小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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学園テロ編 モンスターパニック



駐車場



かの東洋の<聖人>さえも圧倒した自然に生きる伝説上の生物――<獣王>。

その中で昔、角が生えていて、アカい毛並みを持つ『鬼』と畏怖されたものがいた。

文明とは切り離された、山の奥、森の深くに棲む獣は、その自然を人の手から守るために縄張りに入ってきた人間を警戒し、その討伐に差し向けた兵隊やその『神秘』を欲した智者を容赦なく屠り、戦火が森へ侵略するようなら戦場に出て皆殺しにした。

そして、ある日、『鬼』は、戦場という『塚(墓場)』の中で1人の孤児と出会った。


 

 


雨が大地に触れる前に蒸発する火烈な戦場。

その中で、『鬼』と対峙する少女はやれやれと溜息をつく。


「全く、こんな余裕はないというのにつくづく手を焼かせてくれますね」


血が騒ぐ。

誰よりも彼女こそが異端である事を。

超自然であり不自然。

相反する特性を持った宿敵(えもの)が今、目の前にいる。





???



家具の1つ1つで家が買えるこの街の権力者が収集した箱庭のコテージ。

裕福な家に生まれ、何不自由ない暮らしを送り、高い教養を身に付け、大胆な賭け事(ビジネス)にも勝利し―――30代後半という異例の若さで12人しかいない『学園都市統括理事会』の席を得た。

このままいけば、いずれは統括理事長として学園都市の全てを掌握するだろう。

今までに一度も失敗した事のなく、これからも成功以外の道は歩まぬ、まさに順風満帆な人生を進む―――と、信じている成金野郎、トマス=プラチナバーグの人生初の失敗は何の前触れもなく『悪魔』が運んできた。

日頃から命を狙われる危険性を考慮して、衣服の下に防弾ジャケットを装着していたようだが、どてっ腹にショットガンをぶちこまれれば肋骨の全ては粉々になり、意識は完全に飛んでしまっている。


「くっだらねェ」


だが、“その程度”で理不尽な不幸だと嘆くのは、甘っちょろい、と彼は一心にキーボードを操作し、目的のデータを探す。

この家の主は、世間知らずのボンボンではあるが、仮にも『統括理事会』の1人。

<風紀委員>や<警備員>では閲覧不可のレベルの情報や学園都市の政策に関わる資料がいくつも出てくる。

分野に偏りはあるが、それは『統括理事会』ごとの専攻があるのであろう。


「……コイツか」


ようやく<猟犬部隊>の情報を見つけ―――息を止める。



『作戦司令書 コード 『ANGEL』

現在、正体不明の脅威が学園都市を強襲。

その対抗手段として、<妹達>を統御する<最終信号>を速やかに回収し、迅速に<学習装置(テスタメント)>を用い『ウィルス』の上書きを実行する。

なお、本作戦終了時まで、<最終信号>の停止は一切厳禁である           』



と、記載されている。

脅威の内容やウィルスの詳細などの肝心な情報はないが、どうやらこの文面を読む限り、あのハイエナどもは街を守る英雄(ヒーロー)なようだ。

クソッたれ、と思わず唾を吐きそうになる。

思想は立派だが、その為に自分ではなく誰かの犠牲を求めるなんて調子が良すぎる。

……だが、自己犠牲ができる馬鹿は早死にする。

脳髄から染み出てくる苦さを噛み締め、『ANGEL』についてスクロールしていくと―――ふと、極秘回線からの私的メール欄が視界に入る。

開けてみると、その宛先は―――<MAR>。

突如現れた<猟犬部隊>と同じ“匂い”のする<警備員>。


「なに……」


文面に目を通した時、再び息を止める。

どうやら、ここにいる成金小僧は、『学園都市統括生徒代表』という学生の権限を高める事を目的とし、下手をすると『統括理事会』の首を絞めかねない案の『候補者』の拉致の為に他の『統括理事会』への工作や、その候補者近辺の連絡手段の阻害に協力していた。

