小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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学園テロ編 天国と地獄



別荘



「ああ……」


涙はとうの昔に枯れ果てて、幽鬼のような無感情の目で、そして、喉から漏れ出た己の声は、がらんどうの洞窟を吹き抜けるように、ただ虚ろだった。

悲しみもなく、怒りもなく、望みもない。

打ち止めを助けるには、『ウィルス』のオリジナルスクリプトデータがどうしても必要だった。

夏休みのように実際に頭の中をベクトル操作しなくても、<学習装置>があるから問題はない。

しかし、いずれにしても打ち込む為の『ワクチン』プログラムはなくては意味を成さず、そして、それを作るにはその『ウィルス』が何であるかの情報が必須。



それを木原数多に握り潰されてしまった。



そして、一方通行の覚悟は無駄骨に終わった。

戦闘が終わったのに能力使用モードを切る気力も湧かなかった。

ピピッ、という小さな電子音。

首元のチョーカー型電極から発せられた、小さな小さな最後通牒。

この機械的な合図は、演算デバイスのバッテリー切れ。


ガクン、と。


全ての力を失った一方通行は糸が切れたように床に倒れ伏した―――その時、



「しいか、助けて!!」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『あー、すみません。インデックスさん。ちょっと道に迷っててそちらにつくのは時間が――『ags見hツケdeタjsd』――っとと』


インデックスは、凄惨な現場にボロボロになって床に倒れている一方通行を発見し、ギョッとしたものの今は余裕はない。

彼女が、1番しなければならないなのは<大天使>を抑える事だ。

やや逡巡したものの、もう戦闘は終わっている事を考え、インデックスは事務机に寝かされている10歳前後の少女、打ち止めの元へ向かう。

携帯電話の写真で眺めた事のある一方通行の捜し人で、上条詩歌が『風斬氷華と繋がりがある』と<大天使>を抑える全てのカギ。

その身体を魔術的な視点で頭の先から爪先まで観察すれば、『この子が全ての『核』である』のが分かる。

基本は<天使>の構築で、形のない<天使の形(テレズマ>)>を人のイメージと言う『袋』に押し込め、風船人形のようにシルエットを作っていく。

これはかつてアレイスター=クロウリーという世界最強の魔術師が所属していた<黄金>の魔術結社で使われたものと同じもので、10万3000冊の魔導書の中にも記載されている。


しかし……そこから先は分からない。


大まかな全体図こそ分かるのだが、それがどんな部品でできているのかまでは判断できない。

皿に盛られた料理から大まかな調理法や匂いからその味までは予想できても、見ただけでは分からないほどその材料に関して知識が無く、自分で材料を用意して料理を再現する事などできないようなもの。

