小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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学園テロ編 逆襲



道中



街は見るも無残な有様となっていた。

高高度の上空からでも視認できるような巨大な、爪跡。

化物殺しの一族が生み出した化物を超える兵器から放たれた紫電の閃光をもろに直撃した漆黒の怪物は吹き飛ばされ――――


「あれで、まだ形を保っていやがんのか……!!」


焼き焦げた地面の上に膝を突いていた。

必滅の意思を籠めて、放った一撃は、その鎧を傷つけるまでには値しなかった―――が、


「――――」


文明殺しの一族の文明を破綻させる炎は、その内側を蝕んでいた。

完全さを追求したモノに、次々と不完全を植え込んでいく。

その完璧に積み上げたモノを、崩していく崩していく崩していく崩していく崩していく……

その巨体は大切な部品を失くして不具合を起こしたロボットのように、一向に立ち上がろうとはしない。

そして、


……ぼと。


と、ナニカが落ちた。

一度だけでなく、それは幾度となく連鎖し、反響し―――崩れ去った街並みへ拡散していく。


ぼとぼと。

ぼとぼとぼと。

ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと―――!


その内側で蠢く黒が、穴の開いてしまった器から零れるように絶えることなく漏れ出てくる。


「まあいい」


しかし、動揺する事なく『駆動鎧』は再度超電磁砲のチャージを開始する。

どんな原理があろうと何であれ壊せないものはない。

だから、やり続ける。

障害となるものは徹底的に、そして、こちらの計画を台無しにしたソレは絶対に破壊すると決めた。

その躰に百発撃ち込んでも構わない。


「『失敗作』、アレを燃やし続けろ。もう一発叩き―――」


と、その時、ぱたり、と『失敗作』が白眼を向いて倒れた。

『不完全』を徹底的に排除しようとする曇りなき『完全』なる意思。

それがこの人造兵器に組み込まれた唯一の本能。

他の『不完全』な感情を捨てているからこそ余計に、『不完全』にされていく事は、強く、深く、大きくその存在を揺さぶり、激昂していた。

その増長される漆黒の狂乱は、『失敗作』のもう忘れてしまった、道具ではなかった、まだ人間だった頃の『失敗』を深く抉る。

『道具』として同調し、己よりも濃密な『物』としての燃やし尽くせぬほどの狂気が伝播し、『幼き少女の恐怖』を思い出させ、その『鬼』の精神を討ったのだ。


「クソ一体―――なっ!?」


戦うのではなく、逃げるべきだった。

この選択が狂学者――木原・テレスティーナ・ライフラインの致命的な『失敗』であった。



―――一振りで、大気が切り裂かれ、『駆動鎧』が打ち砕かれた。





病院



『君達は決してしてはならぬ事をしてしまった』


第一声がまずそれだった。

この病院にいるであろう目撃者(シスター)の口封じと裏切者(オーソン)を処分しに来たコードネームマイクを筆頭にした<猟犬部隊>の14人。

照明の明かりさえもない夜闇に包まれた真っ暗な病棟の中、不意に彼らの前で、プルルルル、と電話の呼び出し音が鳴る。

テロを偽装した強制避難により、既にこの病棟には、患者も医者もいない。

おかげで、こちらは最悪、ターゲットを潰す為なら病院全体を爆発させるつもりだったのでやりやすくはなった。

が、つまり、自分達がここに来る事は予め『何者か』に知らされている事になる。

しかし、ここで任務を果たせないとなれば、先程から別行動している討伐隊の連絡が途絶えている事から作戦状況はあまり芳しくなく、このままだと木原数多の怒りの矛先が自分達にも向けられるかもしれない。

なので、少しでも何か手掛かりが欲しい所だ。

罠の可能性も確かめたが、ワイヤー、赤外線ともに確認できず、塾考の末にマイクは周囲を警戒しながら受話器を取る事を決断した。


「<冥土帰し>……」


マイクはかつてこの聞き慣れた声の持ち主の面倒になった事もある。

この男は医者として比肩する事のない腕を持ち、誰であろうと差別せず、患者であるなら誰であろうと救う、そんな高尚な志の持ち主……ではあるが、どこか食えない曲者でもある。

現に、このセキュリティは突入前に全て潰したはずなのに、こちらの行動を把握しているかのようにピンポイントで電話機を鳴らした。

……だが、その声には常に飄々とした彼らしくない、険しい色が含まれていた。


「余裕だな。潜伏中には、こう言う挑発的な行動は取らずに沈黙しているのがセオリーだ。逆探知されたいのか」


『今の僕は冗談を言えないくらいに機嫌が悪い。それでも、僕は医者だ。命が奪われようとしている人間がいるなら救わないとね』


……いつもと違う。

やはり、病人を巻き込んだことを怒っているのか?

