目が覚めたら、そこは俺の知らないところだった。
まぁ、そんなのはいつもの事なのだが。
ここは…今度こそ病院のようだ。
さて、俺がここに来たって事は、父さんや母さんはここにいるんだろうか…
でも何で病院に?
そんな事を考えながら、自分はある部屋の前にいることに気づく。
表札にはこう書かれていた。
神崎美弥 様
(!?…何で美弥が病院に?)
訳が分からない。家を出て行った時の美弥は元気だったはずだ。
それが今来てみれば病院に運ばれている。どういうことだ?
もしかして、俺が死んでからかなりの時間が経ってしまっているのだろうか?
――コトン――
しかし、俺の思考は後ろから聞こえた音にっよって遮られた。
「圭!?」
振り返るとそこには、カップに入ったコーヒーを下に落として立ちつくしている父さんがいた。
その顔はとてもやつれ、疲れの重さが見て取れる。
「父さん、俺が見えるんだね」
そう、今の俺は幽霊。本来普通の人には見えるはずはないのだ。
それでも父さんに見えるというのは、グラニスの心遣いか、もしくは父さんも霊感の持ち主なのか。
まぁ、どちらにせよ、見えていなかったらどうしようと思っていたので、誰か一人にでも見えていることは、ありがたかった。
「圭…本当に圭なのか!?」
「うん、本物だよ。…今回は、お礼と…お別れを言いにきたんだ。」
「……そうか、やっぱり、駄目なんだな…。分かった、とりあえず中に入ろう。」
父さんは優しく俺の背中を押し――――ていこうとしたが、無残にもその手はすり抜けてしまった。
とても悲しそうな顔をする父さん。…こっちまで申し訳ない気持ちになる。
「父さん、俺は気にしてないよ。大丈夫。だから父さんも悲しまないで。」
そう言って父さんと一緒に病室へと入って行った。
病室の中は、ベッドが一つだけの一人部屋、のようで、そのベッドを見つめていた母さんが、こちらに気づいて振り返った。
病室に戻ってきた父さんを見た母さんは、とても驚いた顔をしていた。
「圭!?圭なの!?」
やはり母さんにも俺が見えているようだった。
母さんも霊感の持ち主なのだろうか?それともやっぱりグラニスのおかげなのだろうか…
「あぁ、母さん。圭だ。私たちにお別れを言いに戻って来てくれたんだ。」
「やはり、あなたにも見えるのですね。」
「あぁ。」
父さんと母さんはそう言って頷きあう。やはり、ということは、どちらも霊感があるのだろうか?
「父さんと母さんには、俺が見えるんだね。」
「あぁ、ちゃんと見えるさ。」「えぇ、ちゃんと見えるわ。」
二人がそう同時に答えてくれたので、俺は笑ってしまった。
「あら、笑うなんてひどいわ?」母さんはそう言いつつもとても嬉しそうだ。
「ごめんなさい。それより、美弥はどうして病院にいるの?」
俺は気になっていたことを尋ねてみる。
しかし、その問いに二人とも、何か気まずそうに俯いてしまった。
どうかしたのだろうか?と、思っていると、父さんが口を開いた。
「美弥は、見てしまったんだよ。…お前の事故現場を、な。」
父さんはそういうと、申し訳ない。と俺に頭を下げた。
「っ、やめてよ父さん。顔を上げてよ?」
確かに、俺の事故現場、なんてものは想像したくなかったが、父さんが頭を下げたので俺は慌てて顔を上げてくれるように頼んだ。
「いや、しかし、本来お前にこんな話をするべきではない。こんなことになってしまったのは、全て父さんの責任なんだ。圭、本当にすまない。」
顔を伏せたまま動かない父さんに俺は手を伸ばしたが、その手は途中で止まった。
…この手では何も掴めない。 今はとても頼りないその手を、強く握りしめた。
俺はどうしたら良いのか分からず、困って母さんに助けを求めた。
母さんは、俺の表情に何かを感じてくれたのか、そっと父さんの背に手を当てる。
「あなた、圭が困っていますよ。それに、例えどんなに申し訳ない気持ちであっても、圭はそれを望んではいません。ここは、圭の気持ちを尊重してやりましょう。」
母さんの言葉に、ようやく顔を上げた父さんは、まだどこか納得してないようだった。
そして、しばらく黙っていた父だったが、ふとあることを思いだあしたかのように、口を開いた。
「本来なら、お前が高校を卒業してから、と思っていたんだがな。もうそれも無理のようだ。
…圭、母さん。これから話すのは、私の家系についてだ。どうか、心して聞いてほしい。」
「父さんの家系?確か普通の何の特徴もない家庭だったって言ってなかった?」
「あぁ、そうだ。でも、それは嘘なんだ。お前にはまだ早かったから、伝えるのはよしておこうと思っていたんだがな。…どうやら母さんには先に感づかれてしまったようだ。」
母さんの方を振り返ると、どこか不安そうな、曖昧な表情をしている。
「これから話すことは信じられないところが多い。別に信じてくれ、とは言わない。ただ、話を聞いてくれるだけでいい。いいか?」
「えぇ。」「あぁ。」
俺達がそう返事をすると、父さんは決心したように、その口を開く。
だが、俺の耳に届いたものは、想像以上のものだった。
「父さんは…特殊な呪術を使える。………滅却師(クインシ―)なんだ。」
「滅却師…?」母さんは分からない、という顔をしている。
しかし、俺はその存在を知っている。
―――滅却師―――
虚と闘うために集まった霊力を持つ人間の集団。
大気中に偏在する霊子を自らの霊力で集め、道具などを用いて武器化し、虚を退治したりする。
確か、原作では死神と対立していたから、死神によって滅ぼされたんじゃなかったか?
