小説『とある賢妹愚兄の物語 第2章』
作者:夜草()

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学園テロ編 罰ゲーム



地下街



外の気温に合わせて段々と冷房から暖房へと快適な環境調節が行われている学園都市の地下街。

9月1日にイギリスからやってきた魔術師シェリー=クロムウェルと、彼女の操る<ゴーレム=エリス>によって結構な被害が出た場所だが、今ではもう破壊の爪痕は見当たらない。

砕かれた床や柱は補修され、喫茶店のウィンドウなども新しいものと交換されていた。

よほど顔を近づけてじっくりと見ない限り、違いは分からないだろう。

こんな急ピッチ工事が行われたのは、その後に控えていた<大覇星祭>の影響もあっただろう。

開催目的の半分近くが学園都市のイメージアップを図った誘導宣伝(プロパガンダ)というぐらいなのだから、街が壊れていては話にならないのだ|(と言っても、結局当日に壊されまくったが)。

地下とはいうが暗いイメージはなく、ピカピカに磨き上げられた床や壁を、蛍光灯や発光ダイオードを束ねたLED電球が真昼のように照らし出している。

通路に面した喫茶店や洋服店などはガラスをふんだんに利用していて、実際の面積以上の開放感を演出していた。

で、


『黙ってついてきなさい!』


と、乙女の雷をイマジンブレイカーで防いだのは良かったが、罰ゲームまでは打ち消せない。

図星を突かれた? 目の据わった美琴に引っ張られ、コンサートホールを離れていく。

逃げたいのだが、ガシッと脅威のお嬢様パワーで掴まれた手を振り解く事もできず|(偶然、手と手を繋いで街中を闊歩しているのだが、幸か不幸か2人とも気付いていない)、顔を真っ赤にしてビリビリしている美琴に、当麻は罰ゲームに顔を真っ青にして戦々恐々。

そうして、問答無用に、ずるずると引き摺られ、連れて来られたのは地下街にある……


「あったあった。こっちよ」


美琴がその細い指で指差した先、カラオケボックスやゲームセンターなどの向こうにあるのは、携帯電話のサービス店。

サイズとしてはコンビニの半分ぐらいしかなく、大きなガラスウィンドウ越しには横一線に並べられたカウンターと椅子、後はマガジンラックに収まった薄っぺらい機種カタログぐらいしかない。

入口の前に置いてある宣伝用の縦長ののぼりには大手メーカーの物と学園都市オリジナルの物が分けてあった。

学園都市は、『外』と比べると科学技術が2,30年進んでおり、『外』と『中』ではもう別物。

互いの機種も一長一短ではあるのだが、緊急時にはどちらのサービスが先に復帰するか分からなかったりするので、何を選ぶかで1週間以上悩みまくる学生もいるそうだ|(当麻のはサービスよりも機体の頑丈さを優先にして選ばれた)。

ちなみに詩歌のは既存の最新版を更にカスタマイズされた三次元のホロタッチパネル式で、玄人でなければ扱い切れない|(どうやら、近未来的なもの好みらしい母、詩菜からの影響だそうだ)。


「アンタ、『ハンディアンテナサービス』って知ってる?」


「ん? あれだっけ。個人個人の携帯電話がアンテナ基地代わりになるってサービスだよな。近くにアンテナ基地がなくても通話できるようになるとかってヤツ」


ようは、街中で携帯電話を持ち歩いている人全員が中継アンテナになるのだ。

例えば当麻の近くにアンテナ基地がなくても、人物1、人物2、人物3……と中継アンテナを繋いでいき、最終的に人物Xの近くに本来の設置型アンテナ基地があればそのまま通話できる。

