小説『死神転生』
作者:nobu()

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ここは尸魂界。
そこは死後の魂が行きつくところで、今日も多くの人々の魂が平和に暮らしていた。

そんな世界の、流魂街と呼ばれる街に、ある少年が一人。

彼の名は神崎圭。

見た目は高校生ほどで、灰色の髪に黒い目をしている。
今彼がいるのは大きな屋敷のようなところだ。

そこは彼が通う道場であり、また、彼がいつも生活している家でもあった。




数年前、彼は気付けば道場の前で倒れていた。

名前が神崎圭だ、という事以外覚えておらず、それを見つけたこの道場の師範、藤野竜建(ふじのりゅうけん)は彼に身寄りの無いことを知り、道場で一緒に暮らすことになったのである。



竜建は少し年老いた老人のように見えるが、その腕は確かなものであり、この道場に彼に敵う者はいない。
以前、そこそこ剣術で有名な道場破りに来た大男を、一撃でねじ伏せたくらいである。


圭は竜建の教える剣技に興味を持ち、他の人たち同様、道場で鍛えてもらう事を望んだ圭は、その後、竜建に頼み込み、稽古を付けてもらっている。

別に働かなくても良いという竜建の言葉を断り、昼間は働き、夜に稽古という形で暮らしている。
彼自身、ほぼ居候に近い身分なので、何もせずに養ってもらうのはどうしても気に入らなかったのだ。






今日はいつも働いている近くの仕事場から帰って、食事などをいろいろ済ませ、これから稽古を受けようとしていた。

自室から道場への長い廊下を歩いていると、丁度師範の部屋を通る時に、部屋から出てきた師範に声を掛けられた。

「圭、少し話をしたい。良いか?」

「えぇ、構いませんよ。」

「むぅ、敬語でなくて良いといつも言っておろう。わしらは家族なのだ。
別に父さんと呼んでくれても構わんのだぞ?」

「しかし、師範は私の恩人でもありますし…」 「だからこそだ。」 「…はぁ。善処します。」



そんないつもと同じ会話を終えると、竜建が真面目な顔になった。

「して、話なのだがな。…お主がここに来てからもう3年も経った。お主の成長は著しいものだ、今ではここの道場にいるほとんどの者を凌ぐだろう。」


そこまで言うと、竜建は少し間をおいて、こう言った。

「今日は全力でわしに挑め。お主は、いつも何処かで加減しておるように見える。お主の全力を、わしに見せてはくれんかの。」

むう…まさか、見破られてたとは。
確かに、いつも全力で稽古に臨んでいない。しかし、手を抜いている、ということでもないのだが。


以前、仕事の無い日に一度、ここの道場の人と手合わせをした事があった。
そのとき、本気で頼む、と言われたので、本気で掛かっていったところ、相手竹刀を折ってしまい、そのままの勢いで怪我をさせてしまったのである。

そのときに師範は不在で、後で師範が怪我をした人に事情を聴くと、「俺が下手な受け方をした」
と言ってくれて、俺が咎められることは無かった。
俺が謝罪に行くと、「君は強いんだね。」と、それだけ言って、俺が怪我させた事については全く怒っていないようだった。

それ以降、仕事の無い日は、いつも誰もいない、街の外れの方で一人稽古をしていた。
そして、自分の全力はなるべく出さないようにして来たのである。


師範に対しては全力ではないものの、ある程度の力を出していた。手を抜く、というよりはリラックスという表現の方が近い。


まぁ、そんな感じだったのだが、バレてたんじゃな。


「…分かりました。全力で行かせていただきます。」

でも、俺程度じゃ師範には敵わないだろうけど…。






そして、10分ほど後に、道場の中には、竹刀を持って向き合う二人の姿があった。

「これは稽古だが、本当の戦いだと思って挑め。まぁ、難しいだろうがのう。油断はするなよ。」

「はい。お願いします。」


二人は竹刀を構えると、少し距離をとり、師範の、始め、という声と同時に動き出した。


俺は師範に向かって走り、距離を縮め、素早い動きで師範の頭を狙う。
だが、その攻撃は師範が体を反らした事により避けられてしまう。
隙の出来た俺の脇腹に、容赦なく竹刀が打ち込まれる。

「がっ、は」

一瞬呼吸が止まりそうになったが、間合いを取り、息を整える。

「ふむ、動きは速いがの、隙が大きい。それに、まだ全力を出してないように見えるぞ?」

そう言って師範は俺の元に走り出す。
竹刀を左の腰に置き、居合い切りの構えをとる。

…これは師範が得意とする技で、すれ違いざまにとてつもない速さで相手を切りつける。
正直俺にも見切ることはできない。


(これは、やばいんじゃないかな…?)


