小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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閑話 大聖夜祭 聖夜戦争 後編



第7学区



「う……おおお!!」


残された闘志の全てをかき集め、漢は吠えた。

力を溜めに溜めた右脚で、地面を思い切り蹴り付け、ロケットのような垂直離陸。


ガアァァーン!! という途轍もない大音響が生まれ、路面が波打つように揺れた。


1個の砲弾となった身体を空中で捻り、そして、余すとこ残さず極限に勁を絞り込み、



「―――超絶すごいパンチッ!!!!」



<念動砲弾(アタッククラッシュ)>。

目の前に敢えて不安定な異能の壁を作り、それを自らの拳で刺激を与えて破壊し、その時に生じる爆風波を飛ばす計測不能の必殺技。

その脅威を前に、棒立ちになって、彼は思い出していた。

あの最低で最悪な再会した時、彼女は逃げなかった、諦めなかった、そして、立ち向かった。

それが彼には輝しくて、眩しくて、そして………


(俺だって……)


この漢の一撃は『反射』できない。


(俺だって……ッ!)


この漢は……自分よりも相応しい。


「俺だって、詩歌が――――」


なのに、一方通行は猛り吠えた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『学園選抜』。

<大覇星祭>で学園都市の顔として選手代表に選ばれた学生で組まれたチーム。

その中心のLevel5序列第5位<心理掌握>、食蜂操祈が、連携が取れ、力を発揮しやすいようメンバーも、知り合いが多い。

彼女の『派閥』の一員で、罠の達人(トラップマスター)としても有名な<水蛇>、近江苦無が相手を撹乱し、常盤台中学のOBで、遠距離からでも相手を射止める<氷結青眼>、真浄アリサが相手の動きを止め、最後に食蜂自身が止めを刺す、と蜘蛛が獲物に糸を巻き付けていくように間接的な搦め手に特化した凶悪なチーム。

殺しがご法度な『聖夜戦争』において、最も全力でやれるであろう。

そして、唯一の不安点でもある直接的な戦闘も、そこに肉体的に超人な、Level5序列第7位<第七位>の削板軍覇が加わる事で死角なしのチームになる………はずだったのだが、そこは、ご在知の通り、『Level5は隠しても隠しきれない性格破綻者集団』。

互いの主張が合う事がなく、むしろそれなら邪魔をしない方が良いという事で別行動となってしまい………


「……やはり、彼に居てもらった方が良かったな。あそこまでの人知を超えた力があったとは……世界は広い」


この中で一番の年長者でもあり、ストッパーの真浄アリサが疲れたように嘆息する。

もう、彼女の両目の輝きは、<魔眼殺し>という特注のコンタクトレンズを装着している事もあり、その力と共に抑えられている。


「べっつにぃっ!! 『正々堂々』なんて真っ向勝負私の柄じゃないしぃー!! だったら、鬼塚先輩をメンバーに入れた方が全然マシよぉっ!! こうなったのは全部、雇い主の責任よねっ!!」