そして、その『候補者』として挙げられている名前は、学園都市の能力者の頂点に君臨する7人のLevel5ではなく―――


(ふざけやがって……)


画面から視線を外し、床に転がる男へ厳つい黒光りの得物を向ける。

あの少女は、権力とかそういったしがらみとは無縁だ。

こんなの己の力の無さを棚に上げた大人どもが勝手に祭あげようとしただけで、彼女の方は何も望んじゃいない。

しかし。

この無様にビクビク痙攣している権力者は、成功の道しか歩まなかったのではなく、失敗があったとしても、全て他人のせいにして自分の失敗を擦り付けてきたのだ。

『統括理事会』であるものの、『もし席に空きを作らねばならない状況になったら』、真っ先に外れる対象は最年少の一番の新参者である自分だ。

こんなつまらない所で失敗するわけにはいかない。

挫折も知らず、不幸に怯えず、痛みを覚えることなく今まで生きてきたからこそ、例え無垢な人間であっても、己に害を成そうとする可能性があるなら、平気で犠牲にできる。

自分以外の人間は全て劣等で、自分に利益をもたらさない生き物は等しく無価値。

だから、こんな甘言に乗ってしまったのだろう。

銃口を向け―――るも、その武骨な感触を確かめた瞬間、思い止まる。


(殺すか―――いや、コレには……)


引き金を引くのを止めた。

トマス=プラチナバーグ以外にもそう言った人間はいる。

きっと殺しても意味はないだろうし、壊してしまえば愚かな操り人形から伸びる糸が切れてしまい、その裏にいる元凶には辿り着けなくなる。

むしろここで始末した方が後々に厄介な事になりかねない。

理性がそう警告し、そして、今、己が為すべき事を諭す。

打ち止めの救出を。


(コイツが起きるのを待っていられる余裕もねェ。今は木原を殺してあのガキをもぎ取らなきゃ行けねェンだからな。“運が良かった”事にして見逃してやる。だが、次にアイツに妙な真似をしやがったら殺す)


<猟犬部隊>の待機ポイントを入手し、邸内にある何種類かの弾丸の中から2種類の形式を鷲掴みにすると『悪魔』は外へ出た。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『街の平和を守る正義の味方っつうあなたのビジュアルにピッタリなお仕事、だと―――ふざけんなッ!!』



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『ああん。今、仕事中なんだけど―――緊急招集!? 他の面子に後任せて今すぐ私だけ帰って来いって』



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『はぁ、外がイヤな感じだから引き籠っていたんだけどぉー―――このままだとマズイかもしれないわねぇ……』



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『オイオイ今の学園都市はどうなってんだ? すげぇな、こりゃ―――本気で根性ださねーとヤバいかもな』



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



御坂美琴は雨の中をコンビニで売られていた安物のビニール傘を差して走っていた。

寮の門限時間はとっくに過ぎている。

門限延長の手続きには書類の提出が必要であり、学生寮の寮監は電話での応対は認めていない。

同室の白井黒子がいれば、誤魔化せるかもしれないが、先程、『<風紀委員>の仕事が忙し過ぎて寮には戻る事ができない』との連絡があった。

そして、同じ寮の先輩であり幼馴染からは『今日は早く帰りなさい』とのメールが届いており、でもこちらからの連絡は繋がらない。

また何かあったのだろうか?

