その日の夜、圭と彩萌はいつものように晩ご飯を食べていた。
「圭にぃ、今日もこれから仕事行くの?」
ご飯を食べていると、不意に彩萌が話しかけてきた。
いつも俺は晩ご飯を食べた後、一護の様子を見に行っている。
「あぁ、いきなりどうしたんだ?」
「…いや、毎日忙しそうだから。高校に入ってからはもっと回数も増えたでしょ?」
「夜の時間帯は減ったんだけどな、昼でも普通に仕事が来るようになった…。」
話をしている間にご飯も食べ終わり、皿を取りあえず片付けに行く。
「…私も圭にぃの手伝い出来ればいいんだけどね…。」
「無理するなよ。だって彩萌は…」
圭が何かを言おうとしたそのとき…
ゴゴオォォ!!
「!!出たか…!」
「ひぃっ!」
突然、周囲が大きな威圧感に包まれる。圭は警戒を強めたが、彩萌は顔を青くして怯えてしまった。
「彩萌!大丈夫か?」
「…う、ん。私はいいから、圭にぃ、行ってあげて…?」
「…。なるべく早く帰ってくる。」
そう言うと、圭は一瞬でその場から消え去った。
「…怖いよ、圭にぃ…。早く、帰ってきて…。」
彩萌は震える肩を両手で抱き締めながら、その場に座り込んでしまった。
――side 織姫――
神崎君とさよならした後、夕方くらいになってたつきちゃんがお家にやってきたよー。
ご飯一緒に作ろうって言って、買ってきた材料を出したんだけど…
「織姫…、この材料、あんたが今日買ってきたの…?」
「うん!さぁ、一緒に作ろう!」
「作るってこの材料で何作るつもりだよ!!」
怒られちゃった…。今日はたつきちゃんが来るからいろいろ買ってきたつもりだったのに…
「はぁ…。怒ってごめんね、まだ冷蔵庫に何か入ってる?」
「え?う、うん。まだ残ってると思うけど…。」
「そ。じゃ、今日あんたが買ってきた材料と合わせて一緒に料理するよ!」
「うん!」
よかった!たつきちゃん怒って無いみたい!一緒にお料理できるよ〜♪
それからお料理して、晩ご飯を一緒に食べた後…
「バカじゃないのあんた!?」
「しっ…失敬な!バカじゃないっすよ!」
今日あった出来事をたつきちゃんに言ったら急に怒られたよー…。
「いーやバカよ!そんなチャンスをムダにするなんて!」
「や…やっぱりそうかなあ…。」
「そーよ!大体ね、あんた!男を手にする機会が二度もあったのよ!?」
「に、二度もって、黒崎くんは分かるけど、神崎くんは違うよー!」
「何言ってんのよ!車に轢かれそうになったあんたを助けて『心配だから一緒にいていい?』なんて、そんなの完全にあんたに惚れてんに決まってるでしょ!!」
えぇ…、でも神崎くんは私が黒崎くんの事好きだって冗談言ってきたし…、私が黒崎くんと話したいって言っても悪い顔しなかったし…。
「…ていうか、私は神崎くんの事は何とも思ってないし!!」
「あんたねぇ…。神崎圭といえば、空座第一高の中でもトップの人気よ!?そんな奴に好かれてるのにこのチャンスを棒に振るなんてありえない!!」
「で、でもー…」
普段はこんなことに興味無いように見えるのに…。私の事になると鬼のように変わるんだよね、たつきちゃん…。
私はちょっと喉が乾いてしまったのでお茶を飲む。
「あのねぇ、こんなのめったに無いんだから、何でもいいから理由つけて、人目の無い二人っきりのところに連れてくのよ。そんで力まかせにガッと…。…押し倒す!!」
ブフゥー!!
私はたつきちゃんのいきなりの台詞に飲んでいたお茶を噴き出した。
「けほ、けほ…!たたたたつきちゃん、いきなり何言いだすの!?」
「だいじょーぶ!あんたなら乳でも掴ませときゃ向こうから襲ってくるって!」
「そういう話じゃないよー…」
そうしてしばらく話をしていると、
バスンッ!!
私の後ろから何か大きな音がした。
ビックリして私が振りかえると…
「あぁ〜!エンラクが〜!」
私の大事なクマのエンラクが棚から落ちていた。
しかも、何故か顔の左が大きく裂けていた。
「ひどい〜!どうしてこんな〜!!」
エンラクを抱きかかえると、右手が何かで濡れる感触があった。
気になって見てみると、私の右手が真っ赤に濡れていた。
「…何これ…?なんか、血、みたいな…」
ドッ!