実際には複数の人物を伝い、網の目のように通信ルートを構築するので、そうそう簡単に断線する事もないそうだ。

元々は震災下で地上の通信基地が全滅した際、数の少ない飛行船に設置型アンテナを付けて飛ばし、臨時の空中通信網を整備するために開発されたものだそうだ。

そのため、まだまだ発展途上、プラスの話題としては、大学側がテスト運用として補助金を出すため、サービス料金がメチャクチャ安くなるとかいう話も出ているのだが……


「私さ、あれに登録してみようかと思ってんのよ」


「えー」


問題点も多い。

アンテナ基地の代用をするのだから、仕方ないとは思うが、音質などにあまり気を配っていない節もあり、その他にも、


「あの激マイナーな制度って、利用者みんなが携帯電話の電源を常にオンにしてないと中継アンテナ効果は期待できないんだよな。そのせいでバッテリーの減りがメチャクチャ早いんじゃなかったっけ?」


複数のネットワークを維持するには、相当バッテリーを消耗するらしく、詩歌も、


『ええ、特注で組み上げたバッテリーでさえも、1万もの回路を省エネなら48時間、常時フル活動させれば、15分しか保たないんですよ。まあ、改良の余地はありますので30分以上は制限時間を引き上げられるでしょうが』


と、やけに実情を交えて教えてくれた。

そして、音質や燃費の問題だけではなく、


「それ以前にサービス加入人数が少ないと何の意味もないって話じゃ……」


利用者が少ない=中継アンテナ数が少ない。

けれども、


「だからそのサービスを普及するためにも加入するっつってんでしょうが。ペア契約にしちゃえば『ハンディアンテナ』だけじゃなくて、その他の通話料金も随分安くなるみたいだしね」


「ペア契約って……、できれば、相談したいんだが。当麻さん家の財源を管理しているのは、詩歌さんで……いや、これは色々と不幸的なアクシデントを危惧したもので、決して当麻さんがヒモだという訳じゃないのでございますよ!」


「はいはい、大丈夫大丈夫、詩歌さんには予め了承済みよ。で話戻すけど、今ペア契約するとさらに『ハンディアンテナサービス』とペア契約をセットで受けるとラヴリーミトンのゲコ太ストラップがもらえるのね。カエルのマスコット」


「……、オイ」


「即ゲット。だから一緒に契約しなさい。」


「ようはストラップ目当てかよ!? 例え詩歌からOKサインが出ても、機種変するとかってんなら絶対にアウトだ。当麻さんはこのボロボロケータイをあと半年は使い続けるつもりでいるんだ!!」


そして、当麻は美琴が持つ学生鞄、そこにぶら下がっている緑色のカエルのマスコットを指差す。


「大体カエルならもう持ってんだろ!」


「ゲコ太とこの子を一緒にすんなッ!!」


ぎゃーっ!! と美琴は叫ぶ。

学園内で、未だに1人しか仲間を見つからない過酷な環境下で生きる生粋の『ゲコラー』の地雷を当麻は思い切り踏み抜いてしまった。


「ゲコ太はこの子の隣に住んでるおじさんで乗り物に弱くてゲコゲコしちゃうからゲコ太って呼ばれてんのよ! こんな簡単な違いが分からないほどアンタおっさんだった訳!?」


「……そのゲコ太おじさんのキャラ付けは本当にラブリーなのか?」


当麻は、げっそりとした口調で呟く。

可愛いもの好きの妹のおかげで、マスコットは見慣れている当麻だが、極めて常識的に大人目線から見れば、そのカエルのマスコットはどれも同じ。

だがしかし、美琴は旬の話題について来れない年輩者を蔑んだ目でこちらを見ており、幻滅しているようだ。


「ふん。機種変の心配ならしなくて良いわ。『ハンディアンテナ』は元々本体を換えるんじゃなくて追加拡張チップを差し込むだけでオッケーって話だし。ペア契約の方もあそこの会社のサービスなら全部対応してるから、機種変が必要なんて事はないと思うわ。アンタのケータイは別にいじらなくても構わないはずだけど」