分からない……

でもとにかく、今はそれどころではないし、あの愚兄を探している余裕はない。


「どうなってんのよ、あれ」


突然、建物を崩しながら現れた巨大な翼。

超能力という枠を大幅に超えたそれは、『科学』の法則が通用しない。

放電に“似た”現象を起こしているようだが、あくまで“似ている”であり、放電ではない。

学園都市最高の電撃系能力者として、あれの正体が電気ではないというとこしか分からず、それ以上踏み込む事は出来ない。

携帯電話を使って、黒子や初春に連絡しても、応じる気配はなく。

<風紀委員>の詰め所、<警備員>に電話しても繋がらなず、街の治安維持は完璧に停止している。

そして、あの幼馴染にも……

とんでもない所に1人で置き去りにされてしまった気分。

そして、現実味に欠けるのはその怪物だけではない。


「……地面が揺れてる? もしかして、ナニカがいるの?」


途絶えることなく、地面が震え、胎動している。

妙な息苦しさを覚え、あの翼とは違った薄気味悪い感覚が足元にへばりついているよう。

どうなってんのよ、と愚痴るも応える者はおらず、けれど、美琴は進む。

『あの兄妹』がきっと来るであろうあの光の許へ―――と。



「あれ、雨が降ってんのに唇が乾燥してる?」





駐車場



「………なるほど。今、――にいるんですか。では、今すぐ彼女の元へ向かってください。きっとそこに――も来るでしょう。打ち止めさんの捜索はこちらでやります。ん、何やら騒がしい? ―――ふふふ、私はまだまだやらなくちゃいけない事がありますから死にません。だから、当麻さんも約束の為にも生きてください」


詩歌が連絡を取っている隣で、インデックスは空を見上げる。

肝心な本体こそビルに隠れて目視できないが、何十枚もの巨大な羽が、ゆっくりと人間の徒歩とほぼ同じ速度で移動しているのが分かる。

あれは<天使>だ。

何故、この『科学』の街に出現したのだろうかは分からない。

頭の中に納められた10万3000冊に、あのような<天使>の情報は存在しない。

つまり、『魔術』では推し量れない存在だ。

あの最大100mクラスの翼が振るわれただけでも大惨事なのに、もし『魔術』の<天使>と、指先1つで地球上の生物を滅ぼし、あの宇宙の星々にさえ影響を及ぼす存在と同等の力があるのならば、世界すらも危うい。

このような非常事態にこそ<必要悪の教会>があり、<禁書目録(じぶん)>がいるのだが、まるっきり対応できない。

それでも、<禁書目録>ではなく、インデックスという1人の少女として分かる事がある。


「……、ひょうか?」


ただ空気を震わせるだけなのに懐かしさを覚える声。

その羽は、神々しく、背筋を凍らせるような重圧を放っているのに、今にも空気に溶けて消えてしまいそうなくらいに輪郭は不安定。

そして、不思議と感じる引っ込み思案で、何に対してもオドオドしているような雰囲気。

彼女の完全記憶能力に納められた光景と一致する。

9月1日。

友達と別れた時の光景と。


「しいか!!」


ちょうど通話を切った詩歌の腕にインデックスは縋りつく。


「駄目だよ、しいか! ひょうかを殺さないでッ!!」


余程切羽詰まっているのか、『今、すぐ側で迫りつつある危険』など気にも留めず、怯えた瞳で詩歌の顔を見上げる。


「インデ―――」


「お願い、今すぐとうまを引き止めて。どういう理屈かは分からないけど、でもあそこにいる<天使>はきっとひょうかなんだよ。あれは絶対に止めなくちゃいけない現象だけど、でもとうまだけは関わらせちゃ駄目!」