しかしよく確認する前に、行きなりエンラクの裂けた左目辺りから腕が伸びてきて、私の胸を貫いた。
――side out――
先ほどの威圧感はやはり虚であった。圭の思った通り、既に一護が相手をしていたので、会話が聞き取れるくらいの距離をとって、家の屋根の上に立っている事にする。
「どうして…?」
屋根の上から見える織姫の部屋では、織姫が蛇のような虚の手に捕まっていた。その虚の仮面は左目の部分が欠けていてその素顔が少し分かるようになっている。恐らく一護がやったのであろう。
「淋しかったならそう言ってくれればいいのに…。どうしてこんな…。黒崎くんやたつきちゃんをキズつけたりするの…?どうして…」
部屋の中の織姫は今にも泣きそうな様子でそう呟いていた。
その近くには倒れている有沢や傷ついた一護がいる。
そして織姫は目に涙を浮かべながら顔を上げた。
「あたしのお兄ちゃんは…。こんなことする人じゃなかったのに…!」
「っ…!」
その言葉は何故か、俺にも突き刺さった。
そして、その言葉に虚は激昂し、井上を絞め殺そうとする。
「俺をこんなにしたのは誰だと思ってるんだ…!!お前だろう織姫…!」
そう、この虚は織姫の兄。
兄の死を乗り越えた織姫が、日に日に自分のことをを祈ってくれなくなり、愛する妹に忘れられた悲しみゆえに虚になってしまったのだ。
「殺してやる…。殺してやる殺してやる殺してやるぞ!!」
しかし、織姫を殺そうと更に力を込めたそのとき、今まで黙っていた一護が虚の尻尾をバラバラに斬り落とした。
「…兄貴ってのが…どうして一番最初に生まれてくるか知ってるか…?…後から生まれてくる…弟や妹を守るためだ!!」
そうして一護が苦戦する中、織姫へと狙いを定めた虚が突っ込んでいく。
そのまま織姫の肩にかみつき、喰らおうとするが、織姫はそんな兄を抱きしめた。
「あたしが悲しんでるところばかり見せると、それじゃお兄ちゃんが心配しちゃうからって…。だから見せたかったの!あたしは幸せです!だから心配しないでって!」
余りの出血の量からか、織姫はその場に倒れこんでしまった。
そこにルキアがやってきて、織姫の治療を始める。
虚は自分の妹を心配してうろたえているが、何か覚悟したような顔をすると、自らの額を一護の斬魄刀で斬りつけた。
プルル…プルル…
『はい、もしもし、浦原ッス。』
「浦原さん、今日も異常ありませんでした。」
『…神崎さん…?』
「すみませんが、今日はお店の方でなくて、こちらで報告させてもらいます。」
『神崎さん、もしかしてアナタ…泣いてるんですか…?』
「…また明日伺います。…お休みなさい。」
ブツッ…
「…美弥…。」
圭はそう呟いて、屋根の上から姿を消した。
「…?また、誰かに見られていた…?」
「どうしたんだ、ルキア?」
「…。いや、何でもない。」
(考えすぎであろうか?)
ガチャ…
「ただいま…」
俺は家に帰ってきて、リビングへと向かう。
リビングに入ると、ソファの上で横になっている彩萌を見つけた。
「寝てるのか…。こんなところで寝てると風邪引くぞ…。ん…?」
起こそうと思って彩萌の顔をのぞいたが、その眼には涙が浮かんでいた。
「…独りで怖い思いさせて、ごめんな。」
俺はそっと彩萌をお姫様抱っこすると、起こさないように彩萌の部屋のある二階へと上って行った。
部屋に入り、ベッドにゆっくり下ろすとタオルケットを被せた。
「けぇにぃ…」
そのまま部屋を後にしようとしたが、彩萌が呟いた。起きているのかと思ったのだが、どうやら寝言だったようだ。
「…仕方ないな。」
やれやれ、といった感じで彩萌のベッドの横に腰掛ける。だが、その顔には笑みが浮かんでいるのが、自分でも分かった。
「…おやすみ、彩萌。」
優しく彩萌の頭をなでたあと、ベッドの近くにもたれかかり、その日は眠りについた。