それとも、また別の……


『木原の下を離れ、逃走しろ。そうしないと君達の命が危ない』


命が危ない……?

この世間の医者が匙を放りだそうとするような大手術であろうと、成功させてきたこの男が唯一、救えないのは『死んだ人間』。

<冥土帰し>の言う『命が危ない』は、瀕死の重傷を負ってしまうとか、辛うじて息をしているとか、そんなレベルではなく本当に『死んでしまう』事だ。


『君らは一方通行に潰される』


「はっ、小娘に助けられたあの腰抜けにか?」


学園都市最強の能力者にして、凶悪な怪物、一方通行。

だが、所詮はベクトル操作しか能が無いガキだ。

メッキを剥がせば、貧弱な杖付きの身で、<猟犬部隊>の、木原数多の手によって、ぼろ屑のように叩き潰された。

あの時、あの小娘が乱入していなければ、アレは道路の汚い染みとなっていただろう。


『勘違いしているようだがね。彼女が助けたのは君達だよ』


医者の声のトーンが、また一段下がる。


『一方通行は決して善じゃないんだ。白じゃない。小さな光を得て、多少の白い善を手に入れたようだが、彼は基本的には黒い悪なんだよ。限りなく黒に近い灰色。それをあの子が陽に照らして、徐々に白の方へ傾けようとしていたんだけどね』


――もう一度言う。


『君達はしてはならぬ事をしてしまった。真っ黒に染め直してしまっただけじゃなく、『枷』を外してしまったんだ。解き放たれた彼は一切の加減はしないだろうね。容赦ではなく、加減をしない。もう、あの子が何を言おうと止まらない。大事な光を埋めようとする闇だと判断されてしまえば、もう終わりだ。君は一方通行に会ってはならない。恩着せがましいかもしれないがね、“君達を救おう”としていた愚かな僕の教え子のためにも彼の手を血に染めさせ上げないでくれ』


「世迷言を」


『冗談を言えるほど機嫌は良くないと言ったはずだが、残念だ』


医者はそこで言葉を切り、


『どうやら、僕達に危険を伝えてくれたのは誰だか分かっていないようだ』


なに……?

ここに来た時から、この病院はもぬけの殻だった。

避難場所なら、歩けるものなら自力で退避させ、絶対安静の患者であるなら、この医者が十数台所有しているであろう全長30m弱の観光バスぐらいの大きさの特殊救急車――通称『病院車』に移せば良い。

だが、時間は?

どんなに迅速に動こうが、それでも避難時間を0に短縮できない。

つまり、随分前からここの襲撃を予測していて、伝えた者がいる。

考えられるとするならば――――



『死ぬなよ。死なない限りは助けてやる』



直後、その『答え』がマイク達の前に現れた。

絶叫を纏い、血に濡れ、恐怖がそのまま形を成した『最強』が。


――――見ィーつけたァ――――


捕まったら終わりではなく、見つかったら終わり。

そして、その『終わり』は………



「待て、待ってくれ、一方通行! いびゃっ、びゃあ、ごォァああああああああああああああああッ!?」





???



失敗した。

努力し、思考し、行動してきた。

それでも、届かなかった。

どんなに願っても、手を伸ばしても―――足りない。

誰もが笑って終われるハッピーエンド。

それがどんなに愚かな夢物語である事は、分かっている。

それでも、私は諦められない。



だから、立ち上がる。



私はずっとその右手に守られてきた。

右手に支えられていたからこそ、私は人間でいられた。

どんなに前へと進もうと、その右手が私を引き止め、超えてはならぬ境界線から戻してくれた。

産まれてきた時から、ずっとその右手を握り、彼と一緒に歩いてきた。



しかし、振り解く。



このままでは、

現実に敵わない。

幻想は叶えない。

この誰よりも愛しいその右手を振り解かなければ、前へと進めない。

もし失敗すれば、元に戻れないかもしれないけれど、

これからも、ずっと隣で歩んでいきたかったけれど、

そして、右手に殺されてしまうかもしれないけれど、



私は、『上条詩歌(から)』を割り、前へと進む事を決めた。



『詩歌……』


震える声。


『ふざけるな……どうして…………しなくちゃなんねーんだ……っ! くそっ……』


その響きだけで、こちらの胸がつかえてしまいそうなそんな震え。



『……『不幸』、だ……』



(おに…い……ちゃ…ん……?)