「何だ。ようはこっちの番号とアドレスを書類に書き込めば良いだけじゃんか」


「そりゃそうなんだけど」


美琴は学生鞄についている小さなカエルを指先でムミムミ押しながら、


「一緒にお店に行ったりいっぱい書類を書いたり何時間も待たされたりするからさー、その辺の融通が利く人じゃないと協力してもらうのは難しいのよね。ま、半日はかからないだろうし、ちょっと我慢してもらうわよ」


んー、と当麻はお店の『男女ペア限定』と書かれたのぼりを見て、ああだから詩歌には頼まなかったのか、と思う一方、


「? どうしたのよ」


「いや登録に付き合うだけなら良いんだけどな。このペア契約ってさ、そもそも普通は恋人とかで交わすものなんじゃねーの? ま、苗字が同じなら兄妹なんだろうけどさ」


「……ッ!?」


ビクゥ!! と美琴の肩が大きく動いた。

彼女は鞄についているカエルマスコットをムニューッ!! と握りつつ慌てて、


「い、いいいいや馬鹿違うわよナニ口走ってんのアンタ! べっ、別に男女って書いてあるだけで恋人同士じゃなきゃいけないとかって決まりはないじゃないそうよ例えば夫婦だって問題ないでしょうが!!」


「もしもし。恋人よりも重たくなってますよ御坂さん」


直後、ズバンッ!! と冷静に突っ込んだ当麻に雷撃の槍が飛んできた。





道中



「……何だか、どこかで知人がひどく頭が痛くなるような会話をしている気がします」


あれから、詩歌は一飯の礼も含めて退院祝いに、あの最新の調理設備を使って何か作ろうかと買い物に行く事にした。

『ミサカもミサカも詩歌お姉様の買い物についていくーっ!!』と打ち止めも同行を希望したが、彼女には華々しくK.Oされた学園都市序列第1位の看病を任せる事にした。

大変元気にはしゃいでいるが、彼女の身体は子供そのもの。

退院直後で、体力も完全ではないだろうし、あまり無茶をさせる訳にはいかない|(決してぶーぶー言って拗ねている姿が可愛いから意地悪しているわけじゃない)。

なので、打ち止めはお留守番。

そうして、行きつけではなく近場のスーパーで買い出しを終え、外へ出ると店前の自販機に寄り掛かりながらヤシの実サイダーを飲む、


「―――お、詩歌っちじゃん。どったのこんな所で?」


フルフェイスタイプのヘルメットに、ライダースーツ、そして、脇に停めてあるバイクは全て濃淡の差はあれど赤一色で、その声はヘルメット越しであろうと聞き間違えるはずがなく、


「買い物ですよ、陽菜さん。それで、夏休みに無茶して壊れたと聞きましたが、直ったんですか?」


と、隣にある前よりも幾分か成長しているような、大型の肉食獣の低く獰猛なフォルムを持つバイクに視線を向ける。


「うん、今はその調子を確かめてんの。バイトで修理費用を溜めながら、寮監にばれないようコソコソってね。おかげで時間はかかっちゃったけど加速装置も二段式に変えたし、『大紅蓮赤風』に卍解(パワーアップ)したんよ」


「…とりあえず、色々と言いたい事はありますが、あまり目立たないように。言っときますけど、師匠に見つかればバイクを没収されるのは覚悟するんですね」


「ほーい、じゃ、もうひとっ走りで我慢するよ」


そういうと、陽菜は缶ジュースをゴミ箱へ放り投げ、バイクに跨る。


―――とそこで、不意に、ざわつきを感じた。


学園都市に来る前に実家でバイクどころか車やヘリまで操縦経験のある陽菜は今まで運転ミスして事故を起こした事は一度もない。

だが、理由も根拠もなくただの勘、と言うべきだろうか。

錯覚なのかもしれないが、今日、9月30日で何かが変わる、いや、動く気がする。

そう、何千年も固まり続けた氷山の一角が崩れ落ちるように。

しかし、久々にバイクに乗れて嬉しそうな陽菜の顔を見て、


「……あと、これから雨が降るそうですから気をつけてくださいね」


「了解(ラジャー)」


軽くスロットルを回し、バイクは緩やかに前進し、車道に出ると猛々しくエンジン音を吹かしながら加速する。

その小さくなる後ろ姿へただ右手を上げて見送りながら、詩歌は再びあの胸騒ぎが甦るのを意識していた。


―――止めるべきだった、真っ直ぐ帰らせるべきだったという。


(……考え過ぎでしょうか。……けど、さっきから嫌な予感がするんですよね。―――ん?)





