ってくる予定なのだが…何かあったのだろうか?
「は、はい。あのですね…今日確認された虚をいつも通り退治しておいたと言われました。」
「ふむ、普通の報告じゃないか…?」
「いえ、問題はここからなんです。…虚の退治は終わったけど、もう一体虚がいるかもしれないって言って、場所だけ伝えて通信を切っちゃったんです。もちろん、虚は確認されていなくて、出現予定もないのですが、『勘です』ってそれだけしか言ってなくて…」
「確かに妙な報告だな…。場所は伝えていったんだね?教えてくれないかな?」
「あ、はい。えっと―――――――――」
通信士からその場所を聞くと、少し引っかかるものがあった。
確か過去に、同じ場所で虚が出現したがその姿は確認されなかった。そんな報告があった気がした。
「…すまない。今から現世に行く用意をしてくれないか。なるべく急いでくれ。」
「え…?あ、はい!」
いきなり立ち上がった私に驚いたようだが、すぐにその通信士は走って行った。
…何だろうか、この胸騒ぎは。こういう時はいつも良いことが起こらない。
そんなことを考えつつ、昔の報告書がある書斎へと向かう。
討伐された虚とは別に、この手の報告書は分けておいてある。数も少ないからすぐ見つかるだろう。
とりあえず詳しい場所を確認して、その周辺へと道をつないでもらわねば。
…早くしないと、彼の身に何か起こるかもしれない。
数十分後、準備ができたので用意された穿界門をくぐり、現世へと向かった。
いろいろと無理を言って、やらなければいけないことを省略してもらった部分も多い。
その長い通路の途中で、さっき見つけた報告書の内容をもう一度確認する。
数年前、ある街の中心部に出現が予告されていた虚。
出現時間が過ぎ、虚を発見することに時間がかかったが、なんとか虚は討伐できた。
しかし、その途中で被害にあって虚化してしまった人がいたらしい。
一度その場所は特定されたが、何故か発見はできなかったという。
…もし今回いるかもしれない虚がそのときと同じものなら、この数年間でどれだけの力をつけてしまっているのかは分からない。
彼一人では敵わない敵だった場合、もう手遅れな可能性が高い。…急がなければ。
そうして長い通路を抜ける。久々に訪れた現世は、静かな夜だった。
報告書にあった場所へと急いで向かう。近くに通路を開いてもらったので、瞬歩を使って一瞬で移動した。
到着した場所には、何一つ不思議な点はなかった。虚のいる気配もなければ、いるはずの神崎の霊圧も感じない。戦った痕跡も無いし、どこかで戦っている気配もない。
どうしたものか、と考えていると、ふと気になる家を発見した。
その家の標識には『神崎』と書かれていた。
彼と同じ名字。…この件と何か関係があるのだろうか?
少し中を探索してみようかと中に入ろうとした瞬間、異変は起きた。
バリン!と、何かが割れる音がした。それと同時に、押しつぶされてしまいそうなくらい強い霊圧を感じた。
この自分が圧倒されるほどのこの霊圧。虚にとても似ているものであった。
そして、それはこの家の中から感じ取れる。
斬魄刀を抜き取り、家の中へと入っていく。最もその霊圧を強く感じる部屋の中に入ると、信じられない光景が目の前にあった。
血まみれの神崎と虚が対峙している。しかし、驚いたのはそこではない。
虚のものだと思っていた霊圧を、神崎が放っていたのだ。
「か、神崎…なのか…?」
『その羽織…。死神の隊長か。』
確かに声は神崎だが、その口調、雰囲気はいつもの神崎とは違う。
『すまないが、そこでじっとしていてくれないか。すぐに終わらせる。』
目の前の神崎の姿をした?何か"は、そう言うと、左目の眼帯を外す。
始めて見たその眼に、思わず息をのんだ。白と黒の逆転した目。
しかし、驚きはこれだけでは終わらなかった。
『あぁ、しばらく戦闘をする機会なんて無かったから忘れていたな。』
そう言って顔に手をかざす神崎。そしてその手を下へとずらすと、その顔には虚の仮面があった。
『こうして表に出るのも久しぶりだな…。どれ、遊んであげよう。』
ゆっくりと虚へ近づいて行く?何か"。もうそれは、私の知っている彼ではなかった。
――――side 美也――――
私は怒りのままに、兄を斬りつけた。もうこれで立ち上がることはできないだろう。
そう思い、私は兄の拘束を解いた。
その場に崩れ落ちる…と思ったが、何故か倒れそうになったところを踏みとどまった。
『どうして?もう立てるはずないのに…!』
しかし次の瞬間、顔を上げた兄からはとてつもない霊圧があふれ出した。
それと同時に、バリン!という音が聞こえた。あまりの霊圧の大きさに、この家に施した父の術が壊れたのだと思う。
それと同時に家の中へと白い長髪の人が入ってきた。
「か、神崎…なのか…?」
兄の名前を知っているということは、この人も死神なのだろうか。
『その羽織…。死神の隊長か。』
さっきまでとはまるで別人のような話し方に、私は驚いてしまう。
いや、実際別人なのかもしれない。だって、兄の目はこんなに冷たい目ではなかった。
外した眼帯の下から現れた目を見て私はそう思った。
そして、目の前の誰かはその顔に手をかざし、下へとずらす。
その顔には、自分と同じ、虚の仮面があった。
『こうして表に出るのも久しぶりだな…。どれ、遊んであげよう。』
今までとは違う殺気のあふれた雰囲気に、私は少したじろいだ。
それだけではない。今までの戦闘で動けなくなっているはずなのに、こちらへと歩み寄ってくる。
『何で…何で動けるの…!?』
これが自分の兄…?
違う、きっと何か悪いものに操られてるんだ。だからさっきも私に攻撃したりしてきたんだ…!
『誰なの…?お兄ちゃんから離れなさいよ!!』
そう言って私は口から光を放つ。だが、まるで邪魔なハエを払うような仕草でその一撃は消されてしまった。
『何なの…何なのよ、この化け物ッ!』
『お前が言えたセリフか?』
呆れたような顔でこちらを一瞥すると、人差し指をこちらへと向けてきた。
本能が危険だと感じ真横へ転がると同時に、私の視界を光が覆った。
目が見えるようになると…自分の真横がきれいに無くなっていた。
敵わない。
自分がどうこうできる相手ではないと本能が語っている。
『外したか…。次は無いぞ』
…逃げなきゃ…!!
次の瞬間足は動いていた。
今まで傷一つ付くことのなかった窓ガラスに向かって突っ込む。
とても頑丈だと思っていたそれは、いとも簡単に砕けた。
数年ぶりに感じた外の空気は少し冷たくて気持ちよかった。
そして私はすぐに空間に裂け目を作り、その中へと姿を消していった。
-―――side out――――
『逃げられたか…』
残されたポデーラはそう呟いた。
別に今から追いつけないこともないが『宿主』の身体が危険なので追撃はやめた。
「神崎、一体君は…」
『聞きたい事があるなら尸魂界に戻ってからにしてくれ。すぐにでも治療を始めないと危ない状態だ。』
「あ、あぁ、そうだな。今すぐ尸魂界に戻ろう。君の通行許可はとってあるよ。」
『通行許可…?何の事だかわからないが、不必要だ。四番隊の隊舎で待っている。』
そう言うとポデーラは一瞬で消えてしまった。
「瞬歩…?でももうこの周辺に彼の霊圧は…」
しばらく考えていた浮竹だったが、考えても仕方ないと思い尸魂界へと戻って行った。