その声が、意識の蓋をノックした。


 

 


「っ……」


ハッ、と上条詩歌の意識が現実へと浮上する。

微かな頭痛と共に、ゆっくりと瞼が開く。

暗闇だった視界に光が射して、ぼやけながらも輪郭を露わにしていった。

真っ白な天井は、どこか見た事があり、確か………


「病室……いえ、ここは……」


切れ切れに呟く。

窓のない部屋、携帯生命維持装置、簡易手術室。

ベットから体を持ち上げたが、未だに頭には霧がかかったようで、それでいて思考とは別に、唇から言葉が滑り出た。


「……病院車? あれ、インデックスさん?」


「しいか!」


いっぱいに涙をためて、白の修道女がベットに縋りついてきた。

この少女は、インデックス。

<必要悪の教会>に所属する魔術の叡智を詰め込んだ修道女で、

詩歌の兄、当麻の部屋の居候でもあり、

詩歌にとってみれば可愛い妹のようなものである。


(……なんで、インデックスさんが……)


散り散りになった思考をかき集め、頭の回転数を上げる。

退院の手伝い。

後輩との茶会。

迷子の捜索。

そして………

これまでの記憶を一気に斜め読みするように現状を把握し―――気付く。


「あー君は!?」


あの時、自分は背後から襲われて気を失った。

頭に触れるとそこには包帯が撒いてあり、治療の痕がある。

どんなに鍛えていようが自分は女子中学生に変わりなく、頭を不意打ちされれば簡単に倒れてしまう。


「もう! 『<ミサカネットワーク>接続用バッテリー』って何だったんだよ! しいかったら、待っててねって約束したのに勝手にどこかに行っちゃうんだから!」


「いえ、私は見張ると約束しただけで待つとは……」


「全く、もしかしたら<天罰>受けたかもしれないって、心配してたんだよ、もう!」


「え、<天罰>?」


と、気になるワードに首を傾げる詩歌。

只今大変ご立腹のインデックスさんは一方通行と詩歌に置いてかれた後、最初はギャーギャー癇癪を起したが、それでも『患者達の容態を観て、今、この学園都市に起きている現象を解明してみる』と自分が言った事をきちんと有言実行したのだ。


「ある感情を鍵にして、距離や場所を問わずに叩き潰す神様の<天罰>! どこだろうが誰だろうが、神様に唾を吐く者を許さないって理屈だね!」


「なるほど。流石、インデックスさん! 頼りになります」


「えへへ―――って、誤魔化さそうとしたってそうはいかないかも! 今日こそは反省して欲しいんだよ!」


インデックスは強くこちらを睨みつけたまま、荒げた語気を隠そうともしない。

それに申し訳ないと思いつつも詩歌は、


「ごめんなさい。で、それでどうして私がここにいるんですか?」


その問いに、口をとがらせていたインデックスは調子を変え、どこか浮かない感じの表情で、


「誰かが、頭を打たれて気絶したしいかをここに運んできてくれたんだよ。多分、あー君って人だと思う……。でも、お医者さんにしいかを渡してたら、すぐにどっかに行っちゃったから、私は見てないけど」


「……それで私はここで何分くらい眠っていましたか?」


「たぶん10分くらいかも」


詩歌は思わず天を仰ぐ。

遅い。

自分という枷を外し、“最短距離”で進むなら、もう今すぐここを出ても届かない所まで行ってしまっている。

そして、その背中を押してしまったのは、自分のせいであると。

と、その時――――





ファミレス



『打ち止めさんですか!?』


妹の声だった。

不思議なほど胸に満ちた。

こんな事しても無意味かもしれないが、受話器越しの遠い声を、少しでも近くに感じたくて、打ち止めが落していった子供用携帯電話に耳を押し付ける。


(よかった……)