表面上の事しか掴めず、文化性や精神性と言った『奥』まで見通す事は出来ないのだ。

そして、精密な作業を行うのに“何となく”では話にならない。

<禁書目録>ではここまでしか進めない。

だから、インデックスはギリッ、と奥歯を噛み締め己の不甲斐なさを叱咤するが、迷わず助けを求める。

命を預けても良いほど信頼する、『魔術』と『科学』の枠組みの無い賢者に。

上条詩歌は大学レベルの講義で非常に優秀な成績を修めている『5本の指』の学生でもあり、ことAIM拡散力場に関連した『能力開発』においては最先端を行く。

さらに、その天才性は遺憾なく魔術においても発揮され、<禁書目録>の教授も得て、今ではプロの魔術師とも引けを取らないレベルにまで成長している。


『ふふふ、どうやら打ち止めさんは見つけたようですね――『hsガkda』 ―それで――『ascwk』――何が分からないん――ガンッ! ――ですか?』


電話の向こうから呪怨のような声と激しい戦闘音が聞こえるも、インデックスが気にする必要もないと言わんばかりに詩歌はそちらには触れず、電話を切るような真似もしない。

だから、インデックスはその好意を無駄にせぬよう焦燥を封じ込める。


「『脳波を応用した電子的ネットワーク』って何!?」

「『学園都市に蔓延しているAIM拡散力場』って言うのはどういう意味!?」

「『脳幹を基盤とした電気的ネットワークにおける安全装置』っていうのは!?」


次々と質問を投げれば、打つように回答が返り、どうしても突破できなかった『壁』を切り崩し、その先へ導いてくれる。

時間を稼ぐために、上条当麻の勇気を借り、

ここまで来るのに、御坂美琴の助けを借り、

問題を解くために、上条詩歌の知恵を借り、

皆の手を借りて、やっと手の届く所までこれた。

インデックスは、<禁書目録>のプライドを捨て、蚊帳の外にいる事すらも自覚して、只管状況の回復だけを願って行動を続けていく。


「この子の頭の中にある『ウィルス(結び目)』を解けばいい。でも、この考えを具体的な手段にするには……」


魔力を作れないインデックスは魔術を使えない。

そして、打ち止めを助けるのに魔術は必要ない。

だから、『ウィルス』を解く為に、その頭の奥まで響き、心の中まで揺さぶるような『言葉』―――『歌』を使う。

『歌』は単純な言葉よりも伝わりやすく、1時間の説教を受けても泣かない人間も1分間の歌で涙を流させ、何年も眠り続けた孤児の目を覚まさせ、そして、神の怒りさえも鎮める事が出来る。


「歌……リズムや音程を使う、多重的な感情のやり取りができる歌ならできる」


その答えを聞いた詩歌は納得したように、その背中を後押しする。


「なるほど。本来、電気的ネットワークに介入するなら<学習装置>と言った専用機器による数値入力が必要ですが、人の『声』は昏睡状態の患者でも頭に刺激を与え、治療に役立つ事もあります。<調色板>の原型になった<幻想御手>も音楽による簡易的な<学習装置>みたいなものですし。<魔滅の声>と<強制詠唱>といった『声』で人の心を動かせるインデックスさんならではの方法ですね」


まだ完全に理解できていない所もあるし、人の精神に干渉する“攻撃”方法で、治療するのは初めてだ。


「うん……できる」


それでも、インデックスは、力と、知恵と、勇気をもらい、


「祈りは届く。人はそれで救われる。私みたいな修道女は、そうやって教えを広めてきたんだから!」


迷わず前を見て進む。



「私達の祈りで救ってみせる。この子も、ひょうかも、学園都市も!!」





爆心地



「風斬はやらせない」


上条当麻は『前方のヴェント』の前に立ち塞がる。

どういう訳か、口元から赤い血が垂れているも、有刺鉄線を巻いた巨大なハンマーを掲げ、無数のピアスでバランスの崩れた顔には、侮蔑と嘲り、そして、憎悪が煮詰まった表情が浮かんでいる。


「違うだろ、上条当麻」


地の底から這い出て来るような『疫病神(どうるい)』への憎しみ。


「あんな黙示録に登場する『特大の淫婦』よりも醜く穢れた冒涜の象徴なんかに情が湧いたって言うの? そこらの変態でも拒否するモンを受け入れるなんて、とんだ博愛主義者よね」


「撤回しろ。風斬はそんなヤツじゃない」


「はー、普段はああじゃないって? 馬鹿馬鹿しい、私はソイツを見るのは今日が初めてだけど、あの学園都市の長が街の全部を使って無害で役に立たないものを作るとでも思ってんの。莫大な価値や戦力があるんだよ。むしろアンタが今まで見てきたモノの方が不完全のイレギュラーだったんでしょ」


『魔術』と対する『科学』の世界の筆頭が創り出した怪物がこの程度で終わるはずが無い。

だから、世界最大宗派ローマ正教の最終兵器――<神の右席>として、アレは『未完成』で『不完全』のままに殺すべき対象。

そして、


「それとも―――“妹よりも”、ソコの罪に罪を重ねて堕落した怪物の方が大事だって言うの。言っておくけど、ソコの怪物に救援を求めても無駄だし、ここで私を倒してもお人形さんは止まらないわよ。なのに、こんな所にいてもイイのかしら?」


