小説『死神転生』
作者:nobu()

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一日の仕事も終わり、そろそろ寝てしまおうと思っていた卯ノ花だったが、先ほど十三番隊の副隊長が急患が来るかもしれないと言いに来たのを思い出した。
普通の患者なら他の誰かに任せてもよかったのだが、神崎圭という名前を聞いてしまったのでやむを得ず自分が対応することにした。

不意に部屋の空気が揺らぐ。部屋の角を見ると、そこには神崎が立っていた。最後に見たのは2ヶ月ほど前だったろうか?しかし、今の彼が放つ雰囲気は少し違っていた。


『お前が卯ノ花か?』


その一言で卯ノ花は全てを悟った。


「はい。私が四番隊隊長の卯ノ花です。」

『…すまない。後のことは頼む。』

「分かりました。」


そう言い終えると同時に神崎はその場に崩れ落ちた。卯ノ花は急いで抱き止めるとその場に寝かせ、治療を始めた。

数分後、部屋にもう一人の来客がやってきた。


「失礼します。」  「どうぞ。」


短い会話を終える。部屋に入ってきたのは浮竹であった。


「…私が全速力で来たのに…?」


驚いている浮竹を不思議に思い、卯ノ花が聞いた。


「一緒に戻って来られたのではなかったのですか?」

「えぇ。突然彼が消えてしまって、私は一人で帰ってきました。」


それでも、ここへ来た彼の正体を知っている卯ノ花は何となく納得できた。


「今から神崎さんの服を脱がせるので手伝っていただけますか?」


だが、それを聞いた浮竹は何を勘違いしたのかあわてて言ってきた。


「じょ、女性に男性の服を脱がせるなんて、申しわけない…!私がやります!」

「どこまで考えが及んでいるのか分かりませんが、見たところ怪我は上半身だけなので大丈夫ですよ。」


すっかり顔を赤くしてしまった浮竹は、黙って服を脱がせ始める。
左腕の手袋を外し、右腕の手袋も外した瞬間、浮竹の表情が固まった。


「これは…!」

「…あなたにはまだ本当のことを話してはいませんでしたね。」

「でも、これはまるであの時の事件と…!」

「いえ大丈夫です。彼は虚にのまれてしまった訳ではありません。」


声を荒げた浮竹をなだめる卯ノ花。

――――あの事件。数十年前に起きた、隊長、副隊長を含んだ数名が虚になるという事件。
浮竹は今でもあの事件のことを悔やんでいた。

嫌な思い出が甦ってしまった浮竹に声をかける。


「それに、ここまで来てくれた、言い方によっては神崎さんをここまで運んでくれたのも、その虚でした。」

「な…!?」


言葉を詰まらせる浮竹。


「現世で何があったのかは存じ上げませんが、今は彼の回復を待ちましょう。」

「そうですね…。」


あ、と、何かを思い出した卯ノ花は声を出した。


「海燕副隊長。すごく頑張ってたみたいでしたよ?審査などもいくつか行わずに現世へ向かわれたのでしょう?早く会ってあげて、労いのお言葉でもかけてあげてください。」

「わ、忘れてた!失礼!」


慌てて部屋を飛び出していった浮竹。残された卯ノ花は一人呟く。


「さて、私も頑張らないといけませんね…。」


再び横になっている神崎へ向き直ると治療を再開した。














…ん…。

目を覚ますと青紫の花がたくさん咲いている平原にいた。


(…どこだ、ここ?)


周りを見渡しても誰もいない。それにしても、この花なんだったけな…


「この花は確か…」

「桔梗の花ですよ。」


不意に女性の声がした。驚いて周りを見渡すが、やはり誰もいない。


「やっぱりまだ見えないんですね…。まぁ、あなたがここに来るのもまだ早いですし…。」

「誰か…ここにいるのか…?」

「はい、いますよ。と、言うより、私はあなたの斬魄刀です。」

「え!じゃあここは斬魄刀のいる世界ってことか!?」


圭は突然知った事実にさらに驚く。


「そうです。私はあなたの斬魄刀。…ですが名前はまだ教えられません。先ほど言ったように、あなたがここに来るのはまだ早すぎます。もう少ししてから、今度は自分の意思でここへ来てください。」