地下街



もう色々と、ビリビリお嬢様を宥めすかすなど十分に罰ゲームを受けている気がするが、まだ罰ゲームは続行中。

やってきたサービス店の中には、カウンターの前に座り、|(ずるずると引き摺られる当麻に、引き摺る美琴を見て、若干崩れているものの)こちらに営業スマイルを向けている店員のお姉さんが1人。

美琴はこの愚兄とペア契約を登録したい、ゲコ太のストラップはまだ余っているのか|(ここが最も重要)などのやり取りを行った後に、店員さんはたくさんの書類をカウンターの上に揃えつつこう言った。


『書類の作成にあたって写真が必要なんですが、お持ちでしょうか?』


ん? と美琴は目を丸くして、『そこらの証明写真用のボックスで大丈夫ですか? あと、写真の枚数とかサイズの指定とかってあるんですか?』と尋ねると店員さんはにこにこと笑って、


『いえいえ。そんなにお堅いものではなくてですね。これはペア契約でして、登録に当たって『このお二方はペアである』事を証明して欲しいだけなんです。今ならペアの写真立て型の充電器(クレイドル)を用意するのでそちらにも使用させていただきます。4社共通の規格のものですので、形式番号は気にせずにご利用できますよ』


……つ、つーしょっと?


『あら。そういうのはあまりやられませんか? なら、この機会にぜひいかがでしょう。登録完了の20分前に写真をお渡ししていただければ結構ですので、待ち時間などを利用して撮影していただけると助かります』


 

 


そんなこんなでいっぱいある書類にボールペンを走らせると、当麻と美琴は一度サービス店の外へ出た。

問題の写真撮影である。

ツーショットである。

仲の良い友達や“恋人同士”がよくやる、あのツーショット。

が、沸騰しかけている美琴を他所に、当麻は何でもない事のように、魔術師の戦いで傷ついたり、アドリア海に落ちても使える頑丈さが売りの携帯を取り出すと、


「証明写真のボックスを探すの面倒だし、携帯のカメラでさっさと済ますか。御坂、お前って他にデジカメとか持ってないよな」


「え? ええ、まぁ、私の携帯電話はカウンターに預けちゃったし」


当麻はちゃっちゃと画面を見ながら操作してカメラモードに切り替えると、腕を伸ばしてできるだけ遠くに携帯電話を押しやり―――そこで、ようやくどこか上の空な感じの美琴の様子に気付いた。


「……おい、大丈夫か?」


「だ、大丈夫よ! 全然大丈夫! で、でも、アンタ妙に落ち着いてるし、手慣れてるわね?」


「そりゃあ、あれだな。週一で、詩歌やインデックスと一緒に記念写真撮ってるし、別に意識するような事でもねーだろ、これ」


イギリスにいる元保護者に報告する際、詩歌とインデックスのツーショットや、当麻を加えてのスリーショットの写真を添付して送っているので、免疫は十分にできている。

ただし、この前、返答で当麻個人に宛てられた封筒の中に『爆ぜろ』と書かれたメモ書きとルーンのカードが届いたのは流石にビビった。

と、その事を話したら、ちょっと距離を取り、顔をかなり赤くして学生鞄を握る両手がそわそわと動かしていた美琴は、一瞬だけムッとし、近づくか離れるかを逡巡した後、やがてヤケクソ気味に、


