俺は神崎圭。16歳になった。
今は、家からいなくなってしまったイベを探しているところ。
イベのやつは普段、外に連れて行こうとしなければ家から出ようとしない。
自分から何度か家を出ることはあったが、いつもその日のうちに家に帰ってきていたんだ。
父さんや母さんは今回もそのうち帰ってくるだろう、と言っていた。俺も最初はそう思っていた。
しかし、イベがいなくなってから、もう3日も経っている。
不安になった俺は、父さんと母さんにイベを探してくる。と言って、家を出てきたのだ。
空は曇っている。そのうち雨が降ってきそうだ。それよりも前にイベを見つけ出さないと…
(イベ、どこにいるんだ…)
俺は、近くの住宅街、イベと行ったことのある場所などを次々に探していった。
しかし、どこにもいない。
(なんで… 何でいないんだ…)
どんどん焦りが生じてくる。それと同時に嫌な考えも浮かんでくる。
―――――もうイベは死んでしまっているのではないか。
飼い猫などは死ぬ前に、飼い主などに見つからないように、どこかに隠れて死ぬのだと聞いたことがある。なら、見つけられる可能性は低い。
(違う!死んでなんかない!)
俺はそんな考えを頭から振り払い、そしてまた走り出す。
…空は今にも降り出しそうな、怪しい色をしていた。
どのくらい経っただろうか。俺は、しばらく走り、ふと思い出したことがあった。
まだ行ってない場所がある。
それは、昔、初めて俺がイベと一緒に出かけた場所。小さな公園。
俺はその場所に向けて足を進めていった。
そして、ようやく見えた。
しかし、その手前にある信号に捉まってしまった。
「………雨だ…。」
空からは、雨がぽつぽつと降ってきた。
信号がそろそろ変わる。
視線を前へ戻したとき、俺は驚いた。
「イベ!」
向かいの道路、公園の手前にイベがいた。
よかった。俺は安堵した。
イベは俺の方へ走って来る。
しかし。
俺達を遮るようにトラックが横から迫っていた。
「来るな!イベ!止まってくれ!!」
俺は必死に叫ぶ。
だが、イベは止まらない。一直線に俺の方へ走ってくる。
またか、また、この場面か…。
ここでイベを見捨てれば、俺は助かるだろう。
でも、イベは家族だ。
家族を見捨てて生き延びるようなクズになるくらいなら…
(………俺は、自ら喜んで、この身を犠牲にする!)
そうして俺は、イベの元へ駆けだした。
そしてイベを抱きかかえ――――――――――
(白い………天井………?)
気づくと俺は、ベッドの上で寝ていた。
ここはどこかの部屋みたいだ。
壁も、床も白。
この部屋の全ては白で包まれていた。
(俺、生きてるのか…?ここは、病院?)
何も分からない。俺はイベを助けて……
『こんにちは』
気付くと部屋の壁には一人の男性が寄り掛かっていた。
男は黒いローブのようなものに身を包んでいる。
『残念ながら、ここは病院ではないよ。そして、君は…死んでいる。』
俺の心を読んでいたかのように、男はそう答える。
「俺は…やっぱり死んだのか…。お前は、誰なんだ?」
『僕かい?僕の名前はグラニス。この世界の担当者だ。
ここは神界。君も知っている女の子と同じ、僕も神だ。』
男はそう言って俺に近寄り、ベッドの端に腰かけた。
「この世界の担当者?どういうことだ?」
あの女の子以外にも神様はいたのか…。
『そのままの意味だよ。僕はこのBLEACHの世界の担当者。
この世界の管理、運営などの全てを任されている。この世界に転生した君は僕の操作を受けないから、君が死んだ場合、僕が直接、君をあの世に、この世界でいうと"尸魂界(ソウル・ソサエティ)"に送らなければいけないんだ。』
じゃあ一つの世界に一人ずつ神様がついてるってことか。
「そうか、手間をかけるな。…ところで…イベはどうなったんだ?」
俺はそうして気になっていたことを聞く。
『イベ?…あぁ、君の飼い猫か。あの子は君が身を挺して守ったおかげで、ちゃんと生きているよ。』
「…よかった。本当によかった…。」
はぁ。それを聞いて安心した。
『…しかし、分からないことがある。君は前も猫を助けて死んだらしいね。どうして他の物の為に自分の命を捨てることができるんだい?』
グラニスは不思議なものを見るような目で俺を見てくる。
「どうしてかって…誰かを助けたりするのに理由なんているかよ?