声の主がそう言い終えると、途端に眠たくなってきた。


「ま、待ってくれ…まだ、聞きたい、こと、が…」


しかし、最後まで言い終わるより先に、圭の意識は途絶えてしまった。










次に目を覚ますと、そこもまた現実世界ではないということをすぐに悟った。

見たことのある景色。白黒の世界。大きな一本の木。舞い散る花。
自分の姿は着物。どこかの家の縁側に座っている。


『ようやく目を覚ましたか。いや、実際はまだ寝ているんだったか。』


自分の後ろには、以前と同じようにポデーラが立っていた。


「ん、おはよう。…ところで、俺はあの後どうなったんだ?」


俺は美弥との戦闘の途中意識を失った。それから何が起こったのか、それを知りたかった。


『あの虚には逃げられてしまった。すまない。…我があいつを見つけたりしなければ、あんなことには…。』

「そうか、逃げたのか…。でも、よかった。ありがとう。」

『何故、礼を言うんだ?』


少し残念がるだろうとは思っていたのに、まさかお礼を言われるなどとは思っていなかったポデーラはすごく驚いていた。


「あぁ、お前は知らなかったか。…あの虚は、俺の妹だったんだ。」

『…そうだったのか。ならば、なおさら戦わせてしまって、すまなかったな。』

「いいんだ。得たものも大きかったしな。」


得たもの、というより、戻ってきたもの。俺の記憶。
まさか自分の妹が鍵になっているとは思わなかった。


「あ、それとは別の話になるんだけど、さっき俺の斬魄刀の精神世界に行ってたんだ。」

『お前の斬魄刀…?ということは、彼女に会って来たのか?』

「彼女?ってことは、お前、俺の斬魄刀と会ったことがあるのか?」

『まぁ、この世界も精神世界だ。繋がってるところもあるみたいでな。以前に彼女がここにやってきたのだ。』


ポデーラが俺の斬魄刀と知り合っていたとは思わなかった。だって、俺が今日初めて会ったってのにそれよりも先に会うだなんて…!

ちょっぴり嫉妬に近い感情を抱きながらも、ポデーラと会話を続ける。


「でも、会えはしなかった。声だけ聞こえてきたんだ。…名前も教えてくれなかった。ポデーラは知っているのか?」

『我は知っているが…彼女が言わなかったのなら、お前が自分自身で聞くべきだろう。』

「…何か納得いかない。俺よりも先にお前となんか…。」


ムスッとしてしまった俺を見て、ポデーラが笑う。


『それに彼女の主人はお前だ、そう気にする事でもないだろう。』

「むう…そうだけど…。」


何か言いくるめられてる気がする…。


『気にするな。さて、そろそろお前も目が覚める頃だが…。そうだ、向こうに戻ったら卯ノ花とやらに礼を言っておけ。夜中に来たお前を看病してくれていたんだからな。』

「あぁ、分かった。じゃあ…と、その前に、ありがとうな。」

『礼ならもう聞いたぞ。』

「お前にはいくら感謝しても足りない気がしてな。」

『…本当に、変な奴だ。』


会話を終えると、急に眠気が襲ってきた。


「ん…そろそろみたいだ…」


そうして俺はまた、深い眠りに落ちて行った。




















「ふぁーあ…。あれ…?」


目が覚めた俺は部屋にいた。だが、ここはどうやら病室ではないらしい。
なぜなら部屋には卯ノ花さんのものだと思われる机があって、その机に卯ノ花さんが突っ伏して寝ていたからだ。


(寝ないで看病してくれてたんだっけ…)


俺は自分にかかっていたタオルケットをそっと卯ノ花さんにかぶせ、気付かれないように部屋を出て行った。


外はだんだんと明るくなってきており、薄く霧がかかっていた。
体にほとんど痛みは無かった。卯ノ花さんが治療してくれたおかげだろうか?

とりあえず、少し試してみたい事があったので、俺はあるところへと向かった。




やってきたのは、以前入院した時に偶然見つけた桃の木の下。
ここは人が来ることはあまりないし、この木の近くにいると落ち着く気がする。ちょっとしたお気に入りの場所だ。


「さて…」


俺は持ってきた斬魄刀を抜くと、構えて集中する。
先ほど言った試してみたい事とは斬魄刀との対話…。つまり俺の斬魄刀に実際に会ってみるということ。
どうすれば会えるとかはいまいち分からないが、こうやって向かい合ってみれば何か分かるかもしれない。
…かもしれない。




そんな感じで開始から約1時間。
その間に持ち方を変えたり、座禅を組んで目の前に置いてみたり頭の上に置いてバランスをとって精神統一したりと色々試してみたが何も起きなかった。


「ふむ…これもダメだったか…。次はどうしようか…。刀を地面にでも突き立てようか?いや、いっそ俺の腹にでも突き立ててみようか…。いやしかし、そんな方法で始解したなんて聞いたことないしな…」


ぶつぶつ呟いていると不意に後ろから声がした。


「一体こんなお時間から何をなされているのですか?」

「ちょっと今考え事してるから静かにしてて!…えーっと、あれもダメだろうし、これもきっと…」

「まぁ、怪我人が一人前に何を言っておられるのでしょう?そもそも、もうお体はよろしいのですか?」

「だから静かにしてって言ってる…じゃ…ん…?」


振りかえるとそこには笑顔の卯ノ花さんが立っていた。…笑顔の…。


「……えっと、いつからそこにおられたのでしょう…?」

「腹に突き立てるとか何だとか仰っているところからです。」

「あはは、そうですか。あの、もしかして…怒ってます?」

「怒っている?どうして私が怒らなければならないのでしょう?」


そう言う卯ノ花さんの声はいつもと変わらない。しかし顔は笑ったままなのだ。…笑ったままなのであった。


「怒ってますよね!?絶対怒ってる!ごめんなさい!俺何かしましたか!?何か失礼なこと言いました!?」

「まぁ、何も覚えていらっしゃらないのですね。そうですか、私との会話なんて記憶しているだけ無駄と。つまり私は軽くあしらわれていたというわけですね。」

「あああああ!!ごめんなさい、ごめんなさい!!ちょっと夢中になっちゃってただけで!
その、えっと、別に怒らせるつもりとかではなくてですね!はい、卯ノ花隊長のことは大切に思っていますし、決してあしらうとか、そんなことは無くてですね!」