「〜〜ッ! 待ってなさいよゲコ太!!」


ぐいっと当麻の肩にぶつかるように、彼女は一息で急接近した。

肩と肩を擦り、負けず嫌いな美琴は首をわずかに傾げて、当麻の肩に頭を置いて、挑発するように


「こ、これくらいでビビってんじゃないでしょうね! 別に意識するようなもんじゃないんでしょ!!」


「え、いや、あのな……」


デジカメの画面の中にキチンと2人の顔が収まるが、『ちっと気合入れ過ぎじゃね?』と美琴の髪の匂いなどに今度は当麻が少し身体を強張らせる。

だが、『申し訳ありません。写真がないと登録はキャンセルされちゃうんですよー』とかいう展開になったら今までの時間と労力が全て無駄になり、当麻達も困って、店員さんだっていい迷惑だろう。

面倒事はとっとと終わらせるに限る。

なので、当麻もややヤケクソになって、


「よし。とにかく恋人っぽい感じでツーショットを撮りゃいいんだろ! 御坂こっち来い! こうしてやるーっ!!」


「え、なに? きゃあ!!」


ガシィッ!! と美琴の細い肩に腕を回して、自分の方に引き寄せる。

美琴の顔がさらに真っ赤になっているが、念のために右手で抑えているので漏電の心配は無いだろう。

当麻はそのまま今できる精一杯の笑みを作り、


「笑え御坂! 撮り直すのも面倒だし一発で決めるぞ! ようは書類を作れりゃ何でも良いんだろ!」


「え? え、まあ、そうよね。あはは! 別にそれっぽく写真を撮るだけじゃない。そうよねそうそう写真を撮るだけ! ようし行っくわよーっ!!」


美琴はヤケクソというより顔の赤さを悟られるのが嫌で無理矢理に気分をハイに変えている。

美琴の方に腕を回す当麻に合わせるように、自分の腕を当麻の腕に回して距離を縮めていく。

2人……というより美琴と他1名を眺める通行人が、『おおっ』と少し羨ましそうな目で見てくるがハイになっている御両人は気付かない。

そして、


「撮るぞーっ!」


「イエス!!」


ばちーん、という白々しい電子音が―――





オープンカフェ



学園都市のとあるオープンカフェ。

そこのテーブルに2人の常盤台のお嬢様がお茶をしていた。

キラ星でも詰まっているかのように輝く瞳、陽光を照り返し瞳に負けぬほどキラキラ光る蜂蜜色の長髪、文句のつけようがないほど完璧なスタイルを誇る少女。

常盤台中学における最大『派閥』を率いるLevel5序列第5位、学園都市最高の精神系能力者<心理掌握>――食蜂操祈。

いつもは何人か『派閥』の子を引き連れているのだが、珍しい事に彼女の取り巻きはここにはいない。


「うふっ、詩歌先輩とこうしてお茶できるなんて、嬉しいわぁ(ハート)」


食蜂が最も敬意を表する同校の先輩で、『派閥』こそ持たないが自身に匹敵するかそれ以上の影響力を持つ<微笑みの聖母>――上条詩歌。

と言っても、食蜂は、声に緊張を響かせる事なく、顔を強張らせたりする事なく、いつも通りの余裕の笑みを浮かべているが。


「全く、お茶のお誘いは、苦無さん達に迎えを寄越してまで、大袈裟にするものではありません」


一方、やや苦言を呈すものの、詩歌の方も柔らかな笑みをたたえながら、紅茶を口に含む動作には一分の乱れもない。

鏡面のように波紋のない、森に囲まれた閑かな湖のような洗練された佇まいは、あたかも世俗からは隔たれた空間に誘う、そんな雰囲気を秘めており、その中の2人もまた、浮世離れした美貌を持ち合わせていた。