上条当麻の右手は、善悪意思関係無しに、触れてしまえば幻想を殺してしまう。

風斬氷華の身体は、街中のAIM拡散力場が集合している幻想で構成されてる。

だから、きっと触ってしまえば、<幻想殺し>は風斬(ともだち)を死なせてしまう。


「インデックスさん、私の話を―――」


「ひょうかは私が何とかするから。だから、とうまをひょうかに近づけないで! とうまの右手を使ったらひょうかが死んじゃうよ!!」


インデックスにとって風斬氷華はこの街で初めて自分で作った友達だ。

<禁書目録>としての立場もあるが、友達を敵に回したくはない。

だから―――


「しいかお願い―――」


「―――あれが風斬さんだという事はわかってます!!」


ゴォッ!! と飛び火のように雨霰と飛来する礫の流れ弾をインデックスの身体を抱えて避ける。


「だから、落ち着いて私の話を聞いてください」


インデックスは風斬に気を取られてしまっているが、今、2人がいるのは紛れもない戦場である。

だが、詩歌は戦場で踊りながら、動揺なく。

その頭は波紋のない水面のように思慮深く、その声は荒事の騒音に掻き消されないほど澄んでいる。


「もう一度言います。あの正体が、風斬氷華さんである事を私は気付いていますし、普通の状態ではない事も分かってます。もちろん当麻さんにも教えてあります」


「うん。だから―――」


「そして、問題は風斬氷華さんだけじゃない事も」


泣き言を言うインデックスの襟首を掴み、強引に戦場から脱しながら、詩歌は言う。


「だから、インデックスさんは打ち止めさんの所へ行ってください。先程打ち止めさんの位置の情報を得ようと<ミサカネットワーク>を探った所、風斬氷華さんと関係がある事が分かりました」


「えっ」


驚きに両目を見開くインデックスに構わず言う。


「時間が無かったのでその全貌までは届きませんでしたが、打ち止めさんと風斬氷華さんには繋がりがあります。そして、AIM拡散力場だけじゃなく、“『魔術』の理論もこの現象に組み込まれてます”」


激しく熱風が吹くが、インデックスの耳には詩歌の言葉しか聞こえない。

詩歌はインデックスの目を覚まさせるように、強く、


「今は、1分1秒でも時間が惜しい。だから、死なせる死なせないだのくだらない議論している暇なんてありません。第一、当麻さんが戦うのは、殺すためではなく、守るためにです。助ける事だけを考えなさい。今、当麻さんが足止めをしている間に、インデックスさんは核となる打ち止めさんの許へ赴き、この現象を解明するんです」


そして、安全区域まで下がるとインデックスの襟首から手を離し、


「やらなければならない事が山ほどあります。だから、インデックスさん。風斬さんを助けるために、ここは私に任せて、打ち止めさんの所へ先に行ってください」


私はこれを片付けてから向かいます、と詩歌の言葉にインデックスはこくんと頷く。

それに、よし、と詩歌は微笑む。


「しいか、先に行ってるからちゃんと追って来てよ。絶対だよ!」


「うーん、約束はできませんが、全力を尽くします」


「む。またさっきみたい騙そうとしてるの」


「残念。私は待っていると約束したわけじゃありません♪」


「もう! しいかは屁理屈ばっかり言って! こうなったら、後で絶対にお説教してやるんだよ!」


そうして、ようやく場の状況が理解できるほど平常に戻り、後ろを心配そうに何度も振り返るインデックスに手を振って見送ると、この戦場の中心で佇む“親友”へ流し目を送り、


「全く、こんな余裕はないというのにつくづく手を焼かせてくれますね」





道中



「ったく、次から次へといい加減にしやがれよ、神様(テメェ)」


今にも崩れそうなファミレス店内の下敷きになるのを防ぐため、上条当麻は意識を失っている客や従業員を全員、外へと引っ張りだした。

幸いにして、大した怪我を負ったものはいなかったので、手当てする必要もなく、救急車を呼んだ後、あるものを拝借し、急いで街へと繰り出す。


『打ち止めさんの捜索はこちらでやります』


今、黒づくめの男達に攫われた少女、そして、妹の元へ駆けつけてやれない事が、胸にささる。

事態は刻一刻と最悪になっていき、臨機応変に最善ではなく、次善の策を取らざるを得ないのだ。


「でも、やらなきゃいけねぇんだ! 風斬を、打ち止めを、そして、詩歌を助けるためには!」


それでも、今、学園都市中で眠っているであろう人々を助けるには、そして、あの妹を狙う怪物を止めるには、術者であるヴェントを倒さなければならない。

それに、きっと、あれほど『科学』を憎むヴェントなら、あの光の下にいる『科学』の<天使>――風斬氷華を殺そうとするはずだ。

だから、唯一<天罰>に耐性のある当麻が真っ先に駆け付け、食い止めなければならない。

そして、愚兄として、あの暴走している姉を止めたい。

そう、道を違えた『自分自身』の目を覚まさせなければ……


(詩歌……頼むから死ぬんじゃねぇぞ)


