小説『時の罪』
作者:裏音(雨月夜ノ歌声)

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【2.追放者、紅蓮】
神殿へは何度か入ったことがあった。といっても、全部好奇心と興味だ。
「いつ見てもここは、」
腹立たしい。
紅蓮は神殿が嫌いだった。人の感覚を狂わす鍵を作った人間の住んでいた場所だから。
鍵師。と、人は呼んだ。そんなことはどうでもいい。紅蓮にとっては。
「さてと、さっさと上行こっかな」
楼が待つ上へ。というよりかは、屋上のようなところだが。
「楼、どこ?」
上にたどり着いた。が、楼の姿が見えない」
「こっちこっち」
後ろから声がするが、そこに楼はいない。あるのは、魔方陣。
「その魔方陣、俺の姿を消してるんだ」
体を半分だけ魔方陣から出した。楼が真っ二つになったように見える。
「その魔方陣…前まではなかった」
紅蓮は少し真剣な顔をした。その様子に気づいたのか、楼も遊びを止める。
「それって、どういう意味だ?」
よくわからないといった表情で紅蓮に聞いた。
「つまり…誰かが、この無人の神殿に入ったって事」
この神殿は神聖な場所として人々が入ることを禁じた。つまりは、この世界の人間であるなら、ここには絶対入らないはず。
紅蓮は例外だが。
「そんなんだったら、お前の眼でいいんじゃね?」
眼。それは、紅蓮だけが持つ特殊能力。とある過去により、手に入れてしまった力。
「…これ、使うと疲れるんだよね」
紅蓮はその瞳を、時の瞳と呼んでいる。楼がそう呼んでいたからだ。
能力は名の通り、時。つまり、未来や過去を見ることができる。
「いつのを見ればいいと思う?」
「そうだなー…俺が最後に来たのは三日前だから…」
言いかけたその時、神殿の下から何かが飛び、紅蓮の頭を直撃した。
「石…」
またか、と紅蓮はあきれた。頭からは血が出ているが、そこまで酷い怪我でもない。
紅蓮は下を見ることもせず、楼に言った。
「楼。お願い」
「はいはい…」
楼が姿を消して下へ降りると、町の子供たちが皆で石を持っていた。
「神殿から降りろ! 悪魔め!」
「そうだそうだ。神殿を汚すな!」
次々に飛んでいく石。だが紅蓮は、言葉を返すこともしなければ、石をよけることもしない。
この世界では、紅蓮は悪魔。鍵を使わないものは、何故か追放に値する。
鍵は、世界の人々には神とも思しき存在。鍵を使わないということは、神に反する。そういう考えのようだ。
人々にとって鍵は、宗教のようなものらしい。
「あーあ。本物の悪魔は、もっと怖いんだけどな」
姿を消したままの楼が、子供たちの横で笑っている。そして、動いた。
「我、時の創造主、死神の楼。時間よ、我の示すところまで戻れ」
子供たちが全員黒いドームに包まれた。
「うわっ、なんだよこれ!」
「うわーん。お母さん助けてー!」
泣き叫ぶ子供たちを見て、少し心が痛んだ楼だったが、躊躇なく時を戻した。
「この者たちを、街の入り口にいる時の時間へ戻せ」
黒いドームが消えると、そこに子供はいなかった。
「よし。紅蓮行くぞ。今あいつらは町の入り口だ」
神殿の上へと戻ると、紅蓮は楼に捕まって別な場所へと向かった。その時魔方陣が、わずかに光ったのを紅蓮は見逃さずに。

紅蓮と楼は、森の奥にある小さな小屋まで逃げると、一晩をそこで過ごすことにした。
「にしても…いつもながらに酷いな、お前に対しての行動がさ」
「もう、気にしてない。痛みも、ないから大丈夫」
窓を開け、外を眺める。外では、ぽつりと雨が振り出した。
「あの魔方陣…、一体なんなんだろう…」
「まさか、下界の人間が来た…とかじゃないだろうな?」
「多分、それはないと思う。下界から、この世界へと来るには、いろいろと大変なはずだから…」
紅蓮は、半分自身なさげに言った。
「…そうか」
楼も、それ以上紅蓮に言葉をかけずに、その日を終えた。
晩。紅蓮は夢を見ていた。過去に、自分が受けた傷を蒸し返す、悪夢を。

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