「ッ」


ヴェントの見る愚兄の目。

そこにははっきりと恐れが見えた。

不幸な『疫病神』が最も恐れる、そして、記憶を失った自分に唯一残されていた『オモイ』の発露。

ヴェントには何においても彼は妹が大事であると分かる。

だからこそ、ヴェントは上条当麻にどうしようもなく苛立ちを覚えるのだ。


「言うまでもないわよねぇ! アンタ、ここに来ている時点でもう裏切ってんのも同然なんだから!! まあ、私だったら、そこにいる人間が作った不格好な堕天使野郎を迷わず見捨てていたケド! だって、ソイツ、十字架を掲げている全ての人々を嘲笑う冒涜の塊――消滅すべき対象なんだから!!」


感情だけで人間を打ちのめせる言葉で、風斬氷華を完全に否定し、失ってからでは遅いとまだ分からないこの愚か者に、宣告する。


「予言してアゲル。上条当麻、アンタはいつか上条詩歌を自分の手で殺す!!」


その言葉は上条当麻の心を深く抉り、かつての『失敗』を喚起させる。

それでも、奥歯を噛み締め、


「俺は詩歌を死なせねぇし、誰よりも信じている。そして―――」


恐怖をそれ以上の勇気と信頼で捩じ伏せ、ヴェントを真正面から睨む。


「―――例えこの判断が間違っていたとしても、それでも俺はアンタを止める事を選んだのを後悔しねぇ」


あの時。

電話が繋がった瞬間、ありとあらゆる誘惑が駆け巡った。

逃げよう、と。

失いたくないからこの街を離れようと。

彼女なら、自分が望めばきっと受け入れてくれると。

意思が揺らぎ、喉元までその誘惑がせり上がる。


『ふふふ、私はまだまだやらなくちゃいけない事がありますから死にません。だから、当麻さんも約束の為にも生きてください』


けれど、彼女は最後まで一度も助けてとは言わなかった。

この壁はきっと乗り越えられる。

そう、力を合わせればきっと―――

だから、愚兄もそれを噛み殺して、


『―――ああ。こんな幻想をぶち殺しに行こう』


後悔などしない。

賢妹が愚兄を信じたように。

愚兄も、この選択が正しいと信じる。


『それでこそ、私のお兄ちゃんです』


電話の向こうで妹が頬を誇らしげに紅潮させた姿が浮かんだ。

それは、あまりにも都合の良い幻想なのだろう。

電話口からは激しい戦闘音が聞こえ、詩歌が今日死ぬかもしれない。

その責任が、上条当麻にある。

だからこそ、上条当麻は戦う。


「もう一度言う。風斬は化物なんかじゃない」


状況は圧倒的に不利。

<天罰術式>は効かないものの、間合いを詰めなければ戦えない上条当麻に対し、ヴェントには空気の鈍器がある。

上条当麻がまともに対抗できるのは、<幻想殺し>と、鍛えられた四肢のみ。

それを駆使ししても、勝てる見込みは低いのに、風斬を庇いながら戦わなければならない。

おまけに、今の風斬は何者かに操られていて、無害であるかどうかも定かではない。

もし、あの翼から繰り出される壮絶な火花で、背中を撃たれてしまえばそれでお終いだ。

しかし、退くものか。

やってやる。

自分は、妹と約束したのだ。

もうこれ以上、妹を泣かせる訳にはいかない。

闘志を秘めた拳を握り締める。


「……ただでさえ学園都市の上の連中からこんな目に遭わされて、無理矢理誘導させられた手足を血に染めさせて、助けを求める事も涙を流す事も全部封じられて……。その上、化物扱いされたまま殺させる事なんて絶対にさせねぇ」


土砂降りの雨に打たれて、巨大な<天使>を背にして、自分にとって不利な条件を呑めるだけ呑み続けて、なおも諦めない。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ふざけんじゃねぇっ!!」