イベは家族だから当たり前だし。その前は、猫が好きって事もあったが…それよりも助けないとって、なんか気がついたら体が動いてた。思いの方が先に動いた。ただそれだけだ。」
それ以外に理由と言えるものはない。ただ助けたかった。本当にそれだけなのだ。
グラニスは何か満足したかのように頷いている。
『なるほど、ふむ。やはり面白いな、君は。どうりであの子が気に入る訳だ。』
あの子?転生させてくれた神様のことだろうか?
『まぁ、そろそろ本題に入ろう。この世界のルールとして、一度死んだ人は、尸魂界に行くと生前の記憶を失ってしまう、ということは知っているかい?』
「ああ、知ってる。」
(やっぱり俺も記憶を消さなきゃいけないのか…。)
『そうだ。君も生前の記憶を消さなければならない。…しかし、君には生前の記憶が2つある。だが、消えるのは1つの記憶だけだ。君には、どちらの記憶を消すか、選んでほしい。今、ここで。』
そんな…どっちかを選べだと?
どちらも同じ長さの記憶…俺にとってはどちらも同じくらい大切なのに…。
「どちらかを選ぶなんて…俺にはできない…。」
しかし、
『それはダメだ。どちらかを選ぶんだ。』
グラニスはそれを許してくれない。
…どちらかを選ぶなんて俺には絶対できない。………なら…。
「…分かった。決めたよ。」
『………どちらの記憶だ?』
グラニスは感情のない声で俺に聞いてくる。
「俺は――――――どちらも選ばない。」
『…!? …ダメだ、と言っているだろう?』
一瞬凄く驚いた顔をするグラニス。
「いや、俺は選ばない。いや、選べない。どっちも同じくらい大切だ。
…消すなら…両方消してくれ!」
俺はそう叫んだ。そうだ、選ぶことなんてできない。どちらも大切な"思い出"なんだから。
『フ、フフフ…ハハハハハハ!!!』
グラニスはいきなり笑い出した。
一体どうしたんだ?
「い、いきなりどうしたんだ?」
『いや、き、君が、あまりにも、面白い事をいうものだからね…。ふぅ…。久しぶりに、こんなに笑わせてもらったよ。』
…俺は馬鹿にされているのだろうか?
『別に馬鹿にしている訳じゃないんだ、不快な気分にさせたのならすまない。君は、僕が満足する答えをくれただけだよ。合格だ。両方の記憶を持っていけるように、僕が用意しておこう。』
これで良かったの、か?まぁ、結果オーライってことなんだろう。
『だが、すまない。一応決まりは守って貰わなければならないんだ。尸魂界に行ったあと、君の記憶は一度消させてもらう。』
「な!?どういうことだよ?」
『大丈夫だ、消す、と言っても一時的に忘れるだけだ。この世界に"鍵"を用意しておく。それは人、物、場所の中のどれかに隠れている。いずれにせよ、君が触れれば、記憶は元に戻る。』
そう言ってグラニスは横の空間に黒い穴を開ける。
『出ておいで、アリシア。君の王子様がそろそろ旅立つよ』
そう言ってグラニスは、その穴から少女の姿をした神様を呼び出した。
っていうか、俺の世界にいた神様じゃん!