と、その時、



「なっ、貴様は―――」



黒づくめの一団。

この<幻想殺し>と相性の悪い、魔術も能力の関わりのないただの銃弾を武器とした武装工作員――<猟犬部隊>と鉢合わせしてしまった





駐車場



火も獣と同じ。

こちらが臆せば臆しただけ燃え上がる。

そして、火はどんな獣も本能的に畏怖するもの。

つまり、形あるモノを喰らう火こそが弱肉強食の頂点に立つ獣なのではないだろうか。

そう、学園都市最高の<鬼火(ひ)>であり、野生に魅入られる<鬼塚(けもの)>である鬼塚陽菜は、猛獣の頂点に君臨する『鬼』。


「これは……本当に炎と化している」


それと対峙する少女、上条詩歌は険しく目を細める。

あの向こうは、地獄そのもの。

あるいは、溶鉱炉だ――ぐつぐつ煮え滾った、とろけた鉄骨やコンクリートがあぶくを放ちながら充満している。

何をどうすればこうなるのだ。

そんな紅蓮の炎の一番奥、溶岩の底に、『鬼』は立っていた。

後ろ髪を縛っているリボンは切れ、いつもはポニーテイルにしている髪も解けている。

そして、彼女は劫火を纏い……違う、手足の先が劫火と化している。

火炎と同化する――<焔鬼>。

大量破壊兵器のような、学園都市最凶の発火能力者、鬼塚陽菜の暴走。

感じたモノに火をつけ、見たモノを燃やし、触れたモノは全て灼き尽くす。

そう自身でさえも燃焼させる獄炎の悪鬼。


「グルオッ!!」


その両目にはアカい怪気炎があがり、

炎と化した指先を振る、それだけで溶岩は沸騰し、雨雲さえも蒸発させる柱が次々と上がった。

今の鬼塚陽菜は<焔鬼>。

理屈も理由もなく火が『鬼』に従う。

やがて、炎柱は壁となり、逃げ道を封じる。


「……、本気でぶん殴らないといけないようですね」


幸いにして、あの己を堕落させたAIM拡散力場の『乱れ』は消えている。

<風斬氷華>に<聖騎士王>、と後が控えているため、出来る限り節約したいが、親友の暴走を止める為に、上条詩歌は<異能察知>と<調色板>を装着する。


「混成、<暗緑>」


瞬間、彼女の体に暗緑色の輝きが走る。

活性強化……肉体硬化……神経強化……血流増加……

<暗緑>により、詩歌の身体が加速する。

さらに、加速した時の中で<異能察知>を通して、知覚する/計算する/測定する/検証する/照査する/検分する。

『能力開発』において理論上不可能とされていた奇蹟を実現した文明の最先端をいく天才。

常盤台中学きっての、いや、学園都市きっての、力で流れを押し切る『動』と技で流れを利用する『静』の対決。



―――飛び散った焔が、一際大きな音で爆ぜた。



刹那、2人が動いた。

喧嘩ではない、決死の戦いが―――始まった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



派手な音なのに、詩歌の瞳は小揺るぎもせず、<焔鬼>の口が大きく開くのを捉える。


「ガッ―――」


景色を捻じ曲げる超高温の豪火球が飛び出す。

コンクリートが溶ける―――のではない。

熱量が高すぎて、溶けるというより抉るという方に近い。

硝子状につるつるになったクレーターになった床を避け―――消えた。


「―――!」


いつかのLevel5第4位との再現。

磁界の反発を利用し、自身を、音速を超える弾丸と化す。

そのまま迷宮の如く詩歌の行く道を塞いでいた炎の壁を突き抜けた。