悪いと思いながらも、登録アドレスに表示された見慣れた番号を見た瞬間、電話をかけずにはいられなかった。

生きていると自分の耳で確かめられて、本当に自分でも馬鹿馬鹿しいくらいにホッとする。

こんなことをしている場合ではないのに、上条当麻は感極まって、しばし何も言葉にする事ができずにいると、


『ん……? この感じはまさか、当、麻さん……?』


「はは、どんな勘してんだよ、詩歌は」


相変わらずの頭の良さに当麻は少し気が軽くなる。


『ありゃりゃ……という事は、当麻さんが打ち止めさんと一緒に逃亡していたんですか。本当に当麻さんはトラブルに巻き込まれやすいというか―――って、大丈夫なんですか? 怪我は? というか今どこにいるんですか? 打ち止めさんは?』


「俺は大丈夫だ。でも………」


当麻は一気に話す。

完全下校時刻を過ぎた辺りで、街中で打ち止めと遭遇した事。

彼女の『知り合い』が正体不明の一団に襲われているから助けて欲しいと頼まれた事。

現場に行ってみると、そこには黒づくめの男達が倒れていただけで『知り合い』はいなかった事。

その後すぐに黒づくめの男達に見つかり――そして、謎の騎士団に追われ、打ち止めだけを先に逃がした事。

そして、ヴェントとの事……


『……なるほど。とりあえず、今こちらに不穏な気配はしませんから安心してください』


良かった、と当麻は再度安堵する。

しかし、上条詩歌は逃げないだろう。

彼女は、災難、それが自分を狙っているとなれば、被害を最小限に食い止めるために真っ先に立ち向かうはずだ。

その勇敢な姿は、兄として誇らしくもあるが、それでもやはり、


「詩歌、打ち止めの事が心配かもしれないが逃げてくれ。ヴェントのヤツは本気なんだ。アイツは本気で学園都市を潰す気なんだよ。……俺には分かる」


ヴェントの叫びを聞いたからか。

それとも妹の声を聞いたからか。

今の当麻は自分でも思うように本当に情けなくなってしまう。


『無理です。打ち止めさんもそうですが、当麻さんも、それ以外の皆を置いて逃げる事などできません』


電話の向こうでふんと鼻を鳴らし、


『全く、誰も彼も……当麻さん! 同情するのは良いですが、何をもう弱気になっているんです! 愚兄から駄兄になり下がったんですか?』


「学園都市に喧嘩を売るような奴なんだぞ。死ぬかもしれないんだぞ」


『当麻さん、この現状が、どん底だと思っているんでしょう?』


詩歌は電話越しからでも不敵に微笑んでいるのが見えるほど、歌うような調子で、優しく、そして厳しく諭す。


『でも、私達はいつもこんな不幸乗り越えてきたんですよ』


両目を見開く当麻に、詩歌は苦笑交じりで、


『同情するのは構いません。ですが、一体いつから当麻さんは復讐を容認するようになったんですか? 言っときますけど、私は、私を理由に復讐するなんてゴメンです。きっと弟さんもそう思っているはずです』


当麻は携帯電話を掴んだ手に力を込める。

雨の冷たさを跳ね返すように血が高ぶり、もう一度上条当麻は自分に課した誓いを思い出す。


「詩歌。悪い。今のうちに謝っておく」


『兄妹に遠慮は無用です』


「すっげぇ心配かけるかもしれない」


『そんなのいつもの事でしょう? ま、私も当麻さんの事言えませんが』


「大怪我して病院送りになるかもしれない」


『それもいつもの事です。何なら今の内に兄妹で予約しときましょうか?』


「ひょっとするとボロ負けするかもなぁ」


『割といつもの事ですねぇ。でも、一度負けても最後に勝てばいいんです。実は私もこれからリベンジです』


“いつも通り”打てば響く返しにこのままアイツらの思い通りにさせてたまるか、と勇気がわいた。

上条当麻はどんな時でも諦めず、あらゆる可能性を模索し続ける賢妹の姿を誰よりも見てきた。

そして、また逆に上条詩歌も、何度敗北しても、立ち上がってきた愚兄の背中を誰よりも見てきた。

実は先程の叱咤は詩歌自身の鼓舞でもある。

愚兄が賢妹を見るなら、賢妹もまた愚兄を見ていた。

例え、今隣にいなくても、その背中に互いを感じる事ができる。


『正直いつもよりちょっと不幸かもしれませんが、そこはいつもよりちょっと頑張れば良いんです。だから、今は悩む所でも、迷う所でもなく、進む所です。例え負け試合だとしても、次に繋げるために愚直に前へ出るんです』