ただし、それは外観での話で、内側はその限りではない。

もし、この2人が声を合わせて呼び掛けたら、常盤台全学生が動く、と断言できるが、ここまで彼女達が話しているのは、普通の親しい先輩後輩がするような他愛のない会話だ。


「だってぇ、詩歌先輩って、神出鬼没ですから捕まえるの大変じゃないですかぁー? あ、でも、操縦はしてませんよぉー」


「ええ、そんな事に使っていたら、拳骨でしたね」


「きゃー怖ーい。体罰ハンターイ♪」


「ふふふ、操祈さんには、口より、拳で分からせた方が、覚えが良いようですから。もしくはグラウンド10周とか」


若干暴力的な表現が含まれる上下関係だが、それでも彼女達は先輩後輩である。

軽く冗談半分ではあるが、両手を頭の上に乗せておどける、と言った白々しいことこの上ない演技をする食蜂にやれやれ、と『美琴さんと同じくらいに世話がかかります』と息を吐き、そして、


「操祈さん、わざわざ人払いまでしたという事は何かお話があるのでしょう?」


付き添いのお嬢様だけでなく、店員や客もいない。

このカフェテラスは、ゆったりと落ち着ける空間を提供するのが持ち味なのだそうが、周囲に1人もいなくなる事は無い。

最低でも、注文を受け取る為の給仕が、控えているはず。

だが、詩歌はさして驚くような事も警戒する事は無く、ただ食蜂を促す。

食蜂は勿体ぶるかのように、すぐに話を切り出さず、紅茶で喉を潤し、カップを皿に置いてから、ようやく口を開いた。


「確かぁ、御坂さん、<大覇星祭>で詩歌先輩のお兄さんと勝負していたんでしたっけ? 昨日、先輩に罰ゲームの相談していた所を見ましたよぉ☆ とっても楽しみって感じでしたよねぇ♪」


「ええ、それが?」


「本当に良いんですかぁ? だって―――」


食蜂は心中を慮るように見えるように目を伏せ、



「―――詩歌先輩が一番止めたがっているはずなのに」



歯に衣を着せず、真っ直ぐ核心に突き刺す、最短距離の食蜂の問い掛け。

昨年の新入生歓迎会で、知られたのは<幻想投影>の事だけではない。

事故で、表面上だけの少しばかりとはいえ、食蜂は、長年連れ添った幼馴染である美琴以上に胸襟を開かした仲で、親友や母親と同じその秘めた想いを知る相手だ。

だから、


「はい、そうですね」


僅かな躊躇も動揺もなく、詩歌はそれを認めた。

その事に、寧ろ食蜂の方が動揺する。

その矜持として取り乱すという事は無かったが、こうまで率直に来るとは思わなかった。


「……なら、しちゃえば良いじゃないですかぁ?」


食蜂は覗いたのだ。

表層とはいえ、彼女が抱くその深き『 』としての……

欲しいものなら、何でも手に入れる。

それは人が抱く当然の望みだ。

なら、何故何でもこなせるであろう完全無欠の先輩は……

後輩の質問に、先輩は困ったように微笑した。


「そうはしたいけど、同時に、止めたくもないも思っているのです。私は2人の事が好きですし、愛してます。幸せになって欲しいと強く願っています。だから、相談にも乗ってあげましたし、ここでお茶をしてるんです。……きっと、見れば邪魔しちゃうでしょうし、見つけられたらお邪魔になっちゃうでしょうから」


まあ、私以外の介入までは知りませんが、と不穏な予告をして、再びお茶で口を湿らす。

今まで多くの人間の考えを覗いてきたが、彼女ほど矛盾したものを抱えた者はいないし、普通、それほど相反する心を持っているなら張り裂けて、正常でいれるはずがない。

常識と非常識を混在させる心理は、食蜂操祈でさえも掌握し切れず、また………


「……敵いませんねぇ。折角、御坂さんとの仲を引っ掻きまわして、詩歌先輩とお兄さんをゲットしてやろうと思ったのに。ほーんと先輩みたいな読んでも読めない人は初めてです」