荒らぶる感情のままに、鎖は蛇のように蠢く。

血に濡れて赤く染まった舌のチェーンは縦横無尽に宙を描き、さらに螺旋に逆巻き―――


ビュン!! とハンマーが空を切る。


軌跡をなぞるように、奇蹟が起こる。

吹きすさぶ風は裁きの鉄槌。

収束する旋風は極刑の長杭。

だが、初見ではない。

罪人を処する空気の凶器は、ファミレスでの戦闘で何度も体験してきた。

それが功を奏して、ヴェントの視線や呼吸のタイミングで大まかに把握できた。


(やっぱり、この攻撃、詩歌が見せてくれた<風力使い>と良く似てる。液体力学の応用―――ッ!?)


当麻は右手を振り払い、打ち消す―――だが、空気が弾けて撒き散らされた嵐に、ヴェントの姿を見失ってしまった。


「げほっ……」


当麻の耳が思わず漏らした苦悶の声を拾う。

音源を類推し、見上げると3m真上に飛び上がっていたヴェントの姿が。


「やっぱり出力が落ちてやがる……なら―――」


ハンマーではなく、高さを利用した飛び蹴り。

さらに、風の勢いに押されて加速し襲い掛かる。

けれど―――


「焦ってんのか! 動きが乱れてんぞ!」


―――これは好機だ。

距離を離されれば、空気の凶器に一方的に攻撃にされる。


ゴン! と顔面に蹴りを喰らい、いや、人体で最も硬い額で受け止め、鈍い音が響くも―――根性で意識を保つ。


すぐ近くに気配を感じる。

伸ばした掌に、感触。

ヴェントの腰のベルト、それを掴んだ。


「クソ、離しやがれ!」


ベルトの棘が喰い込むも、手首を回して巻きつけ、ヴェントがそのまま鈍器としても扱える有刺鉄線のハンマーを振り下ろすよりも早く―――引き寄せ、左拳を振り抜く。


ドスッ! と左のボディブローがヴェントの右脇腹を抉る。


同時、


ガンッ! と振り下ろされた鈍器の柄が当麻の右肩を打つ。


「ぐッ!!」


右肩から走る電流のような激痛。

距離を殺し、打撃点がずれてハンマーの頭ではなく柄であるが、勢いがある。

それでも離さなかった手首に巻き付けたベルトを―――寒気を覚えて、身を屈めて離す。

折角詰めた距離を遠ざけてまで、退く。

その際、重厚な物体が通り過ぎたように当麻の毛髪が少し持ってかれる。

振り子のように揺れ、血を伝い、赤く輝く十字架。

直接的な打撃だけでなく、魔術のよる凶器の2重攻撃。

外れた空気の鈍器がアスファルトに突き刺さり、その破片が2人の間の空間を分けるように石の嵐となって引き裂く。

右肩を抑える当麻に、ヴェントは内臓を痛め血反吐を口から零す。


「は、はは、気に入らないわねぇ!! その右腕もそうだけど、どうしてそこまで吐き気のするような<天使>を庇うのかしらぁ!?」


「友達だからに決まってんだろ!! 世の中にはテメェの持ってる視点しかねぇとでも思ってんのか!? 何で自分以外の他人を受け入れようとしねぇんだテメェらは!!」


「ふざけるな!! どうして弟を見殺した私が科学なんて受け入れなくちゃいけないのよ!! アンタは私の気持ちが知ってんでしょ!!」


ヴェントは血の味を感じながらも絶叫する。

あの弟の死から、喧嘩の仕方すらも知らなかった彼女は世界の裏側へと潜り込んだ。

『疫病神』になって、血にまみれて戦って、己が穢れていないとは思わない。

己の魂はすでに根元まで腐り果て、悪臭まで放っている。

だが、それでもこの憎しみは消えないのだ。


「なのに、どうして!! 何も分かっていないのよぉ!!」


