小説『東方薬師見聞録』
作者:五月雨亭草餅()

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どうも、年寄りの出雲だ。
どうやら今日は鬼達の訓練場のある、山の中腹まで行くらしい。
これまでいた屋敷は、そこより300mぐらい低い位置にあった。
「なあ葉華、あそこの里の人間はなんで妖怪をいやがるんだ?おれも妖怪っぽいのを殺したことはあるが必要最低限しか殺してないぞ。それに比べてあいつ等はいまにでも殲滅しようという勢いだったじゃねぇか」
助けられる前から気になっていたことだ。銀髪門番の奴は妖怪だからだっていってたが、理由が分からん。怖がる必要もいやがる必要も俺には分からないんだが・・・・・・・・・・・・・・。
というわけで葉華に訊いてみたんだが。
あ、そうそう、葉華ってのは裸を俺が見ちまった鬼だ。
「・・・・・・・・・・・・・・『怨み』だ」
葉華はそういうと、表情を暗くする。先ほどまでは楽しそうな表情を浮かべていたというのに一瞬で大きく変わってしまった。
『怨み』もしくは『恨み』・・・・、だれでも持ったことがあるのではないだろうか?
たとえば、あなたが学生だったとしよう。
自分よりも悪いことをしている奴はたくさんいるというのに、先生はあなたばかりを怒る。当然、あなたは先生と、自分より悪いことをしている奴らに対して苛立ちを覚えるだろう。一度ぐらいなら恨みまでは発展しないかもしれないが、何度も繰り返されれば・・・・・・・・・・・・。あなたはその先生と、他の生徒を『怨んだ』だろう。
社会人ならば、自分と同期で入ってきた奴が、自分よりもまともな仕事をしていないというのに、会社の上役にそいつの親がいるという理由だけでどんどん出世していく。これは生活にもかかわってくる問題だ。あなたは『怨む』だろう。
だれでも一生に一度はもつであろう小さなことだ。
しかし、それは自分個人の一生や、自分の周囲の運命を操るだろう。そして、歪めるだろう。怨みとはそういう存在だ。
そして、今は怨みによって、人間の里と妖怪は相容れぬ関係になっている。
「むかしな、まあむかしといっても100年ほど前の話だが。この山よりももっと人里の近くに草原があっただろう?」
「ああ、屋敷から見えたな」
それは広いこと広いこと、里と山の間の距離が目測で『10km』overってところだったんだが、その間100mぐらいを除けば、全部草原だった。里の周囲100mぐらいは森に囲まれてる。で、里を挟んでこの山の対角線上に当たるところは山脈になっている。そこより向こうに、俺はこれまで住んでいたんだけどな・・・・・・・・・・・・・・・・。
で、草原には、どうやら背の高い草もあるらしく、高い草は6mにも及ぶとか。
「今は30もいないがクマの妖怪がいてな。当時は1500以上はいたんだ」
「おいおい、いくらあの草原とは言ったって・・・・。クマの妖怪を1500以上は養えないだろ」
クマの妖怪は、確かに形はクマだ。形は・・・。大きさは、成長したヤツが立てば大きいもので10mはあった。そんな奴が食べる量はすさまじい勢いだ。立つ鳥跡を濁さずとはいったものだが、本当にヤツらの後には何も残らない勢いだ。
「もちろんだ。むかしはもっと里も大きく、今以上に活気があったんだが・・・・・・・」
「ヤツらが襲ったと」
「そのとおりだ。柵を壊し里に入り込み、家を壊して人を喰らう。抵抗もしたようだが当時の武器ではとてもではないが歯が立たなかった。一瞬のうちに里の半数以上の人間が死んだ。ヤバいと気が付いたらしく、ばらばらになって逃げ込んだ先がちょっとした林だったようだが、林の中にはクマどもは入れん。ヤツらを知っているということは分かるんだろう?」
ああ、ヤツらはその力と体のせいで、
「森の中に入るには体が大きく、無茶をして入れば大きな傷を負うからな」
「その件を境に人里の者たちは妖怪を怨んだ。そして人の中に妖怪退治を専門にする者たちが現れ始めてな、そいつらとそいつらの加護を受けた武器を手に持った連中がクマの妖怪を狩り始めあっという間に今の数だ。おまえに放たれた矢もそいつらの加護を受けていたよ。妖怪にとっては完全な毒だが、人間にとってはそこまで危険ではない、有毒ではあるがな」
「なるほどなぁ・・・・・・」
そういう歴史があったからあんなに里の連中は妖怪を毛嫌いしたのか。
って、ちょっと待て。
「その加護とやらが人間にも有毒ならなんでおれは生きてるんだ?」
「ああ、門番の銀髪娘が薬師だったらしくてね、物見の鬼が里の様子を見に行ったときに、森の中に薬が置かれてたんだよ。書きおき付きでね。で、あの門番の娘がお前のために作った解毒薬だったから遠慮なく使わせてもらったのさ」
「・・・・・。2回も助けられたのか・・・・」
何度お礼を言っても足りないぐらいだな。
どうしたものやら・・・・・。
「お、着いたよ」
葉華の指さす方には、たくさんの鬼が一つの大きな広場を囲むようにして座っていた。
「折角だし言っておこうか。ようこそ、鬼の里へ」

-7-
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