『あ、あの!……こ、こんにちは。』
そう言って神様は俺に向かって大きく頭を下げて挨拶をした。
「こんにちは。でも、神様が何でここに?」
俺がそう聞くと、神様は顔を真っ赤にしてあたふたしている。
『ほら、言いたいことはちゃんと伝える!…全く、君が会いたそうにしてたから、わざわざ僕が呼んであげたのに。………僕はしばらく席を外すよ。用事がすんだら呼んでくれ。』
そう言ってグラニスは黒い穴を開け、吸い込まれるようにその中へ入って行った。
(神様が俺に会いたがっていたって?)
でも、神様はいつまで経っても口を開かない。
「俺に会いたかったって、どういうこと?」
このままじゃ話が進まないので、俺はそうやって話を切り出す。
『あ!え、ええと…その、実は、こうやって会えるのは、これが最後なんです…。
だから、その…最後に会っておきたいなって…』
え?会えるのが最後だって…?
「会えるのが最後って…じゃあ、もう神様とは会えないのか?」
それは、悲しい。
出会ったのは、物凄い偶然だったけど、色々と俺に良くしてくれた。それなのに…。
『はい。…ごめんなさい。圭さんはこれ以降、この神界に訪れることはできません。
ですから、これが…最後なんです…。』
そう言って、とうとう神様は泣き出してしまった。
どうしていいか分からない俺は、とりあえずその小さな背中を摩る。
『うぅ、うぁーん!』
…どうやら逆効果みたいだった。逆にもっと泣いちまったじゃないか…。
はぁ。…仕方ないな…
そうして俺は、座り込んで泣いている神様を、後ろから優しく抱きしめた。
『うぇ…?ひっく…。け、い…さん?』
驚いたのか、神様は泣き止んだ。
「………大丈夫だから。いつか、必ず会いにくる。どんな方法を使ってでも会いに来る。だから、もう悲しまないで?」
そう言って俺は笑って見せた。
『ほ、ホントに、約束、して、くれますか?』
「約束する。また、会いに来るよ。」
気付けばもう、神様は落ち付いていた。でも、顔を真っ赤にして俯いている。
(……ていうか、俺のこの状態って…)
そして、自分がどんな姿勢でいるのかをようやく理解した。
「って、ごめん!いつまでも変なことしてて…!」
とっさに神様から離れる俺。だが、『あぅ…』と声を漏らし、何故か残念そうにしている。
「神様、もう、大丈夫?」
俺は恥ずかしさを紛らわせようと神様に尋ねる。
『――――――でください。』
「え?」
神様が何か言っているが、小さくて聞き取れない。
『ア、アリシアって呼んでください!』
神様、いや、アリシアは恥ずかしそうにそう叫んだ。
「あ、あぁ、すまない。アリシア、もう大丈夫か?」
『あ、はい。もう、落ち着きました。』
良かった。…一時はどうなる事かと。
『さて、もう大丈夫かい?僕もそろそろ仕事しないといけないんでね。』
グラニスが再び黒い穴を開けて部屋に入ってきた。
『あ、グラニス、そういえば居たんだね、忘れてた』
…アリシア、待っててくれてたのにそれはちょっと酷くないか?
『…まぁ、いい。それより、もう一つ君に、言っておかなければならないことがある。』
落ち込んだ様子もなく、話を続けるグラニス。
…この二人、いつもこんな感じなのかな?
「なんだ?」
『うむ。…君の、前世の両親についてだ。色々と難しい話なので、簡単に説明しよう。
君のご両親は、無くなった後に君にまじないを掛けたんだ。君は今まで、実はご両親の愛情に守られていたんだ。』
「すまん、言ってることがよく分からない。」
俺の両親が俺にまじないを?どういうことなんだ?
