小説『東方薬師見聞録』
作者:五月雨亭草餅()

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出雲は歩く。人里の街中、たくさんの人や妖怪が死んでいる中を。
出雲は歩く。人里の外、激戦地となり大地が陥没している所を。
出雲は歩く。力尽き、笑みを浮かべたままぬくもりを失った最強の鬼とその嫁の横を。
出雲は歩く。力尽き、鼻にかけたような笑みを浮かべたまま死んでいる最強の天狗の横を。
出雲は歩く。人里へつく前に力尽きてしまった妖怪たちの屍の中を。
出雲は歩く。毒ガスによって無残にも命を奪われた山の妖怪たちの中を。
出雲は歩く。毒ガスのこもった山を。
出雲は歩く。生徒と葉華、黒天の待つ小屋へと・・・・・・・・・・・・・・。


出雲は強く張られたままの結界の前まで来ると、自分の体に浄化をかけて毒ガスを追い払い、自分だけが結界を通り抜けられるように再設定しなおす。
そして、彼は結界をすり抜けた。
中に入ると・・・・・・
「「「「「おかえり、先生」」」」」
「「おかえり、出雲」」
小屋にいて助かったみんなが笑顔で彼を出迎えた。
「ああ、ただいま・・・・・・」
最大限、自分にできる笑顔で彼はそれを受け入れた。






夜、子供たちが皆寝静まった頃。出雲、葉華、黒天の三人は秋の野菜小屋にいた。
「そうか、父上は亡くなられたか」
「悪かった、助けることができなくて」
「ふ、別にそういう意味で言ったわけじゃないわ」
「鬼神さまも美月も私を置いて先に逝ってしまったか・・・・」
「ごめんな」
「気にしなくていいさ」
三人は談笑などとは程遠く、とても暗く、重苦しい話をしている様で、いつものような明るさが一切見られない。その顔はまず子供たちが見たことの無いほど真剣で、重苦しかった。
「これからどうするかだ。時折俺が外に出て確認するが最低でも10年は結界の外にみんなは出ないほうがいいだろう。それぐらい毒が濃い。牙煉や天魔たちが言うには河の向こうに生き残っている者たちがいるそうだから俺はそいつらも望むものはここに連れてこようかと思う」
「かまわないわよ、べつに」
「私もそれでいい」
「じゃぁ次だ。外に出れるようになったときにどうするか、だ。俺は悪いがちょっと旅に出る。お前らはみんなを率いていく必要があるがどうする?」
「お、おい。正気か?」
珍しく葉華が戸惑う。
出雲が抜ければ、鬼神や天魔に代わってみんなをまとめていける存在がここにはいない。
本当に彼が山を去るのであれば、とはいえ葉華と黒天もみんなで山から移動することを考えていたようだが。まぁ、この集団から彼が抜けてしまえば大変なことになることは間違いが無い。
「葉華・・・・。黒天、天狗をまとめられるか?」
「出雲、誰に向かって言っているのかしら?私はあの天魔の娘よ。二代目天魔ぐらい簡単にこなしてあげるわ」
「そうか・・・・。葉華、お前は二代目鬼神だ。お前が鬼を率いなくてどうする」
「そ、それもそうだが。黒天、お前はそれでいいのか」
「私はかまわないわよ。これまで色々とまかせっきりにしてきたからね。休暇ぐらい上げてもいいんじゃないかしら?」
黒天は葉華の戸惑う姿を見て思う。
本当に素直じゃないんだから・・・・・・・・・。
そして、出雲を見て
この鈍感め・・・・・・・・・。
彼女が思ったことは間違っていないだろう。
「うう、分かった。出雲、お前がいなくなった後は私が引き継ぐ」
「よし、決定。じゃぁ寝るか」
できるだけあかるくそう言うと、彼は小屋を立ち去った。








18年後
「ここに我ら三人歩みを別つ。されど何時何時(いつなんどき)でも誰かが助けを求めた時はそのもののもとへと助けに向かうこと此処に誓う」
「元気でね、出雲。あんたはいくら強いといっても人間なんだから」
「黒天こそ調子に乗って怪我をするなよ」
「どういう意味よ」
「「はははははははは」」
「ふん、葉華はすぐに転ぶ気がするから気をつけなさい」
「え、本当か・・・・」
げっ、という顔をした葉華はどうしたものかと後ろにいる鬼たちを見ると皆がそのとおりだと言うように顔に笑みを浮かべていた。
「くっ、出雲。死ぬなよ」
「誰に言ってんだよ」
出雲がそういうと、三人の間に静寂が訪れる。
そして、彼らは桜吹雪散る中杯を傾け、酒を飲み干す。
三人はお互いの顔を、そして葉華と黒天に付き従う鬼、天狗、河童たちの顔を見回す。
「「「友よ、また会おう」」」
三人は別々の方向へと歩き出していた。

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