小説『東方薬師見聞録』
作者:五月雨亭草餅()

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「いやぁ、まさか負けるとは思わんかった」
「ただの偶然だ。次に最初っから本気を出されたら負けるよ」
どうも、出雲薬師だ。
鬼神大雉牙煉に勝ったから後は戦わなくていいらしい。ということで、これまで泊めてもらっていた葉華と美月の屋敷に居候させてもらうことになり、俺の正面には『鬼神』大雉牙煉が杯と徳利を片手に座っている。
「満月の月夜の酒は格別だな」
「ああ・・・・・・」
俺も右手に持った杯で酒を飲み、上を見上げ金色(こんじき)に輝く満月を見上げる。
月・・・・・か・・・・・・・。
月にうさぎってのは本当にいるのだろうか?
火のないところに煙は立たない。
噂にも何らかのはじめがあるはずだ。それはもしかしたら本当にうさぎがいたのかもしれないし、月の模様がウサギに見えたからなのかもしれない。未来では分からなかったことだ。
いない、ことになってはいる。見つかっていないし、月に生き物が生きて行くのに水が無いんだったけか?俺はあんまりそういうことに詳しくはなかったからな。
「人か我ら妖のどちらかが月に住まえば争わなくてもいいのだがな・・・・・・・・」
「おいおい、どうやって行くんだよ。それに月に住めるという確証はない」
「それもそうか」
フッ、と一瞬だけ牙煉は笑うと一息に杯に入った酒を飲む。
「一ヶ月後、宴がある」
「宴?宴会か?」
「いや、違う。我らこの山に住まうもの達は一年に一度の宴で序列を決める」
「ああ、戦か・・・・・・・・・」
鬼の序列、すなわち強さの順番。
それを決めるのは闘いでしかない。他に強さの序列を何で決めろというのだ。
鬼達にとっては闘いすら遊びのようなものでしかない。弱い妖怪にとっては生きるか死ぬかの大きな局面ではあるが・・・・・・・・。
「鬼神の名は鬼しか受け継げぬ。だが、お主も参加せぬか?」
「おもしれぇ、お互いに最後の二人になるまで残るぞ」
「ふん、もう一度お主と戦うのか・・・・・・。いいだろう、次こそお主に膝をつかせてやろうではないか」
「何言ってる、また俺の勝ちだ」
二人は同時に杯を煽った。




「あいつは強かったな・・・・・」
「そうだね、鬼神様が負けちゃったもん」
出雲と牙煉のいるのとは別の縁側に葉華と美月は居た。
いくら小さいとは言っても美月は鬼だ。自らの体より大きな瓢箪に酒を入れてあるらしく、普通に飲んでいる。
葉華といえば、杯を持っているものの、先ほどからあまり飲んではいないわりに頬を赤く染めている。とはいえ、人間と比べれば飲み過ぎの部類に入るのだが・・・・・・・。
「もしかしてさぁ、葉華は惚れちゃった?」
「な、バカなこというな。私が人間に惚れるわけが無かろう」
「だれも出雲のこととは言ってないよ」
「っ〜〜〜〜!!!!!」
「あはははははははは、葉華ったら面白いんだから」
鬼とはいえ、心は人と変わらない。
人以外の生き物であったとしても感情は持ち合わせているのは当たり前だ。
彼女らなら少女の心を・・・・・・。
「多分だけど出雲は鈍感だよ。まあ頑張ってね」
「うるわいわぁっ」
酒瓶を棍棒のように葉華はふりまわすが、美月は全てくるくると回るようにしてかわす。
「あはははは、葉華は可愛いね」
「死ねぇ」
「あははははははは」
彼女らの追いかけっこは陽が昇るまで続いた。




「なあ鬼神」
「ん、なんだ?」
酒ではなく、焼き魚を一人の青年と一人の鬼が一匹ずつ食べていた。
「俺を怨んではいないのか?」
「何を怨む必要があるのだ?」
鬼がそう返すと、二人を静寂が包みこむ。遠くから聞こえてくる少女達のかわいらしい声を除いて。
「おまえは鬼神と言われて無敗伝説を築いてきた。それを一人の人間に崩されたことだ」
青年は箸を置き、鬼の質問に答える。
青年にとって一番気になっていたことだった。鬼神は生まれてこの方無敗だったという。それなのに、その伝説は自分が壊してしまった。そして、その崩した奴と一緒に鬼神は酒を飲み、魚を喰らう。
その真意が分からなかった。

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