防具を付けていても、痣ができるほどの威力だ。今回は何も付けていない俺は、これを受けたら確実に骨が折れるだろう。


…しかも、師範の目は本気だ。手加減なんてするはずもない。
仕方ない。あれを使おう。


俺は刀を降ろし、目を閉じる。師範が驚いたような気がしたが、気にしない。
全神経を師範へと集中させる。


…師範の足音が俺に近付いてくる。


俺の横を通り過ぎる風と、竹刀を振る音を頼りに、体を捻り、俺の胴へと放たれたその居合いをギリギリのところで避ける。

そのままの勢いを使って後ろへ振り返りながら、俺の全てを込めた一撃で、通り過ぎて行った師範の背後を狙う。

…が、師範が後ろへと振った竹刀にぶつかり、勢いの落ちた竹刀は軽く竜建の背に当たっただけで、決定打は与えられなかった。


しかし、竜建の竹刀は今の一撃で折れてしまい、もう使い物にならない。




戦う武器の無くなってしまった竜建だが、満足そうな顔をしながらこちらを向いた。

「ふむ、この道場でわしに一撃でも当てた奴は、お主が初めてじゃぞ。

…しかし、まさかわしの竹刀をへし折ろうとはな。同じものを使っておるのにこうも違うとは。やはりお主は剣の扱いに長けておる。」


「いえ、私なんてまだまだです。師範に決定打を与えられませんでしたし、最後の一撃で手が痺れてしまいました。」


そう、最後の一撃を防がれたときの師範の打撃はとてつもなく重かった。
竹刀を折ったとはいっても、手は痺れてしまっていて、今でもまともに動かない。


「ほっほっほ、もっと精進しなさい。ところで、わしの居合いを避けたときのあれはなんじゃ?
いつの間にあんな事が出来るようになっておろうとはの。」

「…あれは、自分が一人で特訓しているときに習得したものです。木の下で目を閉じ、音と風で気配を感じ、落ちてくる葉を掴む。それを繰り返してるうちに出来るようになってました。」

「ほう、中々に面白い。まさかお主一人でそんな事をしていたとはの。これならわしの稽古ももう不要かもしれぬな。」

竜建はそう言うと、「少し座って待っていなさい。」と、何処かへ行ってしまった。
何だかよく分からない圭は、その場に正座し、竜建が戻ってくるのを待った。





数分すると、竜建は道場に戻ってきた。棒に布を巻いたようなものを大事そうに抱えている。
圭の目の前までやってくると、自分も座り、その布を解いていった。


そこから現れたのは、一本の刀だった。


「これはわしの相方での。わしが道場を開くよりも前、ずっと昔からわしと共にあった。
わしも、昔はそこそこの剣術を扱う者として有名だったのじゃよ。
これから、お主には、刀の魂について教えよう。ちいとばかし長い話になるがの。」


「…刀の魂?」


「あぁ、刀も生きておる。それはこの世にあるもの全てにおいてもそうじゃ。人も、物も。お主の使っていた竹刀も、わしの使っていた竹刀もそうじゃ。皆、命を持っておる。

…そして、己の命を託す刀には、心がある。刀の形、性格その全てを知る事によって、初めてその刀の持ち主となる。


わしのこの刀は、今ではわしの相方じゃ。じゃが、手にしてすぐの時、わしは此奴のことを何も理解してやれていなくての。いろんなものを切ってきたのじゃが、あるとき突然、何も切れなくなったのじゃ。

…別に刃こぼれしたわけではない。それでも此奴は何も切ってはくれなかった。
どうしていいか分からなかったわしは、当時のわしの師に尋ねた。『どうしてこの刀は何も切ってくれないのか』と。
そしたらの、師はわしにこう言った。『お前はその刀の事を何も分かっていない。』とな。


試しに貸してみろ、と言われて師がその刀を振ると、目の前にあった丸太は綺麗に切れたんじゃ。
じゃが、次にわしが持って振っても、やはり何も切れなかった。
師はそれ以上の事は教えてくれず、わしは刀と向き合う毎日が続いた。


どのくらい経ったのかの。あるとき、師の元に道場破りが来ての。其奴は刀を手にしておった。
道場破りと言ったのじゃがな、其奴はただの荒くれ者でな。まともに相手をしようとした師は卑怯な手を使われ、怪我をしてもうたのじゃ。

それでも師に切りかかろうとしての。危ないと思ったわしは、師を守るためにこの刀を持って、其奴の前に立ったんじゃ。
師は、退け、と言ったがの。わしにその気はなかった。例え切れない刀でも、大切な人を守りたかったんじゃ。
そうしたら今度は、男はわしに切りかかって来ての。わしはその刀を、この刀で受け止めようとした。

…受け止めようとしたんじゃがの。なんとこの刀は、男の刀をへし折ってしまったのじゃ。


そこでわしは気付いた。此奴が何も切らなかった理由はわしにあったのだと。
ただ単に何かを切るものとして刀を使っておったわしは、此奴に嫌われておったんじゃ。

…でもの、大切な人を守る、というわしの気持ちに、此奴は答えてくれた。
そこで初めて、わしは本当の意味で、この刀の持ち主になったのじゃ。


それ以来、此奴は大切な物を守る時にしか使わないと決めておる。もちろん手入れはしっかりしておるがの。今でも、わしの相方の切れ味は、天下一じゃ。」


そう語った竜建は、その刀を俺に持たせてくれた。一度持っただけで、俺でもこの刀が良い刀だ、という事が分かった。
刀としての重さとは別に、何か特別な重さを感じる。
まるで新品のような刀は、とても美しかった。


「ほほほ、どうやら此奴もお主の事を気に行ったようじゃの。」


そんなことまで分かるのか…?刀の魂、刀の心。いつか俺が手にする刀も、こんな刀だといいな。

「さて、今日はここまでじゃ。後はゆっくり休みなさい。」

「はい。どうもありがとうございました。」

俺は深々とお辞儀をした後に、自室へと戻って行った。





圭が去って行ったあと、残された竜建は呟いた。

「しかし、あの圭がのう…よく成長したもんじゃわい。将来が楽しみじゃ。
 なあ、蒼淵(そうえん)よ。」


竜建は親しい相方の名を呼び、その刀身を撫で、再び布を巻いた。
そして立ちあがり、道場を後にした。

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