『まぁ、そういうと思ってたよ。簡単な例だと…そうだな、君は一度、虚と遭遇しているね。その時その虚は君を襲わなかった、違うかい?』
虚…確かに、変な虚に会ったな…
「確かに、俺は一回虚に会ったが、襲われなかった。…それが、両親の愛情のおかげだってことか?」
俺はあの時の虚の言葉を思い出す。
『どこか変なんだよなー…なんて言うんだ?まるで何かに包まれてるみたいな…』
…何かに包まれてる。確かにあいつはそう言っていた。
『そうだな、その通りだ。。…君のご両親は、君が次の人生では幸せになれるように、君が死んでから、アリシアの元へ行く途中にまじないを掛けていたんだよ。君はその愛情に守られて来たんだ。
………今まではね。』
「今まではって…?」
グラニスの何か言いたげな態度に、俺は少し不安になる。
『君のご両親は、何か特殊な力の持ち主だったわけではない。だから、その効果は長くはなかった。
でも、その効果は絶大だった。君の死を一度回避させたんだからね。
…そして、君が死んでしまったときに、その効果は切れてしまった。』
死を回避って…やっぱりあの時俺は死ぬはずだったのか…
「つまり、尸魂界に行ってからは、もう俺を守ってくれるものはない…?」
俺はグラニスにそう尋ねる。
『…残念だが、そういうことだ。』
グラニスは少し表情を曇らせた。
『それを理解したうえで、むこうの世界に行って欲しい。』
そうか、ま、もう覚悟はできているし、いいか。
「…分かった。」
『じゃあ、もうこれで全て終わった。そうだな、君の事が気に入ったから、何か一つ、願いを聞いてあげよう。最強の力が欲しい、とか、何でもいいよ。』
願い、か。あるな、一つだけ。
「そうだな…一つだけある。いいか?」
『あぁ、何でもいいよ。言ってごらん。』
「………最後にもう一度、俺の家族に別れを言いに行きたい。」
想像していない答えだったのか、グラニスは唖然としている。
『…ふふ、はははは!流石だね、君はいつも僕を楽しませてくれる!いいだろう、だが、僕が会わせてあげられるのは、この世界の君の家族だけだ。それでもいいかい?』
大爆笑。…俺ってそんなに面白いのか?
「あぁ、それで構わない。ありがとう。」
いきなり別れも言わないで死んでしまったから、どうしても最後の別れを言いたかった。
『分かった。だが、君が向こうの世界にいられるのは1時間だけだ。それ以上は別れが辛くなるだけだろうからね。それまでに話をつけておいで。
1時間が経ったら、自動的に尸魂界に送られるようにしておくよ。』
「ありがとう。…それじゃあな、グラニス。…アリシア。」
アリシアはさっきから俺達の話を静かに聞いていてくれた。
でも、これでお別れなんだよな…。
『圭さん!』
アリシアは俺の元に駆け寄ってくる。
「アリシア、どうした?」
俺がそう聞くと、アリシアは小指を出してくる。
『指切り。会いに来てくれるって言った約束、絶対に守ってくださいね!』
「…そうだな、これで終わりじゃないよな。」
俺達は笑顔で指切りをした。
そして、俺の目の前に扉が現れた。
俺はその扉をくぐろうとするが、
『…圭さん待って!』
アリシアが俺を呼びとめた。
『ちょっと目を閉じてください…。』
「ん?なんだいきなr『いいから早く!』…あぁ、分かった。」
何だか分からない俺はとりあえず目を瞑る。
『…ん…』
その瞬間、俺の頬には柔らかいものが触れた。
…それは、彼女の唇だった。
「ア、アリシア!?」
俺は凄く混乱している。何が何だか分からない。
『全く、目の前で見せつけてくれるねぇ…』
グラニスはこっちを見てニヤニヤしている。
『もう!本当に鈍感なんですから!そんな人はさっさと行ってください!』
アリシアは、俺の背中を押して、扉に押し込もうとしている。
下を向いていて、その表情は分からない。怒ってるのか…?
だが、アリシアはそんなことお構いなしに俺を扉へ押し込んでくる。
「じゃ、じゃあな、グラニス、アリシア、元気で!」
焦りながら、そういって俺はアリシアに扉へと入れられ、もう一度だけ、家族に会いに行ったのだった。