「ふふふ、それはそれは。でも、勘違いしないでください。私は諦めた訳じゃありません。そして、今のままでは――と認められないから、少し手伝ってあげてるだけ。本気で――なった時、私は“敵”として立ちはだかるでしょう。たとえ、美琴さんでも。そして、操祈さんでも、ね」


白旗を上げる食蜂に悪戯っぽく片目を閉じた。


「では、買い物の途中でしたので失礼しますね」


それを最後に、席を立ち、さりげなく食蜂の分もお茶代を支払って、店を去った。

そして、気配が消え去ってから、


「……ホント、御坂さんも1度くらい人の頭を覗いた方が良いわよねぇ」


どこか切なそうに、カフェテラスで、食蜂は呟いたのであった。





教員用住宅



「………という事があったの、ってミサカはミサカは事後報告してみたり」


<警備員>、黄泉川の住む教員用住宅前の通り。

そこに、空色のキャミソールの上から男物のワイシャツに腕を通して羽織っている打ち止めと、


「その報告ならば既にネットワークを介して全ミサカへ配信されている為わざわざ口頭で言い直す必要もないのでは? とミサカは当然の疑問に対して確認作業を行います」


その打ち止めのお姉様(オリジナル)とおでこに大型の電子ゴーグルを引っ掛けている|(と短パンを履いていない)事以外、同じ容姿服装の少女、検体番号10032号、御坂妹。

2人は上司とその部下といったような関係で、一応、その上位個体は見た目幼女の打ち止めである。


『たまには通常五感を介したコミュニケーションを取って時計の誤差みたいなのを補正する必要があるの……うんちゃらかんちゃら』

『悪いのはミサカじゃなくてあの融通の利かないオートロックなんだもん! ……うんちゃらかんちゃら』

『欲ーしーいーミサカもそのゴーグルが欲しいのーっ! ……うんちゃらかんちゃら』


身ぶり手ぶりを交えた打ち止めの愚痴。

見た目の年齢と精神年齢が一致している|(まあ実際の年齢と比べれば大人びているが)上位個体に偶然居合わせてしまった御坂妹は、


『これはリハビリに役に立つかもしれない』と無理矢理に自分の中で納得させたり、

『むしろ発電系能力者(エレクトロマスター)の力を受けてもびくともしないのは褒めるべき事柄ではないでしょうか』と客観的に指摘したり、

『あのミサカはあのミサカ、このミサカはこのミサカです』と切々と宥めたり、


など色々と愚痴に付き合うがやはり、それでも堪え切れぬモノがあるようで、


この間抜けな上位個体の個人スペックに疑問を抱いたり、

小さな外見を利用した駄々っ子交渉術にイラッと来たり、

というか上位個体はその容姿のおかげで詩歌お姉様に可愛がられているじゃねーかとブチッとキレそうになったり、


<ミサカネットワーク>でも同じ部下、検体番号9982号、美歌が『ミサカも成長促進剤など打たなければ今頃……』と悔いている通り、この上位個体はこの<妹達>で唯一の幼い見た目をその可愛らしい仕草で生かして色々と得しており、つまり、部下にとってウザい上司である。

もし<妹達>で無礼講となれば、批判の山は三日三晩になっても語り尽くせない。

しかし、それをすれば、きっとお姉様(オリジナルの方ではない)に泣き付くだろう。

出世する事も、転職すると事も無理。

なんて世知辛い世の中でしょう、やはり9982号の<巨乳御手>の件も含めて内部告発をすべきなのでしょうか、と部下の御坂妹が嘆く(ただし見た目は無表情のまま)と、御坂妹のスカートの端をいじくっている打ち止めが、