石の嵐の中を突っ切って、ヴェントはもう一度当麻の懐へと接近。

理性でなく、戦法でなく、ただ剥き出しの敵意のまま。

アスファルトは避けるようにヴェントの身体から逸れていく。

そして、狂乱のままにハンマーの柄に、舌の鎖がグルグル巻かれ、直後、ハンマーの先端に暴風が吹き荒れ、凶悪な暴威の槌と化す。


「……分かってる。分かってねぇのはテメェだろうが!!」


あの時、上条当麻は確かに殺意を抱いた。

妹を撃ったあの男を、助けられなかった己を、そして、世界を。


『…言ったよな…詩歌に手を出したらぶち殺すって…』


殺す。

何もかも、音であろうが、光であろうが、幻想(かみさま)であろうが、この世界の仕組みならすべて殺してやる。

ヴェントと同じだ。

妹を殺したこの男を殺し、妹にこんな目に合わせた魔術の何もかも壊してやる……

と思っていたのに、できなかった。

喰い殺す直前で、止まってしまった。

思い、出したのだ

妹がこの男を救おうとした事を。

誰もが何も不幸を望んでいた訳じゃない。


「テメェがどれだけ弟に泥を塗ってんのが分かってねぇのかっ!!」


失ってからでないと分からないものがあるなら、失ってからでは分からないものもある。

だから、教えてやる。

愚兄は、この混乱を抑えるため、風斬を助けるため、そして、この姉の目を覚まさせる為にここへ来たのだ。

<梅花空木>――妹がくれた最高のお守りを、この最強を誓った右手に巻きつけ、まだ痺れて感覚のない肩を持ち上げ―――暴威の槌を迎撃する。


「ッ!!」


弾けて暴風の余波で身体中の至る所が、切り裂かれるも、瞳は閉じず、

飛びそうになる思考を、歯を食い縛り、どうにか意識を繋ぎ止め、


「この大馬鹿駄姉!!」


豪快に振るった右手が、有刺鉄線のハンマーを大きく弾いた。

しかし、



ゴォン!! と言う轟音が大地を震わせた。





駐車場



<焔鬼>が眠り、残り火が雨に鎮められつつある戦場。

巨大なクレーターがいくつもあり、また何台か病院車が横転しているようだが、それでも患者は無事で、今も暴走から落ち着いた鬼塚陽菜をカエル顔の医者が治療を始めている。


「さて……」


インデックスからの電話を切り、詩歌は視線を走らせる。

『鬼』が去ったものの、ここはまだ掛け値なしの戦場だった。

水溜りのような黒点から無限とも思える数の黒い鎧を纏いし骸達が現れる。

後から後から雲霞の如く湧き出てくるそれらは、完全に砕け散るまで止まる事はない。

手にした鋼鉄より頑丈で鋭利な黒剣と黒槍を手に、こちらを串刺し、斬り刻もうと迫り―――


ドッ!! とそれらの前に音の領域を超えた何かが突き抜けた。


それは蛇のように生物的なラインを描き、一瞬で骸達を消滅させた。

爆風は土壌を巻き上げ、二次災害を引き起こす。

<大天使>から解き放たれた天誅はその地形ごと『敵』を討つ。

しかし、『敵』はこの星の『龍脈』を吸い上げられて産み出される。

この大地の生命力が尽きる事が無ければ、雑兵の群れは絶える事はない。

そして、『敵』がいる限り、<大天使>は攻撃を止めないだろう。

<大天使>が街を破壊し、残骸が街を破滅させる。

天国と地獄の衝突の先にあるのは間違いなく終焉だ。


「当麻さんが無茶して足止めをし、インデックスさんも頑張って働いてくれてる。でも、まだ足りない。だから―――」


そして、とうとう……


「sh罪asjk人dk!!」