肉体を極限まで強化し、音速を超える速度。

如何に、鬼の劫火といえど一瞬で焼かれる事はない。


しかも、


「混成、<浅葱>―――」


さらに詩歌は複数の『色』を混在し、


「―――<退紅(あらぞめ)>」


ばしん、と。

激しい音をたてながらも炎を消していく。

<退紅>。

<水流操作>、<定温保存(サマーサルハンド)>、<風力使い>、<発火能力>で燃焼に必要な3条件、可燃物、酸素、高温を封じる『消火』に特化した色。

たちまち炎の迷宮はかき消え、一直線に詩歌が飛翔。

ばかりか、移動しながら同時並行で数多の『色』を展開していき、


「熱くて喉が乾くでしょう? 水を“いっぱい”差し上げます」


移動中に振りきしる豪雨から集めた水を手元に凝縮し、『コーティング』し、槍に形成して、射出。

詩歌から<焔鬼>の最短距離に真っ直ぐ一条、超音速で飛来―――だが、<焔鬼>は反応した。


「グルォ!!」


目測とほぼ同時に発動する火炎の渦。

水は火を消化し、鎮める。

しかし、時に火は水を蒸発し、駆逐する。

空気が煮えたぎる坩堝と化す。

そして、劫火に阻まれ直前で焼失する―――はずだった。

水の槍は火炎の渦を貫通し、熱風に煽られ勢いこそ殺されたものの<焔鬼>の燃え盛る身体に接触―――そして、『コーティング』を解く。


「―――<退紅>、打ち消し」


常にその温度状態を保つ<定温保存>の保護を失い、豪雨を凝縮した水の塊は、<焔鬼>を覆う煉獄の熱気、しかも“降りきしる雨が一滴さえも辿り着けない”最も高温な体表面で急速に加熱。

蒸発して膨らむ速度が音速を超え激しい爆発を起こす。

強い力は逆に己の身を滅ぼし、そして、力が足りなくても地の利、天の利、相手の力を利用する

<退紅>と<浅葱>の併用により、<焔鬼>に駆逐される事なく投じられた水。

起こった爆発のエネルギーたるや大型ミサイルにも匹敵する。

超音速の爆風と超高温の水蒸気による<焔鬼>から半径10m空間の蹂躙。

火や熱に耐性がある<焔鬼>でも暴風に殴打され、爆発の燃焼に急激に酸素は喰われ、火衣の勢いが弱まる。

なのに、そのすぐ先で対峙する上条詩歌の前髪すら揺らさない―――そう、これで終わりではない。


「混成、<麹塵>―――」


自然現象を利用する異能の合気と言うべきか。

相手の力を使って生じた莫大な圧力を少しも無駄に漏らさず、最小限の力で向きを誘導し、<焔鬼>を中心に螺旋しながら上昇する強烈な旋風――竜巻が巻き上がる。

それに捕まってしまい身動きがとれぬまま複雑に錐揉み回転しながら『鬼』は空へと持ち上げられる。

そして、気付く。

天上を星のように広がる氷結された雨の礫。

宿敵は逃走しながらこちらの注意を惹きつけ、分析しながらもずっとこの氷の塊を、<焔鬼>の視界外に結晶させ続けた。

その目に捉えただけで焼失できるなら、観測されない視角に『色』を塗れば良い。

頭上に展開されていた雨を凍らせ、霰となったそれを渦巻く気流は取り込み、無数の氷の結晶は荒れ狂う竜巻の中で火衣の弱まった<焔鬼>を滅多撃ち、そして、互いに激突。

摩擦し、砕け散ることで、自然に静電気が蓄積されていき―――


「―――これでお終いです」


―――<超電磁砲>を模した『色』に、自然の力を上乗せすることで、Level5(オリジナル)に匹敵する『濃さ(出力)』を再現され、激しい稲光と炸裂音と共に、細かな雷光が『鬼』を追討する。