奇策珍策と色々と練っていたが、結局、『正体不明の力技』にやられてしまい、食蜂は頬を膨らませるなど不機嫌さを隠そうともしない。


「姫、それでは常盤台中学ばかり優遇されていると体裁面が。それに、あの悪鬼は暴走すれば敵味方関係無しに皆殺し。我々にも危害が加わります」


女王に忠誠を誓う苦無だが、最後の発言が聞き逃せなかったのか、むぅ、と眉間に深い憂慮を刻んで反論すると、食蜂は途端に余裕たっぷりに微笑んで、


「ダメよぉー。反りが合わないからって、そう悪し様に言っちゃー、先輩なんだから♪ それにLevel5と組むのは却下☆ 特に御坂さんとは」


「君がそれを言うのか……」


と、今度は呆れの色が濃い嘆息する。

まあ、こういうのが彼女の天性の魅力なのだろうし、我儘さは、Level5として認められる強固な精神力や確固たる思想、主義の裏返しなのだろう。

そういう我の強い面々をまとめられるとすれば、彼女くらいのものだろう……


「そういえば、どうして彼女達を操らなかったんだ? 折角、こちらが3人がかりで抑え込んだというのに。使える者なら教師、先輩、誰でも使う君らしくもない」


頬の片端だけ歪めながら恨み混じりに問う。

それはあの2人組に『プレゼント』を奪われる前に、逃がしてしまった2人の少女。

こちらの策通りに嵌ってくれたがあと一歩の所まで追い詰められた強者。

その力を利用すれば、逃げることくらいはできたのではないだろうか。


「あんまりやり過ぎると詩歌先輩に嫌われちゃいますからぁ♪ ま、ちょ〜っと“ある感情”を増幅させちゃいましたけど☆ こうした方が滅多に拝めない面白そうなモノが出てきそうですしねぇ……」


「おいおい、どういうものかは知らないけど藪を突いて蛇を出そうなんて事は止めてくれよ」


「うふっ、出てくるのは真剣になった――――」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「今日という今日は我慢の限界です! あの子がいるから我慢してきましたが私はもう当麻への気持ちを抑えられません。だから、私と一緒にイギリスへ行きましょう!! 大丈夫です! 朝昼晩私が誠心誠意尽くさせていただきますので」


「いきなり何言ってんだ神裂! お願いだから目を覚ませ!!」


清楚で美しい大和撫子のお姉さん……のはずなんだが、光を失った瞳で2mを超える日本刀を振り回している。

そんな神裂の異様な雰囲気に、当麻は本能的に危険を察知して後ずさる。

だが、その後ろには、


「上条さんは将来、子供は何人欲しいですか? 私は3人欲しいなぁ。女の子が2人、男の子が1人。名前は上条さんが決めてあげてください。私ってあんまりネーミングセンスないから。えへへ、どっちに似ると思いますか? 私と上条さんの子供だったら、きっと男の子でも女の子でも可愛いですよね。あ、だけど1番好きなのは勿論上条さんです。上条さんが私の事を1番好きなように。そうだ、上条さんってどんな食べ物が好きなんですか? どうしてそんな事を聞くのかって思うかもしれないけれど、やだ明日からずっと私が上条さんのお弁当を作る事になるんだから、ていうか明日から一生上条さんの口に入るものは全部私が作るんですから、やっぱり好みは把握しておきたいじゃないですか。好き嫌いはよくありませんけど、でも喜んで欲しいって言う気持ちは本当です。最初くらいは上条さんの好きなメニューで揃えたいなーって。お礼なんていいんです。彼女が彼氏のお弁当を作るなんて当たり前なんですから………」


「落ち着け! 落ち着こう! 落ち着きましょう三段活用! 五和さん!! 当麻さんは全くついていけません!」


それ以上に自分の世界に入っている五和さんが怖い。

いつもの2人の様子じゃない。

まるで、それまで100Vで一定していた電線に、1億Vの高圧電流を流したせいで、大切な回路(ブレーキ)が吹っ飛んでしまっているような……


(……っ! まさか、誰かに操られてんのか?)