生き残りも少しいるのは知っていたが、まさかそれが自分の父さんとは…
黙っている俺をよそに、父さんは話を続ける。
「滅却師、とは昔から化け物退治をするために作られた、霊感などが優れている人間の集まりでね。
実際、私は滅却師ではなく、そのまがい物。 滅却師はとある組織と対立して、滅ぼされた。
私の先祖は滅却師の弟子だったのだが、とある組織によって起こされた事件に巻き込まれないように、その師匠は弟子を正式な滅却師とする前に、逃がしたのだ。
その後、完全な滅却師になる知識を最後まで教えてもらっていなかった先祖は、なんとか自分で研究をして、滅却師とは別の種類の、新しい力を身に付けたんだ。
そして、先祖は自分の子供に、また、その人も自分の子供に。そうやって代々受け継がれてきた。」
そこまで一気に話をした父さんは、一度区切って呼吸を整えた。
話が途切れたので、俺はあることを聞いてみる。
「父さんは、どうして今までそれを隠していたの?」
「………それはな、この力が、とても危険な物だからだ。
滅却師の術を攻撃的なものとすると、この術は正反対の、封印術という。聞いた感じでは滅却師の方が危なく見えるだろう。しかし、この封印術は使い方を間違えると人を傷つけてしまう。下手をすると、人一人、殺してしまう事もある。
だから、お前が成長して、一人前になるまでは、黙っておこうと思ったんだ。」
父さんはそう言うと、他に聞きたいことはあるか?と言ってきたが、俺も母さんも首を振ったので、それ以上は言うことが無いのか、黙ってしまった。
しばらく沈黙が落ちたが、不意に母さんが口を開いた。
「しかし、こうやってもう一度話ができるなんて…とても嬉しいわ。…それなのに、いざとなると何を話したらいいのか分からないわね。」
そういって母さんは苦笑した。だが、母さんは何かを思い出したのか、再び口を開く。
「そうだ、あなたを産む少し前の話をしましょう。実はね、母さん、夢を見たのよ。男の人と、女の人が、この子をお願いしますって言って、小さな子供を私に預けて行ったの。
その二人はね、『バイバイ圭太』って言ったのよ?
圭、あなたと同じような名前だったの。もうお母さんびっくりしちゃったんだから。
その夢を見た次の日にあなたは生まれたわ。
あなたの名前はね、生まれるのが男の子って分かった時から、『圭』っていう名前にしましょうって、お父さんと話しをしていたの。しかも、なぜか二人とも、その名前の子供が生まれるっていう夢を見たのよ?凄い不思議でしょう?」
嬉しそうに笑って話をする母さんだったが、俺はとても驚いていた。
―――バイバイ圭太―――。
圭太。
とても懐かしい響き。自分の事を何度もそう呼んでくれた、二人の男性と女性のことを思い出す。まさか、ここまで来て俺の身を案じていてくれたなんて。
その話を聞いた俺は、気付いたら、口の中にしょっぱいものを感じたのに気がついた。
少し前が見えづらい。
あれ?おかしいな?
そう思った俺は目元を拭う。
そこには、涙があった。
人って、幽霊になっても泣くんだ。
自然とそんな事を考えていた。
俺が泣いていることに、父さんと母さんは少し驚いていたが、やがて二人とも優しく微笑み、俺の事を抱きしめてくれた。
俺の事は触れられないはずなのに。それなのに、何故か俺は二人の温もりを感じる。
そのときの二人は、確かに圭を抱きしめていた。
まるで触れていないことなんて嘘のように。その姿は、今でもここに彼がいることを証明していた。
泣きやんだ圭は、少し恥ずかしそうに笑うと、二人に、もう大丈夫。と告げ、少し離れてもらった。
そろそろ1時間が経つか…
そう思っていると、圭の体が光り始めた。
「「圭!?」」
父さんと母さんが驚く。
やはり、もうここまでなのか…
「ごめんね、もう時間みたい。そろそろお別れだ…。
皆を置いて、こんなにも早くいなくなっちゃってごめんなさい。
父さん、母さん、今まで育ててくれてありがとう。こうやってお礼が言えて、本当によかった…。」
そういうと、二人とも優しく微笑んでくれる。
その目には、少し涙が浮かんでいる。
俺は美弥のベッドに近付くと、美弥はぐっすり寝ていた。
寝言なのか、「おにぃーちゃん…」と言って少し苦しそうな顔をしている。
俺は、その頬を撫でてやると、安心したのか、笑顔になって、また穏やかな寝息を立て始めた。
「ごめんね」そう呟いてベッドを離れる。
もう時間がないや。
俺の体は徐々に光となっていき、天に向かって飛んで行っている。
でも、やり残したことはない。
これでもう平気だろう。
「それじゃあ、お父さん、お母さん、美弥。行ってきます。イベのこともよろしくね?」
「あぁ、大丈夫だ。この家の事は任せておけ。何があっても俺が守って見せる。」
「そうね、お父さんがいるから、大丈夫でしょう。それに、お父さんに何かあった時は、私がいるわ。圭は安心して大丈夫よ。」
なんて頼りになる両親なんだろう。この二人の息子に生まれて良かった…
そして、俺は完全に光となり、その場から静かに消えていった。
その場に残ったのは静寂。
しばらく黙っていた二人だったが、外から看護師さんの声が聞こえてきた。
どうやらこぼしてしまったコーヒーをそのままにしてしまっていたようで、看護師さんは少し怒ったような顔だったので、裕也は慌ててそちらへと向かった。
そんな夫の様子を見て、「こんな父で本当に大丈夫なのかしらね?」と笑いながら美弥の頭を撫でた。
その場には圭がいた形跡は何も残っていない。
しかし、今でも二人の胸の中には、愛する息子が確かに存在しているのだった。