「ねぇ、10032号、ちょっとお辞儀してみて、ってミサカはミサカはお願いしてみたり」


「?」


はてどうしたのだろうか、と怪訝に思いながらも御坂妹は、とりあえず上位個体の指示通りにお辞儀を―――


「ハハハ隙ありーっ! ってミサカはミサカは強奪作戦に成功してみたり!!」


したら、下げた頭から勢い良くゴーグルが奪われた。

そのまま打ち止めはやたらハイになりながら背を向けて、


「こんな初歩的な手に引っ掛かるとは個体全体のルーチンをチェックし直す必要があるかも、ってミサカはミサカは捨て台詞を吐いてみたり! やーい、悔しかったら取り返してみろー、ってミサカはミサカは猛ダッシュしつつ勝利の余韻に浸ってみる!!」


ドダダダダーッ!! と外見に似合わずパワフルな走りでどこかへ消えてしまった。

あまりの不意打ちに御坂妹はしばらく呆然と打ち止めの消えた方角を眺めていたが、


「これは好機―――ではなく、上位個体からの直接オーダーとなれば仕方ありません、とミサカは大変不本意ではありますが学生鞄の中からサブマシンガンとゴム弾を取り出しつつ状況を確認します」


ジャギッ!! と不穏な金属音が街中に響き渡り、


「これは喧嘩ではなく演習です。そして、演習とはいえ相手は上位個体、下位個体であるミサカが本気で挑んだとしても大人げない行動ではありません、とミサカは当然の見解を述べてみます。これは決してミサカがキレているのではなく、論理に基づく適正な判断を行っているに過ぎないのです、とミサカは実銃を片手に全力疾走しながら己の思考能力の冷静沈着ぶりを自画自賛してみます」


無表情に淡々と述べている様は論理的な思考を働かせているように見えるが、良く見ると目元がピクピクと震えており、その目は真剣(マジ)である。

それがどれだけ真剣であるかは、その心の動きを正確に掴んでいる打ち止めも良く分かっており、<妹達>の脳波と微弱な電流波が形作る<ミサカネットワーク>内から、


『ハッハーッ! ただのミサカがこのミサカに勝てる訳がないだろー、ってミサカはミサカは平民共に勝利の高笑いをしてみたり!』


『革命の時は来ました、とミサカ10032号はここに宣言します』


そうして、御坂妹と、本来お留守番を言い付けられていた打ち止めは保護者から離れ、街中へと走り去ってしまった。





???



凶悪な『兵器』には、いざという時の為に『安全装置』が必要だ。

そう、例えるなら、<禁書目録>。

頭の中にある『魔導図書館』には、<自動書記(ヨハネのペン)>によって、“少女の自由意思に関係なく”外部制御できるように『調整』されている。

それはこの<失敗作り>も同じ。

彼女の脳には特殊な器具が埋め込まれており、その許可なしには使う事はできない。

そして、その『スイッチ』は“2つ”あり、その片割れを持っていれば、テレビとリモコンのように誰でも使える。

凶悪だから無期限に操られる。

最悪故に無制限に操られる。


「―――ったくよぉー、2つ用意するなんて、しちメンドクセー仕掛けを作りやがって、おかげでぶっ殺しちまったじゃねーか」


その女性の足元には、1人の男性の“下半身”が転がっていた。

それは、血は繋がっていないが、同じ一族の一員だった。

しかし、彼女は例え、血が繋がっていようが殺すのに一切の躊躇いはない。

これは彼女が異端などではなく、この一族の常識だからだ。

一族は仲間だという『世間の常識』の枠に当て嵌まっているようではこの一族ではない。

効率を合理的に優先する。

己に利用できるものは何でも利用する。

姪でも、そして、孫娘でも。

生まれながらにして、<木原>じゃないこの新参者には分からなかったようだ。


「さぁってと、2つ目の『スイッチ』は回収したし次の行動に移すか。っとその前に、コイツの研究データーって何だっけ? 確か、生物学の……とにかくそいつも回収しておくか。あとで暇つぶし程度に読んでおいてやろう」


邪魔者は消し、準備は整った。

何事も己の研究を最優先に考え、利用できるものなら何でも利用する。

例え、学園都市が崩壊する事になろうとも。



つづく

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