(ったく、“ちょっと”か。とんでもねぇ妹を持っちまった。だが―――その通りだ)


過去を悔んでも仕方ない。

未来を恐れても仕方ない。

だが、現在が正念場だ。


『ああ、当麻さん、もし勇気が足りないというなら、勇者になってみては? そう、あのギリシャ神話の『ペルセウス』のように――――』





???



破り捨てられた空色の布切れ――打ち止めのキャミソール、の横に置かれた無線機から大きな大きな声が飛び出した。


『チェックメイトだよーん、一方通行。ぎゃははははっ!!』


そして、この男との言葉の応酬で気付いてしまった。

予想以上に、事態は最悪だったと分かってしまった。

何故、木原数多個人の研究とは無関係なのに<猟犬部隊>は打ち止めを攫おうとしたのか。

どうして、迷い込んだ修道女に躊躇なく殺そうとして、ガキを『無傷で確保』しようとしたのか。

いくら挑発しようが、あの『脳と心臓が無事のまま死なせない事までできる生き地獄のプロ』の木原数多は、ガキに指一つ触れられなかった。


という事は、だ。


木原数多は誰かに依頼されて、打ち止めを捕まえようとし、

その誰かは木原数多でさえも従順に従えるどころか、『壊れ物厳禁』の貴重品を運ばせるようなパシリにでき、

また、<猟犬部隊>という一流の装備を持つ非正規工作員部隊のクズを幾らでも用意できる。

もしかすると、この状況とあの『実験』には何らかのかかわりがあるかもしれない。

つまり、<猟犬部隊>、木原数多の裏にいる真の黒幕は、



―――学園都市。そして、それを束ねる統括理事長。



「ふざっけンじゃねェぞ!! ナメやがってェえええええええええええええええッ!!」



絶叫し、首筋のチョーカー型電極のスイッチを指で弾く。

復帰した莫大な演算能力で思考する。

打ち止めが犠牲になるのも。

アイツが巻き込まれるのも。

全部が全部!

その元凶を叩き潰す。

窓のないビル――学園都市統括理事長の住処を。



「がっ、ァァあああああああああああああああああああああああああッ!!」



この憎悪を糧に、振るう。

地球の自転――この惑星の回転エネルギーを5分ほどベクトル操作でもぎ取り、纏わせた腕が悪魔の一撃へと変貌する。

『標的』との最短距離間にある邪魔なビル群は紙屑のように倒壊。

周りへの配慮、

一般人の危険、

そんな事を考える余裕は一瞬で蒸発した。

ただただこの学園都市が、光の世界の住人を、この街を照らし続けた、この街でしか生きられないアイツらの過去を台無しにし、未来を奪おうとする。

ただ己の為に、闇の世界へ引き摺りこもうとするシステムが、許せない!

窓のないビル――その核兵器の衝撃波を受けてもびくともしない世界最高のシェルターへ、



恐るべき速度で直撃する。



炸裂する莫大な音の渦。

2km間も離れた距離、間にあった無人の銀行や役所の建造物。

それを全て、全く障害にならない。

学園都市最強のLevel5の全身全力の、地球そのものの自転ベクトルの一撃は事なく最短距離を一方通行で突き進む。

奇跡的に人的被害こそなかった。

だが、



窓のないビルにもまた被害は皆無だった。



「くっ、ァァああああああああああああああああッ!!」



己の全てを出し尽くしても届かぬ牙城。

己の力のなさに、なおより激情は高まる。

やり場のない感情(ベクトル)を地面に叩きつけ、この不甲斐ない『最強』に、憤激する。


(殺そう)


そして、すぐに憤激は、殺意へと変わった。


(木原数多を殺そう。絶対に殺そう。100回殺しても飽き足らねェあのクソ野郎を、この1回に凝縮してぶち殺そう。そォしないと何もかもが話にならねェ)


