小説『時の罪』
作者:裏音(雨月夜ノ歌声)

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【5.天使と死神】
神殿から飛び立ち、10分ほどたった頃。少しばかり紅蓮は疲れていた。
「ねぇ…楼?」
あまりにも疲れてきたので、楼に声をかけるが、楼は何も答えない。ただ黙って、上へ上へと飛んでいた。
「楼ってば!」
答えない楼に腹を立て始めた紅蓮。頬をつねった。
「いてっ!」
「無視しないでよ」
「黙ってろ。もうすぐ、下界への入り口だから」
「楼…?」
それからは紅蓮も楼も黙った。いつもの楼と違うのに紅蓮が気づいたから。だから、しばらく様子を見ることにした。
たどり着いたのは、大きな扉の前。ボーっとしている紅蓮の手を引いて、楼は歩き出した。
「いいか、紅蓮」
「何?」
「この先、お前は喋るな」
「何で?」
「いいから」
楼の気迫に押され、紅蓮は黙った。大きな扉を通り、暫く歩くと、先ほどの扉より一回り小さいと思われる扉の前へ来た。
扉の前には、白いドレスを来た女性が一人。まるで天使のような白さ。
「チェイル。下界に少し用がある。通してくれ」
チェイルと呼ばれた女性が、数歩楼に歩み寄る。
「あら、楼。久しぶりね。下界に用? …一体なんの用かしら?」
チェイルの瞳が鋭く光る。普通の人間なら、恐怖で足がすくむだろう。だが、楼は死神である為、さほど動じなかった。
「お前に話す必要なんかない。さっさと通してくれ」
争う意思がないと言うが、チェイルは通してくれなかった。
「まぁ、貴方はいいわ。でも…その後ろの子は駄目よ」
「紅蓮も、俺と同じだ。下界に用がある」
「でも、人間だしねぇ…紅蓮、と言うの?」
返事をしようとしたが、楼に喋るなと言われていた為頷いた。
「…いいわ。二人とも通りなさい」
「ありがとう。チェイル」
楼は再び紅蓮を抱き、その黒き翼で空を舞った。
「天使に恐怖を抱かないなんて、死神の癖に。まったく…あの子が喋ったら、すぐにでも地獄に落としてあげたのに」
そう、チェイルが呟いたのを二人は知らない。
門を通る掟。人間は穢れた生き物。だから、扉を通ることも、言葉を発することも許されない。喋った瞬間、その者は地獄へと行く。
それを知っていたから、楼は紅蓮に喋るなと言った。
楼の知り合いが門番をしているということもあり、人間だからという理由で通れないということはないとッわかっていた。
理由を話さなかったのは、紅蓮に無理に意識させないようにする為だ。
もし意識して不意に言葉が出てしまえば、いくら知り合いの天使でも地獄に落とされてしまうだろう。
そこまで考えた上での選択だった。

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