当麻はハッと息を呑み、2人へ目を向けた。

が、


「ホント……とうまはいつまでもたってもとうまなんだね……」


「あそこで放置して、トナカイの餌にした方が良かったかしら……」


ぐわっ! と阿吽の仁王像の如く、刃物のように鋭い三白眼の強烈な眼光が両サイドから愚兄を威圧。

この物理的にも圧殺できるような乙女の重圧は、先程の『クリスマス撲滅委員会』にも勝る。

こんな事をしている場合じゃないのに、当麻は『俺のせいじゃない』と土下座し、無罪は無理でも少しでも減刑を申し出たくなる。



しかし、真の恐怖はこんな生温いものではなかった。



「お兄ちゃん(ハート)」



背後から聞くだけで骨抜けになりそうな蕩けるように甘くて優しい声音。

たったそれだけで全身から滝のように冷汗が流れ、心肺が停止しそうになる。

いつも以上に優しく聞こえるのに、この4人よりも断然恐ろしかった。

ゴクリ、と喉を鳴らし、当麻は後ろだけは絶対に見ないように覚悟を決める。

一歩でも間違えば死だと。

そして、菩薩のような笑顔だが、その中身は地獄の沙汰を行う閻魔大王はゆっくりと、焦らすように口を開く。


「ねぇ、お兄ちゃん。まさかとは思いますけど、本気にしていませんよね?」


「は、はい!?」


発言の意図が読めない当麻は、疑問と肯定がない交ぜになった返事をする。


「火織さんと五和さんは、操られています。おそらく私の後輩のせいなんでしょうが……。とにかく正気ではない事だけは確かです。だから、今の発言は忘れてあげてください、ね?」


「イエス、マイシスターッ!!」


「フフフ、もしここで首を横に振るようなら、2人を助けた後、物理的に記憶を消去してやろうかと思いましたが、それは許してあげましょう」


「ありがとうございます! 詩歌様!」


さらりと助けるなどと口にする妹に頼もしさを感じつつ、当麻は視線を神裂と五和へ戻す。


「詩歌、安心してください。当麻は火織お姉ちゃんが面倒を見ますので」


「はい、五和お姉ちゃんにお任せください」


……本当に彼女達を正気に戻せるのか?

対話でどうにかできるようなレベルじゃない。

表情こそ消えているが、フーッ、フーッ、という興奮した息遣いも聞こえるし、目も猛獣のようにぎらついている。

ここは慎重に……



「何を仰っているのかは知りませんが、私、自分に勝てない人にお兄ちゃんを任せたくないんです」



――ぼふっ。



「おわっ!?」


いきなり視界が遮られた事に驚き、当麻は上を向くが、



――むにゅううぅっ。



柔らかく、そして重い。

両手が塞がっていてどかす事が出来なかったから危うく窒息しかけた。


「詩歌さん!?」 「しいか!?」


いつの間に身をのり上げたのか、詩歌が頭を抱き込むように覆い被さっていた。

そして、周囲の視線などお構いなしに、


「あんっ……お兄ちゃんの頭はツンツンしてるからあまり動かないでください」


長く柔らかな髪が、頬を撫でて垂れ下がり、布切れ一枚ほど薄いコスチューム越しから彼女の体温と鼓動を感じさせる。

そして、ヘッドロックしながらこれでもかと身体をグリグリと押し付け、まるで、上条当麻は自分のものであると主張している。


「詩歌!? 一体何を――じゃなくて、そんな挑発したらマズイ――むぷっ!?」


抗議しようとしたら、尻ではないが胸に敷かれて言葉を遮られる。


(まさか、本気であいつらを………)


今は正気で本調子じゃないかもしれないが、この状況で一斉に襲い掛かられたらお終いだ。

だから、ここは宥めて、一端距離を取ってから体勢を立て直すべきだ。

なのに、





「私は本気です」





その言葉は、いつもの柔らかい声音とはかけ離れた硬い声音だった。


「「………、」」


そして、当麻の位置からは確認できないが、その時の詩歌の顔を見た神裂と五和、


「「………、」」


そして、インデックスと美琴は、圧された。


「仕方ありません。本当ならこんな事をしたくないのですが」


「うふふ、詩歌ちゃんは兄思いなんですねぇ。でも、ソロソロ兄離レシナクチャダメデスヨ」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



(っ! 鋼糸が邪魔で電撃が!)


美琴が雷撃の槍で牽制しようとするが、鋼糸が飛雷針となって地面に逃がされてしまう。


(ダメ! カオリとイツワには<魔滅の声>も<強制詠唱>も通じない!?)