多くのモノを奪ってきたのに、大切なモノを奪われる、というあまり面した事のない行為は『最強』の最後の『枷』を解き放つ。

力無き惨めな自身も殺し尽くす憤激のままに、進む。

為そうとして為せず、欲して得られない、憤激のままに孤独な少年は深い深い闇へと潜っていく。





病院車



「はぁ、はぁ、はぁ―――」


久しぶりの―――の感覚に、表情に出す事こそはしなかったが、ぐらり、と身体をよろめかせてしまう。

それでも何とか文章を打ち込んだメールを送り………そのまま地面へ。


「―――さて、ゆっくりとお休みしている訳には行きません」


しかし、生憎、寝ている時間は無い。

<一方通行>、<猟犬部隊>、<神の右席>、<聖騎士王>―――そして、何より打ち止めの捜索。

詩歌は立ち上がると、腕と足をゆっくりと曲げ、伸ばし、ついで肩や腰、背中の筋肉なども入念に身体のコンディションをチェックする。

どんなに鍛えていようと自分は所詮女子中学生。

もう1発だって不意打ちを食らう訳にはいかないためにも、体の点検を怠るわけにはいかない。


「……しいかの馬鹿」


インデックスは、ぷすう、と頬を膨らませる。

これは放ってかれた事やまた無茶をしている事に怒っているというよりも、どうしようもない『悪癖』に呆れ果てた調子で、


「どーして、しいかは頭が良いのに、こう言う所だけとうまと同じなの?」


「それは、兄妹ですから」


迷いもせず返ってきた簡単明瞭な答えに、インデックスは、思わず淡く微笑を浮かべてしまう。

この兄妹との付き合いは時間にすればさほど長くないのだが、それでも『らしいなぁ』と思わされる。

それだけ濃くて、密度の高い時間を過ごしたのだと、今更になって修道女は実感する。


「詩歌お姉様、申し訳――――」


だが、事態は“想定外以上”に進行していた。



『(―――上位個体20001号より信号を確認)』

『(―――危険度5と推定、ミサカ10032号は拒ぜ)』

『(―――拒絶を認めず。R、V、Y経路で信号を受諾)』

『(―――ミサっ、思考き能に重ううう大ナ負荷)』

『(―――拒絶を認めず)』


 

 


