小説『時の罪』
作者:裏音(雨月夜ノ歌声)

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【13.最後】
世界は元に戻った。そして、勿論時間も。戻らなかったのは、裁かれた人間。
「ねぇ…楼」
「なんだ」
二人はまた森にいた。紅蓮は、自分が白弥を裁いたことを悔やんでいる。
「あの時、白弥が答えられなかったこと…楼なら答えられるんじゃないかな」
「……」
「鍵は、時間の流れを変える。これって、どういうことかな」
楼は黙った。紅蓮も。
「…鍵は」
空を見上げ、ゆっくりと楼が話始めた。
「鍵は、とある死神が作ったものだ」
「死神…が?」
驚きを隠せない紅蓮。楼は、話を続けた。
「嗚呼。けどな、鍵を作った死神は後悔した。鍵が、人々の時間を狂わせていたから」
「時間を狂わせていたって…どういう意味?」
「本当の時間を、忘れてしまったんだ。だから鍵を作り上げた死神は自分を裁くために、時の瞳を手放した。そして、時の瞳を呼び込んだ者を探した」
「え…?」
会話が止まる。楼が、ゆっくりと言葉を発した。
「時の瞳は流れに流れ、この人間界へと降りた」
紅蓮は何も言わない。うつむいたままだ。
「人間界へ降りた時の瞳は、やがて一人の少女の中に降り立った」
「ねぇ、楼…」
「紅蓮。お前なんだよ。俺を裁く運命にある人間は」
「嘘…って、言ってよ」
無理に笑顔を作ろうとして、涙が溢れる。木々が、紅蓮を慰めるように揺れる。
「鍵を作ったのは、俺だ。紅蓮たちから見れば、鍵師、か」」
そう、静かに放った言葉は、紅蓮の体を凍りつかせた。楼が、言葉を紡いでもそれは解けないまま。
「そして死神は誓った。時の瞳を持つ者を、必ず守ると。自分が、裁かれるその時まで」
紅蓮は息を呑んだ。楼の死神としての眼が、紅蓮を捕らえる。
「紅蓮。俺を、」
裁いてくれ。
その言葉は、紅蓮の心に響いた。耳を塞ぎたかった。何も聞かなかったことにして、またいつもの通り過ごしたかった。
でもそれは、叶わぬ夢。
「まってよ…まだ鍵はあるんだよ? それに…また今回みたいなことがあるかもしれないし…」
紅蓮の言葉に自信はなかった。薄々気づいていたのだ。
楼が裁かれ消えることで、鍵が消滅するということを。楼が、最後の鍵だと。
「頼むよ、紅蓮」
「嫌だよ…ずっと、一緒にいたのに。守るって、言ってくれたのに」
「…ごめん」
紅蓮の眼から涙がどんどん溢れる。視界が霞む。けれど、楼の決心は揺れなかった。
「本当に…裁かなきゃいけないの?」
「…うん」
ゆっくりと涙を拭き、瞳を開く。決心したようだが、まだどこか心に迷いがあった。
「また、どこかで会えるかな」
「会えるさ。きっとどこかで」
会えるはずのない言葉を紡ぎ、紅蓮を安心させる。紅蓮もまた、会えないのをわかっていながら、楼の言葉を信じる。
紅蓮の瞳から、赤黒い色の光が溢れ、楼を包んだ。
「ありがとう、紅蓮。必ず、必ず…」
言葉が最後まで紡がれることなくゆっくりと、光の中へ消えていった。森に残るのは、風に揺れる木々と、泣き崩れる紅蓮。
「楼…ありがとう、ありがとう」
溢れる涙を抑えながら、ありがとう。と言っていた。

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