インデックスがサポートしようとしても天草式の『偽装』とは相性が最悪だ。


「―――大丈夫です」


淀みない声が3人の耳朶に響く。

幻想をより視覚化する<異能察知>を装着した詩歌は冷静に状況を見据える。

其々の得物の大太刀と長槍を手にし、当麻達へ迫る。

だけど、


「美琴さん、鋼糸を利用し、磁場を3時と8時方向に形成」


属性を予測し、射程を予見し、脅威を予感し、軌道を予知する。

そして、未来を導き出す。


「――はい!」


<超電磁砲>は電気だけでなく、磁力も支配下に置く。

指示通りに発生させた鋼糸を利用した磁界が、神裂と五和の振るう<七天七刀>と海軍用船上槍を的確に捉え、磁気を帯びさせる。

そして、瞬時に極性を反転。

磁界が逆になり、磁気を帯びた武器が同じく磁気を帯びている鋼糸の抵抗により、確実に急減速する。

しかし、彼女達は魔術師であると同時に武人でもある。

鍛錬を重ねた鋭い振りは、速度を落としつつも止まらない。

だが、その数秒で、本を読むには十分だ。


「インデックスさん、イメージ。<暦石>。内容は『生と死に関する時間』」


理念を考え、材質を知り、技術を学び、歴史を感じる。

そして、過去を甦らせる。


「――うん!」


<原初の石>が<禁書目録>の叡智から出現した長い長い巻物状の魔導書――<暦石>。

アステカ世界における複雑なカレンダーであり、同時に世界の破滅と再生の仕組みを記述した<原典>。

それが『管理人』の手元から『読み手』へ渡る。


「くっ!?」


「きゃっ!?」


この迎撃術式の効果は――『他人の持つ『武具』への干渉』。

その力を神様の奇跡だろうと投影する<幻想投影>で掌握。

ぶつかる2人の武器が生み出す激しい烈風に鋼糸を揺れる。

武器を支配し、神裂火織の<七天七刀>と五和の海軍用船上槍を強制的に相打ちにさせ、海軍用船上槍を破壊し、その衝撃で五和を昏倒。


「今です! 当麻さん、2人に右手で触れてください」


未来が危機を脱し、過去が機会を作りだし、そして、現在を奔る。


「――おう!」


上条詩歌は万能ではあるが、その本質は補助。

仲間と組む時に本領を発揮する。

それは、この愚兄も同じ。

上条当麻は無能ではあるが、仲間と組む時に本領を発揮する。

騎馬から離れ、当麻はこの好機に迷わず神裂の元へ突貫する。

先程の衝突で鋼糸の緩んでいる部分を狙い、その隙間を抉じ開けるように何とか包囲網を抜け、神裂に手の届く範囲に入り込む。

そして、問答無用に神様の奇跡だろうとあらゆる異能を打ち消す<幻想殺し>の右手を伸ばす。


「ふっ!」


だが、神裂は素手でも十二分に強い。

すぐさま<七天七刀>を持つ右手の関節を外して、力技で武器を手放し、<暦石>の干渉を逃れる。

片手のハンデはあろうが、<聖人>の力は侮れない。

後出しなのに当麻の右手が届くより早く、頭上に神裂の手刀が振り落とされよう―――とした時、彼女の指先が照準を合わせた。


「混成、<虫襖>、<山吹>」


<調色板>、音波操作特化の<虫襖>と光学操作特化の<山吹>の二色同時発動。

神裂の頭に狙い澄まされた意識すらも吹っ飛ばす超指向性の閃光と爆音。

いくら<聖人>であろうと網膜を焼くようなダメージを与える閃光弾と鼓膜を破るようなダメージを与える音響弾を同時に喰らえば怯む。

いや、むしろ常人よりも遙かに五感の優れているほうが深刻か。

『カードに相性があるなら全てのカードを持てばいい』

底無しの<多重能力者(ワイルドカード)>に、<聖人>の弱点を容赦なく突かれ、神裂はガックリと膝を突く。


「操られるっつうんなら―――」


近くにいた当麻も、光はとにかく音に若干聴覚が麻痺して、三半規管をやられたが、例えどんな時でも愚兄の道がぶれる事はない。、

ただ賢妹の言う通り前へ愚直に進めば良い。

それに幸いにして、殴るのような力は必要なく触れるだけ。


「―――その幻想をぶち殺すッ!!」


そうして、その右手がさっと撫でられ、神裂達を呪縛から解放した。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『―――っっ!?!?!?』