闇の中から地獄を呼び、終焉を起こす最悪の人造兵器<聖騎士王>が上条詩歌の前に顕現する。



「―――皆の力を貸してください!」





爆心地



「科学なんてこんなモンだ!! 滅んで当然なのよ!!」


口から血を流し続けながらヴェントは狂笑を上げる。

ガァン!! ゴォン!! と翼から発射された放電に似た攻撃が建物を崩し、

ゴォォ!! と不気味な震動と共に黒い軍勢が周囲の景色を塗り潰していく


「ハハッ、もう終わりよ! これで何もかも終わりよ!! アンタが何をしようと右手一本じゃ止められない! 地獄は街を埋め尽くし、<天使>が街を自滅させる!!」


天国と地獄。

暴れる<天使(とも)>を右手で殺すわけにはいかず、数え切れぬ骸の軍勢を右手1つで相手にする事はできない。

そして、街の中には未だに眠り続ける人間が数多くいる。

この『魔術』と『科学』の最終兵器同士の戦争の中で、巻き込まれれば生き残れる者など奇跡が起きぬ限りありえない。

この黒と白の混じり合う灰色の粉塵の向こうには、グチャグチャに引き裂かれた人肉が散らばっているはず―――だった。


「な……?」


ビュオ!! と嵐に吹かれたように晴れた粉塵の先、その光景は凄惨の一言に尽きる。

だが。

何故か、その奥に気を失ったまま、しかし傷1つ作っていない民間人がいた。

1人じゃない。

100人も1000人も男も女も、子供も大人も、大勢いる。

そして、彼らに傷は、1つもない。


「はは……」


当麻は笑った。

ふわり、と淡い燐光を放ちながらゆっくりと夜空から舞い落ちる光の鱗粉。

それらはうっすらと漂う、仄かな異能の証。

衝撃を阻み、民間人を覆い、闇を拭い、災いから守護する―――風斬氷華の想いの発露。


「ははは」


何者かは知らないが、風斬をあんな風にした人間が、生存者の安否を気にしているとは思えない。

そう、この破壊活動とは別の、この生存者たちを救うこの輝く鱗粉については裏側に潜む黒幕でも、誰かでもなく風斬自身の意思によるものだ。

体の自由も何もかも奪われ、破壊の為の攻撃を撒き散らしながらも、必死に抵抗した結果、彼女は身を削って最後の一線を守り抜いたのだ。

例え何者かの支配を逃れられなくても、他人に対する攻撃を止められなくても、諦めない。

立て続けに放電に似た攻撃が放たれるが、しかし、その軌道を塞ぐように無数の鱗粉が喰らいつく。

あまりの破壊力に鱗粉は軽々と吹き飛ばされるが、彼女は自分の身体を軋ませるほど抵抗し、少しでも不幸になる人間を減らす為に、血の滲むような覚悟で力を振り絞り続ける。


「待ってろよ、風斬」


上条当麻は、この『諦めずに一緒に戦ってくれる』友達を見て、ここへ来て良かった、と正解を確信し、この幸福に満足し、そして、いつも隣で一緒に戦ってきてくれたもう1つの存在に気付いた。


「こ、の、偽善者が!! だけど、<聖騎士王>は止まらないわよ!! アレを止めるなんて不可能よ!! アンタの妹はもうぶっ殺されちまっているかもねぇ!!」


「いや」


顔を真っ赤にして叫ぶヴェントに、当麻は否定する。

力強く、堂々と、誇らしげに。


「不公平で悪いなぁと思うが、俺の妹は約束を守るためなら不可能を可能に変えるほどすげー奴なんだよ」


そして、天上から虹色に輝く羽が、友の守護を邪魔し、束縛する天使の輪に舞い降りた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「だから、俺は俺のやるべき事をやる」