―――<虚数学区・五行機関>が部分的な展開を開始。

―――該当座標は学園都市、第7学区のほぼ中央地点。


そう、『プラン』。


―――理想モデル<風斬氷華>をベースに、追加モジュールを上書き、

―――理論モデル、内外ともに変貌を確認。


学園都市における『魔術(オカルト)』への最終防衛ライン。


―――<妹達>を統御する上位個体<最終信号>は追加命令文(コード)を認証。

―――<ミサカネットワーク>を強制操作する事により、学園都市の全AIM拡散力場の方向性を人為的に誘導する事に成功。


これが発動すれば、領域内で発動した魔術は暴走・自爆する。


―――第1段階は終了。

―――物理ルールの変更を確認。


<虚数学区・五行機関>――<風斬氷華>の存在を、彼らは気付いていなかった。


―――これより、学園都市に<ヒューズ=カザキリ>が出現します。

―――関係各位は不意の衝撃に備えてください。


これから『科学』の逆襲が始まる。





道中



ドッ!! と凄まじい閃光が数秒世界を支配した。


遠方からの落雷の如き轟音と衝撃波は都市全体を波打つように震撼させる。


「あの野郎……アレイスターッ!! ―――がはっ…」


<神の右席>『前方のヴェント』は、この『気配』に体を蝕まれ、血反吐を吐く。

原因は不明、魔術的な痕跡どころか、『敵意』すらも感じられないのに。

体のどこが、というレベルではなく、皮膚の上から内臓の奥まで、血管1本残さず全て絞られているような圧迫感。

まるで、巨大な化物が、すぐそばでそのギラついた欠伸で大きく口を開けているかのよう。

相手はその意思すらないのに、ただその存在だけで貧弱な人間は冷汗を流して震えるしかない。

しかも、その『気配』がどこから来るのかも分からないほど、桁が違う。

まるでこの街全体を覆い尽すような―――そう、世界すらも震わせる。

この学園都市が、化物の腹の中に呑み込まれてしまっている。

360度ではなく、街全体がこの化物そのもので、強烈過ぎるのに、輪郭さえ掴む事は敵わない。



さらに、この正体不明の『気配』は未だに拡大しつつある。



これが到達点なのではなく、まだ序の口なのだ。

この『魔術』を排他しようとする不自然な『界』の圧力は増していき、今はまだこの街に収まっているが、いずれはこの星の全てを巻き込むかもしれない。

これが、魔術サイドと肩を並べる一大勢力――学園都市の隠し玉(ジョーカー)。

都市機能の9割近くを麻痺させたはずなのに、一気に形勢逆転されつつある。



「なっ……」



そして、ヴェントは、見た。

この『気配』の正体を。



「そうか。これが<虚数学区・五行機関>の全貌ってコトか! ナメやがって。そうまでして私達を貶めたいのかぁあああああああああああああああああああッ!!」



視線の先。

街の一角で、莫大な閃光が溢れていた。

轟!! と、光の中心点から、無数の翼のようなものが吹き荒れる。

まるで刃のように鋭い、数十もの羽。

一本一本は10mから100mにも及び、天へ逆らうように高く高く広げられていく。

周囲にはビルがあるが、そんなものを気にしている様子はなく、濡れた紙を引き裂くように、次々とビルが倒壊していく。

人間の作り上げた貧弱な構造物を食い破りながら、翼は悠々と羽ばたく。

世界の主は人間ではないと、言外に語っているかの如く。

まるで、巨大な水晶でできた孔雀の羽のようだった。



そう、これはまさに―――<天使>。



「殺してやる」



どのような意図があるかは知らないが、あれは十字教への挑戦であり、最低最悪の侮辱だ。

十字架を掲げる全ての人々を嘲笑う醜く穢れた冒涜の塊。

<神の右席>として、消滅すべき対象だ。



「殺してやる」



『科学』が嫌い。

『科学』が憎い。



「そっちが『天界』を作るっつうなら、こっちは『地獄』を見せてやる!!」



ヴェントは、虚空から取り出したローマ正教最暗部に秘蔵されていた『騎士王』のもう1つの『剣』であり、唯一御する事のできる最後の『枷』でもある<選定の剣>を地面へ突き刺し、



「この街も! あの<天使>も! アレイスターも! そして、アイツら兄妹も! みんなみんな大罪だ!! 殺すッ!! 絶対に――――殺すッ!!」



有刺鉄線を巻いた鉄槌を、先の折れた『剣』に、そして、学園都市に下した。

ガァン!! という轟音と共に、<聖騎士王>の『枷』が砕け散る。





病院車



「ぁぁ……」


生命装置を巻かれた体を起こし、ベットから降りる。

医者達は先程の出来事に気を取られていて気付いていない。

ふらふら、と病院車を抜け出し、おぼつかない足取りで誰かを捜すように辺りを見回す。


「……ぉん」


無表情のままナニカを求めて彷徨う。

しかし、その体内を駆け廻る『血』は、脈動する『血』だけは、熱さを忘れるほど興奮状態にあった。

死へと寸暇で届く程の滅殺に面した衝撃が、心中の『枷』を砕け去り、

そして、『失敗』と、すぐ側にいる『敵』の存在に、焦がれた感情が完全に解き放たれる。

秘められた莫大な熱量が止め処となく溢れ出て来るのではなく、瞬時に身の内を焼き尽くし、『炎』で染め上げる。


「うううう」


燃やしてしまう。

何もかもを燃やしてしまう。

暴れる本能を抑えようとするが、一挙に解放された感情の大きさ熱さを許容できず、異常なまでの昂りとして燃え上がる。

もどかしさで全身が張り裂けそうになり、嘔吐に近い激怒と落涙に似た慙愧が、言葉にならない唸りとなって食い縛った歯の隙間から漏れ出る。


「ううううう」


立ち上る焔の匂いが胸郭を満たし、

もう抱き込んでも抑えきれぬざわつきに駆り立てられて全身は震え、

激痛も流血も全ての燃料として注ぎ込まれ―――そして、


「っ! ―――」


その時、1人の少年がその『脅威』に気づき―――叫んだ。



「今すぐここから逃げろおおおおおおおおおおぉぉっ!!!!!」



最後に残った理性が起こす荒れ狂う熱風に、駐車場に停めてあった『病院車』は危険領域より脱し―――猛烈な爆炎が巻き上がる煉獄を喚起する。

あらゆる文明を焼却する『鬼』に相応しいステージを。



つづく

-15-
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