<幻想殺し>で精神状態が元に戻った後、一目散に彼女達は逃げていってしまった。

どうやら感情を操られていても、記憶は残っていたらしい。

何とも丁寧で悪質な配慮。


「………で、当麻さんにも分かりやすく説明するとアレは酔いの勢いに乗ってしまったものですから、さっきの事は忘れてあげてくださいね」


「あー、そんなに言われなくたって、分かってるって」


「乙女心の為にも忘れてあげてくださいね。大切な事なので念を入れて2回言いました」


「当麻さんがいきなり女の子2人にコクられる訳ないっつうのは分かってますよー。だから、そんな寂しい事言わんといてください。泣きたくなるから」


「良いですか? 本っ当〜〜〜に忘れてあげてください。当麻さんは鈍感馬鹿なので念には念を入れて3回言いました」


「そろそろマジで泣くぞ畜生っ!!」


とりあえず、詩歌さんがあの鈍感馬鹿にフォローしてくれているようだが、私だったら、間違いなく墳死モノだ。

こんな事をするのは、アイツくらいしか考えられない。

……恋敵、なのだろうけど、後で彼女達の弔い合戦をしてやらないと。

だけど、それよりも、


『私は本気です』


もしかしたら応援してくれるかもしれない―――なんて、甘い幻想を今まで抱いていたが、あの言葉は、……やはり、そうなのだろう。

あの男は、彼女の兄だ。

そして、その絆は何よりも強い。


(……私は勝てる…いえ、“詩歌さんと戦えるの?”)


世界中の1万を軽く超える幾多の恋敵よりも、遙かに高い壁。

それがどれほど強いかは、その背中をずっと見てきた私はよく知っている。

そして、本気になった上条詩歌に………私は勝てない事もよく知っている。



「―――ヒーロー、俺とサシで勝負しろ」



その時、その壁に挑む者が現れた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「なんっつう、強情な野郎だ」


全身を完全に床に埋めて仰向けに倒れる削板軍覇。

あの一瞬だけ、一方通行の咆哮に勢いが押され―――気付いた時には、身体は宙を舞っていた。

隅落し。

予想外の反撃に、いや、あの思いの丈に、しばしの間呆けてしまい、空中で無防備になった削板は、猛獣さながらの咆哮を上げて肉薄されると文字通り嵐のような猛攻を受け、最後は力任せに地面に叩きつけられた。

大地を揺るがす一撃は周囲一帯を陥没させて地盤を砕き、地下街すら突き破って破壊した。

『悪』と相対するのを除き、普段は二次災害が起こらないよう自制している一方通行だが、この男には、制約を放棄した。

その自制心を捨てたのは、やはり、それほどまでに負けたくなかったのだろう。


「……だが、安心した」


口から吐血が漏れて、指の先まで完全に動けず、ここから出るには人の手を借りる必要がある。

だが、あの天地を震撼させた連撃を受けて、五体満足であるだけでも驚異的なのに、まだ意識があるというのは脅威的だ。


「これはまた物凄い………」

「あの人ったら………」

「いくらなんでもやり過ぎでしょ………」


と、上から女が3つ揃って姦しい声が聞こえてきた。


「おーい……あの人の代わりにミサカ達が救助に来たよー! 大丈夫ー? 生きてるー? ってミサカはミサカは穴に呼び掛けてみる」


幼い女の子が心配そうに自分の顔を覗き込んでいる。

激闘が始まってすぐに避難していた『子連れ悪党』、打ち止め、御坂妹、番外通行の<妹達>の面々だ。

『プレゼント』はどこかに落してしまったようだが、無事である。


「ああ、無事だ。だが、手を貸してくれないか」


「うん! あ、それから全力でぶつかってくれてありがとう! おかげであの人………」


一方通行は戦いに行った……

負けたのは悔しいが、今回の勝負で恋敵を見極められたし、どうやら目を覚ます事が出来た。

これで、ようやくスタートラインに立ったのだ。


「まあ、中々の根性だったが、―――あの壁は高いぞ」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『臥竜鳳雛』の目の前に現れた一方通行は、激しい一戦を交えた後なのか、すでに心身ともに擦り切れていた。