上条当麻は、改めてヴェントと対峙する。

気絶した人々と街は、友達が守ってくれ、そして、妹が――助けてくれる。

もう周囲への被害を気にせず、全ての不安や懸念から解放された上条当麻は、ようやくその『枷』を外し、ヴェントと全力で“ぶつかる”事が出来る。


「ナニ、これ……」


街を守る鱗粉と共にある世界を染める虹色の羽。

それが1つ、ヴェントの身体に触れた途端、『魔術』の拒絶が収まった。

『界』全体へ強制的に術的圧迫を加える魔力の循環不全を抑え、拒絶反応で傷ついた臓腑が癒されていく。

守護と治癒が街を変えていく。


「ムカつく。何よその目。もう勝った気でいやがって……<神の右席>をナメてんのか!! 怪物が邪魔しようが、空中分解しそうな内燃制御系に介入する術式を組んで、怪物を怪物の力で自滅を誘発させてやるわ!! 弟を殺した科学の全てを地獄にぶち落としてやる!!」


「違うだろ、ヴェント」


愚兄はぶつける。


「何が、科学が弟を殺した、だ。その医者だって初めから死なせたくなかったに決まってんだろ。お前たちを2人とも助けたかったに決まってんだろ!! 事故が起きたアトラクションの方だってそうだ人を傷つける為に動かした訳じゃない。笑顔を作りたかったんだよ!!」


拳でも、言葉でもなく、


「死にかけたお前の弟は、お姉ちゃんを助けて下さいって、どんな気持ちで言ったんだよ!! 見殺しにした科学が、弟を犠牲にしちまった自分が、憎いのは分かる。だけどな、それでも誰よりもお前の幸せを願った、生きて欲しいと望んだ弟の想いを、姉が復讐なんかで台無しにしちまったら最悪じゃねぇか!!」


その思いの丈を。



「兄姉(おれ)達は、誰よりも何よりも兄姉(おれ)達よりも妹弟達(あいつら)の想いを大切にしなくちゃいけないんじゃないのか!!」



「黙れ!! 黙れ!! 黙れっ!! 何も分かっちゃいない!! 私は、弟のためなら命だって惜しくない!! 最後の最後で逃げたテメェとは違ってな!!」


激昂のあまり、がむしゃらにヴェントはハンマーを振るうが、乱雑に飛ばされる空気の鈍器は、以前に『前兆』を感知される。

周りを気にしなくても良い、防御だけでなく思う存分回避行動も取れるようになった上条当麻はその攻撃を軽々と防ぎ、避けていく。


「分かってねぇのはテメェの方だ。1人生き残って、それがどれだけ苦しいかって事は、お前が1番よく知ってるはずだろ」


「ッ!!」


ヴェントは息が詰まり、当麻の真っ直ぐの視線を受け止め、そして、伝わる。

死んだ方がマシだと思える絶望。

当麻はそれを味わったし、味わせてきた。

上条当麻は、一度『殺されて』、苦しんだ事と、一度『死んで』、苦しませた事は絶対に忘れない。


「だから、俺は生きる。不幸を背負わせるかもしれねぇが、絶対に置いて行ったりはしない。絶対に詩歌の想いを無駄にしない。誰よりも誇れる妹に、誰よりも誇りに思える兄なる」


そして、それは姉も同じはずだ。

ヴェントの動きがピタリ、と止まり、その目に宿した狂気が薄れる。

しかし、


「私は、この道を行く事を決めた。そして、この道は、そうそう簡単に捻じ曲げられたりはできないのよ……」


ほとんど唇を動かさずに告げ、距離を取ると、懐から荘厳な雰囲気を纏う『鞘』を取り出す。


「そんなに、妹が大切か? 上条当麻」


「ああ。俺は詩歌が胸を張れるような、詩歌に胸を張れるような、兄を目指す」


頷く愚兄の瞳を見て、その意思に偽りが無い事をもう一度確かめると、『鞘』を地面に突き刺す。


「この『鞘』は、<聖騎士王>の『不死』という<原典(かく)>。ここに刻まれている魔法陣が展開されれば、アレは何度も甦るわ。つまり、これを壊さない限り、永遠にアンタの妹は狙われるって事―――だから」


ヴェントは一気にハンマーを振り回す。



「壊したけりゃ、実力で私を倒して見せな!!」



つづく

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