風に打たれ、氷に撃たれ、雷に討たれる超自然の大嵐。

<焔鬼>の炎が徐々に消えていく風前の灯火。

状況や相手の力を利用するだけでなく、『色』が生み出す現象を次に繋げるよう連鎖させることで、より大きな効果を生む。

繊細な筆使いのような制御と、多彩な色彩のような能力が織り成す技巧の極致。

<調色板>は、時間制限があるものの上条詩歌を<多重能力者(デュアルスキル)>にし、例外的なほど様々な現象を起こさせる。



だが、天才の真価はそこではない。



対象を見極め、対策を講じ、対抗を整え、相手と対戦する、その極度の集中力と決断力だ。

戦いながら、詩歌の集中力は髪一筋揺らいでいない。

焦熱地獄の中にいるのに呼吸も視線も何一つ揺らいでいない。

<調色板>は無限の色をもたらす。

が、それは無限の選択肢を与えてしまうという事。

利便性が多ければ多いほど人は選択に迷う。

過去に<多重能力>に近しい<多才能力>を持て余した木山春生の敗因の1つだ。

だが、詩歌は迷わない。

究極の集中力に絶対の決断力。

その事がたてつづけの能力行使を許しているのだ。

森羅万象の色で描かれた変幻自在の戦術。

上条詩歌は、まさしく短期間であるならばLevel5ですらも圧倒する天災だった。



―――だがしかし、まだ『鬼』の目は死んでいない。



轟、と。

超自然の暴威の竜巻が、内側から爆散。

ただの力によって。


「―――ガアアアアァァッ!!!」


これぞ単純明快な力によって、『絵画』の枠組みさえも吹き飛ばす剛腕の真髄。

暴力をそれ以上の暴力で捩じ伏せる。

『攻撃は最大の防御』をまさに体現している。

そう、今の鬼塚陽菜も暴走している事によって天災級の化物と化している。


「グオオオオオオオッ!!」


吼える。

ぶつぶつと、肌が泡立ち

ぐつぐつと、血が沸騰する。


「混成、<浅葱>、<退紅>」


脅威を察知し、即座に連射される不蒸の水槍。

音速を超えて飛来するも、<焔鬼>に当たらない。

異常な興奮と衝動の中で、『鬼』の<鷹の目>は刹那のさらに10分の1、六徳の世界を捉える。


ドン!! と足元を爆発。


それが<焔鬼>の体を後押しし、ありえない加速をさせ、電磁波を利用し音速を超える超音速移動する詩歌との間合いを縮める。


「混成、<退紅>、千入」


襲い掛かる槍を掠らせることなく突進してくる<焔鬼>に、詩歌は消火力場を強化し防御の姿勢を取る。

だが、


―――ごおっ!