並列演算デバイスの充電も切れて、<一方通行>――あらゆるベクトル操作を可能にする能力も使えない。

それでも、挑む。


(何、この異様な威圧感!!)


美琴はその姿に、怯む。

自分よりも上のLevel5序列第1位が見せる『絶対に負けられない』という勝利への――彼女への執念。


「……ああ。だが、手加減はできねーぞ」


しかし、それよりもこの兄妹の壁は高い。

その挑戦を受けて立つ愚兄の背中は、大きかった。


「イイぜ。こっちも手ェ抜けるほど、器用な人間じゃねェンだ。だから、頼むぜ、ヒーロー。俺にお前を殺させンなよォ」


「……、本気なんだな。その幻想(おもい)」


そして、詩歌達に見守られながら、愚兄と悪党はぶつかった。

よろよろと拳を振りかぶる一方通行に、上条当麻の“左拳”が突き刺さり、勝負はついた。

壁は高く、その絆は深い。

それでも、一方通行は挑んだ。

その挑戦者の勇姿が、インデックス、そして、美琴の中に印象深く残った。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『はーい! <大聖夜祭>、優勝チームは見事、4つ『プレゼント』を手に入れた埃かぶれの没落貴族、『シンデレラ』のオレルッスさんとシルビアさんでした! おめでとうございまーす!!』


結局、『プレゼント』を最も多く獲得し、優勝したのは<魔神>になるはずだった魔術師、<北欧玉座(フリズスキャルヴ)>のオレルッスとその相方で<聖人>のシルビアの『シンデレラ』だった。

『アイテム』、『クリスマス撲滅委員会』、『英国華撃団』、『子連れ悪党』などの主力メンバーを『臥竜鳳雛』は全て打倒してきたが、得られた『プレゼント』は最初の『アイテム』と後になって回収した『クリスマス撲滅委員会』の2つのみと撃破数の半分。

骨折り損のくたびれ儲けというのはこの事だろう。

一方、『シンデレラ』は、レッサーとナタリアの『英国華撃団』を返り討ちにし、神裂と五和の天草式コンビの強襲を退けた直後の『学園選抜』を奇襲し、『子連れ悪党』のものにしたら打ち止めが落してしまったものを偶然近くにあったから拾った、と幸運に恵まれた結果になった。

無論、『臥竜鳳雛』は『シンデレラ』を探し出し、逆転しようとしたが、目前で……


『何故にこんな所にバナナの皮がーっ!?!?』


これが不幸なフラグ体質が為せる技のせいなのか。

フィールドに仕掛けられた古典的なトラップ――バナナの皮を踏んでバランスを崩した当麻は、見事にチームメイト達を巻き込んでその場に倒れてしまった。

そして、どうなったらそうなるのか分からないが、当麻は、美少女3人ともつれ合うように転び、


『ちょ、お兄――あ、身体が締め付け………』


布団代わりのように腹の下で、詩歌の、バクバクと肉親であっても鼓動が抗い難いほど魅力的な大きな母性の塊が丸くたわんで潰れているように押し付けられ、


『う、動かないで! つか、こっち見るな!』


足の上には年下でもドキッとするような角度で、大腿から臀部にかけての筆舌し難いラインを見せつけるように美琴が乗っていて、


『きゃ、と、とうま、くすぐったいんだよ!』


そのクラッと、女の子の特有の良い匂いがするインデックスの柔らかいお腹が枕のように頭を抱え込まれた。

しかも、砲弾や電撃から絶対領域までも防御が完璧な『サンタ』コスチュームの自動締め付けシステムが作動し、いい感じに詩歌の身体が極まっているせいもあったせいか、もがけばもがくほど嵌っていく砂地獄のように誰も脱出するどころかより深みに、より体が密着し……