恐怖と焦りのあまりに滅茶苦茶になっている俺を見て卯ノ花は噴き出した。


「ふふっ、本当に怒ってなんていませんよ。少しからかってしまって申し訳ありません。」

「…本当に怒ってませんか…?」

「えぇ、怒っていませんよ。」


よかった…命がとられるかと思った…。
これからは集中のしすぎに注意しよう…。


「ところでお体の方はよろしいのですか?まだ傷口は塞ぎきってないと思うのですが…」

「あ、傷なら卯ノ花さん…じゃなくて卯ノ花隊長のおかげで、もうばっちりふさがりました!」

「…もう?それは本当ですか?」

「え、はい、この通りです!」


そう言って腹が見える所まで服を脱いだ。
包帯はさっき怪我の具合を見るときに取ってしまったので、俺の腹部が露わになる。
傷口も残っておらず、きれいに治っていた。これも卯ノ花さんのおかげだな。

しかし、これを見た卯ノ花さんは驚いた顔をしていた。


「これは…。ふむ、そうですか…。でもどうやって…。」

「あの…?」


何か考え始めてしまった卯ノ花さん。一体どうしたんだろう?
しばらく顔を伏せていた卯ノ花さんがこちらへ向き直る。


「実はあなたの怪我は、私の見積もりですと完治まで一週間はかかる予定でした。」

「え?…でもこの通り治ってますよ?動きにくさもないですし、痛みももうありませんよ?」

「そうですか…、正直、この早さの回復は人間の体では不可能です。
…となると…やはり、あなたの中の虚でしょうね。」


…もう俺に想定外のことが起きればポデーラが原因になってるな…。
でも実際のところどうなんだろう…?


(おーい、実際のところ、どうなの?)






………無反応。
あれ?いつもは答えてくれるのに…。まさか、無視ですか!?そうなんですか?!


「虚のおかげかどうかは俺も分からないです。でも、きっとそうなんでしょうね。」


ちょっと悲しい気持ちを抑えてそう答える。


「まぁ、きっとそうなんでしょう。
私も神崎さんのおかげで最近は並大抵のことでは驚かなくなりましたよ。」


それって俺のおかげっていうか…俺のせいじゃ…?遠回りに俺責められてね?
それより、と卯ノ花さんは話を続ける。


「神崎さんはここで何をしておられたのですか?」

「え、あ!えっとですね、そのー…始解を手に入れられないかなーなんて思いまして。
さっきから色々試しているんですが、何も起きなくて…」


全く何の変化もなしです、っと笑っていると、卯ノ花さんが口を開いた。


「始解ですか…。懐かしいですね。少しヒントをあげましょう。
…始解を習得するには、自分だけが斬魄刀に働きかけるだけではいけません。
斬魄刀自身の声を聞き、斬魄刀に神崎さんを認めてもらうことが大事です。」

「斬魄刀に認めてもらう…?」


そういや俺、今のままじゃダメだみたいに言われてなかったっけ?
じゃあ、今ここで頑張っても、今のままじゃダメじゃん…。


「まあ、そんなに焦ることでもないでしょう。とりあえず、神崎さんにはこれから少しの間、何か症状が現れないか経過観察をするため、この四番隊隊舎で生活してもらいます。
まぁ、要するに入院というわけですね。」

「少しの間って、大体どのくらいですか…?」

「もともとの予定が1週間だったので、そうですね…。少なくとも5日間はここにいてもらいます。」


…5日間、まぁ、長引かないように頑張るか…。


「分かりました。これから少しの間、よろしくお願いします。」

「はい。では、部屋を用意するので、一度戻ってきてくださいね。朝食の方も用意させておきますので。」


あ…そう言えばまだ何も食べてないんだっけ…
そう考えたらお腹がすいてきた気がする。


「はい。すぐ戻りますんで、卯ノ花隊長は先に戻っててください。
あと、昨日はありがとうございました。夜遅くまで起きててくださったんですよね。
それに、今日もこんな朝早くから俺に付き合ってくださって、すみません。」

「いいえ、お気になさらないでください。それでは、私は先に戻っていますね。」


そう言って卯ノ花さんは一足早く戻って行った。
俺もそろそろ戻らなきゃなー…。
…そう言えば、何で卯ノ花さんは俺の居場所がわかったのかな?
その辺も後で時間があったら聞いてみようかな?

そして、俺も隊舎へと戻っていく。気付けば朝日も昇っていて、隊舎の方からはいろんな人の声がする。
俺は再び、日常へと戻って行った。

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