熱い風が、詩歌の肩を打つ。

焔が消えようと爆破を炸裂させて破壊力の増した拳は十二分に人を殺せる。

まともに当たらずとも、詩歌の華奢な身体は浮き、数mも飛ばされる。


「グル……アアアアアァ!!」


飛ばされながらも、詩歌は陽菜を見据えていた。

全身が煌々と真紅の炎に包まれており、おそらく長くはもつまいと、詩歌は思う。

これは暴走。

陽菜自身さえも焼き尽くそうとしているのだ。

しかも、彼女はそれ以前の戦闘で瀕死の状態であった。

今の彼女は消える寸前、一際輝く蝋燭の灯火。


「……ぉん……まも…」


再度、爆破加速し、追い討ちをかける。

その右と左の連打で素早く空中で体勢を立て直した詩歌をごり押し――――


「ふふっ」


捌く、かわす、受ける、避ける、弾く……

馬力は向こうが格段に上だが、防御している。

初手だけで『鬼塚陽菜』という土台を修正し、<焔鬼>の攻撃パターンを読み取ったのだ。


「陽菜さんの拳は私でも防ぎきれないほど“重い”です。しかし―――」


能力だけでなく、その流れを見切る天才性を遺憾なく発揮する事で防いでいく。

しかし、どんなに最小限の力に抑え込もうと、その残滓だけで爆弾が弾けたような衝撃が体に伝わる。

<肉体再生>の回復力が無ければ、行動に支障が出るレベルだ。


「―――今の“軽い”拳、いくら来ようが私には通じません」


しかし、それでも、上条詩歌の笑みは崩れない。

見事、<焔鬼>の猛攻を防御し切り、後ろへ距離を取る。


「グルァ―――!!」


高レベルの<風力使い>が放つ鎌鼬でさえ霧散させる爆音の咆哮。

それを、バックステップを踏んだ直後の詩歌へ放つ。


「正気の陽菜さんならもう少し粘っていましたね」


だが……詩歌の姿は消えていた。

<焔鬼>の真上に詩歌は跳んでいた。


「もう終わりにしましょう。こんな喧嘩、どちらも不完全燃焼です」


その時、<焔鬼>の瞳が、人と鬼ともつかない朧な光に霞む。

そして、その怯んだ隙を上条詩歌は見逃さず―――


「―――その幻想をぶち殺すッ!!」


空気を圧縮し固めた塊を足場にし、彗星の如く落下。

制服を焦がしつつ振り抜いた詩歌の右拳が<焔鬼>の脳天に突き刺さった。


「ゴ〜〜〜〜〜ッ!!」


絶叫が、<焔鬼>の口からあふれた。

そして、詩歌は<幻想投影>で<鬼火>を投影する。

が、


「くっ―――!?」


瞬間、暴走する<鬼火>が詩歌の中で暴れ回る。

脳内を焦がしそうな感覚に意識が飛びかける。


「グォ!」


その一瞬の隙を突かれた。

一撃から立ち直った<焔鬼>が詩歌を薙ぎ払う。

反射的に横へ跳んで威力を殺したものの、急所をガードした二の腕に熱いものが走る。

痛みよりも、熱の方がずっと強かった。

そして、さらに、


ドン! と。


大砲でも撃つかのような音を轟かせて、追撃をもらった詩歌の身体が吹っ飛んだ。

物凄い勢いでビルの壁に衝突。

肋骨の1、2本は折れたのかもしれない。


「言った…で、しょう? 今の…陽菜…は“軽い”って…」


それでも詩歌は意識の手綱をしっかりと握りしめていた。

埋め込んだ壁に寄り掛かるように背を預け、<肉体再生>の制御に割り振らず、全集中を<鬼火>に注ぐ。


「いい加減に目を覚ましなさい! この大馬鹿者!」


己の中で暴れる<鬼火>と同調。

暴れ馬の手綱を完全に掌握し、御していく。

全身に纏わりついていた<焔鬼>の火衣が端から糸が解けるように散っていく。


「グオオオオオオォッ!!!」


だが、それと同時に<焔鬼>は断末魔を轟かせ、全ての劫火を一極に集中した右拳で詩歌の頭を砕かんばかりに襲いかか―――





「パンチっつうのは、こういうもんなんだろ」





左の牽制、右の正拳突き。


(ああ……)


奇しくもあの時の、初めて詩歌と陽菜が激突した際の再現。


(そうだった……)


再び詩歌の拳が顔面を捉える。


(これが私の―――)


それと同時に<焔鬼>を包んでいた全ての劫火が―――束の間、鮮やかな花火のように世界を彩り、親友を獄炎の悪鬼の呪縛から解放した。



つづく

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