(Side ハンコック)
「あぁ、久しぶりの青空…そして、この海風…いい気持ちだぁ…」
両手を伸ばし、気持ち良さそうに甲板に寝そべる少年。
その少年を優しげに眺めながら椅子に腰掛ける少女も口には出さないが彼と同じ気持ちを抱いていた。
「なぁ…ハンコック、お前もこっち来いよ!最高だぜ!」
「うん。今行く。」
そう言って、手招きするハルキに応え、その隣に駆け寄るハンコック。
「んー、やっぱり、外っていいなぁ…」
「ハルキ、さっきからそればっかりね。」
クスクスと笑い、その場に腰を下ろし、ハルキを見つめる。
「ハンコック、お前、なんか柔らかくなったよな…」
「え?」
「雰囲気っていうのかな…なんつーか、明るいのに落ち着いているっていうか…うーん、上手く言いづらいけど、俺は好きだぞ、今のお前」
「す…き…?」
好き…その言葉に酷く動揺してしまう。
「あぁ、そういう意味じゃなくて…人として好きっていうかな…えーっと、難しいな…これ」
そう言って少し考えるような顔をしているハルキと少し残念そうな顔をするハンコック。
「そういえば…」
「ん?」
「今、何処に向かってるの?」
マリージョアを出る時にハルキ自身の話を聞いたのだが、これからどうするかというのは聞いてなかった。
「ん?あぁ、そういや言ってなかったっけ?取りあえず、シャボンディ諸島に行こうかなって思ってる」
「シャボンディ諸島?」
「ああ。あそこならたくさんの人がいるし、その分情報が入りやすいから、えーっと、アマゾン・リリーだっけ?そこへの行き方もわかるかもしれない。それに俺の仲間がよく停泊する場所でもあるしな…」
「ハルキ…」
「って…なんて顔してるんだよ。」
「うるさい、馬鹿!私の顔は元々、こういうものよ!」
もう戻れないと思っていた日常に戻れるーその事実を感じ、私は自分の目頭が熱くなるのを感じる。
そして、それをハルキに気づかれたことへの気恥ずかしさでハンコックはソッポを向く。
「まぁ…じゃあ、そういうことにしとくわ。機嫌直るか何かあったら起こしてくれ。一応、あれにも言ってるんだけどちょっと心配でな…ってことでおやすみ〜」
彼にそんなところを見せたくない…そんな以前の自分では抱かなかった気持ち…そして、それを感じ取ってくれる彼の優しさに胸が熱くなる。
「ハルキ…?」
「…すぅ………」
呼びかけるが返事がこない。
返ってくるのは気持ちの良さそうな寝息だけ…
「よいしょ…っと」
私はさらにハルキに近づき、その寝顔を覗き込む。
気持ち良さそうに眠るその表情は年相応のものであり、絶望的な状況から自分達を救ってくれた人物と言われても誰も信じないだろう…
しかし……それは事実であり、自分達が今、この場所にいられるのはこの少年のおかげだ…だから…
「ハルキ…ありがと…」
私はこの瞬間、この場所で最大限の気持ちを込めて感謝の言葉を彼に送る。
今は彼と向き合って言えそうにないから…
そんな気持ちを抱きつつ、ハンコックはずっとハルキの寝顔を見ていた。
(side ハルキ)
「ハルキ…ありがと……」
日頃聞くことはできない優しい声色と一際近くに感じるようになったハンコックの気配。
それによって眠りにつきかけていたハルキの意識は覚醒する。
…ハンコック…なにしてんだ?
声をかけるわけでもなく、立ち去るわけでもなく浴びせられる視線。
意外にそれは不快なものではなく、何か見守られてるような温かさを感じる。
…まっ、いっか……つか、また眠くなってきた。
その温かさによって再び訪れる眠気、別に眠っても何かあればハンコックが起こしてくれるだろうし、もし彼女が何らかの理由で起こせなかったにしても俺の従者に命令を埋め込んでいるので心配はないだろう。
ーあんまり過信し過ぎるのも良くないと思うけどね。ー
そう頭の中に声を響かせ、話しかけてくるルナ。
ーどゆこと?ー
ー君に渡した吸血鬼の力なんだけど少し言い忘れたことがあってね…ー
ー言い忘れたこと?ー
ーうん。気づいていると思うけど、君の力は物語に出てくる吸血鬼とは少し異なるんだよね。ー
そう、吸血鬼の代名詞でも弱点でもある日の光を浴びて、自分が生きているという事実。
今回は何とかなったがいずれ、自分のイメージと実際の力のギャップが危機を生む可能性もある。
だから、どんなことができるのか、できないのか…何が得意なのか苦手なのか…いろんなことを試してみようとは思っていたんだが…
ー助かるよ、教えてくれー
ーまぁ、そんなに話すこともないんだけどね…君の持つナノマシンは生物や現象の情報から自分とその宿主が生き残るために特化した能力を選び、吸収する…つまり、自分にとって都合のいい能力だけを得られるって言うことで弱点というものは普通は吸収出来ないんだけどねー
あ、特性は別だよと付け加えるルナ。
ーで、今回のケースでは何が違うんだ?ー
ーえっとね、さっき言ったみたいに日の光や流れる水の上を〜とか十字架、にんにくといった訳のわからない弱点はないよ。けれど…君が使った人を従者にする能力…ー
ルナがパチンと指を鳴らすと目の前って言っても目を瞑ってるから脳内なんだが…俺が血を吸って従者にした天竜人の姿が映っていた。
ー血を吸うと同時に自分のナノマシンを流し込んで言うことを聞かせる。本当に最初からそんな事までできるとはビックリしたよ…でも、最初も言ったようにナノマシンの適応者っていうのは本当に稀で普通の人がそれを取り込むとナノマシンが消滅するか、宿主が乗っ取られてしまう…まぁ、別に目的は相手を支配することなんだから問題はないんだけど本来の宿主から離れたナノマシンは時と共に死滅してしまうー
ーつまり、制限時間があるってこと?ー
ーうん、正解。まぁ、でも少しずつナノマシンを注ぎ足ししていけばかなり長い時間もたせることができると思うけどね…ー
なるほど……そういえば…
ーで、ナノマシンが死滅した後はどうなるんだ?ー
ーまぁ、死ぬだろうね…良くて廃人ってとこなんじゃないかな?ー
ふ〜ん。ま、そんなところだと思ったけどね…
ーってことで僕はもういくね。これから君が描いていく世界を楽しみにしてるよ。じゃあねー
そう言って、お礼をいう暇もなく消えていくルナの気配…
「ハル……キ、島……」
それと入れ替わるようにハルキを呼びかける女性の声…ハルキの意識はその声に導かれるように覚醒していった。