そうして、30秒間、上条当麻は青少年の天国と地獄の中で、真冬であっても蒸気を吹き出すほど熱を持ってしまい、結果、


『ふ、不幸だ…』


チーン……―――昇天(ダウン)。

そのまま制限時間が過ぎて『聖夜戦争』終了。


『結果から見れば、君はよっぽど筋金入りの不幸なようだが……いや、敢えて何も言うまい』


と、オレルッスは、呆れ半分感心半分といった調子で当麻達に言い残して、優勝賞品としてアパートメントの改築費用を貰うと去っていった。

そして、当麻は、最終決戦という事もあってその時のハプニング映像が学園都市中に流されてしまい、復活しパワーアップした『クリスマス撲滅委員会』with赤い神父とアステカの魔術師に『大聖夜祭』後も追いかけ回される事に……





公園



立ち並ぶ機器にはクリスマスシーズンのイルミネーションが飾られ、デコレーションされた電飾がオレンジ色の明かりを落として、金と銀のクリスマスモールが、風に揺れてキラキラとさざ波のような光を煌めかせている。


「当麻さん」


ビクッ! と声がした背後に恐る恐る振り返る。

広場の木の幹から詩歌がこちらに手を振っていた。


「詩歌……、どうしてここに? まだ帰ってなかったのか?」


当麻は右左右左上下と公園の広場に誰もいない事を確認してから、詩歌の前に歩いていく。


「インデックスさんを送り、明日の会場の確認した後、愚兄行動学から導き出すとそろそろ当麻さんがここに来るだろうなーと思いまして」


「何つーか相変わらずすげーな」


「はい。ちなみに学生寮の前は戦犯者を待ち構えている人達で一杯です。ふふふ、人気者は辛いですねぇ」


「イヤな人気だなおい。っつか、マジかよ。……はぁー、不幸だ……」


「なので、とりあえず、操祈さんに後始末を“優しく”お願いしたので、しばらくすればいなくなるでしょうが、それまでの間、詩歌さんが暇つぶしに付き合ってあげます」


「わざわざ、ありがとな―――っと」


と、そこで空を見上げる。

氷を混ぜ込んだような、冷たい大気。

空一面は厚い雲に覆われ、よく見れば、ちらちらと降り落ちてくる物あり。

雲の欠片にも思えるそれは、冬の代名詞とも言える繊細な結晶体。

そして、自然に広げた右の手の平に淡い感触を残して、消えていく儚き幻想。

すなわち雪。

『おー』と感嘆の声を漏らす当麻の隣で、詩歌がくすりと笑う。


「……そういえば、当麻さんは優勝したらどんなお願いをするつもりだったんですか?」


「んー、そうだな……」


考える。

そして、思い返す。

元々、この『大聖夜祭』に参加したのは……


「何事もなく平穏な暮らしをしたい、だな。もう人生を何度やり直してもおつりがくるくらい色んな事件に巻き込まれたからな。しばらくはのんびりと過ごしてみたいもんだ」


「ふふふ、私も賛成です。―――ただ、1つ足りない事がありますけど」


何だ? と視線を向けて問うて見ると、



「楽しく、です。楽しく何事もなく平穏に暮らせるのが一番でしょう?」



満面の微笑みと共に詩歌はあっさりと告げた。

当麻は一瞬呆気に取られるも、それを見ている内に自然と笑みが零れ、


「そうだな。それが一番だな」


そして、時計を見てみる。

詩歌もそれに気付いたのか、こちらと視線を合わせながら、



「「メリー・クリスマス」」



つづく

-4-
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